静寂を乱す
西園寺ナオヤ。恐らくは西園寺財閥の血縁者である。が、その容姿、その言動を僕は知らない。
そしてそもそも、そんな超有名人がそこいらの進学校に収まるような人物か、と問われるとあり得ないと返す。それぐらい当たり前の事、なのに僕は気が付かなかった。
だからこうなる。
「そんなお金持ちの人がこの学校に居るわけ無いでしょ」
担任の先生は苦笑しながらそう答えた。
「……ですよねー、変なこと聞いてすみませんでした」
空き時間に走り回っていろんな人に話し掛け情報を集めたが掠りもしなかった。気付けば午後の授業。
……居なかったら居なかったでそれはそれで。でもなんか引っ掛かるものがある。
違和感、あるいは異物感。
「おい雨宮」
「ハイッ!」
「髪染めたら授業まで放棄か?」
「あっ、いえ、すみません」
教科書すら開かずに考え事してた。
周りからクスクス声が聞こえる。トラウマになりそう。
「お前成績はそこそこ良いんだからしっかりしろ」
「はい……」
黒板に書かれた数式をノートに写していく。
……西園寺財閥の縁者と悟られたくなければ?恐らくは兄に当たる人物が襲撃されていて素直に本名を言うか?
西園寺……西園みたいに偽名を名乗って居たら……。
考え事をしながら数学の授業を受けていたら終わりのチャイムが鳴った。
「今日はここまで」
「起立!」
委員長のハキハキとして透き通った声が響く。
「気を付け、礼!」
「「「ありがとうございました」」」
「着席」
着席して思う。
西園とか居たっけ、と。
首を捻って考えていると楠さんがやって来ていつもと少し違うローテンションで話し掛けてきた。
「ねぇ、翔くぅん」
「……楠さん。どうしたの?」
「放課後空いてる?」
「あー、いや……どうだろう。人探してるから時間無いかもしれない」
「へぇー……なんか付き合い悪くなぁいぃ?」
「本当にごめんなさい!」
僕は両手を合わせて頭を下げた。
「ふぅ~んだ。もう」
「……あっ」
「ならその人探しあたしも……」
「そうだ、西園寺、西園とか名字の人知らない?」
「…………はぁ」
溜め息を吐いている。ごめんなさい。
「西園寺は知らないけど西園さんなら知ってる」
「本当に!?」
「うん。だって昨日…………ん?」
楠さんは窓の外を見て動揺する。
「どうしたの?」
僕も振り返って窓の外を見た。
僕達の居る第四校舎からは正門が見える。その正門の前に誰かが集まっている。五人いや、十人だ。
遠すぎて顔は見えない。覆面をしているかどうかも分からない。けど、まずいって本能が叫ぶ。
「おいなんだあれ!」
僕以外の誰かが気が付いて皆が窓辺に集まっていく。
「……大丈夫かな?」
学校の敷地には防壁が張られている。これを破ることはまず不可能に近い。
不可能に近い、つまり……破る手段事態はあるということだ。
僕の不安は的中し正門の防壁が破壊され、学校中に警報が鳴り響いた。
現在、多くの学校や学園では防衛機構が採用されている。ほとんどの場合が起動する事態になんてならないがそれでも生徒を守るという意思表示として存在する。
問題はこの防衛機構は一度たりとも破られた記録がないということ。
当然、パニックになる。破られたことのない壁が破壊されたのだから。
「落ち着いて皆!まずは避難を!」
「してる場合か!逃げろ!」
襲撃者相手に避難は確かにまずい。一ヶ所に固まるようなものだから。だからといってどこに逃げるべきか。
というか、相手の動き出しが早すぎる!もう校舎に侵入しそうだ。
統率が取れている……素人じゃない。
「どどどどうしよう!翔君!」
素人じゃなければ素人集団の教師に相手できない。武器は、一瞬だけ銃が見えた。
ゴム弾、で人死にがでないとも限らない。
「僕が行かないと」
「えぇっ!?」
「楠さんは皆と一緒に逃げて」
「いや、いやいやいや、翔君も逃げないと!危ないよ!」
「大丈夫、多分。いや、やらないと」
不安そうにしている楠さんを振り切って僕は廊下に飛び出した。
「まって!」
「ダメだって綾乃!逃げなきゃ!」
「だって!今……ッ!」
翔君はあの時と同じ顔をした。傷だらけになった、無差別爆破事件と同じように。不安と覚悟の入り交じった顔をした。
次はないかもしれない。だってあの事件は奇跡的な終わり方だったんだから。
また、同じように奇跡が起こるなんて、あり得ないんだから。




