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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第一部 流星の君

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17/145

2nd Battle 【■■■■■■】

 彼は何の躊躇いもなく窓から飛び降りた。

「いや約束ぅ!」

 私は窓際に駆け寄ろうとしたが男の人が制止した。

「ダメッス!急いで逃げるッス!」

「でも……翔君が……」

「彼はもう諦めて……あぁ、もう!一緒に逃げるっスよ」

 そう言って彼は私に手を差し出した。差し出したのだけれど、私はその手を取りたくは無かった。何故かなんて言われたら分からないけど……。

 けれど見かねたのか言い合っているのがもどかしかったのか……、近くに居た翔君の父親が私を抱えて走り出した。

「口説いている場合か!建物が崩れるぞ!とっとと逃げろ!」

 一気に亀裂が入って割れるガラス、軋む鉄筋、崩れるコンクリート、

 このビルの上層が崩れるまで時間が無い。走れば間に合うかもしれないけど……。

「……(おまえ)じゃ敵わないって……分かるだろう」

 憤る彼は唇を噛んで悔しそうに、ただ今、やるべき事を行動に移している。どれほど苦心していたとしても。




 自身を吊らすワイヤーが壁から剥がれ奴は自由落下に身を任す。

「手品師かおまえは!」

 正直侮っている。志波を倒したことは評価するがあいつは甘いところがある。

 類似した異能があるとは言え超人と呼ばれるのは俺の異能のみ。無能は異能に敵わない。

 だが、突如として奴は加速した。

 あまりに驚いて奴の蹴りを跳んで回避してしまった。

 空中に投げ出された体、通り過ぎて落下していく奴、俺は地面に落ちようとも死にはしない。だが、あいつは普通の人間、早速だが勝負は着いた。

 と、思っていた。

 射出されたワイヤーには新しくアンカーが取り付けられ、ビルに突き刺さり、弓の元のように自身を飛ばしてUターンして空に向かってきた。

「はぁ!?」

 確かに、空へ帰ってきた奴の蹴りは俺に直撃した。

 だが軽い。

 弾丸すら防ぐ俺の外皮にはその程度で傷付かない。

 だが嫌な予感がする。何かを覚ったようなその目に……俺は……。

 俺は怖じ気付いたのか?

 何が……一体……。

 言い様の無い、気持ち悪いなにかが俺の背筋を這っていく。

 とっさに手を伸ばして捕まえようとするも即座に離脱、奴は軽やかに、まるで空に揺蕩う羽根のように跳んで逃げる。俺は空中に置き去りにされ落ちるだけの監獄へ十数秒閉じ込められた

