再戦準備
「すいません。勝手に決めて」
「別に良いが……勝算はあるのか?あの超人に対して」
急ぎ足で廊下を歩く。僕とリーダーさんの二人で。
「無いです」
「尚更どうするんだ!」
「装備次第……としか」
ここには異能者狩りを倒して奪った装備があるらしい。異能者狩りの装備は対異能に特化している事が多いし、なら装備を見て戦略を立てた方が良い。ただし、そこまでやって僅かに可能性があれば良い方だ。
「使いこなせるのか?」
「大抵の装備なら使い方を一通り父さんに教わりました。殺害用ではなく拘束用が主ですけど」
今は倉庫になった教室の一角に到着した。
鍵は彼女が持っている。扉の施錠を解いて扉を開く。
「……これは……なんて保存状態の悪い」
「うるさい」
中に入ると重苦しい空気を感じる。
「全部違法品だ」
「分かるのか?」
「製造してる会社のエンブレム全部潰してあるから」
「なるほど」
つまり、殺傷力に関しては折紙付き。
「……あの硬い皮膚を貫通する方法」
報告では音速を超える狙撃銃ですら弾いたらしい。だからビルの倒壊に巻き込むという形で身動きを取れないようにするつもりだった。だけどあいつは飛び出して来た。
片栗粉の皮膚、でも、確か雫の防壁に触れて時に……。
「……あったまわるい武器があるなぁ。チェーンソー五個も付けても重いだけなのに」
「それ飛ぶぞ」
「え」
「飛ぶぞ」
「……いやなしなし」
こんなのでどうにかなる相手じゃないでしょうが。
「……えーと、銃は……拳銃か」
古臭くて短いリボルバーの拳銃、高周波ブレード、ワイヤーによる高速機動では両手が塞がるからあまり多くは持てない。と考えると設置型の罠が欲しい。……クレイモアなんて無いよなぁ。
いっそ改造して持って行こうか……。そう考えると、テルミット爆弾とかに改造して、でもそれであの皮膚をなんと出来る?
「……あー、めんどくさ」
「いきなり、どうしました?リーダーさん」
「貴方の前で胸張って気張るのめんどくさくなってきた」
「そう、ですか」
凛とした雰囲気はどこへやら。その姿はどこにでもいるだらしないお姉さんのようだった。
「結局、超人に勝てるビジョンが浮かばないんでしょ。こんなガラクタじゃあ」
「……まぁ、はい。でも、まだ策は」
「だから、これあげる」
そう言って彼女は懐からネックレスとかが入ってそうな箱を取り出した。
「これは?」
「ここにある兵器で一番の危険物」
「……あ」
僕はこの容れ物を見た事がある。何なら中身も。ずっと昔に一度だけでこの中身を手に取って着けて、その後父さんと他の大人たちとで言い争いになった。
これはそのレベルのいけない物、本来なら異能者狩りの手にも僕にも渡ってはいけない。
「誰にも使って欲しくなかったから自分で保管してた」
「良いの?」
「信用する。今のあなたの信念を」
「ありがとう」
僕はその箱を受け取って開けた。中にはチョーカーの様なものが入っている。
「説明書は?」
「さっき捨てた。使い方は覚えてる」
首に取り付ける。自然と背骨と脳に電流が走っているような錯覚を覚えた。
「分かった。じゃあ、入ってる異能と位を教えて」
「超人の事を教えてくれ?」
「うん。私狙われてるのにあれの事よく知らなくって」
「結構有名なんだけどな。ま、そんな人も居るか」
保健室で待ちぼうけの私と裕君は談笑するしかなかった。
「【超人】【次代進化霊長】それが奴の通称だな」
……どっちも意味わかんない!
