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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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星が降った夜

「動けるんスね。他のにも細工してた筈なんスけど」

 戸田の表情には焦りが見え、退路を用意しようと後退りしている。

「ミサイルでかっ飛んできた上に防壁を斬るとか、もう少し常識的な突破方法をして欲しいんスけど」

 父さんの手足は僕も良く知っている代物だ。普段使いの生活用義肢、性能は戦闘用に劣るけどもこれ以外に使える物がなかったんだ。

「あー、お茶ぐらいは出すッスよ。粗茶ッスケド……」

 一歩踏み込み地面が割れる。居合の構えを取った父さんは次の瞬間最速で戸田の喉元に刃を振るう。

「おっと」

 父さんの振るった刃は超人が割って入ったことで止まった。

「俺と遊ぼうぜ最強」

「そこを退け、超人」

 その瞬間戸田の後ろの扉までの道が開かれる。今なら彼女を抱えて逃げられる。

 僕は雫を抱き上げて走り出した。

「させるか!」

 向けられる銃口、最近の銃は補助システムが組み込まれていて反動込みで確実に当たるように出来ている。素人でも人を殺せるようになった。でも、今なら何とかなるような気がする。

 銃の回避方法は簡単だ。引き金を引いた時点で射線上に居なければ良い。システムの処理が済むその直前に。

 劇鉄が雷管を弾き燃えた火薬が弾丸を放つ。その弾丸は僕の頭があった場所を通り過ぎていった。

「避け……ッ!」

 コツは今ので掴んだ。もう大丈夫だ。

「しっかり捕まってて!」

「うん!」

 雫の腕が強く僕の首に巻き付く。

 二発目、三発目、四発目、僕は縦横無尽に走りながら回避する。

「そこ、退けぇ!」

 僕は戸田さんごと扉を蹴り壊す。

「先行け!」

「父さんありがとう!」

「ッ!応ッ!」

 僕は薄暗い道を駆け抜ける。背後で聞こえる戦闘の音を気にしながらも振り返らずに。

「まだ……まだ終わりじゃあ……無いッス……まだ……」




 東京都、塔のように並び立つ高層ビルと発展しすぎた都市、尊敬と侮蔑を混ぜてこう呼ばれる。塔京と。

「エレベーター下まで戻してるし。上げたからとりあえず外階段で降りよう」

 階段の方へ向かえば街を一望できる。何故?それはもちろん、今居る建物がもっとも高いからだ。

「へ、た、たっかぁ!?」

「間違っても落ちないでよ!助けられる自信無いからね!」

 豪雪が降り積もっている街が舞い降る雪を照らす。

「警報出てたけどこんなに降り始めてるし」

「何階!?どんぐらい高いの!?」

「高さは七百はあるから!落ちたら死ぬからね!」

「ななぁっ!?」

 彼女の手を引いて僕達は急ぎ足で階段を降りる。

 途中で中に入りエレベーターで降りようと思っていたが真上から大きな音がして顔を上げた。

 円柱の中を通るエレベーターも外側はガラス張りになっていて外が見える。

 嫌な予感に胸がざわめいた。

「まずい」

 上に行った筈のエレベーターはあり得ない速度で落下していく。そのエレベーターの上に誰か乗っていた。

「ダイナミック降下」

「プッ」

 笑わせないでください雫さん。

 じゃなくって。

「見られた、すぐ来る」

 一度建物の中には行って屋内の階段を使って降りる。だけどこれじゃジリ貧だ。追い詰められる。

 長い通路の角を曲がった辺りで後ろからなにかがぶち破られる音がした。

「!?!!!?!?」

 背後に飛んできたのはエレベーターの扉だった。つまり今追いかけてきているのは……。

「超人!?」

 嫌そんなことはない。父さんがそう簡単に負けるものか。でも、エレベーターの扉を破って追いかけてこれる筈が。

「見つけたッスよぉ、チョロチョロと、逃げ回らないで欲しいッスねぇ」

 次に巨大な肉の塊が突っ込んできた。いや、筋肉の塊だ。

「なに……これ」

「キモッ!」

 膨れ上がった筋肉が骨を折り再生しながら膨張し続ける。まるで、成長し続けているような。

「試作【超人】化ナノマシン、足元にも及ばないッスけどこれで僕は擬似的な超人になれる」

「こんなでかくねぇよあいつ!」

 身長は二メートルを超えている。ドーピングコンソメスープとか作ってそう。

「あれの脚力から逃げれるッスか?」

 ワイヤー……があればなんとかなったかも。

「逃げれるとも」

 でも、何とかしないといけない。絶対に。

「走るよ!雫!」

「キャアッ!」

 短く響く彼女の悲鳴を他所に抱えて走り出す。

「待つッス!」

 後方から迫る巨漢、その脚力はあの超人を再現したもの。無論比べるのも烏滸がましい程劣ったものであるのは言うまでもないのだけれど、それでも迫り来る速度は人のそれを超えている。

