表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/146

命を拾い、投げ捨てる

 それは刹那の走馬灯、いや、フラッシュバック。きっと時間にしてコンマ一秒程度の硬直だった。しかしそれだけの時間があれば反撃を喰らうには十分。

あんあぁ(なんだぁ)?」

 我に返った僕は急いで引き金を引こうと指に力を込める。でも、引き金を引かれるよりも早く、超人は拳銃を噛み砕いた。引き金を引き終わった頃には撃鉄は雷管を弾けなくなっていた。

ひひっへんおかぁ(びびってんのかぁ)?」

 僕の心は酷く動揺している。冷静な判断が出来ない。思考がまとまらない。

 動かないと、動かないと、動かないと、奴の拳が迫る。喰らう、形勢が逆転する、今の僕にここから負けたら二度と勝てない。だから、だから……動け!

 どう動けば?どう避ければ?どうやって、勝てばいい?

 僕は唯一の勝ち目を失った。その事に気が付いたのは、奴の拳が空気の防御を貫通して僕を殴り飛ばした後だった。




 慣れない。梯子を下って雪の積もった地面を全力で走る。こんな事ならちゃんと運動でもしておけばよかったて今更後悔する。

 肺が凍りそう。肌が裂けてしまいそう。でもでもでも、君は今戦っている。私のせいで戦っている。

 胸中を駆け抜ける焦燥感が嫌な未来を掻き立てる。お願い、どうか無事でいてください。私一応神様として祀られてたんだから彼の無事を願ったら本当になるぐらいの力があって欲しい。

 だって私は返せないほどのものを貰った。雪が降る寒空から私を運んで、食べ物を貰って、爆発の中逃げた。命を拾われた。

 なのに、私は何も返せていない。たくさんもらった恩を、なにも。

 返したい、帰したい、だってそうすればきっと、必ず、私達は他人に戻れるって信じてた。他人に戻れればここで繋いだ縁も途切れてくれるってそう思っていた。君と私の生きる世界は違ったから迷惑なんて掛けられない。なのに、背を向けて私の傍を立ち去った君に征四郎が重なった。

 翔君は自分の居ないこれからの未来を憂いた。そんなのもう嫌だ。もう誰も、死んでほしくない。離れたくないの。

 彼が飛んでいった着地点に私は辿り着く。そこに君の姿はなくって、戦いの音も聞こえていなかった。

「……どこ?」

 周りを見渡す。何か痕跡があると信じて探す。瞬間、白い煙の中で何かが光ったように見えて……

「よかっ……」

 彼が無事だと安堵した瞬間、普通の人間なら耐えられない速度で私の横を飛んでいき後ろのコンテナに衝突した。

 恐る恐る振り返る。違うって、君じゃないって、受け入れがたい事実を否定しながら、ボロボロになった君が大量の血を流しながら壁伝いに倒れるのを目撃してしまった。

「あ……あぁ……いやだ、いや……」

 私は急いで彼の元へ行く。治療の知識なんて一つも無いけれど今の状況がどれほどまずいかなんて知ろうと目に見ても明らか。

「翔君!翔君!どうしよう、血、血が、止まって、止まってよぉ」

 なんでこんな時に征四郎の事を思い出すんだろう。この怪我をどうにかしないといけないのにどうして人が死んだ時の事を思い出すんだろう。

「……し…く」

 良かった!良くないけど翔君の息がある!でも、ここからじゃ……祈里さんの所に連れて行って治療してもらうしか。

「ハハハ、ハハハハハハハハハハッ!」

 嫌な高笑いが聞こえる。あいつがまだ生きてる。超人が、怪物が、私の親しい人を殺して回る死神がまだ止まらない……。

「まだ生きてっかぁ!?生きてるよなぁ!あっこから俺様の両目と右足、左腕まで持ってたんだ、生きててくれねぇと楽しめねぇだろぉがよぉお!」

 信じられない。両目は焼かれ腕は肩から、足は膝から下が、切り落とされているのに平然としている。片足で立って跳びながら来るのもそうだけど目が見えてないのにこっちを捉えてるし、何なら首の半分以上を折れたブレードが切ってるのに平然と生きている。なんで、なんでこんな化け物が、私達の前に現れたの!?

