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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第四部 青空の瞳

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懐かしき光景

 目が覚めるとそこは海が一望できる寝室のベッドの上だった。

 隣には雫が寝息をたててまだ寝ている。

 時計を見ると時間はまだ五時半だった。日に日に寝る時間が短くなっている気がする。

 その割りに疲れや眠気は感じない。質が良い睡眠を取れている証拠だと思う。

「んん……」

 ぐぐっ、と背伸びをして体を解してベッドを降りた。

 空はすでに明るかった。遠くの雲が山吹色に輝いている。

「ん、早起きだな」

 僕がリビングのような部屋に入るとナオが先に起きてテレビとスマホでニュースを見ていた。

「はや……ちゃんと寝た?」

 僕は備え付けの冷蔵庫に近付いて開けると、持ち込んだ市販の水を手にとって蓋を開ける。

「四時間きっちり」

「寝てないじゃん」

 僕は一口水を含み、飲み込む。

「昔っからどんなに早く寝ても三、四時間で目が覚める」

「あぁ、だから……」

 背が小さい、と言いかけて言葉を飲み込む。

「翔はちゃんと寝たか?」

「六時間半ぐらい?ナオよりは良く寝たよ」

「翔の方こそ短い。二度寝してきたら?」

「もう目は覚めた」

 僕は笑って答えた。

「あっ、今日は墓参り行くんだったか?」

 ナオがソファーから仰け反るようにしてこっちを向いた。

「うん。父さんはもう向こうに行ってるし、その足でもう行こうかと思ってたんだけど……何か不都合だった?」

 僕は水をもう一口飲んでナオの返答を待つ。

「近くで夏祭りあるらしいから案内してもらおうかなぁって」

「神社の?本祭は少し後だよ?」

「本祭?そんな大規模なやつ?」

「今年のは十年に一度のやつだからね。説明いる?」

「割りとほしい」

「分かった」

 僕は朧気な記憶を頼りに説明を始める。

「確か、そもそもとしてうちの地元は山岳信仰で、山の神様を奉っててね」

「日本は基本そうじゃない?」

「最後まで聞いて。その山の神様はうちの地元だけじゃなくて結構広く信仰されてたんだよ。それで、十年に一度山の神様が降りてくる。その十年に一度が今年って話し」

 僕は身振り手振りでナオに説明していた。

「なんで十年に一度?」

「確か……婿探しだったかな?」

「あー。山の神様って女神なんだ」

「ほとんどの山の神様って女神じゃない?」

「日本はな」

 ふと、古い記憶が蘇る。

 鈴の音と和装の少女の姿。山の中で迷子になった僕の手を引いて何処かに連れていこうとしていた誰か。

 その姿はまるで……まるで……

「あれ?」

 その記憶に酷いノイズが走る。

 思い出してはいけない、結び付いてはいけない、重ねてはならない。そう、本能が叫ぶように。

「……ける……翔!」

「ん?な、何?」

「大丈夫か?ぼーっとして」

 放心していた僕はナオの声で現実に引き戻される。

「大丈夫。夏祭りは帰ってきてから色々教える」

「ん。墓参り気を付けて。熊でるらしいから」

「ここいらで?鈴持っていかなきゃ」

 熊避けの鈴、その音を思い出してそして同時にノイズが走る記憶が晴れる。

 その少女は確かに……金糸のような、絹のような、山吹色の髪をしていたと。




 朝日が昇り、僕と雫は墓参りのための身支度を終えた。朝は八時を少し過ぎたぐらい。

「それじゃあ行ってくる」

「んー」

「お気を付けて」

「ゆっくりしてきて良いからな。あ、親父とお袋がいたらよろしく言っといて」

「自分で言って」

 ナオはソファーに座ったまま背を向けて手を振って送り出し、谷さんは頭を下げ、裕君は入り口まで見送りに来た。

「気を付けて」

「うん」

「行ってきます」

 僕達は裕君に背を向けて歩き出した。

「空は飛んでいかないの?」

「安全性がね」

 緊急時ならともかく平時は人を連れて飛ぼうとは思わない。こう見えて結構熱くなってるからね、僕の体。

 それに……

「まぁ、ゆっくり行こう」

 僕はこうして君と足並み揃えて歩く方が好きだから。

 人並みの速度で僕達は夏の日照りの中を歩いていった。




