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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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知らない世間

「かけるくん……」

 誰かが僕の名前を呼んだ。今にも崩れてしまいそうな悲壮に満ちた声。

 昔、似た事があったような気がする。一人は雨の中僕を抱えて、もう一人は青く澄んだ空を背景に抱きしめて。

 どっちも必死で、どっちも泣いていた。だから多分今回もそうだ。僕はまた誰かを悲しませた。

 ごめんなさい、ごめんなさい。今目覚めるから、どうか泣かないで。そう心が願って僕は目を覚ます。ゆっくりと、浮上した意識を覚醒させて目を開く。

 真っ先に飛び込んできたのは目元を腫らし、しもやけで鼻と耳が赤くなっている彼女の姿だ。

「しずく……」

 大粒の涙が零れ僕の頬へと落ちてくる。

「約束……」

 くしゃくしゃに泣いているのにその眼は怒っていた。

「……はは、いや……ごめん」

 一言約束って言われて、何も言い返せなかった。

「……ダメだよ」

「……」

「死なないでって約束したんだから、死にに行かないで」

 ……あぁ、こんなにも君を不安にさせてたのか。

「ごめん」

 溺れるように、足搔くように、抱きしめられる。好きだからではなくて苦しみを少しでも軽くする為、そして理解して貰う為に。

 今にも崩れ落ちてしまいそうな心の音が聞こえた。

「口だけ……ほんとに悪いと思ってる?」

「うん」

「じゃあ、置いて行かないで」

 その言葉は彼女の切からの願い、だから、僕は……、この言葉を裏切る事だけはしちゃダメだ。

「……うん」




 その街は喧騒もなく、不気味なほど静かにただ降る雪を受け入れる。

 僕の左足はひびが入っているらしくまともに歩く事が出来なくて、それを見かねた雫が肩を貸してくれた。

「どこだろう、ここ」

 僕に肩を貸し道路の真ん中を二人して歩く。

「……そっか、ここ……」

 住宅街のようにも見えるが人は誰も住んでいない。東京都心であり、近くには学校らしき建物も見えるのに。

 その場所の惨状の理由を僕は知っている。

「……廃墟街、異能が産んだ罪の証」

「廃墟街……?」

 僅かに僕の心が沈んだ。理由を知るとはそういう事だ。

「異能者の事件事故で最も多いのはテロでも無差別殺傷でも強盗でもないんだよ。一番多いのは異能が発現した瞬間の暴走なんだ」

 発現した異能の大半は後天型であり、発現には強い感情が必要とされる。そして強い感情の大半がいじめや虐待等といった行為によって生じる負の感情の発露がトリガーになる。負の感情から発現した異能は殺傷性や破壊性の高い異能となる。そんなものが暴走して無差別に振り撒かれればどんな事になるかなんて、火を見るよりも明らかだ。

