Final Battle 【仮称命名】
真っ赤な星が燃えている。
「炉心……人の体ってあんな風に光るもんなのね」
もう一つの星を飲まんと燦々と燃えている。
「避難誘導!速く!」
まるで、星が落ちてくるかのように、人々に恐怖を与えて。
「……なんだか落ち着いてるッスね。御神体」
その声がした方に私は振り向いた。
腕はでこぼことしていて今にも皮を突き破りそうな骨がその下に見える。
「……生きてたんだ」
「生きてるッスよそりゃあ。計画は台無し、俺っちも、まともに生きることはできなくなった。道化ッス。笑ってくれた方が楽ッス」
すっかり萎んでしまっている。体も心も。でもその瞳に一瞬だけ生気が宿った。
「でも、やらなくちゃいけないことが一つだけ、できたッスね」
翔君を見ながら戸田と名乗っていた人はそう言った。
「雫さん、でしたね。避難します。歩けますか?」
「何とか」
「ではわたくしと一緒に来てください」
私は戸田に視線をやると避難と言ってくれた女性は苦虫を噛み潰すような顔をした。
「良いッスよ。置いてってくださいッス」
「何が置いて行けだ。お前も行くんだよ」
「……隊長」
翔君のお父さんが車椅子のような物を持ってきて彼を乗せようとしている。
なのにその手を振りほどいて掴みかかる。
「ねぇ、あの子、あの子ッスよね、先生が言っていた原点の異能者って……」
「隊長!」
部下の人の動揺を腕の動きだけで抑えて、戸田の問いかけに答える。
「あぁ」
「知ってたんスね。知ってて、三年前のあの日先生を口封じのために……殺した」
「ちゃんとした任務だ。そもそも、あの人は自分から命を絶った」
「だったら、目の前で、見殺しにしたんスか?その手足を作ってくれた人を、組織の名前だって本当は【獅子】だったのにわざわざ【四肢】に変えてまで隊長の事を気に入ってた人を……」
「……」
「なんか、言ってくれッス。俺っち、が、引き継いだと思ってた夢は……無駄だったんスか?」
「……あぁ」
涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。
少し前まで全てを失って途方に暮れていた私だけれど、僅かに同情してしまう。目指していた光が偽物だったなんて見失うより辛いだろうに。
「なんで、先生に渡さなかった……あの異能があれば計画は終了してたッス。全人類を異能者にできたのに」
少し考えて、翔君のお父さんは慎重に言葉を選んで声にする。
「息子を、みすみす苦しめるような事をする訳ないだろう」
「は、はは、あんたも……結局身内ッスか」
……。
あの人は何に期待していたんだろう。いやきっと、どんな困難も切り開いて、どんな状況でも立ち上がってくれる、そんな存在にすがりたかったんだ。でも私は知っている。それは自分の命を削らないと出来ないことだって。私の目の前で実践した人を二人も知っているから。
失意と落胆の混じった声に翔君のお父さんは淡々と答える。
「人の手で救えるものなんてたかが知れている。お前がどんな幻想をみたとしても、オレは胸を張って最強とは名乗れない。こいつらに、沢山の人に、何より翔に、助けられて生きてきたからな」
「だから、だから俺っちはあんたの息子を最強にしようとしたッス。遺伝的な強さを引き継げるから」
苦虫を噛んだように、翔君のお父さんは険しい顔をする。
「……あの子は、あの子とは血の繋がりはない」
「は?」
え?
