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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君
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運命邂逅2

 少女は予想より軽かった。

「カーギ、カーギ」

 少女をおんぶして自宅まで頑張って歩いた。多分想定していた時間よりも二倍の時間がかかったと思う。

 今何時かな……多分九時前ぐらいだよね。

 おぶっているから手が塞がっている。仕方ないから一旦ケーキを地面に置いた。

「あった」

 ズボンのポッケから鍵を取り出し鍵穴へ差し込む。ピピッ、と機械音が鳴ると鍵穴を回して鍵を開けた。

「ただいま~」

 誰も居ないのに帰宅時の定型文を口から垂れ流しながら扉を開き、足をストッパー代わりに置いてケーキを手に取った。

 部屋の中は暗く、すっかり冷え込んでいた。

 仕方ないのでエアコンをつける。暖かい空気を出すまで少しばかりかかるけど。

「とりあえず……治療が先だよな」

 おぶっている少女をソファーに横向きで寝かせケーキはテーブルの上に置いた。

 怪我は浅い。けど、弱っている。一体いつからあの場所に居たのだろうか。

 頬は冷たい。脈も弱い。怪我よりも低体温症の方が深刻だ。本当は直腸で体温を測らないといけないんだけどそんな事できるほど僕の肝は据わってない。

 怪我は手当てするとして低体温はお湯で温めたらダメなんだっけ……。確か毛布とかで包めて体温より熱いもので温めるのがいけないんだ。

 押し入れの中から毛布と救急箱を引っ張り出す。

 再度少女の前に膝を付き胸元の襟に触れ、一瞬固まる。

「……」

 ……。

 やましい気持ちはありませんが尊厳を踏みにじったらごめんなさい。

「えーいままよ」

 少女の服を脱がし、手当てを始める。




 処置を終わらせ少女を毛布でくるみ室温を上げる。多分、今できる治療はこれぐらいだ。父さんに教えてもらった事が役立ってよかった。

 脈はある、呼吸もしてる。だから、まだ助かる。もし目を覚まさなければ夜間救急に連れて行こう。

 とにかく一段落、出来る事はやった、後は様子を見る事だけ。

 ただ気になる事があった。少女の背中に付いた傷は切り傷ではなく殴打痕、しかも硬い物を投げつけられたようなそんな傷跡だった。多分、石とかを投げつけられたんだと思う。出血は石の角とかが深々と刺さった痕だ。

 一体だれが、何で。

 でも今そんな事考えても答えは誰にも出せない。きっとこれは今考える事じゃないんだ。ヒント一つも無いしね。

 ……お腹空いたな。

 足裏が痛くなるほどの冷たい床を歩き冷蔵庫を開ける。

 卵、ネギ、ベーコン。なんで僕は夕飯を買う事を忘れてたんだよ。カラオケで有頂天になってたからかぁ~。

「……ハァ」

 ご飯炊いてた……よな?炊いてた。

 じゃあ、うん、チャーハンでも作るか。

 チャーハンの作り方自体は簡単だ。全部みじん切りにして混ぜて焼けばいい。面倒?それはそう。

 まぁ、面倒なんて言っても腹は膨れないのでちゃっちゃと作る。

 卵を二個割って軽くかき混ぜる。長ネギは切ってあるので割愛。ベーコンはさいの目切り。ご飯は予め椀へ移しておく。

 フライパンに火をつけ油を引きある程度温めてから焼き始める。最近のIHは良い火力出るのでガスじゃなくても良い。都会にガスコンロとか無いけど。あとはお好みでニンニクを入れる。僕は入れないけど。

