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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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32/145

綻びは小さく、されど大きく

「うっ……まだ気持ち悪い」

 音速による移動は三十秒ほど続き、その間の不思議な感覚に慣れず雫は体調不良を訴えていた。

「大丈夫?水飲む?」

「今飲んだら全部吐きそう」

 学校から遠く離れたコンテナ置き場に持ち込んだ全ての罠を設置し終えとりあえず周りを見渡せる高台で休憩していた。

 あと数分ある。

 僕は彼女が腰を掛けている鉄骨に腰を下ろした。

「明日、何かしたい事ある?」

「……それ今聞くの?」

「いやだって、なんかやる気出るし」

「フフ……何それ」

 雫は少し考えて、白い息を吐きながら答えた。

「家に帰りたいかな」

 切実に、ただ願う様にそう言った。

「征四郎のお墓を作ってあげないと」

 そうだ、彼女は長年一緒に居た人を失ったばかりだ。

 辛い事も苦しい事も、寄り添ってあげられるだろうか……。

 ……僕は何でこんなにも彼女の事を気にかけるんだろうか。それは雫自身が乗り越えるべき事で僕が首を突っ込んでいい事じゃなくって、でも……。

 そんな悲しそうな顔しないで欲しい。

「僕も付いて行っていい?」

「え、えぇ、うーん、いい……の?」

「いいよ。力仕事あるだろうし」

 僕は小指を出して促す。

「約束」

 その約束があれば僕は頑張れると思う。だから、この手を取ってほしい。

「……うん分かった。約束ね」

 彼女の冷たい小指が僕の小指にかかる。

「嘘吐いたらハリセンボン飲ますから」

「ニュアンス」

「え?」

「いや、ううん。ハリセンボン飲むよ」

 黄金の髪が靡く。蒼い瞳が揺れる。色白の肌は霜焼けで赤くなり吐く息は瞬く間に白く濁る。

 雪が降る。肺を刺すような寒さと共に世界を覆う。鉄の箱は冷たく、触れるものを凍てつかせる。

 ここが僕らの終着点。何をするにもここで全てが決まる。


 ……勝たなきゃ。絶対に。


 あの時、血だらけで助けを求める君の手を僕は取った。助けた。初めは鈴の音を聞いただけ、こうなる運命だなんて思わなかったけれど責任は取らないといけない。途中で放り出してはいけない。それが、人を助けるって事だから。希望を見せたのだから突き落とすような真似したら僕は僕を許せない。

 握ってくれた小指に少しだけ力が入る。

「一つ言っておかないと」

「ん?」

 そうだ、これは言っておかないといけない。

「裏で動いてる黒幕、多分【烏】のメンバーの誰かだと思う」

「……えッ」

 一瞬で彼女の顔から血の気が引いて行った。

「その上で、僕が信用できる人を一応教えておきたい」

「……わかった」

「……父さんとカレンっていう若い女の人。それ以外は敵の可能性がある」

 自分でも分かっている。あの部隊に居る人達がそんな娘とするわけないって。それでもあの時、あいつは僕を知っているかのような口ぶりだった。まるで、上から評価を付けるような感じで。

「ただこれは僕の主観で、もしかしたら信用できないかもしれないし、逆に信用できる人も居るかと思う。だから絶対に惑わされないで」

 雫が俯いて歯を食い縛っている。きっと僕は酷な事を言っている。

 彼女にとってここは知らない土地で、未知の世界だった。案内したのは僕で手を引いたのも僕だ。本当は最後まで手を引かないといけないけれど、幸せを見届けるまで迷わせちゃダメだけど、ごめんなさい。僕にはこれが精一杯だ。