「血が……本当の……息子じゃない……ッスか?」
「あぁ。そうだ」
……似てないとは思っていたけれど血の繋がりすら無かったなんて。
「だったらなおの事、なんで先生に渡さなかったッスか!あなたに、赤の他人を気遣う程の心はない筈ッス!」
あっ、まずい。
翔君のお父さんの、怒髪天を衝く表情を目撃した。私も何度か征四郎を怒らせてるからわかる。
「……あぁ、私は人殺しだ。それでも人の為にとやってきた事、人の心が無い等とお前に言われる筋合いはない!」
機械の腕による拳が容赦なく顔面を殴った。
「お袋は息子を助けるために瓦礫の下敷きになって死んで、親父は翔を助けるためにその手を汚して大量の血を失って死んで、翔を産んだ彼女はその身を汚されて一人寂しく橋の下で死んでいた!お前はこれ以上!家族を犠牲にしろとッ!そう言うのかぁ!」
それは多くを犠牲にしてきた英雄の悲痛な叫び。今なら彼が息子に上手く付き合えない理由が解る。
それは皮肉にも翔君が人付き合いを避けた理由と同じ。巻き込みたくない、そう思ってしまう優しさから。
「ガブっ……ゲホッ」
怒鳴った瞬間大量の血を吐き出しながらよろめく。
私は迷わず彼を支えに走り出し、肩を貸した。私がいなくても部下の人達が肩を貸したかもしれないけど、私はそうしなくてはとそう思った。
「すま……ゲホッ」
「隊長!」
「もう喋らないでください。本当は寝てないといけないんですから」
額に脂汗を滲ませて痩せ我慢をしているのが解る。
「異能者による同時多発テロは翔君のお父さんを弱らせるため……」
「……そうッスよ。その人は万全の状態で動けば全部パーッスから」
ここまで追い込んでいて達成できなかった目的、本当に翔君が番狂わせだったんだ。
「おらぁ!てめぇこっちこい!」
「もういいッス。放っておいて……」
「うるせぇ!てめぇも助けねぇとこっちの目覚めがわりぃんだよ!」
大人の女の人が乱暴な口調で戸田を運んでいった。
「……ありがとう……えっと」
「雫です」
「雫さん、か。はは、見苦しいところを見せてすまない」
私と数名で翔君のお父さんを運んでいく。見た目よりずっと重たい、大人の男の人を。
「だって、あなたはまだ翔君の帰る場所だから」
「……そう、か。幻滅されていると思ったが」
「その程度で翔君は見放したりしません。私が保証します」
「……」
彼の表情はとても物悲しかった。
「いや、わたしはあの子の帰る場所にはなれないよ」
唇を噛み締めて自分を責めるように。
「翔の帰りたい場所を、奪ったのだから」
絞り出すように吐き出した。
「それは、いったい……」
瞬間、空気を震わせる強い衝突が起きた。
「キャァッ!」
赤い光が激しく灯る。高笑いと悪魔のような男が一人光の中心で燃えていた。
まるで太陽のように、夜空でしか輝けない星の光を搔き消すように、瞬く命を潰そうとしてけど青白い光が受け皿になる。
「楽しぃなぁ楽しぃなぁ、こんなにおもしれぇのは初めてだぁ!ヒーィローォ!」
振るわれた拳が直撃する。でも、一切のダメージが無い。翼で受け止めると衝撃が逃げている。
「でも苦しそぉだなぁ、こっちに集中しろよぉ!」
私が目を離していた隙に翔君の様子が変わっていた。息を切らし目の焦点が合っていない。まるで、何かに邪魔されているかのように。
嫌な胸騒ぎがした。
小規模太陽、或いは炉心胸部。核融合に近いエネルギー生成手段を超人は確立した。それは例え心臓を失っても生存することが可能だということ。半裸の男がこれをやっている。
蝉の音が聞こえた。
いやどういう事だ!核融合炉で生まれたエネルギーを体を動かすために使うってどうやって体動いてんだよ!
