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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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後悔立たず2

 翔は元々田舎に住んでいた。父親の父、即ち祖父の家で。

 長閑な村、小学校には一学年十二人しかいなくて、自分はそんな街に引っ越してきた。

 都会からの転校生という事もあり一カ月は人気者だったがそれ以降は小児喘息が理由で距離を置かれるようになっていった。自分は皆と違った。

 そんな自分を気にかけてくれたのが翔だった。帰ってくるのが遅い父母、当然家に帰るのも一人、帰っても独り。たまたま帰る方向が同じだった翔は自分に合わせて一緒に帰ってくれたんだ。あいつも、帰っても一人なのに。

 次第に一緒に遊ぶようになった。自分と違って健康優良児な翔はとにかく運動が出来た。サッカー、野球、足も速くて、外遊びなら必ず呼ばれていたのに誘いを断って自分と屋内で出来る遊びをしてくれて。ゲームが苦手だったのは笑ったが。

 あいつの家の事情を聴いた事がある。父は対異能組織の切り札、祖父は猟師。母親は知らず、祖母は自分が生まれるよりもずっと前に事故で亡くなっていると、悲壮感を漂わせずにそう語っていた。

 そんなある日に、自分の喘息も治り始めた頃に事件が起きたんだ。

 今でも覚えている。あの異様な光景を。いつもと変わらない帰路に佇む血みどろの男。明らかに正気じゃない目と表情を見て自分は怖くて悲鳴すら出なかった。

 その男は翔の父親が殺した異能犯罪者を慕っていたらしく、でも勝てないから家族を襲いに来た卑怯者。そう、家族を……。出会った時点で、翔の祖父は殺されていた。

 あの男は翔の家から出て来た所で、自分達二人の顔を見て「この家のガキはどっちだ」って質問してきた。自分は怯えて声も出ず、でも翔はすんなりと答えた。僕だって。そこからあの男の目の変わりようは今でも覚えてる。迷いが消えて歪んだあの目を。

 恐怖を前に自分は何もできずに居て、でも、翔が押し倒されて何処からともなく取り出された刃物を突き立てられてるのを見て初めて体が動いたんだ。

 気付いた時には自分の背中に激痛が走って、翔に覆い被さるように庇ってた。この時ばかりは父と母が古臭い人で助かったと思ってる。なんせ教科書が入ったランドセルを背負ってたから刃物が半分も刺さってなかったんだ。でも、あぁでも、めっちゃ痛かった。

 それで、自分は痛みに悶えて少しの間その場にうずくまって、逆上したその男に殺されそうになってた。痛みで意識が朦朧としてたから何を言っていたか覚えて無いし、そいつが消えてから何があったかもわからない。ただ、覚えてるのは……、救急隊員の人が来るまで翔が自分の手当てをしてくれた事とあの男は猟銃で脳天が吹き飛ばされて絶命していた事だけだった。




「吹き飛ばされたって……まさか……」

 私は聴いた情報を整理してそこにある漠然とした事実に悪寒を感じた。

「……状況的に、翔が殺した」

 あり得ない。だって、翔君は、翔君は……そんな人間じゃない……。

「……綺麗な花だったらしい」

「花?」

 意味が分からない。献花の事かな?

「銃で脳を吹き飛ばすとき、後ろに壁があると脳や血液が壁一面に飛び散って花のような模様になる。駆け付けた救急隊員の人や警察の人は吐いてたけど」

 ……想像してしまった。

「うっ……」

「あ、ごめん。気分の良い話じゃなかった」

「だい、大丈夫です」

 胃の中の物が喉元まで逆流したのを感じて必死に呑み込む。鼻から質の悪い石鹸の臭いがした。

「その後は……どうなったの?」

 裕君が窓の外を見る。

「……大騒ぎさ」

 目を細め、きっと思い出したくも無い過去を絞り出そうとしているんだ。

「自分は救急車で病院に、あいつの家には警察が押し寄せて程なくして誰も居なくなった」

「……」

「……自分の親は翔を責めた。失血死寸前の子供を見て正常でいられる親が居るなら見てみたいが、同時に自分の人生で一番の友達を失った。向こうが同じかどうかは、知んないけど」

