決着
私は走りながら君の元に向かって行く。
山吹色の小さな光の粒が空に向かって舞い上がっていく。君に展開した私の障壁が剥がれていく最中だった。
地上に落ちた赤い星の上半身が無くなった残骸を君は見下ろしながら酷く落ち込んだ顔をしていた。
「ハァ……ハァ……翔……」
息が上がった私の呼吸で冷たい空気を吸って、白い息を吐く。
名前を呼んだ君は白い翼を雪が溶けるように散らせながら振り向いた。
「……雫」
弱々しい君の姿がそこにはあった。
君は、後悔してるのかな?君の事だからきっと【人】を殺したと思っているんだと思う。だって優しいから。
だから自分が後悔するとしても君は誰かの為に戦う。助けてしまう。そんな優しい君じゃないとあの夜に手を差し伸べてはくれない筈だから。
そんな君に私は惹かれた。そんな君だからこそ支えたいって思ったんだ。
今にも倒れそうな覚束無い君の足取り、私は駆け寄って肩を貸した。
「大丈夫?」
「……うん。何とか」
異能を解除した瞬間、君は全身の力が抜けてしまった。
「わわっ!」
「ご、ごめん」
こんなに頑張っていたんだってそう思った。
君は思ってたより頑張り屋さんなんだ。
「帰ろう」
「うん……」
君の小さくなった歩幅に合わせて歩き出す。少しづつ小さくても帰路に着く。それが君の心に宿っていたものの筈だから。
「帰ったら何しよっか」
「お風呂入りたい」
「そっか、なら私はご飯作ってあげる」
「作……れるの?」
「おむすびなら!」
「……なら、楽しみにしてる」
「うん。それとね、約束覚えてる?」
「どの約束?」
「私の家に着いて来るって約束。一緒に来るなら、翔の体調が治ってからの方が良いよね?」
「それは……そうだね。でもすぐに治るものでも………………」
グニャリと肉が潰れる音がした。
瞬間、私達の背筋に悪寒が走る。
足が止まって、寒いのに冷汗が滲み出る。
振り向いちゃいけない。だって認識すればそれは在ったことになってしまう気がして。腐っても神様だったからそんな考えを持ってしまった。でも君は何の躊躇いもなく振り向いた。振り向いた君の信じられないものを見た顔を見て初めて事の重大さを知る。
恐る恐る、私は振り向いた。
そこには巨大な肉塊が蠢いていた。
「……うそ……」
「……でしょ……」
肉塊が割れる。違う、再構築しているんだ。
元の肉体に。
「あ゛ァ゛……」
衣類を纏わず、生まれたままの姿でそれは現れた。
「死んだかと思ったぜ」
「……人として死んでおけよ……超人……」
「だッハァ!確かにそうだなぁ」
死んだ筈のその男は怪我一つ無く仁王立ちしていた。
「どうやって生きて……」
「どうもこうもねぇよ。俺様は一回死んだ。マジでだ。脳ミソは再生するにしても特殊な細胞で出来てッから今までうまく再生出来てなかったんだわ。いや、一回でも損傷したこたぁねぇんだけどよ」
随分とテンションの高い彼はペラペラと自分の事を語り出す。
「だから俺様は考えた。脳を破壊されようと何とかなる方法を。さすがの俺様でも脳ミソを潰されれば肉体の活動は完全に休止するからな」
完全に再生できない。のに何とかなる方法がある?そんな馬鹿な方法が……。
「……タコか」
タコ?翔君解説を願いします全然分かりません。
「正ッ解!」
「お前脳を複数持ってたのか!」
「そうだよ!完全なやつじゃねぇけどなぁ!」
「そん……でも不完全なんじゃ」
歪んだ狂喜の顔と不気味な高笑いが響く。
「そうなんだよ不完全だった!だが頭蓋を踏み砕かれ脳漿を潰され脳幹を貫かれた俺様はァ!遂に脳を破壊されるッつー死すら克服した!」
なに……それ……そんなの……なんでもありじゃないそれ。
「特殊な細胞で構築された脳が破壊された事で不完全で副次機能しか持たせていなかった予備の脳ミソの細胞をかき集め脳を再生させ足りない部分は分裂して補った!感謝してるぜ翔ゥ!これで俺様は完全な不死身になったんだからなぁ!」
頭を潰しても、心臓を潰しても、双方を同時に失っても、目の前の怪物は生きていた。
ごめん、翔。こんな事を言ったら君は怒るかもだけど、目の前にいるコイツはもう人間じゃない。生き物っていう枠組みから完全に外れてる。コイツを殺しても人殺しになんてなれない。
それぐらい超人は人外過ぎる。
「……不死身?」
翔はそう呟いてまた翼を広げる。
「なにか勘違いしてないか?」
翼の先端が変形して巨大な筒状の何かに変形する。
「今度は潰した上でその全身を燃やし尽くしてやる」
「だよなぁ!そう言うと思ったぜ!」
そうか、熱と燃焼による炭化。それなら確かに……。
翔を支えるために強く抱き締めようとした次の瞬間、彼の目と鼻と耳から大量の血が流れ出し口から黒い血を吐き出した。
「え……」
「あーあ」
「ガプッ……ゴボッ……」
咳と共に尋常じゃない量を吐血する。
「やっぱお前の炉心、俺様のより良いやつだな。だから、周辺臓器にダメージが行く」
「か、翔!ダメ動かないで!これ……肺が……潰れて……」
「ギリッギリだったのか、あるいはその女の障壁に生命維持機能でもあったのか」
目からも耳からも鼻からも常時血が流れ出る。
「それに、あの異能があそこまで強かったのは暴走による拡張によって一時的に限界以上の力が引き出されたからだ。限界以上の力を使えば無理やり広がった異能によって体が悲鳴を上げる。炭酸凍らせたら容器が破損するあれだ」
そう言われて翔の手を見るとなにもしてない筈なのに爪が剥げていた。まさか爪の間から噴流が放出された?繋がってたから?
