寄り添い1
「もしもし」
『……やぁ、【超人】』
俺は唯一使える通信機器を使って上と連絡を取った。連絡先の人物は俺達が所属する秘密組織のトップの男だ。
彼は名を明かすことは無い。常にトップと呼ばれている。
『大失敗だねぇ』
「雨宮翔があんなに強いなら先に言ってくんねぇかな」
『こっちもあんなに強いとは知らなかったん……だから仕方ないだろう』
一瞬言葉が詰まって、トップはつづけた。
『あれはこっちで弱点を見つけておく。君達は対最強、雨宮雷蔵の対処に動いてくれ』
「あれは底見えたっしょ」
『確かにメンテナンスに入って十時間は必要で……後六時間は動けない……筈だが』
「例の奥の手?」
『あぁ。act2が……まだ……だ』
連絡先の男はどうも忙しない。どうしたんだ?
「なんかあったすか?」
『……前言撤回しよう。今すぐ雨宮雷蔵を襲撃しろ。今から出撃するぞ』
「俺達を追って?」
『そうだ。義肢のメンテナンスと修理よりも別の義肢の換装を優先したらしい』
「ハッ!……なるほど」
鼻で笑ってしまった。なんだ、ただの絶望じゃないか。あれだけ頑張って緊急メンテまで追いつめたってのに。
「……しゃあねぇえや。んじゃ、トップ」
『かっる!ねぇ!ほんとにトップって思ってんs……』
うるさいので切った。
「……はぁ」
溜息がでる。心労というか、なんというか、先が思いやられる。
あれの思考が俺には良く分からない。どうしてこの三時間待機を命じたんだろうか。この三時間に御神体を襲えば奪えたはずだ。
……俺達が聞かされていない企みがある?
「まぁいっか」
全体の目標は最強の足止めと御神体の奪取、個人的な目標は志波の救出、どっちも達成しなければ。
「おーい、トップから伝令。雷蔵に襲撃だってよ」
「その隙に志波ちゃん解放?」
「それとも御神体奪取かー?」
「志波救出。雷蔵は俺が相手する」
「いいの?」
「死ぬぞ」
「死なねぇよ」
笑って見せる。この身の内に満ち満ちる自信を表す為に。
「うわー」
「真っ先に死にそう」
「ぶっ飛ばすぞテメェら」
午後四時をアナログ時計は指し示す。
父さんは義肢の交換と制御チップの急突貫調整で本来は十時間かかるメンテナンスを四時間で終わらせた。
「緊急手段の禁じ手ですからね。全部終わったら改めて」
「あぁ。ありがとう」
少し動きがぎこちない感じがするがまだ馴染んで無いんだろう。
「もう大丈夫なの?」
「なんとかな」
「勝てそう?」
「行ける行ける」
「なら良かった」
僕はいつもと同じ気丈に振る舞う父さんの姿にホッと、胸を撫でおろした。
「隊長」
「戸田……状況は?」
「別部隊の方々が何とか対処してくれたみたいッスね。無差別多発異能テロ」
たまたま近くに居た戸田さんがひょっこりと顔を見せる。
「そうか」
「あのゴリラ凄かったッスよー」
その話を要点以外聞き流して話を進める。
「どうも腑に落ちない。異能テロというには規模も範囲も狭すぎる。人死にが出ないように事前に打ち合わせていたとしか思えない」
「……黒幕が居るって事?」
「それは無いんじゃないっスか?黒幕が居るんならそれこそ手加減する理由が見当たらないっス」
……父さんと戸田さんの会話を聞いて僕の中に彼女の存在が浮かび上がった。
雫、御神体と呼ばれた彼女はその身柄を狙われている。殺害ではなく、おそらく誘拐。根拠は攻撃の規模だ。僕だけを殺す攻撃はあったが彼女を殺す攻撃はしてこなかった。
ただ誘拐して何をしたいのか、それが見えてこない。金か、体か、それとも……異能か。
「とりあえず皆さん叩き起こして来るッス。その後は指示お願いッス」
バタバタと忙しなく戸田さんは駆けて行った。
「……あの子はどうだ?」
「雫?ケガは無いよ」
「そうか……」
「でも……ちょっと辛そうだった」