 卵、ご飯、ネギ、ベーコンの順で焼いて塩コショウ、醤油で味付け。ミスったら塩辛いのかもしくは味のしないのが出来上がる。ミスしないコツは知らない。多分慣れ。

 後は適当な皿に盛り付ければ完成。いつも食べてるチャーハン。

「……ハァ」

 ……なんか、買って帰ればよかった。

 いつも食べ慣れすぎて特別感が無い物が出来上がった。クリスマスイブなんだからもうちょっと良い物食べたかった。フライドチキンとか。

 まぁ、ケーキは買ってるし。

「……」

 ケーキを冷蔵庫に入れる為テーブルの上の箱を手に取ると、コトン、と何かが箱の底に落ちる音がした。

 確実に「あっ」って声出た。

 急いで箱を開けて中を確認する。

「あっ、あぁぁぁぁぁ……」

 グッチャグチャ……とまではいかないがケーキの上のフルーツなどは形が崩れて一部がケーキの箱の中で散乱している。

 やってしまった。あぁ、やってしまった。

 まぁ、うん、人命には代えられなかったという事で。

 ……納得しても心が暗く沈んでいくのが実感できる。チクショウ。

 まぁ、でも、仕方ない。仕方ない。盛り付けを整えればまだ綺麗に見えない事も無い。

「……」

 溜息を交えながら椅子に座りダイニングテーブルに置いた作ったチャーハンを大き目のスプーンで掬いヤケクソ気味に頬張る。

 別に不幸とは言わないけどなんか、小石に躓いてコケるような運が無いみたいな事がここ最近多い。今回のは自分が躓きに行ったのかもしれないけど。

「スンスン」

 もう一口頬張った。多分三分の一ぐらいは無くなったと思う。

「ゴクリ」

 ……だいぶ部屋も暖かくなったし様子見ないと。

 視線を少女に向けるとソファーには誰もおらず、ダイニングテーブルからひょっこりと頭だけを出してチャーハンを眺めている金髪の女の子の姿があった。毛布に包まって震え直立する姿は芋虫みたい。

「………………」

「…………あっ……」

 僕が黙ってみている事に気付き目が合うなりめちゃくちゃ気まずい空気が流れる。

「なんか言って」

「…………なんか」

 そうじゃない。

「あ、えっと、その」

 チラチラとチャーハンを見ている。食べたいのだろうか、まぁいいけど。

「それ、食べさせて」

 図々しくない!?いいけど!

