嵐を呼ぶ君
それは最高速度の反撃、もしかしたらもしかするかもしれない俺様に食らいつく機動力、加速力を遺憾なく発揮する。
今までは防御に使用していた空気弾の弾を全て移動と攻撃に転じていやがる。
自分でもわかる口角の歪み、心の底から楽しィんだ、今が!
「追いついてみろ、雨宮ァ!」
まだ死んでねぇ。体はもう悲鳴を上げているはずなのに限界を超えてその心は躍動し続けている。
俺様が一度も抱いた事の無い人間の底力、暗闇でも星を目指して歩いた人類の往生際の悪さ、その全てを凝縮したみたいな奴だ。
だからこそ、信念や執念といった強さを持つ弱者ほど油断ならねぇんだ。死にかけても、死んでも、喰らい着いて来る。
奴は血を吐きながら無数のコンテナが何かに弾かれるように宙に浮かす。コンテナの下に空気弾を作って真上に飛ばしたのか。
「器用なこった」
俺様が着地したのと同時に連続してもう一度空気の弾がはじける。流星群のように降り注ぐ鉄のコンテナの弾幕、だがその内側は空っぽだ。殴れば簡単に潰せるんだよ。
「オラオラオラオラオラァ!」
拳一つで一つのコンテナを殴り潰しブッ飛ばす。それを空に飛んだコンテナが尽きるまで行い続ける。さっきみたいな頭使うやつ来てほしいが、装備をほとんど壊したんだ。攻撃が単調になるのも仕方ねぇ。
あるのはワイヤーと空気弾。どんなに創意工夫しても出来る事は限られる。
問題があるとすれば、俺様のそういった先入観を雨宮翔はぶち壊してきた。無理難題を乗り越えてきた。無能力者でありながら異能者を倒してきた。確信がある。俺様を追い詰めるって、想像をはるかに超えるってなぁ!
コンテナを全部殴り飛ばした、さぁ、次は!
だが空中に奴の姿は無かった。あの一瞬に逃げたとは思えない。つまり何処かに移動しているはずだ。例えば、敵の死角とかに。
俺様は急いで後ろを振り向いて、そしてそこに奴はいた。
そうかワイヤー、コンテナに繋いで自分を……。着地の衝撃は空気をクッション代わりにして。本当にうまく立ち回るなぁ。
奴の手にはおそらく空気弾が用意されている。至近距離で撃ちてぇんだ。その方が威力を保証できる。
避けるか、受け止めるか、俺様の体勢が崩れている以上今すぐどうこうできない。弾丸は、直撃する。
「【空撃】」
そう奴は呟いた。技名か?必要無いだろそんなもん。複数技を持ってる奴が間違えない為に声出し確認するようなもんなんだから。ま、そういうお年頃か。とか思っていたが空撃の威力は衝撃波となって俺の体内に届いた。
「ガはッ……ッ!」
脳が揺れて一瞬意識が飛ぶ。視界が暗く落ちる。気絶一歩手前で心臓の鼓動を早く強くさせて脳の回復を瞬時に行う。試した事ねぇけど意外と上手くいくもんだな。
奴の驚いた顔が見える。そらそうだろうなと思いつつ拳を握った。
振り上げる拳に最大限の力を溜めて放つ。さぁ、喰らえ、俺様の全力だ!
だが奴は瞬時に回避行動に出る。拳は空気を殴りあらゆるものを吹き飛ばした。
「チィ」
問題は回避手段だった。奴は足を上げていない。横に滑るようにして移動した。ホバー移動、圧縮した空気を足の裏から噴射して浮いているのか。微かに光るワイヤーも巻取りで引っ張ってホバーによる浮遊状態で一気に移動しているのか。
それなら片足折れていても素早く移動できる。問題があるとすればそれはワイヤーに頼らなければならないという事、そして片足によるホバー移動は難度の高い技であるという事だ。
だが奴は近くに居る。攻撃のチャンスだ。
一息で俺様は奴に向かって飛びかかる。瞬間、対象は雪を舞い上げて姿を消し、左からの衝撃に視界が揺らいだ。
「なん……」
あぁ、なるほど、空気を破裂させて初速を確保、ワイヤーで刺したところを中心に回りながら巻き取って加速、勢いを殺す事無く俺様に蹴りを叩き込んだのか。だが分かってんだろ、その程度の威力じゃあ怪我一つ付かねえってぇ!