それは体のどこかが痛いのではなく胸が痛いから。深入りする気は無いし、人の心の中にズケズケと土足で上がるような事はしたくない。でも、僕から見ても精神的に疲弊してる事は言われなくても分かった。だから、今はそっとしてあげたい。
「一人の方がきっと落ち着くよ」
窓の外を眺めながら、父さんから目を逸らして言った。
僕はそう想う。一人の方が落ち着くし、一人の方が考え事も捗る。騒がしいのは心がざわついて嫌だから。
でも、父さんは違ったようで。
「……それはお前だけだ」
「え?」
振り向いて、僕は父さんを見る。
今度は父さんの方が僕から視線を逸らした。
「人は独りでは生きていけない。今は大丈夫でも、一人である事が辛くなる日が必ず来る。彼女は……お前は……本当に、一人で大丈夫なのか?」
言葉が……出てこなかった。
というか真っ先に思った事が……。
「それ父さんが言う?」
子供一人置いて仕事に耽っている人がそれを言うか。
「ウグッ……まぁ、そうなんだがぁ……」
でも不思議と責める気にはなれなかった。父さんが上手くコミュニケーションを取れない理由を僕は知っている。それは父さんにとって秘密だし、僕は勘付いても口にはしてこなかった。
孤独は、僕が選んだ道だ。でも、その辛さに耐えられるのは今だけと父さんは言ったのだ。
誰よりも不器用で、孤独である辛さをずっとずっと前に知っている父さんがそう言葉を見繕ったのだ。
……今耐えられている僕の辛さを、彼女はとうの昔に味わった後かもしれない。
そう考えたら不思議とやるべき事が、してあげたい事が見えてきた。
きっと、これで良い。僕の未来は……こうで良いんだ。
瞳を開くとそこは見知らぬ天井だった。
暖かな部屋、暖かな布団、なのに心は寒さに震えるように怯えていた。
眼鏡の奥、瞳の奥、あの日、逃げ出したあの夜に見た狩人の目。きっと、征四郎を殺したあの男の子の目を私は未だに覚えている。いや、焼き付いている。今ならどんな状況でも思い出してしまいそう。
「征四郎……」
いつも私を守ってくれていた人の名をお呪いの様に口にして、もういない事を再確認する。
そして、私が今何に怯えていて、この胸中に何が渦巻いているのかを理解する。
平穏で少し寂しいけれど平和だった日常を壊した暴力と、失う事に対する恐怖。
眼鏡の男の子に遭遇してしまった時、彼に逃げろって言うべきだった。私一人なら危害なんて無くって、穏便に済んでいたかも。あんなに建物が壊れる事も無かった。
「私、わたし一人が……」
あの光景は私が作ったもの。私が何もしなかったから起きてしまったこと。
全部……全部、私のせいだ……。
「あぁ……あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ……」
慟哭が誰も居ない部屋に響く。心が壊れる音を響かせる。心が壊れる熱が涙になって流れていく。
翔のお父さんを殴るとか息巻いていた時はまだこの事実を直視する前だった。何とか心が保っていた時だった。
もう無理だ。私は、彼に何も……。
「……大丈夫?」
扉の外から翔の声が聞こえてきた。
とっさに布団をかぶって隠れた。泣いていたという事実を、慟哭を知られたくなくて。
「だ、大丈夫……」
「……声、震えてるよ」
優しくしないで欲しかった。その声音を、今は聴きたくなかった。
薄れた意識の中で感じた、寒さなんて吹っ飛ぶ暖かさを。
「大丈夫だから……だから、私に構わないで」
「……」
背を向けて拒絶する。
私は、貴方まで得たくない。失いたくない。でも、君の心はもう決心がついていたみたいで……。
「……入るね」
ゆっくりと扉を開いて彼は中に入ってきた。外の明るさが部屋の中を照らす。
「少しお話したくて」
ニッコリと、逆光の中でさえも分かるほどはっきりと君は笑う。悲しさも寂しさも、吹き飛ばしてくれるみたいに。