「んあぁ?あぁ、御神体かそこどいてろよ。死にたくねぇだろ?」

 だめ、いやだ、この人まで死んじゃう。ここを退いたら、何も返せずに終わっちゃう。

「こ、断る!」

 今逃げたらあの時と同じだ。また、また、お別れさえも言えないで……

「に……げ……」

 翔君が今にも消えそうな掠れた声で私に逃げろって言ってくる。でも、もう覚悟は決めたから、絶対に逃げないから。

「へぇ、いいねぇ、肝据わってんじゃねぇか」

 歪む口角と声音から超人が本当に心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。

「俺達が今しているのは殺し合いだぜ、だったら男も女も関係ぇねぇよなぁア!」

「ヒィッ」

 息が詰まりそうな威圧感、このまま意識さえ持っていかれそうなほどの殺気が容赦なく襲ってきた。

 これに、こんなものに、翔君は、征四郎は、立ち向かったの?

「萎えるような真似してくれんなよ、久々にマジで楽しィんだからなぁ!」

 障壁、お願い、出て!

「しず……く」

 私は、彼の傍に居ながら彼の考えを読もうとしなかった。だって、こんなにボロボロで口とお腹から血が止まらない状況でもう動ける訳ないとそう思ったから。だから、私は……彼の死んでいない瞳に気付けなかった。

 翔君の体が宙へ浮いた。正確には飛ばされたが正しいかもしれない。

 私は唖然としていた。口を開いたまま状況を理解できなかった。

「そう来ねぇとなぁ!」

 瞬間、超人の目と手足が元に戻り、少し遅れて薄く赤くほのかに光った。

 宙へ浮いた翔君は腰の装置から火花を散らしてワイヤーを巻き取る。見た限りだともう腕の装置とは繋げていない。直接射出している。

 巻き取ったワイヤーの先端には折れた、でもまだ赤熱化しているブレードが付いている。

 ブレードを手に取った翔君は落下に合わせて超人目掛けて振り下ろす。

 でも、超人も跳んで空中で翔君の頭を掴んでそのまま地面に向かって叩き付ける。

「ああぁ……あ"あ"ぁ"……」

 頭蓋が割れるような音がした。その音がしてしまってはもう人としては……。

 でも、まだ強く握られたブレードは光っている。まだ、光の尾を引く。

「ハッひゃぁあ、まだ生きってっかぁ!」

 避ける為に仰け反った超人に合わせてすぐさま立ち上がり刃を振るう。舞った雪の中で赤い光がまだ見えた。

「今のは人として死んどけよ!」

 今度は超人の蹴りが胸部に直撃して私の目の前まで飛ばされた。

「か、かけ」

 ……まだ……

「また指斬り落としやがったな、ヒーロー」

「ハァ……ハァ…………カプゥァ」

 彼は立ち上がる。口から大量の血を吐き出しながら。

「流石に胃は潰れたよなぁ~。ゲームだと追い詰めれば追い詰めるほどボスは強くなるもんなんだが、現実はそうはいかねぇし」

 ダメ、私から見ても彼はもうとっくに限界を超えている。これ以上は本当に……。

「いっつも決めてんだ。強い奴と戦った時は絶対に殺すってなぁ。例えここから生き永らえてもそいつは今以上に強くならない。なれない。腕も足も、俺様がぶっ壊してまともに動かないからな」

 私は彼に駆け寄って肩を貸す。少しでも遠くに逃げないとまずい。

「楽しかったぜヒーロー、雨宮翔。お前の決死は覚悟は、俺様が一生忘れない」

「ハァ、ハァ、ごめんね翔君、痛いかもだけど少し我慢して」

 超人が一歩一歩ゆっくりとじっくりと獲物を追い込む。私はその追跡から彼を連れて必死に逃げる。彼に死んでほしくないから、彼の血に塗れる事なんて気にせず一心不乱に逃げ続ける。