破壊すれば一時的には止まる。心臓も炉心も、破壊することが可能だ。問題点は。
「ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハ!」
再生速度の上昇だ。炉心で生まれたエネルギー全てを人体の再生に費やしている。どうして、なぜと言われれば一言で表せる。
「どうしたよ!来いよぉ!」
こいつは死に瀕したことで死その物への耐性ができた。心臓という機関が止まっても他の機関で体を稼働できるように。
本当に、何が、次代進化霊長だ。何が新しい人類だ。こんなの、寧ろ機械だ。
だけどそれなら合点がいった。自身の身に起きたエラーを自己修復し改善する。いわゆる成長。或いは進化。生物学的には変態とかの方が近いかも。だとしても、速度が異常すぎる。
「そっちが来ねぇなら俺様から行くぜ?」
「……ッ!?」
異能兵器を運用するのと自分の異能を使うのだと勝手が思ってたより違う。そのせいで戦いながらの考察や思案をすることが難しい。思考の半分を空中での姿勢制御に持っていかれる。
だから、超人の跳躍に一瞬遅れた。
「殺し合いの最中に考え事たぁ良いご身分だなぁ!」
奴の拳を翼で受ける。この翼が思っていたより高性能だ。
衝撃を受け流す上に損傷しない。仮にダメージを負っても痛くもなければすぐに修復される。
「チィッ!ほんっとうにかてぇ」
超人相手には大火力で一掃するのがベスト。なのに、今の僕にあるのは防御力と機動力だけだ。攻撃に繋がるものが何もない。
今、僕の体には再生の異能を模したナノマシンが入ってる。このナノマシンの原料は十中八九、超人の細胞だ。だから、あの再生能力を期待できる。
何が言いたいかというと、腕の五、六本はくれてやるという話だ。それぐらいの覚悟がないとコイツを殺せないのだから。
飛べ、今はそれだけに集中しろ。
落下していく超人に追撃する。真上から腹部を直撃した蹴りは固い皮膚に阻まれ決定打にならない。
「んだ?こんなもんか?」
「んな訳あるかぁ!」
無理を言って横取りしたワイヤーを素手で扱う。リールは申し訳ないが外されていた。でもこっちの方がらしい。
関節部にワイヤーを巻き付け思いっきり引く。こんなことで斬れるとは思っていないけど出来ることはなんでもしないと。
「おいおい、この程度で俺様の腕が跳ぶとでも?」
「思ってるよ」
落下する速度を上げワイヤーで作った輪を建物の突起に引っ掻ける。瞬間、引っ張られたワイヤーと繋がっていた超人の両腕の肘から先が切断された。
「……おーお」
まだ、まだやれる!
そう思った矢先だった。
「お前らほんと、腕斬るの好きだよなぁ」
即時修復した。僕の目には腕が生えてきたようにすら見える。
「首斬ってりゃ良いものを」
僕は足を捕まれ握り潰されそのまま地面に叩きつけられた。
「あ゛ぁ゛!」
「知ってっぜぇ、こういうの馬鹿の一つ覚えっつーんだろ」
潰れた足が元に戻る。でも全身に駆け巡る痛みは想像を絶していた。
「なぁなぁなぁ、お前は飽きさせんなよ。異能も覚醒して、ワイヤーもある。なぁんでこんなよわっちぃかなぁ?さっき戦った時はもっと強く感じたんだがぁ」
「お前が強くなってんだよ」
「……はっ、なるほど。それならお前が弱く感じても仕方ねぇな」
……ここは射線が通る。つまり、狙撃銃の本領の場面。
超人の背後のビルで小さな爆炎が光る。
カレンの狙撃だった。
放たれた弾丸は瞬きの間に対象へと着弾する。筈だった。
「だからさぁ、なんで一度やったことが二度も通じると思ってんだよ」
真後ろから飛んできた弾丸を超人は素手で掴んで止めた。
「は?」
「邪魔すんな。クソアマが」
弾丸を親指で弾き落ちてきた弾をデコピンで撃ち出した。
瞬間、着弾したビルが吹き飛んだ。アンチマテリアルライフルの数十倍の速度で飛んだ。
「カレン!」
崩れ行くビルの瓦礫の隙間に落下しながらなお狙い続けるスコープの光が見えた。
だけどさすがに不安定な空中と視界が塞がっている瓦礫の中ではもう一発放つのがやっとらしく、超人の頬を掠めるように外してそのまま退去した。
「……あーあ、暇だなぁ」
「あ?」
「自分が強くなると周りが弱くなるだろ?張り合いがなくなるんだよ」
気怠そうに僕を見下す。
僕はその視線に見守られながら立ち上がる。
「知るかよ。お前の事情に周りを巻き込むな」
「……そうは言っても退屈は人を殺すんだぜ」
気が緩み隙だらけの超人をワイヤーで拘束しにかかる。巻き付く糸が超人の動きを止めた。ただの時間稼ぎにしかならないがそれでも……
「つまんねぇ、つまんねぇ、つまんねぇ、なんでどいつもこいつも弱いままに甘んじるんだろうな」
超人の体を吊し上げようとした次の瞬間だった。
「まぁ、お前がいるから多少はマシなんだけどな」
超人が一歩踏み込む。糸のはいろんな物を媒介して拘束している。故に歩き出すということは街灯、街路樹、ビルの柱、その全てを引摺って歩く事になる。
「まっ、お前!」
「待たねぇよ!」
超人はゆっくりと、僕に向かって歩き出す。
「俺様を止めたきゃあ世界の全てでも背負わせてみろ!俺様は【超人】、人を超えたただ一人の新人類、旧世代の奴等が組み上げた文明なんざぶち壊して進んでやらぁ!」
糸が切れ始める。そんな、数万トンを耐えられるような素材でできていないとはいえこんなのどうやって……。
わかってる。僕の心が弱気なんだ。だから覚醒した異能の性能を十全に発揮できていない。
コイツを殺せないことなんて。父さんですら不可能だったんだから。僕の力なんて欠片も届かない、昼間の時に嫌というほど味わった。
だけど、こいつは僕を追いかける。野放しにすれば被害が広がる。今、コイツを止められるのは僕しかいない。
でもどうやって?