吹き飛ばされた俺は開けた場所にまた着地した。
「んだよ、この程度か?」
そんな訳ない、まだ何かある。絶対に。そう確信したその瞬間、明かりの無くなった闇夜の中、微かに奴の目が青く光りかけたように見えた。前例があまりにも少なすぎる異能発現の兆候……。
俺様が言った質問に志波はこう返した。
(本当に無能力者ならね)
「これを見たのか!志波ァ!」
思考がまとまるよりも先に異常が発生し始める。肌を切るほどの冷気なのに雨と風が発生し始めた。いや、俺の周りだけ雨が降り出した。同時に周囲の温度が急速に上がり始めているのを感じ、足元の雪が水になっていく。
その間、一秒。俺様は急いで口を塞いだ。それがまずかった。
瞬間的に周囲の温度が跳ね上がって、俺様の体は自然発火した。
「ギャァァァァァァァァ!」
発火するのと同時に肺が潰れ口と鼻から血を吹き出し、急いで再生させようとした肺に高温になった空気が体を内側から焼いた。
断熱圧縮、空気を圧縮することで生じる高温に俺様は曝されていた。その温度は人体自然発火を起こす温度、千度は超えている。一番上の数字は変動しかねない。
空気を圧縮する範囲を広くして俺様を包んだのか。いやまて、空気弾に圧縮する空気の範囲を指定す事は出来ない……出来ない筈だ!だがもし、出来るのか?能力の制限を超えて扱えるのか?
もし、もしもそうなら限界を超えた使用は異能の暴走だ。暴走した場合の異能は格上すら殺せる。異能者の寿命を削って。
想像を超えやがった。もっともっと賭けに出た事をしてくると思っていたがこれは完全に予想外だ。こいつは今ここで死ぬつもりだ。勝っても負けても、今ここで命は潰える。は、もったいねぇ、俺様がぶっ殺してやるよ。この戦いが、その覚悟が、永遠に誰の手にも穢されねぇように。
全身が燃える中で俺様は走り出す。雨宮翔、お前を殺す為に。
体を燃やす熱よりも再生の速度が追い付き始めた。だが、暗闇の中で蒼く淡く光るあいつの目は確信に満ちているようだった。
事実、この攻撃は二段階に分かれていた。一段階目で倒せれば御の字だったんだろうが、二段階目の攻撃はほぼ確実な必殺だった。
冷たい空気が頬を切る。火蓋を切るように。
熱が失われる、肌を燃やした空気は圧縮を止め膨張し、俺様の内側と外側の気圧差によって肺が破裂しし血肉をまき散らす。一瞬、一瞬の出来事だ。
圧縮していた空気を破裂させたことで竜巻にも似た突風を巻き起こしコンテナヤードを更地に変える。
雨は雪に変わり、熱せられた地面は皮膚を焼き舞い降りた雪を解かす。遠くに聞こえる街の喧騒を聞きながら俺様は敗北した。
意識が落ちていく、真っ暗な場所にな。静かに、誰にも看取られないまま。
息が上がる。吐き気がする。胃から溢れ出る血液が食道を通って吐き出される。真っ赤な血が、真白な雪を穢している。
膝を着きもう動かしてはならない体で彼女の元に張っていく。まだ障壁を張る気力は残っていたから大丈夫なはず。でも心配だ。
指先がかじかんで真っ赤だ。凍傷を起こしそう。目から血も流れている。異能を使い過ぎたんだ。適性があるからって無理し過ぎた。まぁ、僕の体は異能なんて無い訳だし外付けの異能を使えばこうなるのは分かってた。片道切符の全力だったけど何とかなって良かったぁ。でも油断はできない。父さんはこういう時でも油断したらいけないって言ってた。不意を突かれないとも限らないから。なのに思考が定まらない。限界まで徹夜した時みたいになってる。頭に霞がかかって考えが上手くまとまらない。
今、力尽きる……訳には……。
……。
…………。
………………。
…………暖かい……。誰か、誰が……。
……あぁ、しずく……。
僕は彼女に強く抱きしめられていた。多分、意識が落ちてすぐに彼女は駆けつけたのだろう。彼女の頬から熱いものが伝っていた。
「なんで、なんで、私を」
震えていた、怯えていた、そして怒っていた。僕が命を懸けた事、命を投げ捨てた事、死にかけた事、死に向かった事を、その全てに泣いていたし怒っていた。
分かってる。でもこうでもしなければ超人相手に何とかなる訳も無くって、あぁ、でも……。
「ながぜでごべん」
僕は君のそんな姿を見たくなくて戦ったんだから。だからそれすらも、気に病んで欲しい訳ではないのだけども、強く生きていて欲しかったのだ。
まぁ、生きていて良かった。こうしてまた、触れられたのだから。
「がえろ˝う」