 空を縦横無尽に跳び回り、蜘蛛の巣を張るようにワイヤーの陣を組んでいく。その間、僅か数秒。

 そこからが奴の本領だった。

 ギリギリと音を立てる糸は弦となり、しなり、矢を放つように奴自身が射出される。

 一瞬で真上から地面に向かって力強い蹴りが入る。問題はこの攻撃に衝撃があったこと。

「ガハァッ!」

 俺の口の中に血の味が広がった。

「なん……でぇ……てめぇの蹴りで」

 表情一つ乱さない奴は、お互い落下しながら淡々と語る。

「お前の皮膚は片栗粉だ、ダイラタンシー現象と同じ、じゃないと関節が曲がる理由がつかない。だから、本当はここで使うつもりはなかったけど……」

 服の下、奴の膝下が露になる。

 黒鉄の装甲、ギチギチと音を立てる機巧。

「対異能用射突型足甲旧式、即ち、パイルバンカー」

 膝と踵の先端に取り付けられた先端が高熱を籠らせ、足甲の隙間から蒸気を噴出させる。

「お前……足を……」

「旧式だから切り落としたりしてない……けど、これで!」

 三度目の蹴り、奴は二度目の時に直撃した部分へと追撃を行う。

「ダイラタンシー現象は極一点集中の衝撃じゃ固まらない」

「じゃあ……なんで銃は……」

「弾丸は貫通じゃなくて、潰す武器だ。先端は丸い」

 再びの衝撃、滲む、では済まない血の味が口内に広がっていった。

「グッ……オエっ……」

 嘔吐と共に真っ赤な血が吐瀉物に混じる。

「ワイヤーだけじゃお前に勝てなかった。けど、これなら届く」

 機巧が叫び声を上げる。悲しみに鳴くのではなく喜びに鳴く。喜びに咽び泣く黒鉄の装甲、それは、奴が想像以上の強者であることを示す。

 即ち、無能でありながら異能を打ち倒す者。将来最強を越える怪物。

 死を久しく感じた。

「……クソッ……」

 俺は怯えた、怖じ気付いたんだ。見下した相手に本気になることを、慢心して勝てると傲った。

 三度目の衝撃を食らって、俺の体から力が抜ける。慢心した心を砕かれ、体は無気力になった。

 加えてあいつは俺を地面に着ける気がないらしくワイヤーで俺を空に引き戻す。

 よく、考えられた戦法、地面を蹴って高速移動する俺の対策としては完璧だ。

 ……

 …………

 ………………

 あぁ、認識を改めるよ。人間。

「俺が、()()が行くぞ!」

 それは、久しく感じていなかった解放感と高揚。最強と退治してなお至らなかった俺様の極致。

「なん……」

 拳を振るう、空気を殴ったその反動で俺様は地面へ向かって加速し、飛んだ空気は突風を生んだ。

「見せてやるよ!俺様の本気を!」




 かつて、【超人】と呼ばれた異能があった。

 人より優れた身体能力、弾丸すら防ぐ外皮、あらゆる病気に対する免疫と免疫そのものの獲得の速さ、あらゆる毒に対する耐性、強化された五感、回復力。全てが人間の規格から上に外れた怪物。

 世界はこれを【真位】の異能として【超人】より上の名を送る予定だった。

 だが、とうの超人は退屈な日々を過ごし、名を送られる数日前に自らの檻を壊して自由となった。

 殺戮、破壊、強奪、全てをただ自分が楽しいと思える方に歩み、そして、ある日を境に表舞台から姿を消した。新聞やネットニュースにすら載らなくなった。

 カイン・シュダット。現代における正真正銘の非人間。そして……送られるはずだった異能の名は……


「【次代進化霊長(ニュー・プライミッツ)】」


 もし、名を受け取っていれば日本最初の【真位】の異能者となっていた。世界と日本で選考基準が違うはずの最高位を。

 だがその異能も、力も、世界が最高のものと言った以上は【真位】を受領しておらずとも【真位】の異能だ。

 ここまでが、軽く資料を漁れば分かる超人の半生だ。




 四度目の蹴り、全霊を掛けた一撃は火花を散らし弾かれた。

「…………は?」

 奴の褐色の皮膚はより赤黒く染まり血管が浮かび上がる。

「片栗粉ッつーとあれだろ、水と混ぜると水面浮かべるやつ。ならよぉー、内側から圧力掛けりゃぁ、最初ッから硬いまんまになるよなぁ!?」

 筋肉を膨張させ内側からの圧力で皮膚が硬質化する。正真正銘、全身が鋼より硬い鎧を身に纏っている状態だ。しかも軽い。

 一歩、音速の壁を突き破って迫り来る。防ぐ手立ては、ない。

「御返しだゴラァ!」

 奴の蹴りが腹部に直撃する。直前に糸を張って衝撃を緩和するが意識が軽く飛ぶには十分な威力だった。

「あ、がぁ」

 胃の中のものが全て吐き出される。血が混ざらなかったのが救いか、それとも……。

「やるなぁ」

 さらに気合を入れさせただけか。

 朦朧とした意識をぶっとばすように超人の拳が顔面に直撃し殴り飛ばされた。

「あ?んだよ……もう終わりか」

 地面に落とされ距離にして百メートルを滑走し、パイルバンカーの一部が削れ壊れる。幸い皮膚を削らないように上手く受け身を取ったためパイルバンカーのダメージだけで済んだ。鼻は折れて鼻血が止まらないけど。

「いった……いっっっっったぁいなぁ」

 鼻筋を掴んで無理矢理折れた骨を元の位置に戻した。

 超人の動きがさっきと全然、動きも硬さも何もかも違う。手を抜いていたのか。

「ハァ、ハァ、んだ……」

 でも……

「いける」

 そっちが後先考えないフルスロットルなら、こっちだって形振り構わない。

「つっ立ってんじゃねぇぞ!」

 超人は百メートルは離れた直線をもう一度一歩で跳んでくる。

 対処法は無い。また喰らう。殴られた拍子に頭がグラグラして視界が回ってるってのに容赦がない。

 だけど今度は確かに見切った。首を狙ったハイキック。驚くべきは足の最高到達点が僕の頭部よりも上だという事だ。

 だが、そんなもの今は隙にしかならない。この攻撃は屈んで回避した。はずだった。

 脚が振りきった瞬間、何かに吸い込まれるように引き寄せられる。あまりに早い足の速度に真空となって空気と一緒に僕を引き寄せた。

「もちっと楽しませてくれよ!糞雑魚!」

 もう一度面前に拳が迫る。体勢を崩し今度はモロに食らって死ぬかもしれない一撃を……。

「翔君!」

 ああ、心地のよい声が聞こえる。

 ……答えなきゃ……。

 その不安を消して上げるために、勝たなきゃ。

 瞬間、後ろにワイヤーを射出、固定して、僕はその糸を引っ張り仰け反って回避する。

 同時に、膝の取り付けられたパイルバンカーを超人の顎下に向けて構え射出させる。

「そうだ、そうこねぇとなぁ」

 傷一つ無いどころかこっちの装備が破損する。

 宙に浮かせた超人は笑っている。あぁ、これからだと言わんばかりに。殺しを道楽か何かと勘違いしたこの悍ましい存在から僕は守らないといけない。皆を……。

「勝て……僕……」

 何が次代の霊長類だ。何が進化した人類だ。そんなもの!僕が負けていい理由になるか!