「分かってっかぁ、御神体」

 でも、上空に跳んだ超人は私の目の前にクレーターを作りながら着地する。

「無駄だってよ」

 それは私にはどうしようもない絶望だった。それでも縋るように、離さないように、私は翔君を抱きしめる。

 せめて死ぬなら一緒に。死ぬなら。

 ……あ。その方法があった。けど、翔君の努力は無駄になる。それでも。あぁ、それでも、今この状況なら私はそれに賭けるしかない。

 彼を見る。翔君を見る。幾たびの戦いで疲弊している彼を私は戦わせた。どこかで引き留めて恩の事なんて考えずに私は立ち去るべきだった。君をこんなに傷付けたくはなかった。

 思えば私は君に何処か惹かれていたんだと思う。この街で、私の知らないこの世界で手を取って引いてくれた事、君と見て周った事がきっと嬉しくて楽しくて、美しいって感じたんだ。

 征四郎と重なるのは当たり前。征四郎も君もずっと守ってくれて助けてくれて、一緒に居てくれた。私にとって征四郎はおじいちゃんみたいなものだったけど、君は多分同じくらい特別になり始めてたんだと思う。

 だからこんな選択をする私を許して。君に、死んでほしくないから。

「……どういうつもりだ」

 私は翔君を横向きに寝かせ、彼が強く握る折れたブレードを手に取った。

 そしてその刃を、私は自分自身の首に当てる。

「交渉、しましょう」

 明らかに失望した顔をしている。

「分かってんのか?この距離なら腕をへし折って止めるぐらいわけないが」

「だとしても」

 私はまだ熱を放つブレードを皮膚に当てる。悲鳴を上げたくなる痛みが瞬時に襲ってきた。肉が焼ける匂いと音がした。

「貴方と……違ってェ、私は……簡単にッ…死ねる、から!」

「……クッソ萎えるわ、ふざけんなよクソアマ」

 だとしてもこれしかない。私の命を使った交渉しか今の私には使える物は無い。

「彼を見逃して。じゃないと私はここで死ぬ」

「それを素直に聞きいれる理由は?」

「分からないけど、貴方達は私を狙ってるんでしょう?死んだら困るんじゃない?」

「それは、そうらしぃが?」

「私も貴方に付いて行く。それなら貴方達の目的は達せられる。そこに何か不満があるの?」

「あるに決まってんだろ。俺様がつまんねぇ」

「そこは、さ。楽しみにとっとくとか良いと思うんだ」

 超人がしかめっ面を浮かべて私の提案を思案している。

「トップの言うやつがどれだけ強いかわっかんねぇからなぁ」

「見逃せば少なくとも戦う機会は奪われないと思うけど」

「……ちぇ、仕方ねぇなぁ。いいぜ、見逃してやるよ」

 ……やった。

「その代わり追いかけてきたりしたら容赦はしねぇ。いいな」

「ッ……分かった」

 何とか、なった、のかな?あぁ、でも、君とはお別れかも。

 私はブレードを降ろす。超人が襲ってくる様子はない。こういった約束事は守る律儀な人なのかもしれない。

 ブレードを手放して私は自分は着ていた一番上の一番暖かそうな服を彼に被せる。

 大丈夫、絶対に、神様として君は無事だと思える。君の前で神様として振る舞ったことは無いけれどこう見えて沢山の信仰を受けてたんだよ?だから、奇跡の一つや二つぐらい、君に起きても不思議じゃないのです。

 だから、だから生きてね。たった二日の、ほんの少しの間の夢のような物語。御伽噺じゃないからハッピーエンドとはいかないかもしれないけど。それでも君には、私の事を忘れて前を向いていて欲しい。

