星導べと天照す
目を覚ますと知らない天井だった。
真っ白の天井、真っ白なシーツ、薄緑のカーテン。そして消毒液の匂い。
病院のベッドの上だった。
僕は何事も無かったように身体を起こし窓の外を見る。空は晴れ雪もそれなりに溶けていた。
僕の枕元に置かれた古いデジタル時計は昼過ぎを差していた。
「……あぁ」
僕は最後の最後に衝動に負けた。にもかかわらず僕は僕だと認識できる。なにも変わっていないと自覚できる。
脳裏に雫の姿が甦った。
「……どうしよう」
周りを見渡して取り敢えずするべき事を考えていると病室の扉が開いた。
「……お」
「父さん」
父さんだった。なんかコソコソしながら入ってくる。
「ナースコール、ナースコール。目が覚めたって教えてやらんと」
「あ、うん」
僕はナースコールを押した。
「特に異常はないですね」
メガネをかけた壮年の担当医はそう言った。
「確か、血を吐いていたと思うんですが……」
「あぁ、その件ですか。大丈夫ですよ。全て治っています。ナノマシンのお陰でね」
あぁ、そう言えば。
「とは言え、肺に血が溜まっていたわけですから咳をすると血が混じることもあるでしょう。あんまり長い間血が混ざるようでしたらまた入らしてください。ナノマシンに関しましては機能停止用の血清を打ってあります。今日の夜には完全に停止し体内に取り込まれるでしょう」
「あの……」
僕は一瞬躊躇って、頑張って口にした。
「精神の方は……」
「そちらは専門外なのでなんとも。ですが、脳に異常はなかった。それだけは断言できます」
「……そう、ですか」
「ではこれで」
「無事で良かった。かけ……」
「貴方はなんで居るんですか?雷蔵さん。貴方重症って言いましたよね?動くなって言いましたよね?入院期間延ばされたくなかったら言う事聞いてもらって良いですか?命に関わったんですからね?」
おぉ、老体なのに父さん引きずって病室から出ていった。
「スミマセンスミマセン!でも息子に一言だけでも!」
「……すぐ済ませてください」
「ありがとうございます」
父さんが病室の外で扉を開いたまま笑顔で言った。
「説教やら何やら色々言いたいことはあるが、今は取り敢えず、おかえり」
「うん。ただいま」
それだけ言い残して引きずられて病室を後にした。
そして入れ替わるように、黒いスーツの人たちが入ってくる。
「……こんにちは」
「こんにちは。雨宮翔……君」
見ただけでわかる。政府の人だ。
結果だけ言えば超人との表立った戦闘は事故として処理されることになった、だけ伝えに来た。
その上で僕の異能の有用性、そして危険度についても語っていた。ただ、目に見えて政治利用しようとしているのは政に疎い僕にもわかる。
超人を一時的にでも無力化できた。日本だけが追い求めている人工異能を限界を超えて使用できた、原点であり前例の無い種類の異能、僕は吊るされたアンコウ状態だ。無駄に出来る部分がない。
ただ誰かが根回ししていたらしく話は途中で打ち切られ、そして、根回ししていた張本人が今目の前に居る。
「感謝しろよ~」
「カンナギさん」
病室の窓からこの人は登場した。まともに入退室できないのかこの人は。
「ボクが根回ししてなかったら君今ごろ研究施設で監禁なんだよ?」
わざとらしいメスガキムーブがすごく腹立つ。そういう趣味はないです。てかこの人、男じゃん。
「……何?」
「普通にしてください」
「普通だよう。そ、れ、と、もぅ、仕事モードで話した方がいいか?」
「そっちの方が殴りたくなくなるのでそっちで」
「えぇ……結構人気なんだけどな」
どこの誰にだよ。事と場合によっては色々とヤバイぞ。
「まぁいいか。ボクの根回しで君は普通の生活が出来る。家吹っ飛んでるけどね。まぁそこは新居ぐらいは用意できるよ。と、言うか、君の父さんあんだけ稼いどいて全然使ってないんだね。良い家と小物の一つぐらいはした方が下の連中のモチベに繋がるって言ったのに」
「まぁ、そういうの嫌う人ですし」
「知ってる。まぁいいや。この際にじゃんじゃん使わせてやる。義肢のメンテ代こっち持ちだし」
窓枠に腰かけて足を組み肘を膝に突いて頬杖をしている。そしてむくれた。
「学校も問題なし、通学路は変わるけどね」
「じゃあ変わるものは何ですか?」
「フフーン、聞いちゃう?やめろ拳を握るな」
次は殴る。
「単純に君の待遇。今までは普通の人間だったけどこれからは異能者だからね。管理者が付かないといけない。未成年なら保護者、大人なら君の父さんみたいな対異能組織の異能管理部が有る所、そして君の場合は本来は父さんなんだけども事情が事情だからね。ボクが君の管理者だ」
「はぁ!?」
ちょっと待て!?この人が!?なんで!?そんなビッグネームでもないだろ!