「痔瘻とかなったことねぇか?ねぇか歳じゃねぇんだから。だがそれと同じだ。全身から翼と同じ材質の物を生やせるならその部分を通ってエネルギーが放出されてもおかしいくねぇ。なんなら塞き止められれば新しい出口を作る。お前からトレースした思考と知識がそう言ってるぜ」
「オエッ……ガボッ……」
膝を突き大量の血を流しながら全身の力が抜け始める。私一人じゃ支えられないぐらいに。
「……あー、変なテンションでベラベラ色々と喋っちまったが、何が言いたいかッつーとな、お前の敗けだよ、翔」
面白おかしく笑う怪物が一歩踏み出した。
「俺様は決めてんだ。強いって認めた奴は殺すって。例え勝敗が決まっててもな。雑魚だったら放置すっけど、お前は強いもんなぁ」
一歩、また一歩、近付いてくる。
私の中に焦燥が生まれる。このままじゃ君が殺されるって。
「ダメ……」
「ダメじゃねぇよ!俺様は強い奴は強いまんま死んでほしいだけなんだからなぁ!」
お前のワケわかんないルールで翔を死なせてたまるか!
全身の力を振り絞って翔の肩を持って立ち上がる。
その瞬間、僅かに翔が軽くなった気がした。違う、自分の足で立ったんだ。
私は君の顔を見た。顔を見て、私は確かに怖気付いた。
超人すら足を止め一歩退く。
初めて見る敵に向ける瞳、顔。これは確かに他人に見せられない。そして君の背中を見る人は安心するに決まっている。
本当は生きていたい人間の、刺し違える覚悟をした顔だから。
そしてこの状況でなお敵意を向けられるその精神に超人がたじろぐ。私も困惑している。死にかけているのは君なのに戦って勝つのも君な気がする。
それぐらい……
「ハッ、ハハハッ、アハハハハハハッ!そうこなくっちゃなぁ!」
気迫がある。
「やるぞ!」
そう言って超人が一歩踏み出した瞬間、膝から崩れ落ちた。
「あ?」
……?私の見間違いだろうか?超人の足が縮んだように見えた。
「なん……」
「……見間違いじゃない?」
超人の足が、いや、体そのものが縮んでいく。
「なん……」
手足も胴も、顔もかなり幼く見える。
「何が起きて……」
私が驚いている横で血を吐きながら笑っている君の力が抜け始める。
分かったの!?翔分かってるの!?教えてほしいけど喋らないでほしい!
「クソ、クソクソクソ!なんだこれ!こんなの聞いてないぞ!」
「ガプッ……リ……セッ……ト……ガス欠……」
僕の戦いは無駄じゃなかった。
進化のリセット、異能を行使するためのエネルギー不足。可能性程度の賭けだったから最初ッから攻略法に入れてなかったけど勘が当たるとは思わなかった。
身体強化の亜種【暴食強化】文字通り食べることで身体強化を行える異能。ではなく、身体強化の燃費が悪すぎて常に何かを食べていないと飢餓状態に陥り力が入らなくなる。約二十四時間なにも食べなかったら餓死しかねない危険な異能。メリットは通常の身体強化より身体能力が高いこと。
超人の身体能力は身体強化系の異能の中で最も秀でている。そんなお前が再生能力も再現能力もその他諸々持っていてガス欠が無いわけがない!
