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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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英雄の在り方 1

 また、蝉の音が聞こえる。

 川のせせらぎが、木々の靡きが、灼熱の陽が、悪夢を色濃く見せてくる。

 懐かしい家、平屋建ての一軒家、僕の育った故郷の戸を開き、黒い影は僕に触れようとする。

 その影は怒っている。憎んでいる。疎んでいる。僕に、なにもしなかった今までに。

 仮面を取るように僕の顔の皮を剥ぐ。ガリガリと皮膚が削れていく。髪の毛をむしり眼球を抉り出し指を折り鼻を切り落とし歯を抜き喉を潰し腹をかっさばいて引き摺り出し足を曲げた。辛うじて人と分かる原型を保って、痛みに耐える。

 ……何故だと叫ぶ。その影が問い掛ける。

 何故、この感情を消化しないのかと。

 涙を流して嘆き、この身の内に宿した感情に悶え苦しむ。

 えずく様に小さな悲鳴を上げ、僕を殺す。

 倒れた僕は空を見上げる。青い赤い暗い明るい、白の紋様や星の砂、ただただ手の届かない、手に入らない、だけの、空を見ていた。

 山吹色の星を見ていた。




「んー、臓器の回復には流石に時間がかかるッスねぇ」

 浮上し始めた意識が最初に聞いた言葉、推察するに僕は今治療を受けている。

 ただそこから思考が続かなかった。寝起き、と言って良いのか知らないけど頭が冴えない。

「超人の再生力の再現、といってもまだまだってことッスねぇ。これも改良点、改良点」

 体の感覚が少しづつ戻っていく。冷たいけど震える程ではない空気が肌に張り付く。上半身の衣類を脱がされてベッドか何かに横にしてるらしい。

「ん?お、治療開始からえーっと、十一時三十二分だから、五十三分経過、意識の回復を確認っと」

 ペンが走る音が聞こえた。僕の状態を常に記録しているらしい。

「……さて、目が覚めたッスか?雨宮翔君」

「……」

 薄く開けた瞳に薄暗い部屋の微かな光が瞳の奥を刺激し、男の声は刷り込むように、優しくて甘く話しかける。

 危険だと、即座に判断した。

 跳ねるように飛び起き繋がれたカテーテルをワイヤーの代わりにして拘束しにかかる。

「判断力、行動力、どれをとっても一級品ッスね」

 カテーテルが触れる直前、僕は体を引っ張られて壁に衝突する。手足の一部分のみが強く押し付けられてずり落ちない。

「念力……なんで、何でだ!戸田祐樹!」

「名前覚えててくれたんスか?ありがたいッスね」

 白衣を羽織り、昼間に見せた明るい雰囲気は鳴りを潜めてどこか仄暗い空気を放つ、父さんの懐刀の部下、戸田祐樹。

 奴の首元には異能兵器のチョーカーが取り付けてあった。

「なんで、父さんを裏切った……」

「なぁんだ、バレてたんスか」

 僕は、僕自身でも感じた事の無い怒りをぶちまけるように声を荒げて問い詰める。

「あの時話した通話相手は僕の事を知っていた!」

「あぁ、そっかぁそこでドジ踏んじゃったんスね。まぁ、結構予想通りに動いてくれたから気にするほどの事じゃあないんスけど」

 奥の歯が割れるんじゃないかっていうぐらい食い縛る。悔しい、こいつの掌で踊っていたことが。

「でも、超人を倒したのは計算外ッス。あれが無かったらわざわざ出向く必要も無かった……、隊長の息子といっても只人だろうって油断してたッス」

 明確にニヤリと笑っていた。

「新型のデモンストレーションには持って来いだったッスよ」

 新型?いやあれは三年前からあったような……。

 いやそれよりも!

「そうだ雫、彼女は何処に……」

「アレなら実験室ッス」

 実験室……。

「そう睨まないで、まだ何もしてないんスから」

「これから、だろうが!」

「何も殺すわけじゃないんッスよ?それに、予定外ッスけど君にも話しておかなきゃいけない事があるッス」

「僕にはない!」

「俺っちにはあるッス」

 戸田がパソコンのモニターに直接触れて壁に張り付けられた僕にも見えるようにホログラムのモニターを空中に映し出した。

「交換条件なんスよ。君を治す代わりに大人しく捕まるって」

 そのモニターには僕の状態が映し出されていた。正確には超人と戦って大怪我した後の自分が人型のホログラムで分かりやすく損傷していた箇所を赤くしていた。

「内臓、ほぼ全損、肺半壊、心臓は高負荷で破裂寸前、動いていたのが不思議なぐらいッスよ。外傷は裂傷がいくつか、深刻なのは骨ッスね。あちこち折れてたりヒビ入ってたりしてたッス。それが今は」

 キーボードを叩くと別の画面が出てきた。そこに映っているのはほとんど赤い場所が無くなった僕の体を模したホログラム。

「再生の異能、その中でも超人の再生能力を模したナノマシンを打ち込んだッス。あぁ、気にしなくても数日後には機能停止して老廃物と一緒に排出されるッス。だから気にしなくても残留することは無いっスよ」