「どうせなんでこんなエセメスガキホモカマ野郎なんかにとか思ってんだろうけど」
「そこまでは思ってないです」
「ボクこう見えて結構ヤバイ奴なんだぜ」
そういって名刺を差し出される。すいませんそこ手が届かない。
「投げるよ~」
「あっ!ちょっ!」
僕が上手くキャッチできる場所に投げられた。
名刺を見ると開いた口が閉じないとんでもない人だ。
「日本最高の異能犯罪制圧率を誇り、日本のみならず世界を股にかける対異能組織、【天之川】の唯一にしてたった一人のメンバー」
「一人……?」
「イエス!」
「カンナギ……名前とか聞いたこと無かったんですけど」
「そら公開してないし」
一人、一人でやってきてたのか。というかどんなスケジュールしてたらあんだけの量の犯罪を取り締まる事出来るんだ?
「とまぁ、ここまでは良いんだけども僕も歳でねぇ、一人じゃきつくなってきたのよ。だからメンバー集めと後進育成に乗り出したんだ。ボクの後釜一号だぜ?しっかり働けよ~」
「荷が重い」
「もうボクが引き取った後だから退くに退けないゼ」
ロクなことしねぇこの人。
でも、この人が僕の生活を保障してくれたのなら、それは応えないといけない。それに、現状の時点で僕はここに居なかった可能性すらある。
返せない恩を押し付けられた感はすさまじいけど。
「と、言う事だ。よろぴくね!だっちゅーの!」
「うざ」
「おい」
しまった本音が。
「安心はしなぁ、さすがに一人だけで回せる気はしないから」
「増やすってことですか?」
「うん。モチのロン」
そろそろ調子乗り始めたな。拳の用意しとこ。
それにしても、まぁ、いけるぅ?かぁ?
「……異能者で良いんですか?後釜」
「もち、ボクが異能者だし」
そういやそうだった。
「利用できるものはなんでも利用するさ。例えばボクの築き上げた信頼とか」
「どうしようにも拒否権はないんですよね?」
「そりゃあもう。無いに決まってんじゃん」
「なら、わかりました。慎んでお受けします」
僕がまぁ、仕方ないかで済ませようとしたその時、僅かに怒気を含んだ声が聞こえた。
「本当にそれで良いのか?」
僕がその声がした方を見るとカンナギが目を細め態度はほとんど変わっていないのに僅かに怒っているのが分かる。
「ボクが言ったこと忘れたか?」
何も選ばず、何も決めない、そんな馬鹿な真似をするな。そう言った彼を思い出す。
ボクの選択は選択ではなく惰性だと言っているんだろうけど逃げ道塞いでおいて良く言うよ。
「これは確かな選択です。意味なら後で見つけます」
「……なら良いか。うん。ちゃんと成長できているようで安心だ」
急に軟化した態度といい、この人のシリアスとコメディの温度差で風邪引きそう。
「あー、そうだ、最後に聞いとこう。衝動の方はどうだい?」
「……」
何も言えなかった。最後の最後で負けたとは特に。
「どうせ最後の最後で負けたとか思ってんでしょ?」
なんで分かった。
「あれだけ血を吐いてまともに働かない頭で外部の要因があの程度で止まれたならそれは敗けではなくないか?」
「そうかもしれないけど、僕は僕の帰り道を忘れて……」
「忘れてなんか無いね。寄り道しただけさ。子供の内は良くあることだろ」
「子供?」
「そうさ君は子供だ。特に異能に関してはね。そして異能に紐付けられた衝動も」
僕は悩む。その衝動は良いものなのか悪いものなのか。
「僕の衝動は……もう分かりきってる。あんな風に記憶が変わるんだから」
「へぇ?何?」
「……僕から居場所を奪った物への破壊衝動」
「……奪われたものは?」
「思い出と、帰る場所」
「じゃあ、破壊したいものは?」
「都市」
「文明圏への破壊衝動とは大きく出たねぇ、まぁ、君の異能なら出来ないことはないんだろうけど」
