襲撃 【1】
「警察を!早く!」
職員室は悲鳴と混乱で冷静な判断が出来なくなっていた。
すぐそこに悪魔が忍び寄ろうとも。
職員室の扉が開かれる。黒い覆面と体格が分からなくなる黒い服装、そして、黒鉄の銃器。
形状からアサルトライフル。照準を合わせ教師に向けた。
一層、悲鳴が制止の言葉を掻き消して恐怖を煽り、引き金に力が込められあと僅かで弾丸が放たれる。
だけど、間に合う。
僕は階段をパルクールで一気に飛び降り職員室まで行ける真っ直ぐな廊下に出た。
校舎の中の狭い空間だと翼を広げられないし飛行は出来ないけど推進力は運用できる。
制服のボタンを全て外し服を突き破らないようにブースターとして背面に展開して真っ直ぐな廊下を瞬きの間に駆け抜ける。
弾丸が放たれるよりも早く銃器を蹴って破壊し顔面に拳を叩き付けた。
「教頭先生!怪我は!」
「はっ、えっ、あ、雨宮か!」
「怪我は!」
「いや、無いが……腰が抜けて」
パニックになっていた職員室が静かになり始める。
「先生方は避難を!」
下の階から上に登っていくなら生徒の大半は屋上方面に逃げていくはず。
目的、そうだ、何でこいつらはこんな事を……。
瞬間、重い鉄の音がした。
懐から取り出された拳銃、その銃口が僕に向けられていた。
気付いた時には引き金に力が込められた後だった。
硝煙と同時に弾丸が放たれ、しかし、僕は推進力を使って射線上から消えていた。
奴の手首を掴みうつ伏せになるように腕を後ろに回して拘束、動けないように肩の関節を外しておく。
ゴキン、と覆面の男の肩から鳴った。
「アがぁっ!」
「実弾か……」
天井に当たりそこそこ大きな穴が空いていた。
「目的は何?それとも誰?」
「い、いわな……」
男の装備の一つにナイフがあった。それを手に取って拘束できていない方の二の腕に突き刺す。
「いッがァ!」
「拷問は経験が無いんだ。じわじわ死にたくなかったらさっさと答えて」
軽く捻る。
「ハァ…………ハァ…………」
僅かに漏れる呼吸音と歪む表情、覆面の男と一瞬目があった。
「さ、西園寺ナオヤを……生死問わず、連れてこいと」
「他の生徒は?」
「殺せ、と、対象になっているかもしれないと言われた」
「対象?」
ナイフに力を込める。
「それ以上は知らない!本当に!」
「……」
怯えている演技じゃない。本気だ。
「わかった」
ナイフを抜いてワイヤーで傷口より上に巻き付けて止血する。
「誰か押さえてて下さい!三人ぐらいで!」
「あ、あぁ……」
教頭先生と生徒指導をしている保健体育の山崎先生が交代してくれた。
「どうした雨宮、お前も早く中に入りなさい」
「いえ、僕はまだやることがありますので」
「警察が来るまで待ちなさい!」
「間に合いません。それだと」
悲鳴が聞こえる。早く行かないと。
声が聞こえる方に僕は走り出した。
分からない。胸が締め付けられる。酷く、まるで胃袋をひっくり返したような気持ち悪さがある。
焦燥が背中を押す。走れと、間に合えと、奪わせるなって。
僕は、思いの外学校で聞こえる喧騒が嫌いじゃなかったのかもしれない。
あたしは人の流れに身を任せて階段を上がる。
「早く鍵開けろって!」
「今やってる!」
男子二名が屋上の扉をこじ開け人が一気に雪崩れ込んでいく。
「翔君……」
直感的にまずいとあたしは感じていた。
下から上に、逃げ場のほとんどを封じられて誘導されるように逃げた先は何もない屋上。まるで、誰一人逃がさないために追い込む、漁みたい。
別棟の校舎の屋上にも避難者が居た。
「そこの机、バリケードに使うぞ!」
男子が屋上前に積まれている机を引っ張り出し扉の前に積んで固定していく。
「これで時間稼ぎが出来るはずだ」
屋上に逃げたあたし達は胸を撫で下ろす。
「皆大丈夫かな?」
「言ってる場合?綾乃はこれで二回目なのに」
……そう、あたしは二回目だ。あの夏と今回で命の危険に晒されるのは。
「……あれ?」
あたしはふと小さな影を視界にいれた。
ピンク色の髪の毛と小柄な体、名前はたしか……
「西園ナオト……」
彼の安心も恐怖もしていない、何かと戦う覚悟を決めたような顔があたしの視界の中で異彩を放っていた。
まるでこうなるのを知っていたかのような。
突然、誰かが強く扉を叩く音が響いた。
全員の視線が扉に集まり固唾を飲んで見守る。
二度、三度、変形してもおかしくない強さで扉を叩かれて、少しして音は止んだ。
「……よ、かった?」
「流石に扉までは……」
皆が安堵した次の瞬間、爆発して扉が吹っ飛んだ。
「うわっ!?」
「きゃッ!」
爆薬を使って扉をこじ開けてきた!
煙の中、一人の男が姿を現し見渡す。
「目標発見」
男はあたし達の中から一人に銃口を向ける。
銃口を向けられたその人は、その男に向かって走り出す。
ピンク色の髪の毛の少年が。
あたしは視界に捉える。その僅か五秒の攻防を。
少年の手首に巻かれた機械のようなものから火花が散り木が燃えるような匂いと共に炎を一瞬噴射する。超小型の使い捨て火炎放射器。
炎に巻かれた男はしかし、一切燃えずに視界が開けるのを待っていた。
引き金に力が込められる。瞬きの後に放たれそうだった。
だから、瞬きより速く君は現れた。
階下のガラスを突き破り、甲高い音を響かせながら校舎の外から屋上へ青白い翼を携えた翔君がフェンスを飛び越える。
「【断熱】か」
空に揺蕩う翔君と男の視線が交わる。
男の目的は目の前に居る。でも、確信したんだと思う。今現れたばかりの大翼を携えた翔君がこの状況からでも優位をひっくり返しかねない存在だって。
男は翔君に銃口を向ける。
そして、引き金を引くより速く君の蹴りは男の顔面を踏み砕く。
「五人目……」
ワイヤーがフェンスに絡み付き男を拘束した。
「怪我人居る!?居たら言って!」
「……あぇ?」
唖然とする。騒然とする。爆発から約十数秒の間に危機が去っていたのだから。
「……生徒会長」
「な、何かな」
「怪我人が居たら治療してあげてください。校舎内にもう驚異はないので」
翔君はまるで水中を泳ぐように空を飛んでその場から離脱する。
「君は!」
「残りを……」
あたしは下のサッカーコートを見下ろした。
五つの黒い影、まだ半分残っている。
「まさか……」
翔君の背面から熱と風が吹く。飛行機のエンジンみたいに。
瞬間、姿を消して君は飛んでいってしまった。
「なぁ、今の……」
「【流れ星】……クリスマスの……」
そんな、筈はない。だって、君は弱くて、それでも立ち向かうそんな人だった。
こんな、こんな、誰も彼も憧れるようなヒーローなんかじゃなかったのに。
あたしの中に焦がれるような気持ちが湧き始めた。




