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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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4th Battle 【爆弾魔】

「父さんが紛い物?」

 ヒーローの表情にほんの少し怒りが見えた。

「うん、だって、ひーろーはあの時、ヒーローだった」

「何訳分からんことを」

「カリスマってやつだよ」

「……ハァ」

 呆れ果てて彼は溜息を吐いた。なんだかなぁ、ヒーローはもっと自分の価値に気付くべきなんだ。だって、君は今こうして居る瞬間の後ろを見た事無いだろう?不安と期待、負けるはずがないっていう有象無象の瞳を見た事ある?まるでヒーローショーに来ている子供みたいに輝かせてるのに。

「もういいや。やろう、今すぐ。聞くに堪えない」

「そう?私はもっとおしゃべりしてたい」

 あぁ、その眼、あの時向けてくれた悪を討つ決意の目。嬉しい、またそんな風にわたしを見てくれるんだ。

「答えなきゃ」

 嬉しくて口元が綻ぶ。

 静寂が訪れ、互いが互いの均衡が破れる瞬間を待ちわびていた。その静寂を破り、均衡を崩したのは彼だ。

 即座、ワイヤーが飛んでくる。きっと拘束して無力化するのが目的、このワイヤーはそもそも拘束用だからこの攻撃は本来の目的で使われている。問題は、使い手の技巧が凄すぎる事。

 放れた位置から人を縛り上げる技術って何よって話。

 ま、ネタは割れてるんだけどね。

 わたしは屈んで避けて重心を低くしたまま走り出す。そしてまずは一投目。懐のゴムボールを彼に向かって投げる。爆弾は少し遅れて、彼の面前で爆発する。

 ゴムは殺傷能力が低い代わりに比較的手に入りやすく使いやすい。程よく重くて、形状も丸くて投げやすい。跳弾みたいに裏取りなんかもやりやすい。

 爆発の瞬間、ひーろーは上手く受け身を取って爆風を躱す。そして即座にワイヤーを握って操る。

 うん、すぐに対応してくる。

 彼の得意な戦闘は接近戦と中距離戦、白兵戦が得意って言えるのかな。

 過去に二度、殺傷武器を用いた戦闘をした際に単独で集団を制圧したと真偽不明の噂があるけど改めて、嘘でない可能性を持たせるほどの戦闘センスをしている。

 これがヒーロー、生身で異能を圧倒できる数少ない人間。

 勝つには全てを出し切らないと。

 彼のワイヤーに懐から出したゴムボールの爆風を当て軌道を逸らして攻撃を阻止する。大丈夫、ここには街頭や看板は無い。志波の時みたいに全方位から跳んでくる事は無い。でも、

「……ッ!」

 瞬きの間に距離を詰めて来た。お望みは、接近格闘戦。彼の掌底が眼前に迫り、とっさに腕で受け止める。

「なぁッ……」

「この四カ月凄く練習したんだよ」

 練習相手は超人、全身痣だらけだけど着いて行けるぐらいにはなった。

 全部、全部君の為に。

 顔目掛けて拳を突き出すも頭を傾けて難無く躱された。けど反撃は許さない。拳の中で握っていた石を離す。彼のほぼ真後ろで。

 石の大きさは小指の先程度の大きさ。だから爆発自体は大きくない。彼の体をわたしの方へ倒す程度しかない。

 きっとほくそ笑んだはず。ヒーローはわたしの笑みを見ているはず。

 わたしの悪行(あい)、どうか受け取ってください……。

 こんなに近くに居て、こんな視線を交わせる距離に居て、わたしは……わたしは……、なぜかヒーローの顔が見えなかった。

「あぁ、やっと……」

 小さな爆発が重心をずらしわたしへ傾け、向かえる。腕を伸ばして彼の到来を待ちわびる。

「……どうか一緒に……」

 わたしの爆弾には二種類ある。一つは触れてから少しして爆発する手榴弾性質の爆弾、もう一つはスイッチを押す事で爆発する遠隔操作の爆弾。遠隔操作の爆弾は一つしか作れない。

 わたしの懐にはすでに触れているある物がある。それは恋人がパートナーに送るもっと上の関係性を築く為の証、婚約指輪。プラチナとダイヤのその指輪は爆発した場合大きな損害を出す。

 ダイナマイト爆弾、その威力は折紙付き。

 密着した状態なら確実に当てられる、わたしも死ぬけど、それでいい、それが良い。

 まるで星のような輝きを放つその生き様、在り様はきっとこれからもわたしのような存在を量産する。だから奪われる前にわたしが、わたしだけの、ヒーローに!

