新たな霊長
「た、助けて~」
合わせて二十メートルはある背中の翼が僕を上に引っ張ろうとしている。これじゃあ風船だ。
「誰かぁ~」
道路のど真ん中、人が行き交う都市のど真ん中で僕は雫の手を必死に掴んで地上に留まる。ってミサイルが飛んできたのに何で野次馬集まってるの!
「あぁあぁあぁ、見事にやってんねぇ!」
そこに父さんの部下達が集まってきた。
「物理スイッチ、オフにするイメージで。ほい」
「ほい」
電気が落ちるようなイメージを必死に行い感覚的に背中の翼の出力を落としていく。
徐々に僕は地上に落ちていって、雫の腕の中に収まった。
「あ、ありがとう雫」
「ううん、どういたしまして」
何て言って良いか分からないけど、情緒壊れる。ジェットコースターに乗って散々悲鳴を上げて肝を冷やした後に腰抜けながらおばけ屋敷に入った感覚だこれ。
「……遂にか」
「ですねぇ」
父さんの部下の人達はまるで僕が空を翔ぶ事を予期していたようにこそこそと話し始める。
「……それより、父さんの応援は?」
「申し訳ないけどまだ時間がかかりそうなんだよね。隊長だけ無理やり障壁を突破したけど」
すでに建物全体が取り囲まれており警察、特殊部隊、対異能組織、錚々たる顔ぶれだった。
都市防衛機構、その要、そして象徴、高さ八百メートルのその塔はこう呼ばれる。光の樹と。
その光の樹は地下一階からの入り口には防壁が張られていない。唯一セキュリティのみの入り口だ。今必死こいて最難関の電脳防壁を攻略している。
「一応救急車呼んでー」
僕は上を向き父の無事を願う。
「父さん……」
超人は倒していた。だから、残るは……残るは……。
周囲の車両から一斉にライトの光を浴び落下中のそれは衆人環視の元へ晒された。
「戸田……戸田かあれぇえ!?」
手足が原型を留めていない。膨れ上がった筋肉が骨を砕き再生能力で歪に繋げていく。元に戻す修復はこういった場合に必要な異能だった。それを考慮せずに身体能力と再生能力だけを再現した結果、人の形を失いつつある。
「あぁ……あ」
再生した骨が折れ、皮膚を突き破り鋭利な武器となり、肋骨や他の骨は装甲となる。まるで進化し続けているように全く違う姿へと変わり果てる。
「戦闘態勢、構え!」
周囲の大人達が素早く連携を取って着地するよりも早く包囲網を作った。
「同じ釜の飯を食った奴を殺すのは気が退けるが……」
大きな地響きと轟音と共に着地した戸田さんに照準が合う。
「撃て!」
構えられた銃から一斉に弾丸が放たれる。
その全てが皮膚で滑っている。
弾丸が放たれて出来るオレンジ色の残光が曲がっていた。
「……硬化!?なんで!」
超人の再現に硬化と修繕はなかった筈なのに。
「違う……骨だ」
抉れた皮が再生する僅かな間にその皮膚の下に骨の板があるのが見えた。
まるでコウイカの殻のように。
筋肉が砕いた骨が歪にくっついた結果強固な装甲になった。
『一旦止め』
突如一斉に弾幕が止んだ。
膨れ上がった筋肉の塊が屈んで僕めがけて跳ぼうとしたその一刹那、音よりも速く一筋の弾丸が皮膚の下にある骨の装甲ごと足を撃ち抜いた。
「対物ライフル!?」
飛んできたビルの方を見ても遠すぎてわからないが、誰がやったのか何となく予想がついた。
「カレン」
自身の身長を優に超える長物を得物とした天才。彼女が制圧に加われば開けた場の戦闘は即時に終わる。
問題は、目の前の的がその程度では終わらないという点だ。
足が無くなれば腕で動く、腕がダメなら虫のように。