そうだ。超人を倒した上空百キロメートルからの蹴りをあのまま地上に衝突させていれば全ての層を破壊して地下に格納した文明へダメージを与えることが出来た。それをしなかったのはまだ理性が効いていたからだ。
「【対地中貫通弾】だもんねぇあれ」
「まぁ、はい」
「でも、君は生きてる。それはどう考えるんだい?」
「それは……」
「衝動はもう君の精神を蝕むものではなくて折り合いを付けるものに変わった。向き合う必要があるんじゃない?」
「……」
「気長に考えなぁ?世界の敵にまわったときは相手してあげるから」
「……そう、ですか」
なんとなく優しさに溢れた声に聞こえた。
「じゃ、そゆことで。ばぁあい」
彼が後ろ向きに倒れ空中に身を投じる。それを見た僕は止めようととっさに乗り出したがその心配はなく、奴は僕の異能をコピーして飛んでいた。
「これ便利~、じゃあねぇ!」
僕より使いこなして飛んでいった。なんか悔しい。
……。
…………。
………………。
とても静かだ。
僕は横になって天井を見る。彼女は無事だろうか……。
とても心配になった。
……探しにいこうかな。
身体を起こしベッドから降り病室の扉に手を掛ける。
ほぼ同時に外にいる誰かと一緒に扉を開いてしまった。
「あ」
「お」
僕の目の高さの少し下に君が居た。
「……元気そうだね、翔」
「うん。雫は……なんともない?」
「うん!寝て起きたらスッキリ!」
笑みを浮かべる君は元気良く返答してくれる。
「あっ、そうだ」
君は何かを思い浮かべて僕の手を取った。
「少し出掛けよ。話したいことがあるんだ」
ここの病院では屋上が封鎖されている。代わりと言っては何だけどドーナツ状に建てられた入院練には吹き抜けの中庭が用意されていて、夕陽が射し込んでくる。
入院している患者の人達はここで気分転換を行う事が出来る憩いの場所、その時間には誰も居なくって、レンガの道も芝の脇も、今は静か。
「話って?」
「うん。私、君に感謝してて」
君に話しかけられて私は向き直った。
「……事が終われば私と君は……きっと他人に戻るんじゃないかなって、そう思って。どうしようかなって」
「まだ家に一緒に行く約束がまだだよ」
「そう、何だけどさ」
何と言うか、その約束さえ過ぎれば何処かに行ってしまいそうなそんな気がしてしまった。君だけじゃない、私も。
私の異能が特別なもので、人類全体が必ずその扱いに困る、そういう類いのものだって教えてもらったから。
だからこそ私も君も、ここが最後になるかもしれない。この会話が、この言葉が、君に伝えられる最後の機会かもしれないから。
「だからその、うん。ありがとう。それだけはどうしても伝えたくて」
「……そう……なんだ」
君は察したのか少し寂しそうな顔をしていた。
「……んー、あー」
「ん?」
「そう、だね。うん。そうだ」
君の態度が少し落ち着かないものになる。
どうしたんだろう。
「もし、行く場所がないとか消える場所がないとか、そう思ってるなら僕と一緒に暮らしませんか?父さんも……居るけど」
……昨日までの頼もしさはどこへやら、君は初々しくて照れ臭そうに切り出した。
「お父さん納得する?」
「説得する。何がなんでも」
「……良いの?」
「うん。一緒に居たいから」
君はそう言って手を差し伸べる。
「一緒に帰るんでしょ」
「……うん!」
暗闇の中でも光る星のような君はやっぱり暖かい。
照れ臭そうに笑う君は年相応で、何も変わっていない。衝動に乗っ取られていない。
私は笑って君の手を取ったのだった。
夕日を背に君は笑う。太陽にも負けない眩いばかりの笑顔を。
あぁ、僕はこれが欲しかったんだと、やっと分かった。ずっとずっとこの笑顔が見たくて頑張っていたんだ。最初に君が見せた、その笑顔を。
僕の頑張りはこの一瞬に報われる。君の太陽のようなその笑みこそ僕に与えられた最大の報酬なのだから。