 ヒーローならきっとこんな逆境ものともせずなんだろうな。

「自分を信用してってお願いしたばっかりなのにごめん」

「ううん、そうじゃない」

 彼女の少し怒気の混ざった声音に背筋を伸ばしてしまう。

 僕は何か悪い事を言ってしまっただろうか……。

「なんで、君が居なくなった後の話をしてるの?」

 ……あぁ。

「死なないでって約束したよね?帰ろうって、ついさっき言ったよね?」

 うん。した。だから怒ってるんだ。

「わた……私、君に何も……返してないのに、居なくならないで」

 それは違う。僕はもうたくさんの物を君に貰った。この二日間結構楽しかった。いつも一人だったクリスマスを誰かと過ごせただけで十分だよ。

「大丈夫、もしもの話だから」

「……本当?」

「うん!」

 だから、僕が居なくてもきっと大丈夫。

 遠くで大きな音がした。僕は彼女の手を放して背を向ける。

「なら絶対に!」

 そんな僕を雫は呼び止めた。

「君を信じるからね!」

 ……。

「うん。ありがとう」

 彼女の表情は何とも言えない物へと変わる。信じたいって気持ちと信じきれない状況に板挟みにされてるんだと思う。

 ……ごめんね。本当にごめん。

 もう、時間だ。

 瞬間、何かが落ちた音を轟かせて白い雪を衝撃で払い、新しい人類として現れる。

「おらぁ来てやったぞ!ちゃんといっかぁ!?ヒィロォー!」

 轟音以上のよく通る声でコンテナヤード中にその存在感を誇示する。

 超人がやってきた。想像通りに。

 相手は最初から僕を逃がすつもりはないらしい。

「行ってきます」

「まッ!」

 高周波ブレードを手に持ち拳銃を腰のホルダーにしまって高台を飛び降りる。雫の制止も振り払って。

 必ず、必ず勝つから。君を帰すから。僕と違って君には帰りたいと思える場所がまだ残ってるから。だから、雫の明日がどうか明るく在る為に僕は命を懸けられる。

 たった二日の出会い、例え僕が死んでも傷になんてならない。僕達はロミオとジュリエットじゃないんだから。

 だからどうか元気でね。




 真っ暗闇に街灯が空に舞う白い雪を照らす。静かに振るその様子はゆっくりで、まるで時間が進んでいないみたいで、でも確かに動いている。

 白い息も、白い世界も、身を切るような寒さも本当なら特別な景色の一要素。でも、今だけはとても憎たらしい。だって、体の動きが鈍るから。

 怪物に挑むっていうのに。

「……いたなぁ、来てないかと思ったぜ」

「そんな訳ないだろう」

 コンテナの上に腰掛けて足を振りながら待っていたらしい。

「まぁ、居なかったらもう一か所の方に行くだけだったんだがなぁ。居たならいっかぁ」

 超人は童子のように心躍らせている。にやけ顔とやけに落ち着かない様子を見れば明らかだ。

「お前、何で僕に執着するんだ?」

「あ?あーだってお前強いじゃん」

「他にも」

「強い奴が居るだって?居るぜ、確かに。でもな、凡人でここまで強いのはお前だけだよ」

 凡人……か。確かにそうだな。僕は凡人だ。

「おれぁさぁ、もっと強くなりたい。強くなって強い奴と戦いたい。ピンチになったり死にかけたりするとなお良い。んだけどよ、お前の親父さぁ、毎回手ぇ抜いてるか邪魔が入るかでつまんねぇし、何ならもう歳で動画見た時より弱いんだよなぁ」

「……動画?そんなものあったっけ?」

「なんだ?見た事ねぇの?むっかしのやつだけど十人ぐらいの異能者を一分足らずで皆殺しにしたやつ」

「……」

「かっこ良かったぜ。人から物取って怪我させようとしてる悪い奴を成敗して、良い事してるのにその眼はどう見ても人殺しの目で」

 ……そんなの知らない。僕の知ってる父さんは例え悪人でも命までは取らない人だ。

「だから期待してたんだ。容赦なく殺しに来るって思ってたんだ。でも腑抜けちまった。ガキが生まれたからだろうな、まともになった。だから、何を言わなくても着いて来て強くなる息子をぶっ殺せば多少は頭のネジ跳んでくれるだろうなぁって思ってな」