進化のリセットは完全に棚ぼただ。ガス欠になった体が増やしまくった機能を維持できなくなって生命維持に必要な身体機能のみを残して解体している。成長すら増やした機能、恐らくは自分の中にある衝動に気付いた年齢に戻る。
施設を破壊した時の肉体年齢に。老化がない細胞なら若返りなんてリスクはない。
真っ赤な視界、ぶれる焦点。でもはっきりとお前を認識できた。とても怪物とは言えない、幼いお前を。
「……あはは……」
縮んだカインは起き上がろうとするが不摂生が祟ったような、枯れ木のような手足ではうまく立ち上がれない。
「……こんな、終わり……」
それなのにお前は笑っていた。無垢で無邪気な年相応の笑みを浮かべて。
仰向けになってカインは笑った。
「あははははは!愉しかったァ!」
遊び尽くして帰路につく子供のようだった。
僕は作ったエネルギーを噴流ではなく砲弾レーザーとして撃ち出せる形にした翼を向ける。
でも僕も炉心すら起動出来ない。無理やり起動させようとして意識が飛びかける。
なにも聞こえない。息ができない。視界も赤くて暗くてぶれてしまう。
それでも僕は渾身の力を込めて砲弾を撃った。
「止めて翔!」
思考すらままならない君は尋常じゃない量の血を流して砲弾を撃った。
まっすぐに飛んでいった砲弾は超人に向かって行く。
その砲弾が着弾すれば超人は死ぬかもしれない。
ただ私は、君に本当の意味での人殺しをしてほしくはなかった。それが世界にとって良いことでも、世界のために君があんな風に後悔してほしくはなかったから。
それでも君は撃った。私の声は届かずに。
私は君を止められなかった。
「全く、世話が焼けますね。カイン」
瞬間、砲弾と超人の間に誰かが割り込み、割り込んだ誰かを中心に雪が止まる。そして、飛んできた砲弾は真上に滑り外れていった。
「……志波か?」
「えぇ、なんか随分と縮みましたね」
最初に翔が戦ったあの男が飛んできた。
「……血を吐きながらでも驚異を排除しようとするその精神、やはり舐めてかかるべきではなかったですね」
冷たい視線が私達に向けられる。とても、恐ろしいと思ってしまった。超人の存在よりも、何よりも。征四郎もこの男を何よりも警戒していた。
「「……ァァァァアアアアあ゛あ゛あ゛あ゛!」」
あの男の念力のフィールドに落ちてきた二人を念力場でキャッチする。
「引っ張ってくれるんじゃなかったの!?どうして先行しちゃうのよ志波ちゃん!」
「あえ!?ひーろー!?ちが、これはわたしの意思じゃなくって……」
「デンコさん、緊急だと言いましたよね?カリナはトップが頭に仕込んだ針を除去してあげたんですから少し黙ってください」
年増の癖に若々しく振る舞う痛い女と前の雰囲気とは打って変わって今にも泣きそうな【爆弾魔】はピシャリと口を閉じた。
「……ガボッ」
「翔ッ!」
ダメだ、このままじゃあ死ぬかも……。
「……御神体、交渉しましょう」
「え?」
「我々はトップと縁を切り、カインを連れて退散します。そしてそちらはこれ以上手出しをしない。ならば双方の命が助かる」
「でも……」
「超人の強さを危険視しているがゆえに雨宮翔は止まらないでしょう。というか、血を大量に失った事で頭が回らず本能的な、具体的には衝動的に動いてしまっている。その状態は貴女にも好ましくはないでしょう?ですから、双方の頭を冷やすことも含めて、今はしっかり手綱を握っておきましょうという交渉です」
「……わかった」
「では成立です。障壁には生命維持機能が着いていると言っておきます。ではこれで」
足元の地面を捲り四人全員を持ち上げる。
自身が動かなければ自分ごと足場を移動できる抜け道みたいな技だ。
「まっ……ガプッ……」
「……もう良いよ翔」
私は君を抱いて障壁を張る。正直もう体力は残ってないけど君のためなら頑張れる。
「帰ろう」
その言葉を聞いてか否か、翼は散り君は眠るように気を失って、私の腕の中に倒れる。
「……お疲れ様。翔」
飛んで逃げる彼らをふと見ると会話が聞こえてきた。
「カイン……」
「ん?」
「楽しかった?」
「おう、最高に」
「なら良かった」
その会話を最後に声は聞こえなくなった。
「おい君達!」
遠くから声が聞こえる。でも私もなんだか眠たくなってきた。
寄り添って僅かに体重をかけて目を閉じる。
君の体温は、やっぱり暖かい。
とても安心する暖かさ。ずっと、こうして居たい。
そうして私の意識も微睡みに落ちていった。
遠くで今日が終わる鐘の音を聴きながら。
400PV達成&ランキング19位達成。
ご愛読ありがとうございます。第一章もう少し続くんじゃよ。




