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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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Final Battle 【    】

 引き金に指をかけたあの瞬間が脳裏に過る。まるで閃光のように、灯りのように。

 怯える大の男の目はまるで怪物を見ているかのように震えていた。

 もしあの時、じいちゃんの制止がなかったら僕の手でこいつを殺していたかもしれない。それはきっと間違いだ。

「本当は殺したかったんじゃないか?」

 記憶にノイズが走る。

 じいちゃんの制止はなく、僕は銃口を突き付けて引き金に力を込める。

 笑っているのか、歯を食い縛っているのかすら分からない。今、僕はどんな顔をしている?

 乾いた銃声と共に真っ赤な花を咲かせてその記憶は閉じられた。




 僕は超人の口に銃口をねじ込んでいる。

 閃光のように灯りのように甦る夏の記憶は無い。何の躊躇いもなく引き金を引いて赤い花を咲かせる。

 それで良い。これで良い。壊せと、黒い影が囁いてきた。

 超人から銃を引きずり出してその記憶は閉じられた。




 僕は丘のような道の高いところで明かりの灯っている塔の街を見ていた。

 手にはケーキの箱を持ち今から家に帰る所だ。

 女の子を自宅まで送って四十分の道のりの途中だった。

 僕はここでこの光景と共に自分の心に気にしなくても良いことと決めた。

 ……何に?何を気にしなくても良いと?

「ちがう……僕は……」

 ズルリと手からケーキが滑り落ちる。

 最近のケーキの箱は良くできている。高いところから落ちても形が残っているぐらい。でも、僕が見下ろした時には形はそのままに中身のケーキはグチャグチャになって箱から溢れていた。

 僕は必死にかき集めて元に戻そうとする。でも戻らない。崩れたものはどう足掻こうと元の状態には戻らないのだから。

「違う……これは……記憶だ」

 ノイズの走った記憶、僕の深層意識が改竄し始めた衝動の現れ。

「何が違うんだ?」

 よく知った声が聞こえてきた。

「あと少しなのに?」

 声がした方を恐る恐る振り返る。

 僕が居た。

「落ちたもん拾うなよ。汚ぇって」

 なんとも言えない恐怖が込み上げてくる。逃げないと、そう本能が告げる。

「逃げんなよ。殺せないだろ?」

 その手にはあの日、じいちゃんと裕君を刺したナイフが握られていた。

 命の危険を感じて僕は背を向けて走り出した。

 後ろを振り返らず僕は吹き飛ばされて跡形もない筈の自宅に逃げ込んで鍵を閉める。

「これで……」

 振り返って家の中を見た瞬間、景観が変わる。そこはあの夏の日を嫌と言うほど思い出させるじいちゃんの家だった。

 そこには眉間を撃たれたあの男と脳を吹き飛ばされた超人の死体が転がっていて、部屋の真ん中に僕が立っていた。

「何で……」

「お前の記憶だろ?そして僕の記憶だ」

 いつの間にか僕の体は縮んでしまっていた。子供の時のように。

「ずっと、ずっとこの時を待っていた。矮小だった僕がやっと表に出れる。お前が邪魔だった。やっと、成り代われる」

 一歩、また一歩と近寄ってくる。とても、言葉には出来ない恐怖が胸の内を染め上げる。

 あぁ、そうか。僕は何をどうしようともこれには勝てない。こいつは異能そのものだ。覚醒した僕を染め上げる衝動そのもの。

 僕は玄関の鍵を開けて外に飛び出した。そこは雪の積もったあの街だ。

「また……ここ」

 寒い。凍えてしまいそうだ。暗い。転けてしまいそうだ。寂しい……また一人だ。

 構うものか。

 僕は走り出す。雪に足を取られようと、肺が凍りつこうとも。

 どうすれば良いか分からない。これがただの記憶なら何処かで正しく順序をなぞらないと。でももうそんなもの……。

 瞬間、僕は背中を刺された。

「ァっ……!」

「追い付いた」

 雪の上に倒れ込んだ僕は振り返って振り上げられたナイフを目の当たりにする。

 地面を蹴って間一髪の所で僕は回避する。

 そのまま路地裏へと逃げていった。

 迷路のような街の裏側、右に左に、とにかく色んな場所に向かって闇雲に逃げる。でも、僕を追いかける足音は少しずつ大きくなっていく。

 僕は逃げられないのだろうか。このまま死ぬんだろうか。

 嫌だから逃げている。嫌だから走っている。

「もう堪忍しろよ」

 自分の声がする。僕が発した訳じゃないのに。

「気づいているんだろ?」

 違う違う違う!僕は一度も……

「自分の胸の中で沸き上がるこの衝動の名前をさ」

「うるさい!」

 一度たりともそんなこと思ったりしたくないんだ!