 電車に乗り、バスに乗り継ぎ、一時間以上移動した後に観光地とはかけ離れた田園風景広がる町とは言いがたい場所に着いた。

 生まれ、育ち、そして後にした、僕の故郷。

 懐かしき光景が今もなお目の前に広がっている。

「ここが翔の……」

「うん」

 バス停から離れようと歩き出したが、雫が動くことなく村の風景を眺めている。

「どうしたの?」

「……その」

 驚いているのか、愕然としているのか、立ち尽くして唖然としていた。

「……ここ」

 僕は彼女の発言を待つ。でも、彼女は首を振った。

「ごめん、この風景をどこかで見たことがある気がしただけ」

 それはいくつかの矛盾を持った言葉だった。

 雫が育ったのは山奥の隠れ里、衛星からも見えない秘匿された地。彼女が生まれ育った地に広い田園は無い。そして、彼女の記憶においてその里を出た覚えは無いと聞いた。

 それでも見たことがあるというのは……。

「記憶に残らないほど小さな頃に見たことがあったのかもね」

 そう言うと彼女は明るく答える。

「そうかも」

 僕はこの村を懐かしいと言える。でも、日本中を探せば似た風景はいくらでもある。

 だからどこかでと、そう思った。

 彼女は僕の隣へと足早に駆けてくる。足並みを揃えて歩こうとしたその刹那だった。


 どこかで聞いた鈴の音が聞こえてきた。


「あっ」

 僕が振り返ると同時に雫が蹄を返してアスファルトの上に落ちた鈴を拾い上げる。

「それは?」

「これ?」

 それは、年季が入った赤い紐が付けられた銅色の鈴だった。

「お母さんが唯一私に残してくれたもの。今は行方不明なんだけどお守りとして産まれた時に持たせるようにって」

「……そう……なんだ」

 森の記憶、日溜まりの中を歩む。

 金糸の髪、青い瞳、和服の少女、手を引かれて森の奥に連れていこうとする誰か。

『──と同じ』

 もしかして……彼女が見たという光景はここなんじゃないか?

 あの日、あの時、手を引いてくれたのは……。

「……いや、違うか」

 あの人はあの時の僕よりも年上に見えた。だから違う。

「ん?」

「いや、なんでもない」

 僕は彼女の手を引いて歩く。

「行こっか」

「うん」

 僕達は歩きながら落とした鈴を見せてもらう。

「紐だけ変える?」

「変えれる?」

「多分」

 年季が入った、でも綺麗な銅の鈴は太陽の光に照らされてキラリと輝いていた。




 神社の近くを通り、少し先に進むと大きめの家がある。

 かつては下級武士、時代の流れによって今では剣術を教える鉄器職人へとなったそれなりの名家がある。

 そこが父さんの師匠の家だった。

「大きいね」

「リフォームしたかな?」

 近くに寄ると道場の方からでかい声が聞こえてくる。

「稽古中かな?」

 僕達が家の前に立つと道場の方から誰かが顔を出した。

「……ん?」

「あッ……」

 長く黒い髪を後ろで束ねて、鋭い目を見開いて僕をまじまじと見ている見知った少女が居た。

 面影がある。僕の古い記憶にある人の姿が重なる。

「……翔?」

「めぐちゃん!?」

 古い記憶、掃除の時間に剣を模して握った箒でシバかれた時を思い出す。

「……えっ……えっ」

「お久しぶ……」

「お祖父様ァ!翔が髪染めてカラコン入れてめっちゃチャラチャラしてる!」

 と、かつて委員長だった少女は急いで道場の中に駆け込み恐らく中にいるであろう父さんの師匠に言いに行った。

「チャラチャラはしてない!してないから!」

 背筋に悪寒が走る。いや、緊張が走る。

 僕はあの人の指導を受けたことはない。でも、道場におけるあの人の威圧感を今も覚えている。

 師匠、師範代、じいちゃんのお兄さん。ただ、見た目は似ても似つかない。

 だってあの人は……。

「翔が来たか。少し挨拶してくる」

 道場から聞こえた低い声の主が現れる。

 日本規格の扉を潜り、その巨体が現れる。

 身長二メートル十センチを超え、その体は筋肉の鎧。

「久しいな、翔」

 白い髪と髭は仙人のよう。

 余りの威圧感に雫も唖然としている。

「お、お久しぶりです。大伯父さん」

 そして、この人は。

「……」

「……」

 ニカッと笑って僕の頭を撫で回した。

「大きくなったな、本当に」

 見た目は違う。でも、この人はじいちゃんと兄と同じ笑い方と甘やかしかたをする人だった。

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