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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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わたしだけのヒーロー

 クズと罵られた方が良かった。

 殺人鬼と言われ石を投げられた方が楽だった。

 蔑まれ、復讐され殺された方がきっと幸せだった。

「もういい!もう、いいから……」

 何もかも失って、尊厳さえ踏みにじられ、生きる理由なんて無くて、ただ最後にわたしの人生をめちゃくちゃにした奴に、誰も見ようとしてくれなかったこの世界に一矢報いたかった。

 怒りや憤りを感じながらそれでもわたしを正しく救おうとしてくれた人が居た。わたしが巻き込もうとした人達を一人残らず助けて、わたしが殺したかったただ一人さえも助けて、その上でひーろーは、わたしの凶行を、これ以上の過ちを重ねないように止めてくれた。

 吐きそうな怒りを、行き場の無い憎悪を、胸を苦しめる憤りを、たった一人で受け止めてくれた。

 彼の瞳が物語る。彼の優しい視線が物語る。どれほど、惨めな姿を晒していたのかを。

 どうしてとひーろーは罵られた。

 人殺しを庇うのかと石を投げられた。

 多くの軽蔑と怒りが今にもひーろーを殺しそうだった。

 そしてそれ以上の称賛が彼には与えられた。

 ある夏の日の出来事、わたしが悪になった日、そして正しくやり直して償って生きようと決意した日。




「それで、僕を……わざわざ?」

「ごめんなさい」

 病室の一角に私は連れ込まれた。

 わたしは重度の精神疾患があるとされとりあえず精神病院に叩き入れられた。未成年の犯行である事から名前は世間には公表されない。でもそれが罪悪感を膨らませる。わたしは悪い事をしたのだから、裁いてほしかった。

 せめて誰かに話を聞いてほしくてあの時わたしを止めた人に会いたいと言ってしまった。

 他の人に言うのは勇気が無かった。

「……で、話しってなんですか?」

「聴いてくれるの?」

「まぁ、はい」

 前髪長すぎて目が見えない。と言うか全体的に長すぎる。

「わたしは……その、あの……」

 ゆっくりと話し始める。

 誰かに身の上話を聞いてほしかった。同情してほしかった。悲劇のヒロインだと思って欲しかった。

 その全てを彼は突っぱねた。

「それが人を殺して良い理由になると思っているのですか?」

 とっさに大人の人が入ってきて頭を叩いて病室から引きずり出していった。

 でも、うん。その言葉は何よりも正しい。正しくて何よりも優先されるべきルールだ。だからこそ、そのルールを破ったあの女が許せなかった。

「いった~、叩かなくてもいいのに」

 少ししてこっ酷く叱られたひーろーが帰ってきた。

「……ヒーロー、だね君は」

 そう言われてひーろーは困惑していた。

「僕はヒーローじゃない。本物のヒーローは何も犠牲にせずに皆助けられるんだから」

「なにも?」

「なにも」

 ……私には分からなかった。身を挺して全員助けた彼と、彼が理想とするヒーローの違いが何一つ分からなかった。

 わたしには理解できない線引きがきっとあるのだろう。

「……あの」

 縋りたい。身を粉にして英雄足らんとする目の前の君にどうかわたしを導いてほしい。

 もう無理かもしれない。外道に片足突っ込んで人を傷付けようとしたんだから。それでも、やり直しの機会が欲しい。正しく生きていきたい。只の人間なのにヒーローを目指す君にその歩みを教えてほしい。

「わたしはどうしたら良い?」

「……さぁ?」

 なんともまぁ、無責任な返答が帰ってきた。でも……

「どうしたいのか分からないけど、罪を償いたいんならまずするべき事はある」

 ……うん。それは分かる。

 罵られるとしても、石を投げられるとしても、殺されるとしても、わたしはまず頭を下げなければいけない。謝らないといけない。私が傷付けた多くの人達に。恐怖したより多くの人達に。

 ……でも、

「……あの女にも?」

「そこは、まぁ、はい。正しく生きたいと思うなら」

 出来るかな……やらないといけない事なんだろうけど。

「その時は、一緒に居てほしいのだけれど……」

「え、なんで?」

「お願いします」

 ベッドの上でわたしは頭を下げる。ごめんなさい、もう頼れる人が居ないんです。だからどうか、わたしを助けて。傍に居るだけできっと力を貰えるから。

「……相談はしてみます。確約は出来ません。でも、出来る事はやりますので」

「……ありがとうございます」

 本当に、本当にありがとう。

「雨宮さん。そろそろ」

「わかりました」

 病室の扉が開かれてスーツ姿の誰かが顔を覗かせた。

「ではまた後日」

「はい」

 ひーろーはわたしに背を向けて病室を後にする。最後に一つ、わたしは聴いておかないといけない事があった。

「あの、そうだ、名前……」

 ひーろーは足を止めて振り返る。

 わたしのヒーロー、わたしだけの輝ける星。

「雨宮翔です」

「あっ、えっと、わたしは白金カリナです。今日は本当にありがとうございます」

 彼はほんの少し笑って会釈をして、そのまま外に出て行った。

 ……わたしは決定的に間違えた。でもひーろーの、雨宮翔さんのおかげでやり直せる。大丈夫、きっと大丈夫。




 蝉の音も聞こえる熱帯夜、消灯時間が過ぎた真夜中にわたしは目が覚めた。

「あー、目が覚めたッ……」

「誰……」

 わたしの枕元に誰かが立っていた。分からない、誰なのか、若い男性の声ってだけしかわからない。

 その人はわたしの頭を掴みベッドに押し付ける。

「異能も優秀、その心も良い具合に歪んでたのに真っ当になろうとか勿体ないッ」

 ズキンと、頭の奥深くに突き刺さるような痛みが走った。怖かった。何か取り返しがつかない事になりそうで必死に抵抗した。でも、力で勝てる筈なんて無い。

 異能を使えば脱出できたかもしれないけど、あの時の私は怖くて使えなかった。もう誰も傷つけたくなかった。

「いやだ、誰か……誰か助けて!」

「ダメッ……ヨ、ちゃーんとほら、集中、今の人格は要らないっ……ね」

 小声でぼそぼそと喋ってるから聞こえない。それ以前にわたしはパニックになってるから言葉の意味が分からなかった。

 ただ縋るしかない。君に、ひーろーに。

「新しい君……オレで行く……す……。じゃあね」

「助けて……雨宮さん!」

 それまでの記憶は消し飛んだ。残ったものはひーろーとあの一連の事件とその原因。そして形容し難い執着心だけが残った。

 恋か、憎悪か、分からない。ただ、ひーろーと一緒に行かなきゃ。どこにと言われてあの世と答えた気がする。

 あの後、ひーろーは病室を訪ねたのかな……。もしそうならわたしは彼の思いを裏切った事になる。

 誰も居なくなったあの病室を見て彼がどんな顔をしたのか容易に想像できる。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、貴方の手を払ってしまってごめんなさい。嫌そうな顔をしても助けてくれて、救おうとしてくれたのに逃げてごめんなさい。わたしの心はもう、この世に無いかもしれないのに縋ってしまってごめんなさい。傷付けてごめんなさい。押し付けてしまってごめんなさい。

 死んでしまって、ごめんなさい。

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