後悔立たず
「いでぇ~、いでーよー」
「無茶して、最速を誇る異能に無策で突っ込むから」
俺達はまたあの廃墟に戻っていた。
最強、雷蔵との勝負は痛み分けだ。異能の範疇を超えた超加速、殺害権行使による理性放棄と殺人鬼化、結果俺は両手足を切り落とされた。幸い傷口をくっつければ再生できる。だから片手で命からがら逃げだしたといったところだ。まぁ、只で転ぶわけにもいかなかったから奴の片足を破壊して逃げたが、ハリボテの義肢だったんだろうな。一分足らずで奴は異能が切れた。
志波が雷蔵に斬り落とされた俺の残りの手足をくっつけて再生を待つ。縫ってくんねぇかなせめて。
そして、その志波も先ほどボマーが助け出した。ただ、俺達二人は完全に一時離脱だ。俺はともかく志波は異能を封じられている状態だからな。
「んでどーする?電子が帰ってくるまで待つ?」
「俺はジッとしとく~」
「私もそうさせもらう。斥力フィールドによる異能抑え込みと機能不全が酷くてね。正直まともな戦力にはならないよ」
志波の手足が震えている。上手く力が入っていねぇ。
「じゃあ、オレとデンコだけでヒーローと戦わないといけないのか……燃えるね」
「無茶すんなよ震えてるぞ」
「武者震いってやつだよ」
心底嬉しそうにボマーは笑った。気色悪い。
「……所で志波はオレとデンコには敬語なんだ?」
「当たり前だ。会ってまだ三カ月、背中は預けられても心の内までは曝せないさ」
おう、俺ん時はすぐタメ口になったのにな。
「そう。ならわた……オレもデンコの所行ってくる」
「いてら~」
「いってらっしゃい」
心底不安そうな溜息を吐きながらボマーは出て行った。
少しの間の沈黙に俺は小腹が空いた事に気が付く。
「はらぁ、減ったな」
「……顔割れてるからコンビニにも行けないぞ」
あぁ、そうだった。
腹減ったがこれじゃあ外にも出れねぇ。大人しくしとくか。
「ひっさしぶりだなぁ!翔!」
昔と変わらない、変わったのは身長と髪の毛の長さぐらい。黒髪に茶色の瞳を持つ彼が気さくに話しかける。
「裕君も元気にしてた?もう、何年前だっけ?七年?」
「ぐらいだな!いやホント、元気そうで何よりだわ」
変わる事の無い友人が心底嬉しそうに僕と大声で会話する。
「学校どうよ、ちゃんと友達いるかぁ?」
うぐッ。
「い、居るよぉ、それはもう、うん」
「そっかそっかなら良かった!あん時の一件引きずってんじゃねぇかって心配だったんだよ」
……。
ここはアウトサイドの拠点。おそらくは学校だった建物に彼らは住んでいる。
風呂場はプール、寝室は体育館に集まって、色んな物資をやりくりしながら日々を過ごしているそうな。
その校舎の一室、教室だった部屋で僕達二人は並んで会話する。
「……足痛むか?」
「あし?あぁ、うん。多分折れてる」
「折れっ……!?」
裾を捲り痛む部分を見せると赤く腫れあがっていた。
「まぁ、これぐらいなら我慢できるよ」
「……」
裕君が険しい顔をする。僕は何か気に障る事を言っただろうか。
「……こんな寒いのになんで汗掻いてるかもわかんねぇのか」
……。昔からそうだ。彼は僕の心配をしてくれる。僕がどれだけ大丈夫と言っても僕を助けてくれた。でも、僕は本当に大丈夫なんだ。
「これぐらい大丈夫」
「ハイハイ分かった。とにかく、次の診察はお前だからな」
「はぁ」
「……ほら、終わったぞ」
「あ、ありがとうございます」
空き教室の一つ、ホケンシツ?とかいう部屋で私は治療を受けていた。治療と言ってもアロエの軟膏を塗るとか消毒をして絆創膏を張るとかではなくこの組織のリーダーである彼女の異能で掠り傷と軽い火傷を治してくれた。
なんで私が先なのかというと、彼女が治療をする条件が私が先だったから。大きい怪我なんてないのに結構触られたし、見た目以上に大怪我してたのかな。あまり触れてほしくは無かったのだけど。
「背中の打撲はどうしたの?」
「あっ……」
すっかり忘れてた。
「……少し前に、いろいろあって」
「彼?」
凛々しくてかっこいい彼女が途端に鋭く恐怖を煽る視線になった。
「翔君じゃない。それより前に」
「そう……」
……なんか、怖いなこの人。どう怖いって上手く説明できないけど。
「一緒に治しておいたから」
確かに体が少し軽く感じる。背筋をピンッと伸ばせるような。
「彼連れてきて」
「……は、はい」
