寒さの名残 【3】
楠さんが置いていったプレゼントをそのままにするわけにもいかず、結局持って帰ってきてしまった。
「……はぁ」
「溜め息ですか~」
「うわぁ!」
「こんばんわです~」
マンションの入り口で死角から話し掛けてきたサロメさんに猫みたいに跳び跳ねて驚いてしまった。
「こ、こんばんわ。どうしたんですか?」
「緊急招集~。先ほど隊長を回収させていただきました~」
「な、なるほど。なら、サロメさんは何でここに?」
「お伝えしたいことがありまして~」
そう言うと懐からコンセントに差すタイプの差し口が三つあるコンセントを取り出した。
「それは?」
「盗聴器~」
「盗聴器!?」
「はい~。かなり古いものですが~」
そう言うと懐に戻して僕に向き合った。
「仮にも女性を住まわせている身~、隊長共々気を付けて~。相談があれば乗りますので~」
「は、はい。ありがとうございます」
「……一応、指紋取っときますう~?」
「いえそこまでは」
「分かりました~。では~」
そう言うとサロメさんは去った。それだけ言いに残ったのか。
……。
「サロメさん」
「はい~」
「送りましょうか?」
「気遣い感謝~、でも~自分の身は自分で守れますので~。君は一番大事な人を気遣うように~」
あっ、はい。
手を振って去っていく。白衣にぐっちゃぐちゃの髪の毛と丸メガネをした女性が。
……不審者扱いされないだろうか。
家の扉を開くと雫が飛び付いてきた。
「ウワァ!」
「お帰りィ……うえーん!」
「何々どうしたの!?」
僕は急いで靴を脱ぎ雫を抱えて今に飛び込んだ。
『お前を食ってやろうかァ!』
ホラー映画が流れていた。
「……ホラーじゃんただの」
「怖いものは怖いの!」
「……しょうがない」
僕は雫がくっついたままソファーに座りホラー映画を鑑賞する。
「ウッ……ェグッ」
「ただのゾンビパニックものでしょ。そんな怖く」
『お前を食ってやろうかァ!』
二人して肩を震わせて飛び上がった。
「……」
「……」
「……ちょっとトイレ」
「置いてかないでェ!」
結局雫にくっつかれてトイレにも行けなかった。
「……」
「……」
慣れたなぁ。
『お前達を食ってやろうかァ!』
ちょっとボキャブラリー少なくないこのゾンビ。
「……終わった?」
「終わったね」
終始静かにビビりながらホラー映画を鑑賞し終わった。
「……」
「……」
「……トイレ付いてきてくれない?」
「私もついでに」
それからは肩を寄せ合ってタオルケットを膝にかけて深夜番組を流し見していた。
気まずいけれど深夜の番組は濡れ場を容赦なく映す。その度に僕はチャンネルを変えた。
「……ねぇ」
「ん?」
「もう恋人になったんだし、らしいことしてみる?」
「らしいことって?」
「キスとか」
……。
んー。
「いいよ」
僕はそっと彼女の額にキスをする。
「はい。おわり。もう寝よう」
「えー、もっとこう、あるでしょ!」
「申し訳ないけど僕にはこれが限界ですぅ~!心臓もちそうになかったんだから」
正直心臓が高鳴りすぎて破裂しそうだった。
それを知ってて雫は僕の胸に耳を当てた。
「ちょい……」
「……」
チラリと見えたうなじに情欲が沸き上がる。抑えて抑えて。
「ホントだ」
にっこりと笑って僕の顔を見上げる。
「そっか。なら、今はこれが限界だね」
雫が僕の首に腕を回すと額に唇が触れた。
「……なんか恥ずかしいね」
僕は頭が沸騰して気を失いかけてしまった。
「……はぁ」
彼女の肩を抱き寄せて密着する。
「寒いだろ」
「大丈夫だよ。翔は暖かいから」
「そう」
少しの沈黙が訪れる。これといって会話はなく、でも積み重なる、降り積もる、特別じゃない特別な時間。
「……ロマンチックな告白じゃなくてゴメン」
雫に告白した時は本当に会話をするようにさらっと言ってしまった。そしてその言葉に二つ返事で答えてくれた。
「変にロマンチックじゃなくて良いし。私にとっては君に会ったあの時からずーっと、特別な時間だから」
その言葉がとても嬉しかった。
なら退屈なんてさせられない。君の瞳に写るもの全てを輝かせて見せるとも。
「ありがとう」
僕を選んでくれて。
眠りに落ちるまで、夢を見るまで、僕達は繋いだ手を離すことなく寄り添って眠りについたのだった。