「結局、僕が目的じゃないって事か」

「目的だぜ?途中目標みたいなもんだけどな」

「なら、彼女を見逃してくれ」

 僕を殺すのがたとえ途中目標でも……。

「無理」

「なんで?」

「ム、リ。なんでかって、それがトップとの契約だからな」

 ボー〇ボみたいな煽り方しやがってふざけんな。じゃなくて……。

「トップって、そんなに権力のある人間なのか?」

「知らねぇし。あ、でも、組織のトップだからトップって呼べって言われたんだっけか」

 組織?なんの組織だよ……。いや、でも、【烏】の中で他組織と繋がりを持てる人物って……。

(先輩にここを紹介されて)

 確証はない。でも、異色の経歴は【烏】の中であの人だけ、唯一最初から何かと繋がっていられるのは、あの人だけ。

 それに超人を引き込み人攫いを視野に入れるような表向きに存在できないような組織のとか、異能者を違法に研究してる?無理って事は……。

「お前、何処の組織に手を貸して……」

「異能研究を行う賢人会議、秘密組織【鉄四肢】どういう組織かって簡潔に言えば、お前の親父の両手両足を作ったのはこの組織の前のトップらしいぜ」

 鉄、四肢?聞いた事無いけど、父さんの四肢を作った人なら知っている。というか会った事ある!僕の……昔の異能兵器の実験で……。

「なんでそんな凄い人が」

「知らねぇよ。それに組織自体は三年前にお前の親父さんが壊滅させたから今俺らに指示出してる奴が本当に【鉄四肢】なのかどうかも知らねぇ」

「なら、なおさら僕達と戦う理由なんて……!」

 感情が昂る。怒りが沸き上がる。全ての理由が適当過ぎる。人生エンジョイ勢かお前!

「言っただろ!強い奴と戦いたい!強くなりたい!あいつは言った、御神体の女を自分の所まで連れてくれば最強より強い奴を造れるって、そん時は戦ってくれって言ってたしなぁ!」

 そんな、そんなふざけた理由で、彼女の居場所を奪ったのか?

「……さて、無駄話はこんぐらいにしねぇとトップから小言言われるし、そろそろ殺り合おう(バトろう)か」

「……」

 僕は思い違いをしていた。

 超人はちゃんと血の通った人間だって思ってた。人殺しを何とも思わなくても、心のどこかで罪が降り積もってくれてるってそう思った。

 人を殺す事を僕は別に肯定はしない。でも、躊躇すれば死ぬ瞬間は仕方ないとも思う。後悔なら後でいくらでも出来る。でも死ねば後悔すら出来ないんだから。

 お前……

「人の心とかないのか」

「ねぇよ!次の霊長なんだから!」

「そう……」

 必ず勝つと言った。それは僕の覚悟だ。

 同時にある事を思った。

 こいつは確実に殺さないといけないと。だって、こいつは、生きているだけで不幸を振りまく。ここで殺さないと被害が広がる。自分の欲求の為に他人を使い潰す。

「なら」

 生かしておけない、生きてちゃいけない。改心する事は永遠に無い。

 これは、誰かがやらなくちゃいけない事だ。

 僕はブレードを起動させ、昔父さんから習った、右足を引き顔の横で水平になるように切っ先を向ける構えを取る。

「ハッ!予行練習にぴったりだな」

「予行練習になればいいね」

 起動した高周波ブレードは甲高い音を響かせてその内聞こえなくなっていく。

「いいねぇ」

 超人が歪んだ笑みを浮かべてコンテナを飛び降りる。

「来いよ!ヒーローォ!」

 僕はヒーローじゃない。

「ぶっ殺してやる……」

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