「超人っつー異能系統の呼び名があってな、主に【強化身体】に名付けられてたんだけどある日、頭一つ抜き出た奴が居たんだ」
「それがあの超人?」
「そそ、そんで国際異能研究所で保護されて大人しくしてたんだよ。その研究所ぶっ壊して出てくるまではな」
「ぶっ壊して……」
何と言うか聞き慣れない施設だから規模が分からないけど、あのビル以上の事はしたんだろうなって何となく思った。
「日本初の最高位の異能者、世界基準の【真位】は規模と火力だけど日本だけは再現性にこだわってたからな」
「再現性なんだ」
「唯一性とも言って良いと思う。下から、異能よりも低コストで再現可能、同コストで再現可能、再現可能ではあるが異能以上のコスト、超大規模施設等を使ってわずかな間再現可能、再現不可で唯一無二、これが日本の選考基準なんだ」
つまり、再現できないし同じものは無いと。あの強さは。
「裕君は?」
「……はい。予想通りですよ?」
「日本基準の【真位】なんだ」
再現不可で唯一無二、それは確かにすごい。
「剥奪されるのは時間の問題だけどな」
剥奪なんてあるんだ。
「音速で物体を飛ばせればある程度再現できるから。レールガンなんてもう軍事運用されているわけだし」
「レールガンって何?」
「レールガンって……電気の力で音速の弾を撃つ兵器……でいいのか?」
なんかカッコよさそう。
少しして私は裕君の言った言葉に疑問を持った。
「……再現性……超人の何を再現できないの?」
優れた身体能力を持っていることは分かる。でも、その速度に少なくとも翔君のお父さんは追い付いてたみたいだし、身体能力を再現できないわけではないはず。なら、一体……。
「あー、それなぁ……分かんないんだ」
「分からない?」
「極秘情報ってやつ。正確には世に出てはいけない事実だな」
「それって何か都合の悪い事実があるってことだよね?」
「そうなるよなぁ」
つまり、それは、異能そのものが何か違う可能性すらあるって事かもしれない。
……唯一性……。
全然分からないや。
「性格は?すごく酷い人としか思えないんだけど」
「戦闘狂、殺人鬼、情け容赦無し、しかわかんね」
つまりほとんど分からないって事……。有頂天な所しか見た事無いしなぁ。誰でも知っている、でも誰も深くは知らない。少し可哀想とすら思ってしまった。
「知ってるのはこれぐらいで……」
「……」
「……これは確かにお似合いかもな」
「なんか言った?」
「いいやぁ?なんでもない」
時刻は約束の時間の約三十分前。周りに誰も居ない事を確認して爆弾魔から拝借した通信デバイスでとある人物に通話を試みる。
「頼む出てくれ……」
僕が父さん以外で唯一信用できる人物。あまり会話をした事は無いけども。
『……はい』
「僕だ、カレン」
『翔……そう、何とか生きてたの』
通話先の低い女子の声が物悲しく聞こえてきた。
「時間が無いから単刀直入に聞く。父さんは無事?」
『手術中。超人との戦闘中に義肢が動作不良を起こして一部の人工神経とチップが焼き切れたの』
「換装した予備の手足に何か細工がされてあった?」
『ご明察。その様子だともう誰が手を引いてるのか分かってそうね』
「絶対にこの人ってまだ言えないけど」
通話先で深い溜息が聞こえる。彼女も僕と大差ない年齢なのに本当頼りになるんだけどこの状況じゃ気持ちが落ち込んでても仕方ない。
『こっちはカチコミ仕掛ける為に準備中。そっちはどうするの?』
「どちらにせよ僕の方は後三十分後には超人と戦闘になると思う」
『ッ!?超人と戦闘!?ちょっ、勝てる訳ないでしょう!?何考えてんの!?』
荒々しい、怒気に似た声音でカレンは叫ぶ。
「どちらにしても場所は割れてるし戦う気満々らしいし避けられないよ」
『だったら今すぐにそっちに行くわバカ!どこ!』
「大丈夫、僕勝って見せるから」
『何が大丈夫よ!お前、一度も約束なんて守った事無いんだから信用あると思ってんの!?』
「いやある……よね?」
『ないッ!』
え、うそぉ。
「……そうっかぁ、無いかぁ」
『ええ、そうよ!ほら何処今すぐ言え!全員で……』
「だったら、むしろ好都合かも」
『なにが!』
僕は呼吸を整えて痛くなりそうな胃と腹を必死に堪えて平常心を作る。
「僕勝つよ、絶対に」
『だから!』
「だから、もしも僕が……負けたらさ、彼女の事……雫の事をお願いしてもいいかな?」
『ッ!!なんで……隊長は、父親はどうするの』
「父さんもカレンがお願い。好きなんでしょ?」
『……ふざけないで。死んだら呪うわよ』
「うん」
『クソがッ!』
そのまま通話が切れてしまった。場所聴き忘れてるし戦闘になる場所は送っとくか。
まぁ、怒る理由は良く分かる。僕が相手の立場でも怒る。でも、これが最善なんだ。被害を出さないために必要な事なんだ。
彼女が狙われている以上人が居る場所よりも人が居ない所に連れて行かないと。誰かを巻き込む事に負い目を感じるならともかくどう考えてもそんな事気にしてないだろうし。超人。
