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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君
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変哲の無い日常1

「おはよう、(かける)

「おはよ……さむ」

 黒い髪と黒い瞳、典型的だが引き締まった体の日本人の中年男性、それが僕の父親だった。

「今日から休みか」

 小さな住宅マンションの二階に住んでいる僕達二人の家は狭くて家具などもあまり置かれていない。ただ、部屋の中心に置かれた二人用の足の長いテーブルには炊き立ての白米と味噌汁、そして納豆が並べてあった。

 父は既に食事を始めている。それでも味噌汁とご飯に湯気が立っているという事はまだそんなに時間がたっていないという事だ。

 眠気眼のまま椅子に座り手を合わせ「いただきます」と口にして食事を始める。

「父さんは仕事?クリスマスイブなのに忙しいね」

「ぐふッ……すまんな、また一人にして」

 父さんは申し訳なさそうな顔をして肩身を縮こませた。少し言い過ぎたかな。

「良いよ。人を助ける仕事だもん。我慢できる」

 カーテンの隙間からほぼ水平に差し込む朝日がいつもなら制服に着替える時間を伝える。だが、学校は休みだ。年末年始にある長期休暇、冬休みだ。

「その代わり、誕生日ぐらいはなんか欲しい」

「……あぁ、欲しいものがあったら言ってくれ」

 父さんは笑って、そう言った。言って……くれた。

 ふと、時計を見た。朝日は差し込んでいるしテレビは天気予報を教えてくれているが正確な時間を知るにはテレビの左上か時計を見るしかない。

「遅刻するんじゃない?」

「え!?本当だ……すまん翔、ご飯ラップして冷蔵庫に入れててくれ。帰ってから食べよう」

 殆ど食べ終わっている食事を指差してそう言った。

「ん」

 急いでネクタイを締め父さんは家を飛び出した。

「行ってきます」

「いってら~」

 玄関の重い扉を開くと父さんがアッと驚いた声を上げた。

「雪積もってるぞ」

「後で見るから早く行って。遅刻するよ」

 仕方が無いので半身程体を捻って後ろを振り向いた。そんな僕に父さんは手を振って行った。

 扉が閉まりテレビの音だけが部屋に響く。

『今日は全国的に雪が降り積もり昼間は晴れますが夕方からまた雪が……』

『異例の地球寒冷化によって日本中で凍結が見られます。通勤通学の方々はお気を付けください』

 地球寒冷化かぁ、歴史の授業で三十年前は温暖化で騒いでたのに今は寒冷化が問題視されているけど、あんまり興味は無かった。




 目が覚めて一時間ほど経った。ご飯は残さず食べ、父さんの残りは冷蔵庫に入れた。ご飯以外はインスタントだ。鍋に入れて作っているとかそういうことは無いか洗い物は箸二膳とお椀と茶碗だけ。