「ん、いいよ」

 ぱぁあ、と満面の笑みを浮かべる。太陽とか、ひまわりとか、そんな感じの明るい笑み。キラキラしてる。

「ありがとう」

 スプーンで掬い大口を開けて頬張る。よっぽど腹が空いていたんだなとそう思った。そして、大粒を流しながら飲み込んだのを見てただ事で無いと確信した。

「ごめん、ごめんなさい。久しぶりのちゃんとしたご飯だったから」

「……残り全部上げるよ」

「へ?あ、ありがとう」

 そんな、久しぶりのご飯久しぶりとか言われたら取り上げる事とかできる訳ないし、でもおいしそうに食べてくれるのは、嬉しいな。

 金の髪を揺らしながら膝を付いてチャーハンを食べる姿は一枚の絵に出来そうなほど美しかった。

 いい意味での幼い顔立ちと白い肌、そして金の髪は一種の神秘すら思わせる。

 でも涙でくしゃくしゃになった顔はせっかくの美人が台無しだった。それでも少女は食べ進める。おいしそうに、腹を満たす為に。

「……ケーキも食べる?」

「ッ!食べる!」

 結構図々しいけど。




「もしもし?父さん」

『おう、どうした?』

 父さんからの折り返しの電話がかかってきた。

「怪我してた人を保護した」

『……ん?』

 僅かに困惑した声が返ってきた。

「怪我してた人を保護した」

『聞き返したわけじゃない。で、その人は今どうしてる?』

「うちで飯食ってる」

『病院連れて行け』

 僅かに怒気が混ざった声がする。

「いや大丈夫って言ってて」

『大丈夫じゃない奴はみんなそう言うの』

「移動手段無くて……」

『……あと一時間したら迎えに行く。それまでちゃんと様子を見る事。いいな』

「うん」

 最後に溜息を吐いた音が聞こえて電話が切れた。迷惑をかけてしまっただろうか。

 でも、僕は正しい事をした、と思いたい。

「仲悪いの?」

「父さんと?」

 ケーキをホールの四分の一を食べ、全部食べる勢いの少女が疑問を呈した。盛り付け頑張って直したんだから僕にも食わせろ。

「悪くは無い、と思う。多分」

「曖昧なんだね」

「まぁ、うん。良くも無いから」

 ケーキの八分の一ぐらいを皿に分けて僕は一人でゆっくりと食べ始める。

「こっちに移り住んでからは口数が少なくなって……。ちゃんと会話できてないんだ」

「寂しくない?」

「…………さぁ?」

 そこまで言う義理も無い。僕は適当な所で会話を切った。

 一口、ケーキを口に運び、懐かしい甘みをしっかり堪能してから飲み込んだ。

「それで、あなたはどうしてあんな場所で倒れていたんですか?」

 無我夢中でケーキを食べる少女は顔を上げて僕を見て少し考えてから。

「七日ぐらい前に集落が襲われて」

「襲われてって……他の人は大丈夫なの?親御さんとか……」

「どうなってるかわかんないけど、私より強いし大丈夫でしょ」

 妙な自信だった。というか、強い?ってなると……。

「まさか……異能が……?」

 全身の毛が逆立つ。全ての異能者が攻撃的ではないのは知っているけど、攻撃的ではない理由が彼女にはなかった。

「イノウ?私は神通力って言ってるけど……同じ物かな?」

「神通力?そんな半世紀前のオカルト番組みたいな」

 でも、彼女は立ちあがり少し広めの場所に移動する。

「ご飯くれたお礼に見せてあげる」

「見せてあげる……って」

 少女は自分の胸の前で手を合わせ瞳を閉じ願うように手を握りしめる。

 とっさに止めに入ろうと伸ばした手は彼女を包み込むように生まれた山吹色の障壁に強く弾かれた。

「ふふーん、どう?これ絶対に壊れないんだよ」

 プスプスと音を立てて服が焼けていた。手は、火傷とかは無かった。

「これ……もしかして絶対防壁、そんな……可能性だけの産物じゃなかったんだ」

「わわわ、そんなに興味持ってくれるのは嬉しいけど触ったら焼けちゃうよ」

「あ、ごめん」

 彼女が障壁を解くとどっと疲れたように脱力した。

 僕はよろめく彼女をとっさに支える。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……どうしたの?そんな大変だー、みたいな顔」

「いや、何でもない」

 彼女の疑問は大当たりだ。僕は内心とてつもなく焦っている。

 絶対障壁、科学者たちが提唱した異能の到達点の一つ、物体を操るサイコキネシスの最上位、あらゆる干渉を退ける絶対防壁、即ち究極の守り。

 その異能は、今の今まで、誰一人として到達していない。

 異能者は全員政府によってどのような力を持っているのかリストアップしてある。生まれた時から、死ぬまで、今後の為と秩序の為に。だけど今目の前に居る彼女は現在存在しない異能を保有し、リストには居ない。閲覧できるのは父さんとかだけど。

 つまり、この人は政府が認知していない異能者という事になる。

 それに……。

「……それ、本物なら相当『位』高いよね」

「位?なにそれ」

「等級みたいなやつ。一番上が【天位】だけど、一応もう一段上がある。まだ誰も居ないけど」

「へぇ」

 彼女を椅子に座らせ休ませる。体が回復しきっていないというのにそんな体力を使う異能を使わないでほしい。心臓に悪い。

 でもまぁ、明日になったら彼女は政府に引き取られて手厚い保護を受ける……筈。一応、日本だと異能者と一般人の人権は同等の物として扱われているし。

「んー、これ美味しい」

 ケーキを頬張ってる姿がリスとかハムスターに見えてきた。

「そう。なら奮発して買った甲斐がある」

「でも、これ何かのお祝い事に食べるんじゃないの?」

「なんで?」

「だってほら」

 彼女が指差したのはホワイトチョコの板に普通のチョコで書かれたメリークリスマスの単語だった。

「……まぁ、今日はクリスマスイブだし、大して変わらんと思う」

「……そう、なんだ」

 ……この二日間、父さんが帰ってきたことは無い。人を助ける仕事なんだから仕方ないけど。

「ねぇ」

「ん?」

「お祝い事なのにそんな暗い顔しないでよ」

「ご、ごめん」

 そっか、暗い顔してたのか……。今度からはあんまり顔に出ないように……

「……フフン、なら私がお祝いしてあげよう」

「いいよ。めんどいでしょ」

「良くない。だってお祝い事は楽しくないと」

「これが僕の普通なの。気にしなくていいよ」

「やだ。私、何かされっぱなしっていうのは落ち着かないから」

 ほぼ僕の事を無視して彼女はクリスマスを祝おうとする。キリスト教の生誕祭という事も知らずに。ただのイベントと化しているとは思うけどね。

 今の現代がどうなっているのかも知らずに、こうしたい、ああしたいと、要望を投げかけ、僕はいつの間にか相槌を打っていた。いいかもね、それは無理じゃないか?やるなよ、絶対やるなよ。そんな感じで。