「……よかったぁ」

 彼のくすんだ瞳が私を見ている。唇も微かに動いているけれど血が邪魔して息が漏れない。

「じゃあね。翔君」

 熱が頬を伝う。涙となって零れ落ちる。うん。ごめん。私、君の事、思っていたより大事にしたかったみたいです。

 彼の傍から立ち上がり去っていく。

「なんだ、もういいのか?」

「うん」

 これ以上は私が耐えられない。傍に居たいと思ってしまう。

 せめて最後には笑っておこう。君に、私の、人生で二人目の大事な人に。




 痛みすらもう無い。吐き出す血が異様に熱く感じるぐらいだった。鉄ってこんな味だっけ。

 意識も視界ももう限界だった。なのに彼女の言葉も姿もはっきりと受け取れた。

「…………」

 言葉が出ない。息が出て行かない。またあばらでも折れたんだろうか。

 僕何してんだろう。いつもならここまでしないのに、父さんが居ないからかな。見栄でも張ろうとしたからかな。いや見栄っていうか、物事悪い方向に行き過ぎっていうか。なんだか不幸っていうよりも小石に躓く運の無さ、昔っから運の無さだけは本物だったからなぁ。

 あぁ、行ってしまう。雫が、連れていかれる。動いてほしいのに体が深海に沈んだように動かない。なんでこういった時に動けないんだよチクショウ。

 でも、今動けたとして、僕は超人に勝てるだろうか……。失った機能を取り戻せる以上いくら手足を切り落としても無駄、一息で殺さないと元に戻り続ける。首を斬り落とせなかったのが悔やまれる。あの時トラウマなんかフラッシュバックしなければ勝てたかもしれないのに。

「……………………」

 言い訳ばかりだな。

 このままこの微睡みに沈んだ方が楽になれるだろうか……。

 ……は、ははは、ははははははは、バカなんじゃねーの。死ねよそんな真正のバカ。

 僕は好きで助けたんだ。あぁ、そうだ、好きだから、助けたんだ。

 雪の花が舞い降り、月明かりに照らされた彼女を見つけた時、僕は不覚にも美しいと思ったんだ。

 僕が作ったご飯を食べて泣きながらも笑ってくれた君の笑顔が眩しいくらい明るいって思ったんだ。

 静かに眠る寝顔も、新しいものに瞳を輝かせる横顔も、潤んだ瞳さえも愛おしいと思えたんだ。

 たった二日の、されどあまりに濃厚な、かけがえの無い時間。願うならこれからもこんな時間を過ごしたかった。

 君が怯える顔は見たくないから、泣く姿は見たくないから、無理に笑う姿なんて絶対に見たくないから、僕は戦えた。安心させられなかったのはごめんだけど、うん、僕は僕が嫌いなものになる。君を泣かせるかもしれない。

 凡人が超人に挑むんだ、無能が異能に挑むんだ、命を懸けずに勝ちを奪えると思うな!

 肺に空気を送り込む、手足に力を込めて体を起こし立ち上がる、痛みはもうない怪我なんて気にすんな。

 これが例え最後になろうとも、僕は君を必ず帰す。僕にはもう帰る場所なんて無いけど雫にはまだあるから。だから……

「ぢょう……じ、ん」

 何処だ、何処に行った。まだ遠くには行ってない筈だ。足跡、足跡を辿れば……。居た、開けた場所、跳んで行くつもりか。

「ざぜない」

 振り絞れ、体力を最後の一滴まで、例え尽きようとも……。

「んあ?マジかよ」

「なん……で」

 超人はケタケタ笑いながら雫の方を見て無邪気な子供のように小躍りしている。こっちは足を引きずって血を流しながら、いや血は凍って止まってる。

「マジかマジかマジか!分かってよなぁ御神体!追いかけてきたら……」

 なら好都合だ。

「いや、ダメ!」

()るって!」

 瞬間、僕は超人へ詰めて顔を掴む。勢いそのまま遥か後方にあるコンテナにぶつかり僕達二人は空中に放り出された。

「は??」

 ヤバい、思ったより衝撃が来た。圧縮空気を破裂させての超加速は思ったより体に負担がかかる。

 でも、超人に通用した。だったら、まだいける!

「そう来なくっちゃ、そう来なくっちゃおもんねぇわなぁ!」

 あぁ、拾った命ぐらい投げ捨ててやる。でもお前を楽しませる気はないぞ、超人!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