彼女は私に背を向けて書類の山に目を通し始める。チラッと見えてしまった内容は……異能兵器、と書いてあった。
異能兵器って事は特定の異能を補助するような機械の事かな?念力は動かすよりも停止させる方が強いって言ってたし。
でも、兵器って物騒だなぁ。
「何しているの?早く」
「あっ!ごごめんなさい!」
私は翔君を呼びに行くのを催促されホケンシツを飛び出した。廊下は暗く、でも各教室には明かりが灯っていた。部屋の一つ一つからは談笑が聞こえる。それぞれが違う話題で盛り上がっていた。
そして誰も使っていない教室に翔君と翔君の古い友人、裕君が楽しげに会話していた。
「翔君」
「ん?」
入り口で彼の名前を呼ぶと振り返る。この二日間で見た事の無い緊張の解けた良い顔だった。
「治療の時間だって」
「いや僕だいじょ」
「ほら行くぞ」
裕君に半ば引きずられるようにして彼らは教室を後にした。
「骨折の治癒は時間かかるんだってよ。だから小一時間はジッとしとけ」
「骨折ぐらい一晩寝れば治るって」
「治んねぇよ!」
その会話のやり取りをして、翔君は私に笑顔で言った。
「すぐ戻るから待っててね」
……彼は気付いているのだろうか。血の気の引いた顔、身震いするほど寒いのに滝のように流れている冷汗、無意識に折れたほうの足を庇う姿勢、今にも死んでしまいそうな姿をしていると彼は気付いているのだろうか。
教室に一人、私は彼の帰りを待っていた。
今思えばこうして一人で居る事がこの二日間出来なかった。一人の時は決まってその日あった事を自分の中で整理する。ただ、今日はいろいろな事があったけれど真っ先に思った事は、翔君と街を見て歩くのは楽しかったなという感想だった。
近代化の進んだこの街は、都会は、私にとってとても輝かしい光景でとても新鮮。見上げるほど高い建物も美味しそうなご飯も、服装も、道行く人々の顔も、私が育った世界とは全くの別世界だった。
美しいとはこういったものを言うんだろうなって。
別に私が育った環境が醜くて悪辣だったとは思わない。ただ、美しいと思えるものは全て知った後だった。新鮮さは無い。追憶を繰り返して感傷に浸るぐらいしかやる事が無かった。もう、見る事も叶わないかもしれないけど。
思えば彼はずっと私を見ていた。私が困ったり分からない事があるとすぐ助けてくれて。だから同時に、私と同じ綺麗な世界を見ていた筈の翔君の目がとても冷ややかだった事も覚えている。
きっと彼の中で何かがあると、そこまでは分かっていた。でも、それから先に私は踏み入っていない。彼は私を知ろうとしてくれたのに、私は彼の事を知ろうとはしていない。心のどこかにある何かが足を引っ張っているようなそんな気がした。
「ばんわー」
低く聞き慣れない声が入り口から響いて私は肩を震わせた。
「どう?寒くない?」
声の主の方へ振り向くと彼の友人が立っていた。
「大丈夫です。裕君」
「あいよ」
その手には毛布が、三枚ほど。
「こんばんは冷えるからとりま一枚」
「ありがとうございます」
……。
裕君は私の隣に座る。近い気がしたから私がほんの少し距離を取った。
「あ、ごめん。そんな近いつもりは無かったんだけど」
「え?……うん確かにそんな距離は無いけど、初対面だし」
「……確かに」
ガックシと、肩を落として落ち込んで……いるように見えるだけで大してダメージは受けていない。
寒空に白い息を吐きながら、裕君は苦虫を潰したような顔をしながら私に話しかける。
「……翔とは長いの?」
「……私ィ!?全然!昨日会ったばっかり」
「そうか……昨日!?」
めちゃくちゃ驚いたのか猫みたいに飛び跳ねて立ち上がった。
「昨日会ったばっかの人とあんな仲良くしてんのかい」
確かに。
「昔から人と仲良くなりやすいの?」
「んー、自分が知ってる範囲だとそれなりに仲の良い奴は多かったな」
「そうなんだ」
「自分がそうだからな。引っ越しして一週間後ぐらいには仲良くさせてもらってたし」
裕君の瞳の奥が微かに揺れた気がした。同時に、私の中で一つの欲が沸き上がった。
彼の事を知りたいと。
少し前の私ならきっと抱かない欲を私は持った。
「……ねぇ、良かったら翔君の事教えて。私、彼の事、知らない事多いから」
「いいよぉ、けど、結構長くなるぜ」
そう言って私達は彼を語る。私の知らない、雨宮翔の物語を。




