世界は真白に染められて
高層ビルの一角、椅子に座って外を眺めている。壁一面ガラス張りの窓の外に広がる真っ白な雪景色。地球寒冷化によって東京ですら雪が積もる事が当たり前になってきた昨今、ホワイトクリスマスなる特別は意味を消失した。
何もかもが白い。空も、街も、僕の心さえ。まるで、真白に染められたように。
「見張りありがとねー」
「いえ。これぐらいお安い御用です」
「みんな寝て無かったスからね」
仮眠室から二時間の仮眠を終え父さんの部下が出てきた。
「あの子は?」
「雫なら横になってます」
「寝てる……訳じゃないんスね」
「はい」
雫は無理をしていた。あの異能者と対峙して震え、怯えていた彼女は精神的に疲弊して衰弱している。今はそっと静かに休むべきだ。
「……こうして話すのは初めてッスね」
「そうですね」
彼の事を詳しく知らない。
父さんの部下で、父さんの懐刀だという事しか、僕は知らない。
「……職場での父さんはどうですか?馴染めてますか?」
「あー、うん。いつも君の事を自慢してるッスよ」
「そう……ですか」
「だから、あんまり心配かけちゃダメっス」
その対応は社交辞令、いわゆるお世辞である。僕と父さんを立てつつ今後僕にしてほしい行動を伝える。大人らしい、誰も傷付かない伝え方だ。
「そうですね」
僕はその思いに答える事が出来るのだろうか。分からない。僕は、少し前の僕なら確実に出来たのに今は出来ると頷けない。
「……なんか、変わったッスね」
「何が?」
「君がッス」
「……」
僕が?
「なんか、少し大人になったっていうか、ほんの少し頼もしくなったっていうか、とにかく成長を感じられるッス」
今の会話のどこに成長を感じられる要素があったんですか?
むしろ成長したって言うなら心配かけるなっていう言葉を受け入れて頷くべきだと思うんだけど。
「いやー、正直な話、雨宮さん、あっ、お父さんの方ッスよ。だいぶ過保護というか、その癖自分からはあまり接したがらないッスから息子さんのこと心配だったんス」
「……そう……なんですか?」
「そうっス。ちゃんと自分で考えて、自分の意思を持ててるかちょっと心配で。だから、安心したんス。君はちゃんと自分を持ってるって」
自分で考えられている……そうだろうか?僕はただ、どうするべきかわからないし、どうあるべきかもわからない。
良い子じゃない。そう自分で思っている。
「でも、きっと父さんに怒られますよ」
「それはお門違いッス。君は守りたいものを自分の意思で、守ったんスから」
守りたいもの……か。それは一体何だったんだろう。
自分が自分で分からない。僕はどうしてそう言われて納得しているんだろうか。穏やかにも荒波立たない心をしているんだろうか。深層心理で僕は、自分の願いを理解できているんだろうか。
分からない。
「……じゃあ」
分からないなら、事実から探せばいい。今だけの理由を。
「僕は、将来自分を誇れるでしょうか?」
「それはもう絶対に。君はその選択を正しかったって言えるッスよ」
「そう……ですかね」
「そうっスよ。じゃないと困るッス」
沈黙が訪れる。
気まずい、と言うより一呼吸に近い。だから、常々思っていた疑問を提示できる。
「えっと、お名前、聞いてもいいですか?」
「あー、そういや名乗って無かったッスね」
「はい」
彼はにっこりと笑って答える。
「戸田、戸田祐樹ッス。以後お見知りおきをッス」
「戸田さん」
「祐樹で良いッスよ」
どことなく感じる陽の気。さてはこの人、僕が苦手とするタイプの人だな。
「戸田……祐樹さんはどうして烏に?」
「あー、実は大学で異能の研究してて、俺っちの知識が少しでも世間の人達、ひいてはこの国の為に成ればいいなぁ、って思ってたところに先輩からここを紹介してもらって」
「異能の研究?精神と異能の関係性とかですか?」
「良く知ってるッスね!そうッス、異能ってのは心との結びつきが強くって……」
どことなく遠い目をしている。何を思っているのか、僕に走る由もない。
「そうっスね、最初の異能者、瞬間移動の彼は知ってるっスか?」
「歴史の授業で習いました」
