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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第四部 青空の瞳

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プロローグ 終わった物語、今の物語

 いつもその夢を見る。

「ヒーローさん。わたしを助けてくれてありがとう」

 黒い髪の水墨画で描かれたような美人さん。しかし、右目の周りは黒い痣が、左の頬は赤く腫れ、私は彼女の治療を行っていた。

 真っ白な白い部屋で彼女は私に微笑んで語りかけてくる。

「カッコ良かった。ものの数秒で三人も倒しちゃうなんて」

「……」

「あのね、わたし、貴方の事好きになっちゃったかも」

「……膝」

「へ?」

「膝に絆創膏貼るから」

 私は彼女の膝に出来た擦り傷に消毒液を垂らしてガーゼで塗る。

「いぃ……ったぁい!」

 小さく彼女は叫んでいた。

「……」

 彼女は足を少し開いて下着を見せようとしている。私は視線を外して見ないようにする。そうしなければ何を言われるかわかったものじゃない。

「むぅ」

 膝の治療が終わった。血だらけの足の裏や、痣だらけの体、絞められた後がある首筋、折れて治った肋。

 その全ての治療がついに終わった。

 医者にはもう見せてあるが、パニックを起こすため小さい部分は私が担当した。

 彼女を助けた私だけが唯一近くで治療できたから。

 包帯だらけガーゼだらけ。そんな姿で彼女は笑っている。

「ねね、ヒーローさん。今日は……」

「食事は毎日三食、身の回りの世話はできる限り私が担当します。お風呂は……自分で入ってもらえると助かりますが……」

 笑っている。張り付いたように、彼女は表情を崩さない。

「それでは失礼します」

 張り替えたガーゼと包帯、消毒液やピンセットを持って部屋を後にする。

 背を向けた私に彼女は話しかける。

 甘く、蕩けるように、男に媚びを売るための声をして。

「どうして貴方はわたしに手を出さないの?何か至らないところがあったかな?」

「元より他人に興味がありません。そして、なにより……」

 私は振り向いて彼女を見る。

 黒い髪と、そして、空の色の瞳。笑っているのにその瞳はなにも見ていない。暗闇だけを写している。その表情が怒られないために貼り付けた仮面であることを物語っていた。

「貴女は、私を見ていない」

 その言葉を以て初めて彼女の笑みが消えた。

「空の瞳の君、私は貴女を救えない。私は……」

 私は真っ直ぐ彼女を見て言う。

「私は殺すしか能がない、ただの怪物ですから」

 再び背を向けて彼女を後にする。扉を片手で開き、部屋の外に出る。啜り泣く彼女を後にして。

「えらい酷いこと言いはる」

「……仕方ないでしょう。こうでも言わなきゃずっと張り付かれるんですから」

 部屋の外に出ると白衣を着た少し年上の女性がいた。

 立花博士。私の両手足を作り、制御装置を頭に埋め込んだとある組織のトップ。

 表向きはこうして私が所属する対異能組織の科学部門で研究している。

「あの子ぉ、死なはるかも」

「……」

「助けたのに、死なせてええの?」

 私はガーゼや包帯をゴミ箱に捨てて扉の向こうを見る。

「良いわけ……無いでしょう」

 でも、私には人を救う力はない。

 本当に救われなければならない者こそこの手で殺してきたのだらか。

 今さら誰かを救う、なんて……今まで殺してきた命が許さない。

「せやったら、あんたが助けな」

 皆がそれを求める。

 私が助けろ、貴女を助けろ。

 あの日、異能者三人に囲まれ、雨に濡れた彼女に手を差しのべたあの日、確かにこの心は動いた。だけど、そこに付け込んじゃいけない。それはあまりにも卑怯だ。

 助けたという恩を、この心を救ってほしいという願いを叶えるという形で返してほしくはない。

「立花博士。私は一人で生き、一人で野垂れ死ぬ。そう決めたんです。この命は……使い潰して死ぬべきだ。でなければ意味がない。私はもう血塗れなんですから」

「……」

 私は足早にその場を後にする。

 そんな私を立花博士は呼び止める。私の名前を呼んで。

「雷蔵。雨宮雷蔵」

 背を向けたまま、呼び声に答える。

「なんでしょうか?」

 慈愛に満ちた、優しい声で忠告する。

「あんたは……それでええの?」

「良いんです。私は」

 私はそう返して歩き始める。

「……何も残さず、何も遺せず、私という命は終わるべきなのだから」

 それが、三十七人もの異能者を殺し、彼ら彼女らを救わずに称賛を浴びてしまった最強(人殺し)が迎えるべき終わりと信じて。




 目が覚める。時計は午前四時過ぎを指し、外は暗い青に包まれているが、僅かに明るい。

 手足に義肢を付け、動作確認のため立ち上がり、歩き出す。

 この都市は眠らない。バルコニーに出ると遠くに街の灯が見える。

 この光は星の光を掻き消してしまう。それでもキラキラと輝く一際明るい星がある。

 明けの明星。即ち夜明け前の金星だ。

「……はぁ」

 嫌な夢を見た。古い記憶を見た。

 彼女との出会い、彼女と言葉を交わした最初の光景。

 今はもうどこにもいない、ただ一人の理解者。

 何も残さず、何も遺せず、彼女は死んでいった。

 もし、もし、もし、そう思わない日はない。失意の日々が続く。

 後悔が今もなおこの心を締め付ける。

 ただ一つ、彼女が置いていったものがある。それを私は大切にするしかない。

「あれ?父さん?」

 その声に私は街から屋内に視線を向けた。

「おはよ。早いね今日は」

「目が覚めてな。翔もか?」

 眠気眼な翔が背筋を伸ばしながら起きてきた。

「うん。目が覚めちゃって」

 背筋からポキポキ音が鳴っている。

「コーヒー飲むか?」

「ココアで」

「朝からか?」

「飲む」

 朝の涼しい風に当たる翔のためにココアを作りに中に戻る。

 そうしていると金糸のような床に付くほど長い髪を引き摺って雫が起きてきた。寝惚けてバルコニーの扉に額をぶつけて。

 すると翔が急いで外から中に戻ってきた。

「大丈夫!?」

「だいびょうぶ」

 いつもなら二人ともまだ寝てる時間だからか、いつもなら見ない子供らしい姿が見れた。

 二人のために私はココアを作る。

 あの子達のために私は──────


『今さらか』


 刹那、体が硬直した。後少しで翔のカップを落とすところだった。

 大丈夫、大丈夫、私は今ここにある。

 揺らがない。崩れない。壊れることはない。

 鋼鉄の腕に本来無い筈の誰かに触れられた感覚が痛みを伴って伝わってくる。

 それはかつて殺そうとした男が死に際に触れた場所だった。

 なにかに引き摺り下ろされる。そんな……

「父さん?」

 翔の声と同時に意識が現実に戻ってくる。

「大丈夫?立ったまま寝てた?」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

「……無理ならちゃんと寝てよ。ただでさえ能に負荷がかかるんだからさ」

 翔がカップを手に取ると雫の元に持っていった。

「父さんはブラック?」

「え……」

「いいよ僕が作るから。ほら座ってて」

 翔に導かれるように私はテーブルの椅子に座らされた。

「……」

 最近良く笑うようになった。以前のように、笑うようになった。雫が来てからだ。

 あの子にとって雫は特別だ。きっと、何よりも。

 青い瞳が揺れている。光を灯して、空の瞳は輝いている。

 ……私が愛した、サチと同じ瞳が。

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