ナノマシンの影響か、もしくはナノマシンの材料が原因か、戸田さんはもう自意識がない。ただ直前に抱いた目的に向かって前進し続ける、肉塊の怪物だ。
「……ああ、それなら」
「翔君?」
握りしめてくれている彼女の手から僕は力を抜いた。察してくれた彼女は手を離す。
ありがとう。
「翔君」
「ん?」
「……いってらっしゃい」
「……うん。いってくる」
でもこの心はきっと繋がっている。
電源を入れる感覚、スイッチをオンにする感覚、電気が通る感覚、それらをイメージして背中に熱を込める。
もう一度、その大翼を羽ばたかせるために。
空気を吸い込む、冷たい空気が肺を満たしているのに体の内側から熱が沸き上がった。
翼を一度羽ばたかせると一気に空中へと飛び立った。空中でのホバリングも出来る。大丈夫、体を動かす感覚はワイヤーを扱った時の浮遊感に似ている。
「ジャマを……」
屈んだ肉塊が地面を割りながら跳躍する。空に飛んだ僕に危害を加えるために。
骨の装甲、筋肉の壁、突破するにはたった一手で事は済む。
迫り来る肉塊を掴みそのまま上に向かって旋回する。
体勢が真下に向いた状態で一気に加速して地面に向かう。落下速度を遥かに超えた加速、そして人体のもっとも弱い部分、頭蓋の中身に衝撃を加える。
「マァッ」
「待つわけ無いだろ!」
全身を使って地面に衝突する。跳躍した時よりも大きな地割れを起こして。
「ァ……」
「まだ生きてる!拘束具を!」
父さんの部下の人が大量の拘束具を持って近寄ってくる。
「これ、ナノマシンの奴か。誰か無力化する奴持ってないか!」
「こっちに【錠】を持ってきてください!」
「……お前の何がここまでさせたんだ。バカがよぉ」
この人達にとっては僕よりも戸田さんの方が親しかった人も多い。変わり果てた仲間を捕まえるのは、どれ程辛いんだろうか。
僕は拘束が終わった彼から離れ、ナノマシンの効力によって膨れ上がった体は対ナノマシン用血清によって無力化された。変形した手足は元には戻らないけど、これ以上何かが起こることはなくなった。
同時に塔全体の障壁が消失、父さんが制御室で電源を落としたからだと思われる。
僕は胸を撫で下ろした。父さんは超人に勝ち、戸田さんも無力化された。雫を守る戦いは終わったんだ。そう安堵していた。
その安堵をぶち壊すように塔の上層階が爆発した。
「……へ?」
爆煙に紛れて何かが塔の外へ放り出される。
「と、父さん!」
叫んだ時にはもう僕は飛んでいた。上空でキャッチすれば衝突事故を起こしかねない。冷静に、冷静に。
僕は一度僅かに静止して即座、落下していく父さんを上から追いかけた。どうも僕の飛行能力は高いらしく余裕を持って父さんを掴み空中で抱き静止する。
「父さん!おい父さん!」
「うぐっ、お前、その光……」
「大丈夫!?どこか怪我は?」
「……すまん、しくじった」
「へ?」
今だ死なない目、だけど手足の義肢はすでに悲鳴を上げていた。日用使いの非戦闘用、すぐにガタが来るのはわかっていたのに。
「心臓を突き刺しても死なないとは……思わなかった」
「は、はぁ?」
僕は爆発によって拡張された塔の大穴を見る。赤く光る双瞳がじっとこちらを見ていた。
「ンだよお前も異能者だったのかよ。凡人だから買ってたんだけどな。いや、でも、異能者ならもっと強くなれるよなぁ?」
むき出しの切断された心臓が治っていく。胸の奥に仕舞い込まれていく。
「あ、あり得ない……そんな、死んでも生き返るなんて」
「目の前にいんだろ。認めろよ、ヒーロー」
超人、カイン・シュダットが蘇った瞬間を僕は目撃してしまった。