 あとは洗濯して掃除して干して、正午前には終わるから昼ご飯食べて勉強してそれから……。

『速報です。殺人事件が起きました』

 ぴたりと、僕の思考を遮るように、テレビから発せられた女性アナウンサーの『殺人事件』という言葉に手を止めて耳を傾けた。

「殺人……事件」

『昨夜未明、帰宅中だった二十代女性が何者かによって殺害されました』

『昨夜九時過ぎ、通行人の男性から女性が倒れていると通報が入り、その後病院に運ばれ死亡が確認されました』

『腹部に巨大な刃物で何度も突き刺され失血死したものと思われます』

『犯人は現在社会問題となっている異能力犯罪者と断定、現在も調査が続けられています』

 犯行現場とみられる場所は同じ市内、背筋に悪寒が走るような内容だった。




 家事は一通り終わり昼食時、冷蔵庫の中に食材は残っていない。ケーキも無いし、クリスマス惣菜も無い。

「買いに行くか」

 父さんから食費は預かっている。あんな事件があったけど、いつも通り過ごす事は事件への抵抗を意味する事だから。

 部屋に一度戻って多目的拡張現実通信機器、を取りに行く。

 首にチョーカーのようなものを取り付けコードで繋がれた骨伝導イヤホンと視覚補助用のアイモニターを装着する。

 海外に販売した時の名称が流行りすぎて無駄に長ったらしい漢字羅列の正確な名前が浸透せずにオーグフォンって呼ばれている。漢字羅列はかっこいいと思うんだけどな。

 感傷に浸ってもしょうがない。急いで戸締りをして、服を着込み、外に出て家の鍵を閉めて外に出た。

 吐く息は白く、吸い込む息は肺に染みる。僅かに積もった雪は冴ゆる冬の訪れを知らせる。

「さむぅ……でも」

 どこか心が締め付けられるような、痛むような、そんな季節だ。寒さは自然と心を寂しくさせる。

 ……行こうか。

 マンションを降りて目の前の道路に歩を進める。厳重なセキュリティがある訳でもなく段差を飛び越えた。

 少し歩くとバス停があり、駅前まで安めの値段で搭乗できる。駅前にはめちゃくちゃおいしい洋菓子店とKFCがある。

 まぁ、こんな時に限ってクラスメイトが居たりするんだが。




 バスに一人、揺られながら外を見る。開けた丘の上を走ると街並みを一望できる。

 そこに、僕の生きる世界がある。

 発展した工業、成長した日本、拡大した市場、今やこの国は類稀なる経済巨大化を迎えた。その安定も今や人類の進化が脅かしている。

 揺れるバスが途中のバス停に停車する。住宅地のバス停、沢山の人が乗り込む……と思っていたがたった一人だけが乗車してきた。

「げぇ……」

 はっきりと会いたくない人だったし、何なら顔に出た。にも拘らずその女は僕を見た瞬間明るい顔で駆け寄ってくる。

「わぁ、翔君だぁ!なぁにぃ?まさか初日から遊び歩く気ぃ?あたしもまぜてよぉ」

 明るい赤いショートカットの髪とブラウンの瞳。露出ある服装と生まれつきの端整な顔を活かした化粧はスクールカースト上位のプライベート感万歳だった。

 楠綾乃(くすのきあやの)、学校内でも美人として有名で、誰にでも分け隔てなく優しく人気者で、舌ったらずな喋り方が特徴だ。

「ただの買い物だよ」

「クリスマスイブだもんね。あたしも付いてってい?」

 可愛い……目が合わせらんない。かわいい。

 このあざとさはあれだ、罠だ。からかわれているだけだ罠でもいい。いやダメなんだけども。

「別に良いけど……」

 ごめんなさい父さん。僕はこの可愛さに勝てませんでした。

「よっしゃ」

「なんか言った?」

「いいやぁ?」

 ニコニコと笑っている。正直、ボッチの俺にどうしてここまでかまうのだろうか。




 あたしがバスに乗るとあからさまに嫌な顔をした翔君が既に乗っていた。

 黒い髪と黒い目、そこそこ高めなあたしの身長よりニ十センチ高く、周りが思っているより整った顔立ちを前髪で隠しボサボサの髪の毛で誤魔化す。

 彼は覚えてないだろうけれど少し前にあたしは命を救われた。夏休みの半ばあたりに能力者による無差別傷害事件に巻き込まれ、あたしの近くで爆弾に変えられた金属片が爆発した瞬間に庇う形で彼が怪我を負った。その時は髪の毛も整えてたし前髪もヘアピンで留め顔が良く見えていた。私服だって、いつも制服だからクソダサいTシャツが彼のセンスだとは知らなかった。

 というか認知していなかった。雨宮翔(あまみやかける)という同級生(クラスメイト)を。

 正直、事件当時は怖くて何が起きて最終的にどうなったか知らない。思い出せなかった。だけど、時間と共に鮮明になる。あの時怪我をした人達を誰が守ったか、背中一杯に金属片が食い込んで血を流し、それでもなお戦い続けたのは誰か。

 夏休み明けの登校日、二学期の初めに教室の隅っこで包帯とガーゼ塗れの少年の顔を覗き見て彼だと確信した。

 あたしを助けてくれた人だと。

 その日からあたしは翔君に話しかける日々が始まった。何か恩を返したくて、彼を知る為に。

 話していると彼の初々しくいじらしい反応に笑い、細やかな気遣いに感服した。前髪を少し切った事や香水を変えた事に気付いてくれて、香水のブランドと商品名まで当てたのには流石にキモイと思ったけど「少し甘いね。似合ってるよ」と言われた時は心臓が張り裂けそうなほど高鳴った。

 あたしはきっと、恋に落ちた。

 こうしてバスに二人乗って話しているだけでドキドキしているのだから。

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