「明日、案内してね」

 いつの間にか、僕は彼女とクリスマスに街を案内する事になっていた。

「見てみたい!でっかい塔とかとか、おっきな提灯とかとかとか!」

「……僕の一存じゃ判断できないから父さんが帰ってきたら相談ね」

「うん」

 そんな期待を込めた目で見ないでほしい。流石に父さんには強く出れないんだから。

 溜息を吐いて、嬉しそうにする彼女の顔を見る。

 太陽のような笑顔だった。

 ……。

「あの」

「ん?なぁに?」

「……あなた、の、名前を……僕知らないなって」

「あぁ、そっか、そういえばそうだったね」

 深呼吸をして彼女は告げる。自分の名前を、謳うように。

「雪村雫。貴方は?」

「雨宮翔。よろしく。雫さん」

 ニヘェっと表情が崩れ笑う彼女は何処にでも居る少女に見えた。

 少しだけ沈黙が流れ、電話が鳴った。

「もしもし」

『もしもし、翔か?』

「うん」

 父さんの声だった。

『もう少ししたら着くからな』

「わかった」

 そのまま電話は切れてしまった。

「父さんがもう少ししたら着くって」

「そっかぁ、なら一発ドカンと殴らないとね」

「いやなんで」

「祝い事の日に子供一人置いて仕事優先するような親には本音をぶつけないとってね」

 だからって殴るのは過激なのでは。

「誕生日もすっぽかされたら泣いてもおかしくないんだから」

 それはそう。だけど……

「父さんの仕事は人を助ける仕事だから、子供を優先して人を助けられなかったら、僕は責任が取れない」

 事実だ。僕を優先して本来なら助けられる人を助けられなかったら、僕はどう償えばいいんだろう。

 でも、彼女はその言葉を聞いて眉をひそめていた。どうも僕の言った事が気に入らなかったらしい。

「どうして、誰かが死んだら翔のせいなの?そう、お父さんに言われたの?」

「父さんがそんな事言う訳ない。これは、僕の中で出した答えだ」

 それが、僕たち親子が言葉を交わさなくなった理由だって、僕はそう結論付けた。

「バカじゃん。なんでお父さんに言わないの?」

「雫さんは僕の母さんか何か?なんでそこまで言うの?」

 流石にイラっとした。なんで人の家の事情にそこまで首を突っ込んでくるんだよ。関係無いのに。

「だって、後悔する。絶対に。もっともっと大人になった時に、もっと話しておけばよかったって」

「……知ってる風に言うね」

「言うよ。私、お父さん死んでるから」

「なッ……え……?」

 言葉が詰まる。熱くなってゆく口喧嘩にブレーキがかかった。

「私、父親を知らないし、どういう感じで子供と接するか知らない。けど、これは違うってはっきり分かる。我慢は必要かもしれないけど翔のは諦めだもん」

「……そう」

 ……。そう、か、諦め……。言われてみればそうだ。何かを望んで、その望みを抑えてる訳じゃなくって、最初から何も望んでない……って事か。

 なんで言われて初めて気づいたんだろう。でも、気付けただけ良かったのかも。

「なので、翔のお父さんを殴ります」

 野蛮だな。

「いいよ。殴らなくても」

「いいややるね、だって私にできる恩返しはこれぐらいだもん」

「恩返し?」

 僕は首を傾げ息巻く雫に問うた。

「うん。今日助けてくれた事と、ケーキと、後美味しいご飯と、色々とこの街を教えてくれた事。私の人生に沢山の色を付けてくれた事、感謝してるんだ」

 まるで今が人生の絶頂と言わんばかりの笑顔でそう言った。そんな事が幸福だと言って雫は笑った。

 君も、僕の人生とあまり変わらないじゃないか。その時の僕はそう思った。

「……いいよ。やっぱり父さんは殴らなくてもいい」

「なんで?」

「僕が、殴る訳じゃないけど、言わないといけないから」

「……そっか、そっっかぁ。うん、なら、仕方ない」

 思えば僕には父さんに言いたい事はある。誕生日ぐらいは祝って欲しいって。なら、うん。僕は大丈夫だ。まだ何もかもを諦めたわけじゃない。

「でもありがとう。色々と気付けた」