さて、あとは、連れてってもらわないと。
僕は首に付けていた通信デバイスを取って中にあるバッテリーを抜いた。これで位置情報はもう送れない。超人相手に不意を突ける唯一のチャンスだ。絶対に成功させないと。
「本当に良いのか?翔」
「うん!どどーんとお願いします!」
「翔君めっちゃガチャガチャしてない!?」
「全部装備だ。……よくそれだけも持って行こうと思ったな」
九割罠用です。
学校の屋上、見送りには二人しかいない。あんな事があったんだからむしろ見送りが居るだけでもありがたいんだけどね。
「ありがとねリーダーさん」
「祈里だ」
「ありがとね祈里さん」
「なぁ!やっぱりこいつダメだろう!」
「落ち着いて。昔からこんなです」
「?」
何を怒られたのか知らないけど僕は出来る限りの満面の笑みで感謝を伝えた。
「で、いいのか?」
「うん。裕君の異能で僕達を予定の場所まで飛ばしてほしい。例え音速でも形が変わらない慣性系の異能なら死んだりしない筈だし」
「よくもまぁ、こんな使い方考えるなぁ」
「異能は発想力が肝心って聞いてたから」
無茶をお願いしているのは分かっている。でも、最初に提示した時承諾したのは裕君だからね。
「また助けてくれてありがとう。気を失ってた時の事含めたら三回目だね。今度菓子折りでも持ってくるよ」
僕がその言葉を投げかけた瞬間、裕君の顔が曇った。隣に居た雫と祈里さんは黙って、まるで事の顛末を見守るように一歩引く。
「自分は人を殺した」
「……」
「自分は、人でなしだ」
「……まぁ、うん、そんな気はした」
だって、裕君の異能は超人に並ぶ。何らかの制限が無い限り誰かに負けるという事はあり得ないんだから。
「でも、非難も擁護も僕は出来ない。異能の発現は強い感情がトリガーになる事も知ってるし、でもその強い感情は決して負の感情だけでない事も知ってる。異能を持って生まれる事が悪だと、僕は思いたくないし」
「……」
「僕が言えるのは、それだけ」
冷たい言い方かもしれない。でも、僕はあの日人を殺さなかった。だから僕の心は裕君に寄れない。どんなに寄り添っても心の痛みを取り除いてあげられない。
ごめん。
「ちがう、違うんだ」
そう言葉を濁して裕君は吐露する。
「皆、自分は悪くないって言ってくれるんだ。翔が居なくなった時も、自分のせいじゃないって……」
……異能による暴発は事故として扱われる。双方合意の上、示談が成立すれば例え被害者がいても、刑事事件だったとしても不起訴になって罪には問われない。あくまで多くの場合だけど。
裕君は既に示談を済ませて不起訴処分、つまり裁判にはかけられない。それは誠実の表れだし、ちゃんと謝罪したから。そして何より異能への理解が被害者遺族の方々に有ったからでもある。
でも、発現の時も僕の時も当事者でありながらっていう気持ちが拭えないんだ。
正しく罪を償いたいのではなく、裁かれたい。
文句の一つでも言えば心は一時的に楽になる。でも救われるわけじゃない。
「なんだ、黙って居なくなった事気にしてたのか」
だったら救う。出来るのは道筋を示すことだけだけど。
「裕君、僕の一件は悪くないって思ってる。だって命を懸けてくれたんだ。むしろ僕の方が気にしなくちゃいけないことなのに元気そうだったから聞かなかった。ごめん」
「いや、自分は……」
「それと、異能の件、僕は完全な部外者だから何を言っても気休めだし、遺族の方々への侮辱になるだから、何も言えない。ただ、多くの人が悪くないって言ってくれたんならその人達がそう思えるだけの事があった。例えば、試合の最後の最後まで絶対に諦めないその姿勢に続く人がちゃんと居たって事なんだから」
異能の事故は責任の所在が存在しない。
「贅沢だよ。罵倒された方が楽とか」
「そう、だな」
裕君が乗り越えるべき壁、それは自罰感情、罪悪感だけだ。
大丈夫。裕君なら沢山の支えてくれる人達がいる。僕が居なくたってきっと乗り越えられるから。
「安心してよ。僕なら誰もが羨む幸せを掴んでみせるからさ」
「あぁ。ありがとう」
「泣く程!?」
裕君は拳を額に当てて俯いた。
「泣く程だよ」
「……そっか」
「……さ、そろそろ時間がなくなるぞ。飛ばしてやれ」
祈里が手を叩いて僕達の会話を終わらせた。
「よろしく、裕君」
「任せとけ」
目元が腫れたしわしわな顔で笑ってくれた。
「行こうか」
「うん」
僕達が目的地の方へ向くと裕君は背中に触れた。
「じゃあな、翔」
「うん。またね」
僕は雫に手を伸ばす。答えてくれるように手が伸びて握り締めてくれた。少し震えてて怖がっているようだった。だから大丈夫と伝えたくて少し強く握り締める。彼女の方を見ると目が合った。
不安そうな顔は瞬く間に薄れ笑ってくれた。
「行くぞ!3、2、1!」
その夜、人間二人ほどの大きさの何かが人の居なくなった住宅街の上を流れ星のように走った。
光輝きはしなかったけど。
でもそれは確かに未来と希望へ向かって翔んだ。少なくともこの時までは。