 右足の装備は壊れた。なら外して身軽になればいい。左足はまだ生きている。何が何でも勝ってやる……。お前という悪を野放しにする気は毛頭ない。

 真っ直ぐに、僕は超人を見た。

「……お前……、その眼は」

 超人が何を見ているのか知らないが驚嘆の表情を浮かべていた。

 だけど、容赦する気は無い。

 ワイヤーを瞬間的に展開し高速機動を可能にするフィールドを作る。超人の速さに対抗は出来ないが対応はできる。それに、その時の僕は体が羽根のように軽い、そんな気がして。

 宙に浮いた超人が地面に着地するその前にもう一度パイルバンカーを打ち込む。再び空に向かって飛んだ超人の体は地面に足を付かない。

「お前……」

 弱点に関しては予測できる。だから、奇をてらう。悟られないように、唯一の勝機を。

 ワイヤー陣を連続展開しながら超人を追いかけ次の攻撃の準備を行う。

 だが超人は余裕の笑みを浮かべて空中で態勢を整える。

「あぁ、ボマーの言ったとおりだ」

 それは獣の形相、とても次代の進化した人間とは思えない。

「テメェはヒーローだよ!」

 何がヒーローだ。ヒーローならこんな勝機を見出しはしない。

「悪に対峙する者!悪の敵!万人を救わんとする、秩序に依らない個人的正義の持ち主!」

「そんなもの……ヒーローなわけあるかぁ!」

「だったら!何の為にお前は戦ってんだぁ!?」

 そんなもの……そんなもの決まっている。

「笑って貰う為だ」

「ほら見たことか」

 これが最後の攻防、死ぬ気で、気力を振り絞って僕は空を跳んでいく。塔の街を飛び回る。

 視線が交わされた瞬間、僕達の戦いは再開された。




 端から見た彼らの戦いは全員が固唾を飲んで見守る……、いや、見惚れてしまう戦い。

 特に私は翔君の姿に見惚れていた。血塗れになって、それでも一歩も退くことなくワイヤーによる高速機動で超人を空から逃がさない。それどころか左腕一本を左足の装備と引き換えに持っていった。

 私の隣で彼のお父さんは唖然としている。曰く、無茶をすれば超人と引き分けられる翔君のお父さんはしかし、とうの昔に捨てた非人間性を取り戻す必要があるのだとか。

 その上で、彼は確かに追い詰めている。ただ、超人という怪物は盤上を引っくり返してしまう力があった。どれ程上手く行っていようともたった一手で全てを台無しにする。それが、進化した人類の力。

 超人もワイヤーによる高速機動を行った。見ただけで翔君の技術を我が物にしたんだ。

「翔君……」

 血に滲む目が、彼の狂気を表出させる。

 私は、そんな君は見たくない。

 だけど、だけど、同時に見たいとも思った。

 君の最高速度を。

 そして唐突に、決着は訪れる。

 ワイヤーによる高速機動を超人が行い出した段階で翔君は一つの罠を仕掛けた。取り付けたワイヤーの一本がちゃんと固定されていない、掴んだ瞬間に落ちる空中落とし穴。

 私は確かに見た。翔君の、勝った、という笑み。

 ゾワリとも、ドクンとも言えない胸の鼓動がした。

 彼は蠱惑的な笑みを浮かべた後、罠にかかり空中で拘束される超人。雁字搦めにされた超人は無理やりワイヤーを引きちぎろうとして、更の一手が決定打となった。

「超人、これは返礼だ」

 空が一瞬で暗くなった。

「潰れろ」

 私たちは確かに十分な距離を取っている。それでも、その光景は脳が警告を出すには十分な光景。

 それは、超人が破壊したビルの上層階全てが落ちる光景だった。

 轟音が響く、地面を揺らしてあらゆる音を掻き消した。

「はは、ハハハ、アハハハハハハハハハ!」

 超人はまるで無邪気な子供のように高笑いをしていた。大きくて高い建物の一部がまるで巨大な隕石となって自分を潰そうとしているのに。

 そして、砂埃を巻き上げながら地面に落ちた。人を超えた人を巻き込んで。巨大な衝撃と一緒に。

 戦いは一幕を閉じた。

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