「治ってる……」

「けど内臓はまだ怪しいッス。経過観察ッスね」

 再びキーボードを叩いて別の画面に変える。

「さっきも言ったッスけど、これは君を助けるのと交換条件で捕まった彼女の意向ッス」

 戸田の怪しく暗き瞳が僕を見る。

「だからここまではおまけ、そしてここからが大事な話ッスよ」

 まるでモルモットを見るような、狂気に満ちた目をしていた。

「君が使った異能兵器、【空気弾】は実を言うと本来市場には流れて無い物ッス」

「横流ししたものだと?」

「はいッス」

 ボロボロの、熱を帯びて壊れたであろうチョーカー型の異能兵器、僕が付けていたものを彼は触れた。

「データが欲しかったんス。どんな形であれ実用段階に持っていける物を作る為に。その為なら実験段階の物を流して使って貰うのが一番だと思ったんスよ」

 既にばらした痕跡のあるそのチョーカーを眺めながら言う。

「でも、どれもこれも必要に足らない。事故を起こし、扱えない人間も多く、異能を異能として扱えない、そういった存在が多かったッス」

「異能を異能として扱え、なんて異能者でも一番最初は出来ないんだから当たり前だ」

「でも、例外が二人だけいたッス」

 悪寒が走る。戸田の目が僕に向いたから、だけじゃあ説明がつかない何か。いや、彼の言葉に僕は何となく気付いてしまったからだ。

「一人は隊長、雨宮雷蔵ッス。世界初の人工異能【加速】、まぁ比較的扱いやすい代物って言われればその通りッスけど」

 そして……。

「んで、もう一人は君ッス。初めて異能に触れたのになかなかに使いこなしたじゃあないッスか」

「……」

「今モニターに映っているデータはッスね、君が使った異能兵器の出力や使用時間、その他諸々ッス。そして、データが示しているのは、安全装置を破壊し瞬間出力が限界値を超えていたッス。その分、脳にかかる負担はすさまじいものッス。まぁ、こうして話し出来てる時点で頭の方は何とかなってるって事ッスけどね」

 ……だから、

「だからなんだ」

 苛立ち始める。要領を得ない、なんかこう、分かりやすくない。戸田にとっては大事なんだろうけど核心が見えない。

「何が言いたいんだお前は。僕が命を懸けてたことがそんなに大事な事なのか」

「……んー、確かに分かりにくい説明から入ったッスね。結論から先に言うッス」

 そう言うと不気味な笑みを浮かべてキ―ボードを叩きモニターを変える。

「異能兵器を使い、なおかつ潜在能力まで引き出す才能。一瞥しただけで能力を推察し弱点を看破する知識と観察眼。地力の戦闘能力と適応力。そして何より、父親を模倣した英雄精神、はっきり言ってしまえば君は天才寄りの凡人ッス。でも、凡人のカテゴリに入る以上理解できない存在ではない。雨宮翔君、君、ヒーローにならないッスか?」

「……は?」

 意味が分からなかった。ヒーローとかそれ以前にそんな要求をすることが。

「はっきり言えば、最強こと雨宮雷蔵はもうダメッスよ。あと十年生きられればいい方ッス。あ、別に俺っちが細工して脳に負荷をかけたからじゃないッスよ。常々から異能の使いすぎなんスよ。だからもうそろそろって話ッス。でも、隊長が引退して二度と異能を使わないって生活をすればまぁ、孫の顔を見られるかどうかまでは生きられると思うッス」

「……まさか、その代わりに?」

「そう、異能者じゃない人たちのヒーロー、それが最強という肩書を背負っていたッス。でもそろそろ世代交代の時間なんスよ。でもあの人ほど強い人を育て、用意するのはほぼ不可能。だから異能兵器その他諸々を持つ人間を作るんス。地力の戦闘能力も高い君ならすぐ代用品としてヒーローの後を継がせられるし、なかなかに良い話だと思うんスけど」

 つまり、それは、もう消えかけている英雄の跡を継げと提案しているんだ。

 違う、だって、父さんが紡いできたものは消えない。僕だけじゃない。カレンや部下の人達、何より多くの人々が父さんに賛同して人助けをしてきた。僕はその中の一人で、その光に魅せられた無辜の人々なんだ。父さんが退いても僕達が居る限り平和であり続ける筈なんだ。

「必要ない、と思うッスか?」

 内心を覗かれたのか、戸田は僕の考えを言い当てる。

「確かに必要ないッス。英雄は、象徴は、今のままが続くのなら無用の産物、でも、でもッスよ、昼間の君が言ったように巨悪が目覚めて争いが起きたその時、平和の中で牙の抜けた人々はどう対処するッスか?」

「それは……」

「無いんスよ。ジッと嵐が過ぎるのを待つようになにもしなくなる。いつも誰かが解決してくれたから」

 ……昼間の問答、きっとこの人はこれを言いたかったんだ。

 世界は今、とても平和だ。戦争はなく、人々の在り方は公平から平等に変わり、多くの問題は解決されつつある。その最中で産まれた人の定義を崩しかねない存在、異能者。

 まどろっこしい。彼は最初っからこう問いかけていた。

 異能は、異能者は、悪か、と。

 そして今はこう問いかけている。人々を悪から守る存在にならないかと。

「不必要だとしても、無駄だとしても、英雄っていう機能は要るし、そしてそれが今ッス」

 戸田は僕を縛る念力を解いて地面に力無く経たり混んだ僕に手を差し伸べる。

「超人に迫れる君なら英雄に出来るッス」

「一つだけ、聞きたいことが……」

「なんッスか?」

 それは僕の中に生じた疑問。言いくるめかけられている僕が出来る僅かな抵抗。

「なんで僕なんですか?」

「君の精神が隊長の模写だからッス」

 彼は明るくまるで理想を語るように話し出した。

「あの人は誰にも理解されず、だからずっと孤高だったッス。でも、だからこその限界なんスよ。どう頑張っても一人で出来ることには限りがある。だったら凡人が理解できるヒーローを用意すれば良い。そうすればその心は他の凡人にも理解できて、凡人の中からヒーローを目指す奴が産まれる。お誂え向きッスよね?凡人の身で孤高で孤独なヒーローの背中を追いかけてきた君とか」

 その答えを聞いてやっと腑に落ちた。僕はただの代わりなんだ。目の前に居る男の、理想の存在の。

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