口の中には錆びた鉄の味しかしない。相当量吐き出したかも。
「本当に、もう、無茶しないで。君に、私、死んでほしくないんだから」
「……うん」
今は彼女の怒りすら暖かだった。
「なんだ?行っちまうのか?」
……まぁ、そうだと思ったよ。超人。
この程度でくたばれるなら世界最高峰な訳ないもんな。
僕が振り返ると胸部を再生させている奴の姿があった。恐れるべきは心臓だ。機能が一切削がれていないように見えた。おそらくもっとも強固な臓器なんだ。
骨が、血管が、筋肉が、皮膚が、一瞬のうちに再生する。
「さぁて、ラウンド2だ。いや、3か?」
「ッ!」
雫が僕を抱きしめて障壁を張った。
「邪魔ァすんなよクソアマァ!」
雫の僕を抱きしめる腕に力が籠る。ごめんすっごく痛い。それはともかくとしてまだ障壁を張れるなら大丈夫。奥の手を使っても大丈夫そうだ。準備にかなり時間を有したけど。というかまだ完成してないけど。
「……」
「なぁなぁなぁ!次どんな事してくれんだ?どんなふうに俺様を攻略する?教えてくれよ雨宮翔!」
「……かぷッ」
まだまだ血が出るけど、うん。最終フェーズには行けそう。
「だいぶ風も出て来たな、空気弾には何か支障があんのか?」
彼女の肩を借りようとして引き留められる。僕がまた無茶をするって思われてるんだ。言葉が上手く出ないからなんて伝えればいいのか……。
でも、うん。彼女と一緒なら僕はまだ立ち上がれる。だから、こう伝えるしかない。
「ぢがら、がじで」
酷く不安そうな顔をして、それでも彼女は僕に肩を貸してくれた。
「そうだ、そう、さぁ、見せてみろよ!」
うるさい。本当に。頭に響く、不快な音だ。
そんなにみたけりゃ見せてやるよ。この力の本領を。
「【空撃】」
「なんだ、またかぁ!?もっと別のもんを」
僕はその言葉を合図に全く別のイメージをする。
わざわざ技名を付けたのは事故を無くすため、自分の中での認識をはっきりと区別させるため。即興で作ったけど意外とこれが効く。いわゆるルーティーン。
異能兵器は異能者と違って異能そのものと心が直結していない。それゆえに感情的にではなく感覚的に扱わなければならない。だから内蔵された安全装置を壊す事が本来できない。だけど、もしも、突破する手段を兼ね備えていたら、話は違ってくる。
突破手段はただの火事場の馬鹿力。だけど脳のリミッターが外れるには十分。
範囲、圧力、種類、その中で僕は範囲と圧力だけに限定して扱った。さらに、一度に作れる弾の数は十個程度、一個作るのにそこそこの時間を有する。だから三つ程度でどこまでやれるか、それが僕の課題で、思いの他上手くいった。でも超人は立っている。故にこそ、奥の手。
空撃、その言葉と同時に風は一層強く吹き荒れ竜巻を起こす。
「なん……」
超人が空へと飛ばされ、僕達もその風に巻き込まれる。僕と雫をワイヤーでしっかりと固定して僕達は渦の中心へと向かって飛んでいく。彼女の障壁がある以上、飛んでくるものに気を付ける必要性は無い。
「わ、わわわ」
しっかりと抱き寄せる。次は絶対に離さないために。
複数の弾を破裂させ超人より早く渦の中心かつ光り輝く場所に到達した。
「空気の圧縮、一度や二度じゃねぇな、連続して六回かぁ?しかもこの竜巻は空気を取り込みすぎて発生しやがったのか!」
正解だよ超人。で、分かったからってなんとか出来るのか?
「やっべぇなこれ」
これはお前を殺す為に作った。お前が相手でも一息で全ての細胞を死滅させるために。オーバーキルだけどそこまでやれば殺せるはずだ。というか死んでくれなきゃ困る。
光る空気の塊、気圧を変動させるほどの超圧縮、天候操作系異能の最高峰【移動超常気象】の限定的再現、即ち、衝撃波爆弾。そこに破裂ではなく穴を空け維持することで威力を持続させる。
空気弾、あるいは空気砲。だけど、今回ばかりは別の名称を付けるよ。
【空圧対物弾】
これが僕の奥の手、存分に喰らってくれ。
「【天響】」
竜巻が一瞬で止み、つかの間の静寂が訪れる、光り輝く空気の弾は目標に向けて門を開き、中身を放つ。
それは超極小の台風、空気が空気を穿ち竜巻となって大地を抉る。巻き込まれた超人は絶え間なく地形を変える超高気圧を浴び、発生した衝撃波は皮膚を割り内臓を骨を筋肉を擦り潰す、人が到達できなかった究極。
それでも不安は残る。だがやり切った、今の僕に出来ること、今の僕にできる全力を。