 振りかぶった拳は空を切り、僕は寸前のところで回避する。床に直撃した拳は足場を崩しその階層に穴を空ける。

「……良く避けるッス。目でも良いんスかねぇ!」

 崩れた足場の上に居たため足を取られ止まってしまう。

 二発目、回避できずに右腕全体で受ける。

 体はぶっとばされガラスの窓に直撃し、割れはしたものの僕達は何とか止まった。

「だい……じょうぶ?」

「私は大丈夫だけど……」

 腕の骨が折れたが戸田さんが投与したナノマシンの効果で再生する。叫びたくなる痛みが再生時に発生するが些細な問題だ。

「どうするッスか?今ならまだ命までは取らないでやるッスよ」

「うるさい筋肉達磨、理性の欠片もなさそうな面してんのに信用できる訳あるか」

「そうッスか」

 振り上げられる拳、背後は絶壁、退くことは出来ず、進むこともままならない。

 それでも僕は、挑まなければ。

 再現したのは超人に劣る身体機能と恐らくは再生能力。修復と硬化はない。

 割れたガラスの破片を顔面にめがけて投げ、手で防ぐ。視界が塞がったその瞬間に振り上げられた腕を全身で絡め取った。柔道の十字固めだ。

「クッ……」

 修復がないのならこうされれば再生しない。

 腕を思いっきり引っ張って捻り、肩の間接を外す。

「ッアァァァァ!」

 腕を離して距離を取った。

「この……コノ……」

「苦しいか戸田さん。安易に超人の異能なんて再現するから理性だって飛びかけるんだ」

「ウる……せぇ」

 もしかしたらと思っていたけれどやっぱりそうだ。異能に精神が引っ張られている。

「邪魔ヲすルなァ!」

 足の骨を自らの筋力で折りながら巨体が突っ込んでくる。まるで砲弾のように。たったそれだけの攻撃手その階全体が大きく揺れる。

 斜めに屈んで回避するも外れていない方の腕で捕らえられる。

「やっばい」

 掴まれた僕は壁に叩きつけられる。

「ハルクかよ」

「あァ……サムい……アツい……」

 一体ナノマシンの材料はなんなのか、なんとなく察しがつく。

「雫!逃げて!」

 そう言って、彼女が力無く地面に崩れ座っているのが見えた。うつむき、息も上がり顔色も悪い。異能の使いすぎだ。

「……ッ!」

 力一杯首を締め付けられる。意識が跳ぶより先に首が折れそう。

「なンで、邪魔ヲ、するッスか」

 理性のストッパーが壊れている。もう、止められない……。

「なンで、上手ク……いカナい」

「だから、前提から間違えてンだよあんたは!何が目的か知らねぇけど、人を犠牲にして成り立つ世の中か今は!違うだろうが!」

「ウルさい……うルさァァイ!」

 視界が一瞬で回る。軽く野球のボールを投げるように僕は割れたガラスの窓の外に投げ飛ばされた。

 ここは地上七百メートル、命綱はない。

「……あ」

 何があっても死なないと覚悟できた。でもこれだけは違う。死に向かう。向かってしまう。

 窓の外から中が見える。膨れ上がった筋肉の塊と今にも叫び出しそうな彼女の顔が見えた。

 瞬きの後には落ち始める。地面に向かって。星に向かって。

 本当に、僕はワイヤーに助けられていたんだと実感する。

 でも何故か焦燥感はなかった。何故か走馬灯も見なかった。

 蝉の音が聞こえた。

 星を見上げるように上の階層を見ると父さんが超人の胸部を背後から突き刺し勝敗が決着した瞬間が見えた。

 あぁ、そうか、父さんがいるから安心していたんだ。父さんなら何とかしてくれる。雫の事も、これからの未来も。

 先立つ不幸をどうか許してね。父さん。

