間話
俺様は瓦礫の中に居た。埋もれていると言った方が良いかもしれない。
奴は一切の躊躇無く壊れたビルの上層を武器にした。勝つ為ならば手段を選ばず、守る為ならば狂気を受け入れる。
悪の敵、正義の味方、その両方を持った類稀な精神は、この時代で生きるには辛いだろう。
だが、まぁ、この程度で死ねるんなら新しい人類なんて付けられねぇ。
俺様は体に乗っかった数百トンの重りを押しのけ地上に飛び出した。
「どこだぁ!雨宮翔ぅ!」
ボルテージが最高潮だ!今ならなんだってできる!
息を切らし膝を付いて、それでも立とうとする奴を見つけた。その眼はまだ死んでねぇ。
「いぃなぁ、お前……いいぃなぁ!」
砂埃の中唯一輝くお前はもう、侮れる存在じゃない。俺様が出会った中で一番の強者だ。
なら、ぶっ殺さねぇとな。
潰れていない方の腕で瓦礫の中から鉄骨がむき出しの得物になりそうなものを引きずり出す。それは数十メートルはある石塊、人を叩き潰すにはうってつけの武器だった。
「じゃあな。雨宮翔。お前の事は生涯忘れねぇよ」
まだ抵抗する力が残っているようで、ワイヤーを射出し空に逃げようとするもそれはもう格好の餌食だ。石塊を思いっきり振り回し勢いをつける。ぶつかれば空中でトマトを叩き潰したようになるだろう。
踏み込み、石塊が直撃する寸前、何かが割って入った。
山吹色の障壁と女がその時見た光景だった。
石塊は障壁に直撃すると二人は勢い余って遠くに飛んで行った。野球のホームランの様に
「……あ?」
俺様は……俺は理解するのに少しかかって、雨宮翔を仕留め損なった事に気が付いた。
「あの……クソアマァ!」
刹那、斬撃が飛び、俺の腕とぶつかり火花を散らした。
「ちぃっ……邪魔ぁすんなぁ!」
加速の人工異能を使って雷蔵がすっ飛んできた。
「あの子を追いかけたければ私を倒してからにしてもらおうか」
……クッソ白ける。
「萎えた」
「……は?」
「いや正直な話な、あんたの底もう見えてたんだわ。最強の名は全盛期の異名、年取って老いぼれてくだけの人間じゃあ俺は満足できねぇ。だが、ハハ……、雨宮翔、あれはすげぇ。あんたの再来、いや、あれは人の形をした正義だよ。あれと対峙するものは何であれ悪だ。さぞかし生きづらかっただろうなぁ」
雷蔵の瞳は揺れて動揺している。何か、認めたくない事なのだろうか。自分の息子は正しさの権化なのにな。
「あの子はそんなものじゃあない!」
「だったら何だってんだよあれはよぉ!」
あの目、あり方、行動、覚悟、その全てが……
「一切揺れなかったぞ!躊躇わず、俺を殺そうとしたぞ!」
「翔は……人間……だっ!」
「違ぇ!俺様と同類だぁ!」
戸惑いが、動揺が、雷蔵の瞳から伺える。そうか、こいつは自分の息子の異常に気付いておきながら見て見ぬふり、いや、押さえつけて生きてきたんだ。
もったいねぇ、もったいねぇ、もったいねぇ!これだけの才能を、脅威を!ずっと隠して生かすなんて……戦場に放り投げれば数年足らずで人類を救いかねない英雄になってたかもしれねぇってのに!
「いや、そうはさせない」
瞬間、ドクンと、心臓が跳ねた。恐怖が再来したのを肌身が感じ取る。
「あの子は私の子供だ。道を踏み外すというのなら私が留めてやらねばならないんだ。非人間への道ならばなおの事……」
その眼……は、ハハハ……。
「親子だなぁ、お前ら……」
「お前があの子をその道に引きずり込むというのなら……命に代えてもお前を殺す」
ギチギチと鳴る機械の腕は瞬間的に出力が引き上がり俺をぶっとばす。
「あ?なんだぁ?」
「殺害権申請、受諾完了、理性弁解放、異能……最新化」
「やっば……」
相手は生身の人間、拳一発で殺せて、数歩の距離も瞬きよりも早く詰められる。だが、俺はその判断自体があまりにも遅すぎた。
近付いて拳を突き出した時にはもう俺は切られていた。
「あがっ……」
「【加速第二段階】」
見えなかった。速度だけなら俺の遥か上を行く力を持っていた。
瓦礫の山を倒れた俺は見上げる。まるで死体の上に立つかのように、殺人鬼の瞳が揺れていた。
「そう来なくっちゃなぁ!最強ぉ!」
萎えた体に再び熱をくべた。
「今日は二人、二人も俺様を楽しませてくれる奴が居る!さいっこうの日だぁ」
「そうカ……デハ、死ネ」
もっともっと、俺は楽しんでいい。今日はそういう日だ。なんだっけ、サンタ?からの贈り物かもな。俺が楽しくなれるのは。