「……死んで」

 やっとこの日が来た。やっと、やっと、ヒーローを連れてこの世界と……おさらばできる。

 わたしの腕が彼を捕らえた。何物にも邪魔されない、ヒーローに負けない輝きを……。

「翔君!」

 ……ノイズのような声、ヒーローに馴れ馴れしくかけられる不安する音が彼の目に光を宿す。ヒーローの顔が鮮明に、はっきりと見えるようになった。

 次の瞬間、地面にワイヤーの先に付いているアンカーを突き刺し巻き取って屈んで下に逃げた。膝を曲げるだけじゃあ間に合わないと判断した結果だ。

 ……顔が変わった。

 違う、ひーろーはそんな顔しない。

 誰もが羨んで、誰もが安心するヒーローはただ一人の為なんかに戦わない。

 ……ダメ。

 ダメ、ダメ。

 ダメダメダメ!

 距離を取って彼は後ろを振り返る事無くわたしを睨みつけている。その後ろには何人か居た。その中の一人、黄金の髪を持つ女がとても不安そうにしていた。

 ……お前。なんで、ヒーローを心配して……、そんなんじゃない、ひーろーは、ひーろーに……

「そんなかおするなぁぁああああああああ!」




 顔の良い少女の正気を失った瞳が私へ向けられた。狂気に満ちた無差別爆撃が私に放たれた。

「……って私ィ!?」

 建物が一瞬で消し飛ぶ。あまりの爆風と熱に肌が焼け付きそう。でも、私にはこの守りがある。障壁がある。少しの間なら……。

 瞬間、少女は爆発で一気に跳び上がり二階の崩れた壁から入ってきた。

「わッ……これ……」

 超人がビルに突っ込んできた時と同じ方法だ。

「ちがうちがうちがう!ひーろーは、おまえのものじゃない!」

 わたしの守りは絶対、障壁がある間は無敵。でも知っている。この守りは心を原動力にしているから怖気付いたり油断すると無くなってしまう。

 正気の無い目、狂った瞳、今まで向けられたことの無い粘度の高い憎悪が私の心を乱した。

「しねっ!」

 ガラスが割れるように私の障壁は解除される。敵前にて無防備、それは要するに死を意味していた。

 恐怖が、困惑が、瞬間放られた瓦礫の金属片を認識できない程に頭と心を満たして……

 気付いた時には私の面前で赤熱化して爆発する寸前だった。

 瞼を強く閉じ、次に訪れる死に拒否感を抱きながらも何も出来ず、ただ死んでいく事を受け入れる暇も無く、次の瞬間爆発した。

 でも、熱も爆風も、破片も、その一切が私に届くことは無かった。

 ……いつぞや感じた温かさ、掌に未だ残る生きる気力、今感じたくない優しさが私を包んでいた。

 悟っている。でもそうであってほしくないって心が叫びそうになって、瞼を開いた先に受け入れたくない事実が広がっていて、声を絞り出した。

「か……かけ、る……く……」

「無事?無事だね……なら良かった」

 私に覆い被さるように抱きしめて、にこやかに笑っている。見せないその背中に私は手を伸ばし生暖かくドロッとしたものがじんわりと広がっていく感覚が掌から感じ取れた。

「ひー……ろー……?」

 少女も困惑していた様子だった。なんでそんな行動に出たのか理解できずに。

 私は掌を見る。赤黒い血が付いていた。

「なん……庇って……」

「なんでだろうね」

 彼の腕が離れていく、翔君が離れていく。重症の筈の傷をそのままに立ち上がる。

「ひーろー、嘘だよね?だってひーろーは皆のヒーローで……」

「……誰か一人に肩入れしちゃいけないのか?」

 私に背を向けて、彼は少女に立ち向かう。只人の身で異人に挑まんとする。背中が焼け破片が食い込み血を流しながら。

「ダメ……ダメ!」