「本当は」

「違う!」

「素直になれ」

「ふざけんな!」

「楽にしてやるから」

 路地裏を走り抜けて僕は入り口に戻ってきてしまった。

 道路を挟んだ向こう側に僕が居た。

「本当はこういった光景が見たかったんだよな?」

 瞬間、塔の街は、人の文明は、一筋の光によって粉砕された。

「あっ……」

「ずっと、ずぅっと、こうしたかったんだ。気持ち悪いゴミみたいなこの世界を、人の善悪を飲み込むこのくそったれな街をさ」

 子供のように無邪気に嗤う。まるで蟻の巣に溶けた鉛を流し込むように。

 これが、こんなのが自分だなんて死んでも同意したくなかった。

「違う、僕は、人を助けて……」

「偽善だね。僕に誰かを救えると?」

「救うよ。だって、それが力有る者の役目の筈だから」

「もっと楽に生きようよ。じゃないとまた全部失うよ?父さんにまた家を売られちゃうかも」

 脳裏に過る少し前の記憶。じいちゃんの墓参りを父さんに黙って行ってきた時、家は既に売り払われ知らない誰かの家になっていた。幸せそうな、四人家族の拠り所に。

「帰りたかった、ただそれだけだ。帰る場所の無い今の僕にここを抜け出すことは出来ない」

 そう、対面に居る僕は言った。

「永遠に追いかけっこする?それでも良いけど時間が間延びするだけでどうせ死ぬよ?僕が全てを手に入れるから」

 心の中にも思い出にも拠り所はない。だから僕はここで死ぬ。精神は死に二度と雨宮翔として活動することはなくなる。

 それで良いのかもしれない。けど、心を蝕む何かがあった。この諦めを捨てざる得ない理由があった。

 山吹色の君を……。

 死ぬならせめてそれからだ。

 振り返る。そこに路地はなく壁があった。

 そうだ、僕は一度通っている。君の場所へ。

 その壁に飛び込むと雪が降り月の光が差し込む小さな空間に飛んだ。

「そんな、嘘だ!」

 壁の外から僕の声が聞こえる。ここはあいつでも入ってこれない場所らしい。それもそうだろうね。ここでの出会いは僕の胸の奥にしまい込んだ大事な記憶。君を好きになった場所。だからここだけは何があっても……。

 そこから見上げる空に月があった。真っ白できれいだった。そのとなりに山吹色の星が見える。

 星に手を伸ばす。届かない筈の星に。でもここは記憶で、僕の心の中。望むならば叶う。君に、手は届く。

「やめろ!」

 やめない。

 僕は何を思い、何を願い、何を欲するのか。

 そんなもの決まっている。

 君を思い、幸せを願い、共に歩むことを欲する。それが、今の僕を動かす原動力になると信じて。

 壁を壊して僕の姿をした黒い影がナイフを振りかざす。

「さようなら、偽物。僕にお前はいらない」

 僕の背中から翼が生える。あまりの大きさに風景を吹き飛ばしまっさらに変える。

「いや、僕の人生、お前なんかにやるもんか」

 これまでもそうやって生きてきた。だからこれからもそうやって生きていく。

「帰る場所ならさっき出来たから」

 そう言うと黒い影は止まった。

「…………そうか」

「うん」

「…………そうか、羨ましいな」

 そう言い残して霧散した。胸が軽くなった気がした。体が羽根よりも軽い気がする。

 心に空いた空洞が彼女への思いで満たされる。

 先天性の異能者の中には衝動を持つものが居ると知ってたけど変貌はこんな形で起きるとは知らなかった。

 空を見上げる。山吹色の星は輝いている。

 僕は翼を広げて飛び立った。




 意識がはっきりとする。走馬灯のような、フラッシュバックのような、記憶の世界から戻ってきた。時間にして約三秒。

 目の前に居る超人に僕は加速して殴りかかる。

「わっぷ!」

 全身に痛みが走る。そんなものは無視して飛ぶ。

 ただの翼の形じゃあ簡単に負ける。もっと先鋭化させないと。もっともっと、速度だけを重視した形に昇華させないと。

「マジか、今ので死なねぇのか」

「生憎、その程度で消し飛ぶ心なら今日まで生きてない」

「それもそぉかぁ、だが顔つきは変わったなぁ!」

 ジェット機のようにするか、それともロケットエンジンのようにするか、最速を求めるならばそれに適した機構を再現しないといけない。

 互いに同速、違いは地上か空中かと言うだけ。せめて空気抵抗に割く力を全て加速に持っていければ……。

 瞬間、超人が蹴った瓦礫が音を超えて僕に向かって飛んでくる。

「しまっ……」

 反応が一瞬遅れて直撃しかけた寸前、山吹色の障壁が瓦礫から僕を守ってくれた。

「……ッ!?雫!」

 建物の上、息を切らしてVサインを取る君が居た。

「翔~!」

 大声で僕に聞こえるように笑顔で叫ぶ。

「やっぱり、一緒に帰ろ~!」

 星に手が届いた瞬間だった。

「うん……うん!」

 ささやかで良い。小さくても良い。僕が僕として頑張れるように君は僕にその言葉を届けにきてくれた。

 それだけで僕は頑張れる。この幸せを燃料に飛べる。永遠に尽きない熱となって。

「あのアマ」

「ごめん超人、予約が入った。申し訳ないけどもう遊んでる時間はない」

「そう言うなよ翔、夜遊びも経験だ」

「早く帰りたいんだ」

 もう憎悪も怒りもない。ただ、君のそばに居たいだけだった。

「邪魔をするなら死んでくれ」

「やってみろよ!」

 胸の奥に熱が籠る。その熱を、僕は解放した。

 胸部の輝き、瞳と同じ色の光が発せられ、膨大なエネルギーを生み出す。

「まさか……俺様と同じ炉心!?」

 取り込んだ酸素をエネルギーへと変換する。その速度が格段に上がり小さい翼でも空気の壁を突破できるようになった。

「どけ、カイン・シュダット」

「なら轢き倒して行け!雨宮翔!」

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