こいつは再生の怪物、即死しても生き返る。
「どうした悩み事かぁ!?んなもん後にしようぜぇ!」
歯噛みする。歯が割れるんじゃないかってぐらい。
「あぁ、悩んでるよ」
「んだよ、覚悟できてねぇのかぁ!?だったら、だったらよぉお!お前が死んだら他の雑魚共で鬼ごっこでもしようぜ!俺様に捕まったら皆殺しな!」
「はぁ!?」
なんでそんなこと、必要ない事だろ。
「暇なんだよ、ずっとなぁ。退屈で死にそうなんだ。だったら少しでも楽しく生きようぜぇ」
「人、殺しが……暇潰し?」
「あぁ!」
……。
…………。
………………ふざけんな。
「ちったぁモチベは上がったかぁ?さぁやっぞ!」
なんで彼女が、父さんが、皆が、僕が、お前の暇潰しでこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ。
ただ平穏に暮らしたかった。エアコンの無い家で夏に暑いって言いながら縁側でスイカ食べてるぐらいがちょうど良いって思えるぐらいが。
なのに、なんでいつもいつも、殺人鬼に消費されなくちゃいけない。僕は……、心の底から笑いたいだけなのに。
「あ?」
あぁ、そうだ。あの時、引き金を引いておけば良かった。そうすれば僕は戦わずに済んだのに。
「やっぱり相容れない」
迷わず殺してれば、じいちゃんの事助けられたかもしれないのに。
「死ねよ、カイン・シュダット」
腸が煮え繰り返るような、繰り返し沸き上がるような、そんな怒りがこみ上げる。
蝉の音が聞こえる。寒いのに暑い。乾いているのに蒸せ返る。
あの日と目の前の情景が重なった。それはきっと良くないことだとわかっていながら僕は、山吹色の星を見上げることをやめた。
視界を真っ赤な血飛沫が染め上げた。
コンマ数秒遅れて俺様は自分の首が切断されたことに気が付いた。
「あ?あぁ!?」
即座に再生能力が首を繋げる。だが仮止めが済んだところで俺様は引っ張られビルに叩き付けられる。
「やっとやる気に……」
間髪入れず音速に限りなく近い速度で飛んできた物体に直撃しビル数棟を貫通する。
硬化を、その攻撃は貫通しやがった。
口の中に広がる血の味、背筋を這う悪寒、恐怖を振り払うように反撃しようとして空中に放り出される。
飛んできた物体は翼を広げた。
「良いのかよヒーロー、憎悪に頼ってよぉ!」
奴の光る瞳から炎のように青白い光が漏れ始める。
まるで憎悪の炎。だが心の中身がそれで満たされるということは……
「暴走してっぞお前!」
「うるさ。いい加減黙れよ」
広げた翼の羽一枚一枚が目映く光り、そして集束した光を放つ。放たれた光は一条の光となって俺様に向かう。空中を走って回避しようとするも腕が巻き込まれて、焼失した。
一撃で焼き払える超高温、恐らくは飛行する為の推進力。
「【推進力】前例の無い異能、良いねぇ!こればっかりは俺がチャレンジャーだ!」
笑う俺と反面、怒りを感じる瞳の奴。だけどそれで良い。昔の事なんか忘れたけど強い奴に挑むのは心が踊る!
「行くぞぉ!雨宮ァ!」
即座に再生させて俺は空を走り出す。お前の速度と熱を奪うために。