「なら話が早いっス。彼が受けていた虐待は肉体的にもそうでしたが精神的なものが最も酷く、重度の閉所恐怖症を患っていたッス。故に保護兼実験施設でも閉じた空間ではすぐに逃げ出す程、それはつまり閉じ込められる事に恐怖を抱き、その恐怖から逃げる為に……」
「外へ逃げる為の瞬間移動を覚醒させた……?」
「正解ッス!例外は先天性の異能者のみッスね。まぁ、先天性もトラウマで能力が使えなくなったりもあり得るッスけど」
例外……そう聞いて昨日の全身ナイフ男を思い出す。
「昨日のあの人は?」
「彼は例外の一人ッスね。生まれつき刃物が飛び出していたらしいッス……母親がどうなったとか聞くまでも無いっスよね」
「……」
言うまでも無い結末だが、あえて想像するならばお腹を突き破って生まれたか、出産中に体を切り刻みながら生まれたか、だと思う。
「翔君はどう思ってるんスか?」
「……何をですか?」
「異能と異能者の事っス。俺っち、まだ三年しか前線に立ってないっスけど怖い時もあれば同情するときもあるッス。でも先輩たちや隊長なんてあんまり気にする素振りとか無くって」
「それは……多分取り繕ってるだけですね」
「何をッスか?」
父さんを思い出しながら祐樹さんの疑問に答える。
「怖くても、同情しても、毅然とした態度で居なければならない。彼らは異能者を救うものではなく平穏を守る者だから」
「ほーへー、なんかコメンテーターみたいな言い方ッスね」
「コメンテーターの言葉ですから」
でも僕もそう思う。平穏を守るから異能者に肩入れできない、しない。それが父さんたちの在り方だ。
「じゃあ、君もそう思うッスか?」
「え?」
「雨宮翔という人間も、異能者には冷たい態度で居るッスか?」
「それは……」
どうだろうか……。僕は……。
「あまり、異能者の人と接したことが無いので冷たい態度を取っているのかわかりません」
「じゃあ、助けを求められたら?異能を持っているというだけで石を投げられる人が居たら、君は助けるッスか?」
「もちろん助けます」
即答だった。自分でもびっくりするぐらい。
「それはどうして?君からの視点だと被害者に見えるっス、けど石を投げている人たちにとっては正義かもしれないっスよ」
「正義だったとして限度があります。手の付けられない悪党だったのならともかく、石を投げてられて他人に縋る悪が司法でさばけない程の悪だとは思いません」
「なら、司法でさばけないほどの悪だったら?例えば、世界をいつでも滅ぼせる悪なら?」
「どんな方法かは知らないですけど、それ、戦争になるのでは」
「……確かにッス!」
司法で裁けない存在は現時点でもいる。例えば日本で罪を犯した米兵とか日本で裁判にかけられることは無い。だけどもし、日本で裁こうとすれば法律を変えないといけないし事と場合によっては戦争に発展しかねない。
司法で裁けない悪とは戦争を呼び込む存在。もし対処しなければならないのだとしてもそれは個人で解決できる問題じゃない。
そういったものを人々は巨悪と、呼ぶんだと思う。
「前提条件が崩れましたね。どうします?」
「ぐぬぬ、君が大人を言い負かすほど口が回るとは思いもしなかったッス」
ケタケタと笑い合って、僕達の問答は終わった。
俺っち問答は終わって、少しの間談笑をして、時計の針を見た。
「そろそろ皆を起こしに行くッス」
「分かりました」
「三時間暇だったッスか?彼女の寝ている部屋の前で番なんて」
雪村雫が寝ている部屋の前で彼は座っていた。広間の椅子を引っ張ってきて。
考えがあってか、それともただの心配症か、もしくは……。
「そんな事無いですよ。お気遣いありがとうございます」
「トイレ行くんだったら一言言ってくださいッス。俺っちが変わるッス」
「大丈夫です」
ピクリと、口の動きが止まる。ジッと俺っちを見て、少しして元気に笑った。
怖い、同時に同情するッス。だってこの子は父親の在り方をこの年齢で体現しているんスから。
この場において、誰一人信用していないって事っスから。
こんな、小さな子供が、世間から求められる英雄の在り方を既にしている。これ以上の罪があるッスか?あるッスね。
隊長の罪、これは許されるものじゃないッスよ。