「タイミングは人それぞれだけど発現するタイミングは統計の結果だけど大体分かってるんだ」

「子供の頃、だよね?」

「正確には、先天性を除く、全て異能は第一次成長期後から第二次成長期前に発現する可能性が大いにある、なんだ」

「子供の頃だよね?」

「まぁ、うん」

 かわんなくない?と言いたげな彼女の主張をやんわり受け入れて僕は続けた。

「異能の暴発による被害はかすり傷程度の物から建物を破壊するほどの物もあった。ただ、暴発の頻度は人口密集地ほど多くまた、被害も大きかった」

「……もしかして、だから人が居なくなったって言うの?こんなに大きな街から?」

「うん。子供が生まれたばかりの隣人宅が爆発して、自分たちも死ぬか知れないっていう恐怖から逃れる為に」

 もちろん、子供が異能を持っているという確証はない。それでも恐怖を煽るには十分な材料だ。

「皮肉だよね。人が居ないって嘆いていた地方ほど、暴発の恐怖の恩恵を受けるなんて」

「……」

 僕が幼少を過ごした田舎も若い人達が移り住み始めている最中だったし。

「……でも、静かなのは好きかな」

「それは確かに」

 雪を踏みしめながら僕達は彷徨う。分厚い雲が夕日を遮り世界は暗闇に包まれ始める。

 ただ、明かりに誘われる蛾のように都会の光に向かうだけ。

「連絡さえつけば、最悪警察に……」

 ただ僕はこういった人の居なくなった街に踏み入ったことが無かった。だから、本当の意味で人が居なくなった訳ではない事を僕は知らなかった。

 僅かな異音、気付いた時にはすでに……

「止まれ!」

 ……囲まれていた。

「ここは私たちの縄張りだ。今すぐ立ち去れ」

 家屋の上や道路の脇に一斉に灯る淡い光の炎、その一つ一つが異能者。つまり【自家発火(ファイアスターター)】の集団が僕達の行く手を阻んでいた。

 そして目の前に女性が立っていた。二十歳前後の凛とした気概のある姉御肌の人、見た目だけの感想だけど。

「忠告を無視するなら容赦はしない」

「いや、えっと、私たちは……」

「僕達はここを通りたいだけです」

 僕達は明らかに動揺を隠せていなかった。人が居る居ないではなく予想だにしない場所から敵意を向けられることに僕達は慣れていなかったから。

 だからこそ冷静に努めなければならない。一歩間違えれば次の瞬間には丸焼きにされてもおかしくない。

「隕石のように落ちてきた連中を信じられるとでも?」

 ……あー、なるほど、これはまずいかもしれない。

 完全に疑われている。異能者狩りでは無いかと。

「いやあの、事故で」

「どんな事故だ」

 いや、うん、そんな感想になるわな。

「どうしたら通してくれますか?」

「何があっても通さないが?」

「では、迂回路を教えていただけると助かります」

 身を切るような寒さは僕達の体力を削る。出来れば一直線に最短距離を通りたかったけど……背に腹は代えられない。

「……ここを右に曲がれ。その後三つ目の交差点を左に曲がれば私達の拠点を迂回できる。ただし、それでも近づいてきたら次は容赦しない」

「ありがとうございます」

 二人で軽く会釈をして目の前の交差点を曲がった。

「……あの人達なんなんだろう」

「多分、異能者の組織かな?確か家を追い出されたり親を失ったりしたまだ子供達の……」

 異能者の中でも現代社会に馴染めなかった子供達の徒党。その中でも最大組織、【ならず者(アウトサイド)】は危害こそ出さないけど強力な異能者が多い危険なグループ。

 ただ父さんから聞いた事がある。アウトサイドのトップは女の子だって。

 ……まさか。

「お、おい!ちょっと待て!」

 いきなりの大声に僕達は肩を震わせるぐらいには驚いて振り返る。そこには手に炎を発生させ僕達に向ける中学生ぐらいの男の子がいた。

「お、お前!その腰の……」

 その言葉は僕に向かって発せられた。怯えた声で、強気な言葉で、さっき以上の敵意を瞳に宿して、僕の腰に付いているワイヤーを巻き上げる為のリールを指摘した。

「まさかそれ……」

「あっ」

 それは決して人殺しの凶器ではない。あくまでも拘束用、それに今の対異能の武装としてはもう使われていない旧式かつ使い手の居ない代物。それでも機構は兵器のそれ、知らない人間が見れば凶器と勘違いしてもおかしくは無かった。

「こいつ異能者狩りだ!」

 勘違いは恐怖を煽り、恐怖は敵意を増幅させ、敵意は一線を超える後押しになる。

「ちが……」

 訂正する暇はない。次の瞬間には炎が膨らみ放たれる。

 そこに悪意は無かった。ただあるのは恐怖の払拭したい気持ち。だから異物ではないその感情が自分に向けられるとは思っていなかった。

 いつも通りにしていればこの危機を抜けられるという慢心が引き起こした事態だった。

 ここは、僕の知る世界じゃなかったんだ。


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