「む……」

 しばらくの間僕達は談笑に耽った。ケーキが無くなるまで。甘い時間が、終わって、街から雑踏が消えるまで。不穏な足音が聞こえるまで。




 再度電話を掛ける。もちろん父さんに。

『もしもし』

「もしもし父さん?もう十一時前だけど大丈夫?」

 電話の向こうでエンジンをふかしタイヤが空回りする音が聞こえた。雪に足を取られたな。

『大丈夫。ただ雪が積もってて時間がかかりそう』

「なんなら近くに行くよ?徒歩だけど」

『最近は物騒だからあまり外に出てほしくない。そのまま家に居てくれ』

『隊長、何とか進み始めました』

『おう、ありがとう。じゃあな。早ければあと十分ぐらいで着く』

「多めに見積もって三十分待っとく。気を付けて」

 電話が切れた。部下の人の声も聞こえたし多分大丈夫。……冬用タイヤ付けて無いんだろうか。

「あと少しで来るって」

「ふーん」

 どうもご機嫌斜め。ふくれっ面で目を据わらせている。

「もう食べる物は無いです。空腹は我慢してください」

「はい」

 とはいっても、流石に食べる物が少なすぎた。こんな機会だ傷跡を見ておきたい。

「雫さん。背中、大丈夫?」

「……背中?」

「うん」

 彼女が背中を触るとガーゼとかの膨らみに気付き、それは一度脱がさないと貼れない事に一時置いて気付いた。

「あ、あ、あああああああああ」

「……あ」

 そうだ、僕は彼女の裸体を見ている。世間を知らない彼女が箱入り娘である事も考慮しておくべきだった。

 真っ赤に染まった顔は牡丹の様になっている。分かってる、見開き涙を溜めている瞳が何を訴えかけているのか。

「み、見たの?」

 ここは誠実にちゃんと謝意を示さないと。

「ごめんなさい。ただ、処置の為には必要な事でしたので」

「……う……きゅぅぅぅぅ……」

 やり場のない恥ずかしさと怒りを噛み殺し黙り込んで俯いてしまった。

「本当にごめんなさい、わざとじゃあないんです」

「……」

 返事が無い。ごめんなさい。でも今はそっとしておこう。藪をつついて蛇を出したくはない。

 丁度良くインターホンが鳴った。父さんが良いタイミングで帰って来たんだ。

 その時はそう思っていた。

「父さん帰ってきました。出迎えますね」

 よそよそしく逃げるように出迎えに行った。

 油断をしていたつもりは無かった。その時は、なんだ近くまで来てたのか、なら徒歩でもよかったじゃん、そんな風に思っていた。

 いつもなら家の中にあるモニターからインターホンを押した人を見て出迎えるけどその時は父さん以外に来る人がいなかったし、何よりこんな時間に人が来るなんて思ってもみなかった。

 違和感に気付いたのは靴を履いて玄関扉のドアノブに手が触れた瞬間だった。

 父さんは鍵を持っている。でも、一度も扉を開けようとしなかった。

 インターホンを押した人間は声を出していない。鍵を忘れたなら、一言ある筈だ。

 勘付いた瞬間、分厚い鉄の扉が赤熱化した。そして……

「逃げて!かけ……」

 雫の叫び声が廊下に響いた。

 靴を履いたまま家の中に駆け出した。その僅かコンマ数秒後、扉が轟音を立てて爆発する。

 僕は雫を庇うようにして爆風の一部を背中に浴びた。幸い一瞬だったから火傷は無い。でも、今のを僕は知っている。

「【爆弾魔(ボマー)】」

 触れた物体を爆弾に変える異能。夏休みに対峙した爆弾魔と同じ威力だった。

「まさか……あの時の」

 すぐさま彼女を抱えて逃げる。ここは爆弾になる物が多い。材質と質量で爆発の威力が変わるとしてもそこら辺の瓦礫一つで人を殺せる。今はとにかく広い場所に出る必要がある。

「掴まって!」

 ベランダに出て手すりを踏み台に飛び降りる。

「ちょ、ちょちょちょっと待ってぇ!ここ三か……いぃ!」

 飛び降りると後ろから追いかけてきた誰かの声が聞こえてきた。

「正気かあいつ」

「ハ、やっぱりそう来なくちゃ。ヒーロー」

「出番だぞ!【超人】!」

 超人、今超人って言った!?