 疲れたように溜息を吐いていた。私からすれば、日常を壊されるという経験をつい最近した。ただ、ただ彼と私の違うところは……。

「……」

「翔は何も言わずに皆の前から居なくなった。そうしたのは自分の親で、でも子供だった自分達には何もできなかった。翔が居たから、沢山友達もできたのに……。あいつは自分を顧みない。勘定に入れない。そのせいで、周りが傷付く事に気が付かないんだ」

 何も言えない。彼は……幸せを感じるほどに罪悪感で押しつぶされそうに見えた。

 きっと、彼の心を救えるのは当事者である翔君だけ。私にできる事なんて、これ以上何も聞かない事だけだった。




 橙色の熱源を見つめる。電気ストーブとかいう暖かくなる機械を置いてくれた。

 裕君はばつが悪そうに席を外し気持ち沈みながらどこかへ行ってしまって、ストーブをくれたのはその後に来た二つ三つ年下の男の子。

「なにかあったのですか?」

 と聞かれたから昔話をした事を教え、驚かれた。

「ゆうさん自分の事何もしゃべらないから」

 なんでもリーダーの女性が複数人の部下を連れてパトロールしてた際に異能者狩りに遭遇し死にかけた所を助けてもらったとのこと。

 たった一人で十数人の武装集団を無力化したらしい。

 強いんだね、と言うと。

「でも誰も近付きたがらなくて」

 何となくわかる。

「だから、あの男の人と話してるの楽しそうで」

 そう言って男の子は私を後にした。

「……人、殺したのかな。翔君」

「そんなわけありませんがぁ」

「っうわぁ!?!?!!!?」

 ほぼ背後からいきなり声がした。

 飛び跳ねて振り返るとそこには翔君が居た。

「音も無く忍び寄るのやめてよ!心臓飛び出すかと思ったじゃん!」

「いや驚かそうとしたらいきなり失礼な事言ったからついツッコんじゃって」

「驚かすなって言ってるの!」

 ハハハと笑っている。この人以外と悪戯好きだ。

「で、なんで僕が人殺したと思ったの?」

 ……今度は心臓が止まりそうな気がした。それぐらい、あの日の事件の詳細を聞く事を躊躇ってしまった。

 きっと、私のそんな気持ちを察してか翔君の顔から笑顔が消えた。

「……昔の、襲われた時の話を聞いたんだ」

「え、あ、うん。ごめん」

「謝らないでよ。まぁ、人殺しだって言われても仕方ないけどさ」

 その言葉は真実だと言っているようなものだった。

「じゃあ、本当に」

「いや殺してないよ」

 ……ん?あれ?

「でも、仕方ないって」

 また、彼は少し笑って、話しながら暖を取る為にストーブへ歩き出した。

「殺そうとした。その為に猟銃を手に取った。その事実はある。でも、引き金は一度も触れてない」

「じゃあ、誰が……」

 私も暖を取る為に電気ストーブへと近付く。

「じいちゃん。じいちゃんが死んでてもおかしくない状態で、それこそ死の間際で刺された僕を助ける為に殺したんだ」

「でも、死んでたって……」

「死んでたよ。本当に、僕が駆け寄った時にはもう息してなかったから」

 ……そっか、裕君が話してくれた内容は主観なんだ。主観だから思い込みも混ざってる。事実と違う点が出る。

「そもそも銃の扱いなんて教えてくれないし」

 昔を思い出して彼は笑う。翔君にとってあの日の悲劇はもう過去の物、辛く苦しい記憶であってももう乗り越えた後なんだ。だから、裕君が思っているほど気にしてなんかいない。

 裕君の事、言うべきかな?

 ……いや多分大丈夫。翔君ならきっと気付いてくれるはず。もし気付かないようだったらその時に私が言えば良いだけ。

「話は変わるけど、足の方は大丈夫?」

「うん、ひび入ってただけだって」

「そっか、なら良かった」

 私達は二人で同じ熱から暖を取る。沈黙も、距離も、気付けば気にならなくなっている。だから、気安く、思った事を口にすることに抵抗なんてもう無かった。

「ねぇ、お祖父さんってどんな人だったの?」

「どんな……頑固で、素直じゃない人だったと思う」

「あ、知ってる!ツンデレってやつだ」

「そんな可愛いものかなぁ?」

 私達二人、笑い合う。昨日今日会ったばかりの仲とは思えない程親密に互いの事を話し合う。きっと翔君の人柄だ。本当はこんな風に笑い合って仲良くなれるそんな気持ちの良い人なんだ。

「明日は、何処に行こっか」

「なら、カフェとか行ってみる?」

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