 瞬きの後、僕は浮遊感を感じて、雪よりも早い速度で落下し始めた。


「翔君!」


 僕の意識を突き破るようにその声は響く。

「手を!」

 もう遅い、なのに、雫は空に身を投げて僕に手を伸ばしていた。

 疑問も、困惑も、不理解も、この状況を理解できなくなるような混乱が頭の中に生じていたのに、僕は迷わず君へ手を伸ばす。先に落ちた筈の僕と後に落ちた君の距離は徐々に縮まっていく。

 笑う君が見えた。涙が空に飛んでいく。本来開かなければならない距離が縮まる。

 寒いのに、胸の奥から込み上げる熱があった。

 指先が触れたその瞬間、僕は全身全霊をもって彼女を抱き寄せた。

「何で……何で飛び降りたんだよ……」

 彼女が強く僕を抱き締める。今までで一番、感じたことの無い痛みを伴って。

「わかんない、わかんないけど」

 泣きながら、笑いながら、君は僕の目を見て、面と向かって言の葉を紡ぐ。

「翔君と、翔と、一緒が良かったから」

 その瞬間に走馬灯を見た。今日一日の事を、君と眠った夜の事を、僕の家でご飯を食べていた事を、クリスマスという特別な日に独りでは無かったことを。

 強く、強く抱き締める。泣いている所を見られたくなくて彼女の顔が見えないように。

 僕は、独りで居ることを諦めて受け入れていた。父さんの仕事は人を救う仕事だと、それを邪魔することは人を殺すことだと、そう思っていたから。そして今日、僕は一人じゃなかった。ドタバタ珍道中みたいな怒涛の日だったけど僕はそれでも、特別を誰かと過ごせた事が嬉しかったんだ。

 雫も、そうなんだと思う。始めての外の世界を過ごせた事を特別だと思ってくれているんだ。じゃなきゃ、この選択をしなかった筈だ。

 僕と一緒に死ぬっていう選択を。それが、一時の迷いでも。

 独りは寂しいもんね。辛いもんね。誰かと一緒に居られる喜びを知ってればなおさら。

 こんな状況で、僕は雫と同じ気持ちで居ることが嬉しかった。だから、願うなら、もっと一緒に居たかった。そう、思ってしまった。

 悔しいな、悔しいな、嫌だな、嫌だな。もっともっと一緒に居たくて、お正月やバレンタインやお花見を一緒にしたくて、まだまだ僕は君の事を知らなくて、知りたくて。

 死にたくなくて、死なせたくないのに。僕は諦めたくない……




 君の背中から舞い散ったそれは雪ではなくて、血ではなくて、それで、青白く、綺麗だった。

 抱き締める腕が力み、強くなっていくと同時に舞い散るそれは増えていって、その一つを私は掴んだ。

 それはまるで星に手を伸ばした時みたいな軽さ、でも星と違って確かに掌の中にあった。

 綺麗な、蒼白の羽根が。

 地面にぶつかる寸前、私達は静止する。積もった雪を舞い上げて、舞い降る雪を押し退けて、私達は空に浮かんだ。

 私も君も驚いた顔をして、私だけ先に地上に降りた。

 星を見上げるように君を見上げる。

 繋いだ手を離さなかった。君がどこかに飛んでいってしまいそうで、怖かったから。だって、君は……

 その背中に青白く輝く大翼を背負っていたのだから。

 その姿は神様か、昔聞いた天使みたいな。でも、私の瞳に写る姿はまるでお星さまみたい。私の、私だけが届いた、夜空に浮かぶ一番星。

 どこかに行ってしまいそうな君の手を繋ぐ。私の手を取ってくれた時の暖かさは何一つ変わらなかった。

「手、離さないで」

 君はそう言って慌てていた。

「飛んでいきそう」

 その言葉を聞いて私は強く、君の手を握るのだった。

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