 落下中だったけどすぐさま周囲を警戒する。超人、天位の異能、確認例、日本のみ、発現、一人。そして、殺人鬼。

 着地準備は万全になった瞬間、遥か彼方の建物の上から高速で接近するものを肉眼で捉えた。

 赤黒い肌と白い髪、肉食獣のような目に剥き出しの歯は笑っているように見える。見た事がある顔、異能犯罪者【超人】、その人だ。

「そいつ置いてけぇ!クソ雑魚ぉ!」

 俺の目の前に迫った拳、喰らえば脳漿が飛び散る確信があった。だが、その拳は俺に届かず変わりに山吹色の防壁が拳を弾いた。

「テメェ!」

 雫さんの防壁、奴の拳は火傷痕の様に焼けて煙を上げていた。

 地面に山吹色の防壁が接地すると僕と雫さんは勢いを失い怪我は一切しなかった。

「三階から飛び降りるとか何考えて……」

「ごめんなさい少し黙って!」

 防壁が解けると雫さんは息を切らしてかなり疲れているようだった。ただでさえ体力は戻っていないってのに無茶して……。でもその無茶で救われた。なら答えないと。

 形振りかまっていられない。

 走れ。

「逃がすかボォケがぁ!」

「【超人】……そこ……退け!」

 逃げようとした進行方向を【超人】が遮る。

 握られた拳、人一人を抱えて避けるのはきつい。だが、敵は俺だけを狙っている。なら足運び一つで避けられる。

 顔面に迫る拳を足を動かすだけで華麗に避けてみせた。

「なぁっ!」

「【超人】でも、ここは弱点だろ!」

 振り上げる足は相手の足の間を通って股の頂点を蹴り上げた。

「ガハァッ……」

 流石に悶絶してくれた。結構強めに蹴ったから潰れたらごめんだけど正当防衛という事で一つ。

 そのまま雫を抱え走り出す。父さんが居る方へ、保護して貰う為に。

 後ろで恨み言を叫ぶ【超人】を無視して。




「ア"ア"ア"ア"ア"ア"……あのモブぜってーぶっ殺す!」

「ハハハ、【超人】でも金玉は痛いんだ」

「うるせぇ【爆弾魔】!ぶっ殺すぞ」

 あいつが走って逃げてから五分が経過した。外は豪雪で足跡がすぐに消える。後を追うのは至難の業だ。

 青ざめる俺の顔を見て俺の仲間たちはケラケラ嘲笑している。

「ほら跳んで、少しはマシになるわよ」

「マジ?」

「マジマジ」

 少しでもこの痛みから逃げたくて言われた通りジャンプしてみる。気持ち楽になった。

「それでどうします?追いかけますよね?」

「この豪雪の中?足跡ももう消えてるわよ。【念力場(サイコフィールド)】」

「その言い方はやめてください。志波(しば)という名前があるんですから。それともあなたも【蓄電(バッテリー)】って呼んで欲しいですか?」

 ガリ勉陰キャ野郎が眼鏡を指で上げながら自分の名前を伝える。ちびのくせに頭は良いと来た。だから雪村の御神体を攫う作戦の司令塔を担っている。癪だが、こいつの作戦は良く練られている。が、今回ばかりはあの男、最強の息子が未知数だった事が災いした。

「ん~、志波ちゃん下の名前を教えてくれないからいじめたくなっちゃうの。許して」

 きめぇポーズで一回り以上の年下に許しを請う三十路前の女……キッツイもんがあるな。

「志波ちゃん……まぁいいでしょう、デンコさん」

「なぁ志波」

「なんです?【爆弾魔(ボマー)】」

 この女だけは自分の名前を明かしたがらない。四カ月ほど前捕まった時に助けてやると俺達と一緒に行動するようになった。

 橙色に黄色の目、触れた物を爆弾に変える天位一歩手間の異能。綺麗な見た目してんのになんで無差別爆破事件なんて起こそうと思うかねぇ。

「オレの目標は彼だから、それだけ覚えてってね」

「えぇ、分かってますよ」

「あー……楽になった。追いかけようぜ」

「流石【超人】、回復も早いわね」

「超人超人うるせぇなぁ。カインって名前があるっつってんだろ」

「超人の方がもう馴染みがあるし」

「あぁそうかい。ならもう超人で良いよクソボケ」

 なんで俺だけ超人呼びかねぇ、まぁいいかぁ。

「……おや?」

 遠くで対異能組織のサイレンが聞こえてきた。さっきの爆発音で誰か通報したんだろうな。にしても随分早い到着だな。

「いや早過ぎんだろ。さては呼んでたな」

「幸いなのは逃げた方向とは逆の方から来てくれたことですかね。少なくとも保護はされていないでしょう」

「最強に挑まねぇのか?」

「まだ早いとだけ」

「そうか、なら期待しとくぜ」

「最高の舞台を用意してあげますよ」

 何かを思案している時のこいつの目は得物を追い詰める獣みてぇだ。だから志波は信用できる。同類だからな。

「雪村の御神体を追いましょう。足跡はこの雪の中ならすぐ消える筈、行動は早い方が良い」

「分かったわ」

「はーい」

「おう」

 待ってろよ、最強、雨宮雷蔵(らいぞう)。必ずテメェを倒して俺が最強になってやる。

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