 これはダメ、死んじゃう、君が死んじゃう!嫌だ、もう誰にも死んでほしくないのに、何も返していないのに、独りにして欲しくないのに……。

「よく聞け!……よく聞いて……」

 翔君が声を張り上げて姿勢を正し凛とした佇まいで勇む。

「僕はヒーローなんかじゃない。父さんや裕君みたいな他人の為に命を懸けられる人間じゃない。僕は、僕の保身の為に他人を見捨てられるような人間だ。事実僕は()を見捨てようとした」

 彼の言葉の中に出てきた()が、少女だけを指す言葉じゃなかった。その言葉は私にも向けられたもの。

「だから、エゴだ。誰かを助けようとするのは僕の我儘だ。僕は好きで……好きで、助けているだけだ」

 力強い言葉だった。不安なんて吹っ飛ばすぐらい堂々とした態度で、血だらけの背中で語る。

 あぁ、確かにこれはヒーローだ。エゴで他人を助けて、それでいて他人の為になって、その上で他人を安心させる。

 内心はともかく言動の結果はこの様。英雄ではないと否定すればするほど彼は英雄になる。なってしまう。

 凡人が理解できる範囲での理想の体現。だから、彼は誰よりも分かりやすい英雄象なんだ。

「ちがうちがうちがうぅぅ……」

 少女は顔と首の皮を掻き毟って表情が歪んでいく。短い爪の間に赤い肉片が詰まり始める。

「ひーろーはあの時わたしを助けてくれた、わたしの言葉を聞いてくれたぁ……誰も彼もを助けるひーろーなんだ!」

 これはもう、崇拝に近い。盲目的に、ただ誘蛾灯に引き寄せられる虫みたいに脳死して崇めているだけだ。

 そうすれば、何も考えなくていいから。

 私もよく見た光景だ。同じ立場で、同じように。

「それでも、僕はヒーローなんかじゃない。ただの、何処にでもいる人間じゃないといけないんだ」

「ひぎゅッ……」

 それは残酷な宣言だった。翔君は少女を切り捨てると言ったのだ。

「いやだいやだいやだ、独りで死にたくない、ひーろーをこんな、こんな、掃き溜めみたいな世界に置いて行きたくないのに……」

「……」

「……」

 それでも君が揺らぐ事は無かった。その姿が僅かでも壊れる事は無かった。

「それでも僕は生きていくよ。僕の終わりは僕が決めたいから」

 微かに笑う口元が見えた。横を向いたから、いや、私を見たから。

 人々に理解できる孤高の英雄は今、ただ一人の為に、私の為に生きている。

 その事実は少女の心を折るには十分だった。

「あぁ、あああぁ……あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 これは意外な決着。ただ今の在り方を堂々と見せるだけでこの戦いは終わった。ただそれだけ、それだけが必要なものだった。

 少女の涙は溢れ出し、抉れた頬の爪痕から流れる血と混じって伝う。

 ……なにか様子がおかしい。

 まずいと、とっさに察してしまった。

「……連れて行かなきゃ……」

 懐に手を伸ばして何かを取り出そうとしている。少女の目には覇気が無い。ただ何かに突き動かされる人形、操られている……執着……まるで寄生された生物のような……。

 彼女の懐から投げられた光り輝く指輪が赤熱を越えて白熱化する。

「オレが……連れて行かなきゃ」

 指を鳴らした瞬間、指輪の輝きが一層増して視界を塞いだ。

 どうしてそんな事をしたのかと言われたら本当に分からない。ただその時、その時だけは本当は立つのがやっとで無理をしていた事さえバレないように取り繕っていた翔君の事が心配だっただけ。

 気付けば私は、彼の前に立って障壁も出さずに彼の事を庇っていた。

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