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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第二部 恋は戦争

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寒さの名残 【2】

 吐く息はまだ白い。

 冬は後半月もすれば過ぎ去ると言うのに寒さは今だ肌を切る。

「……」

 雫の作ったガトーショコラを食べ風呂に入ってから僕は待ち合わせ場所にやってきた。

 いつか一緒に来ようと約束したケーキ屋さんの上にあるカフェの入り口前で。

「……はぁ」

 溜め息が出る。不甲斐ない自分と、見えてしまった思いに。

「……」

 この一ヶ月、彼女は僕の家に何度か訪ねてきた。

 だから父さんの顔を知っているし、一緒に暮らしている雫の事も知られた。

 震える声と、泣き出しそうな表情にかける言葉はなくって、だから、その意味を僕はちゃんと見極めなければならなかった。

 勘違いなら勘違いで良い。僕が恥ずかしいだけ。それだけなら笑って誤魔化そう。

 でももし、そうなら。楠綾乃という人の想いが大きく寄り掛かっているのなら、僕は彼女の想いを受け取るわけにはいかない。

 残酷で悪いことを今から僕はする。一人の女性をきっと泣かせる。

 それが、きっと誠実なことだと信じて。

「おーい!」

 遠くで手を振る彼女を見て僕は覚悟を決める。

 その笑顔を二度と見ないとしても。




 窓際の雑踏を見下ろせる席にあたし達二人は着いた。

 注文したショートケーキと大人ぶって頼んだ飲めないブラックのコーヒーを飲む。あたしは今日からコーヒーが飲めるようになるかもしれない。めっちゃ美味しい。

「急にゴメンねぇ」

 今日はバレンタイン。一年に何度かある想いを伝えるイベント。

「なんか、雰囲気違う?」

「あっ、気付いちゃう?」

 今日は出来るだけ控えめな服装にしてきた。いつもはホットパンツとかだしメイクも派手だけど今日だけはやめる。もしかしたらこれからもしないかも。

 あたしは今日、勝負する。大好きな人をこの手にするために。その為の準備をしてきたから。

「ここが前に言ってたカフェ?なんか、すごく大人な雰囲気だね」

「うん。とくにこの席好きなんだ」

 翔君は窓の外を見てわずかに微笑んだ。同じ方を見るとそこには慌ただしくも人で溢れている。

「……最近気付いたことなんだけど、僕はね」

「うん」

「街の喧騒は思ったより嫌いじゃないみたいで」

「そうなの?」

「うん。人が頑張る姿が多分好きなんだと思う」

 静かに、翔君は見ていた。邪魔するのも憚れるぐらい。

 でも、今日はその姿を見るために来たんじゃない。本題に入らないと。

「翔君、これどうぞ」

 あたしは持っていた小さな小包を渡す。

「これは?」

「バレンタインプレゼント」

 中身はちょっと高めのチョコレート。そして、言葉で伝えるのは少し恥ずかしかったからバレンタインカードを差し込んでいる。

 君が好きだって。

「……そっ……か」

 あれ?

「あ、開けていいんだよ?」

 君は途端に暗い顔をした。

「……ごめんなさい」

 翔君は姿勢を正してあたしが渡したプレゼントを返した。

「え……」

「僕は受け取れません」

「なん……で……」

「……僕には、恋人がいます」

「な……」

 恋……人?何で?あの金髪の子とはまだ……。

「いつ……?」

「おととい。スーパーに行った帰り道で」

「おととい……」

 ……そんな、もう、遅かった……。

「は……はは」

「だから……」

「アハハハハハッ!もうそんなんじゃないってぇ。これ義理チョコだし。友チョコ?昔流行ったやつ。なぁに勘違いしちゃってんのぉ、自意識過剰なんだからぁ」

 あたしは差し込んでたカードを抜き取ってチョコレートを押し付けた。

「……ごめんあたし用事思い出したわ。誘っといて悪いけど先帰るね。お金置いとく」

「あっ、ちょっと」

「追いかけてきたらひっぱたくから!じゃあね!」

 逃げるように、あたしはその場を後にした。

 翔君は追いかけてこない。分かってる。

 君は優しい。残酷なまでに優しい。だから、二股とか絶対にしない。ここで追いかけるのは恋人への裏切りだって分かってるから。

 人の流れに逆らうように足早にカフェから離れる。

 君を忘れたくて目を背けたくて、夜の街を駆けていく。

 翔君の家を特定して何度か訪ねて、隙を伺って盗聴器を仕掛けて会話を聞いていた。だから、一度たりとも交際の話が出てないのは知っている。なのに、スーパーの帰り道とか知りようがない。

 決してロマンチックなんかじゃない。だからこそ、二人の絆の強さが浮き彫りになる。特別でも何でもない日常がたった一言で特別になるから。

 なんで、なんで、あたしが先に好きだったのに。

 無心で走って、大きなイルミネーションの下に来た。

 初めて瞳の奥に熱が籠って、涙が流れてることに気が付いた。

 あたしはその場に踞って声を殺して泣いた。

「……」

 初めて訪ねた時に見た金髪の子を思い出す。元気で、笑顔が眩しくて、ちょっと天然で、でも賢くて。なにより、自然体で翔君の事が好きだって分かるぐらい見る目が違った。

 全幅の信頼があった。だから油断してくれるって思ってた。思ってたのに……。

「……」

 居なかったら、翔君はあたしだけの……

「………………………………………………邪魔だなぁ」

 悔しくて胸が張り裂けそう。悲しくて歯が割れそう。今すぐ叫んでしまいそうな程揺れる心を落ち着けてあたしは立ち上がった。

「諦め……ない。諦めきれない」

 胸の奥が燃えているようだった。

「ねぇねぇカーノジョ」

 取り敢えず翔君があたしを見てくれるように立ち回らないと。表の世界より裏の世界に深く関わるようになってから君はあたしを見てくれなくなった。あたしも、君と同じ場所に立たないと見向きもされないんだ。

「彼氏にフラれたの?俺らが慰めてあげようか?」

 待ってて、今行くから。

「あっ、ちょっと待ってよ」

 歩き出したあたしの肩を何かが掴んだ。

「取り敢えずあのカラオケボックスで話聞くよ?」

「…………きったな」

 あたしを掴む手の小指を掴んで反対側に曲げた。

「あ?……ァ゛ァ゛ア゛ア゛!」

「キモい手で触んないでよ」

 騒いでる間に雑踏に消える。あたしにはやることあるんだから時間は無駄に出来ない。

 頑張らないと……ね。

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