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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第三部 揺蕩う心

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蝿の王

 ノエル。自分の個体名はそう呼ばれた。

 ノエルには母親がおり、父親がいた。

 そして、妹がいた。

 フラン。そう呼ばれる妹がいた。

 手を伸ばすと小指を軽く握って笑いかけてくれた。それまで自分がノエルである、という自覚はなかった。それが何で、誰で、どういった役割を持つ個体名なのか分からなかった。ただその日その時からノエルの役割は決まった。

 妹を守る。それが先に生まれたノエルの使命だと。兄という役目を持ってあの日生まれたのだと。

「フラン……」

「あぅあう……あー」

 可愛い可愛い、ノエルのフラン。妹のためならば命だって惜しくはない。

「フランチェスカ」

 生きる意味が生まれた瞬間だった。




 真罪の異能者は人外であり、人の精神を持っていない。怪物の衝動を持って生まれる。

 侵食、あるいは乗っ取り、成り代わり。寄生本能、侵食衝動。それがノエルという怪物に宿った人外性。

 生み出したナノマシンは人の体内に寄生、脳へ到達することで精神も記憶も好きに弄り、その気になれば精神のみノエルに変えることも出来る。

 まるで寄生バエや寄生バチのように、人の精神を内側から食い潰し羽化する。

 ……両親に何度この異能を使おうとしたか。

 生まれつき心臓に穴があり、血液を上手く巡らせられないフランの事で喧嘩していた。

 死んで欲しくないという願いは同じなのに、その過程が決定的に合わなかった。でも、出来るのは待つことだけ。ドナーが見つかるまで。

「……フラン」

 病室の入り口から顔を覗かせて名前を呼ぶ。目を輝かせて喜ぶフランがベッドから飛び降りて駆け寄ろうとするのを三人で制止する。心臓に穴があるフランは動き回ったりしたら倒れるかもしれないから。

 だからもっぱら、こじんまりとした遊びをした。

 その中でもチェスを好んで遊び、手加減しなかったら拗ね、手加減したら怒った。怒るのは心臓に悪いから、手加減せずにいつも勝っていた。

「むー」

 その時だったと思う。フランは確かにこう言った。

「お兄ちゃん、心の音が聞こえないから手の内が分かんない」

 それは、即ち……

「お……と?」

「うん」

 ……フランが異能者になったということだった。

 世界中を探しても他者が抱く感情や想いを五感として受け取る能力は存在する。

 読心(テレパス)残留思念(サイコメトリー)感情見識(ロジックメンタル)、その全てにフランの異能は該当しなかった。

 人の精神を音として捉え、時に声、そして言葉として受け取り、共鳴する。誰かが恐怖を抱けばフランも恐怖し、誰かが喜べばフランも喜ぶ。

 喜怒哀楽の全てが他人と同じになる鏡のような異能。

 だから、異常はすぐに起きた。

 フランは重症ゆえに周囲にも同じように重い病気を患った子供達が居る。その子達の不安や恐怖を拾い、共鳴して同じように怯えた。拾った心の音が多ければ多いほどフランの感情は塗り潰された。

 ある日から正体不明の不安に駆られ過呼吸を起こして心臓に負担をかける日々が続いた。

 病院の先生は病への不安から来るものと言ったけど、ノエルはナノマシンを使ってフランの異能を知っていた。

 フランの異能を停止させる事も考えた。けど、フランの脳にナノマシンを忍ばせる事に恐怖を抱いていた。

 衝動が囁く。乗っ取ってしまえと。

 理性が働く。そんなことしたくないと。

 この世でただ一人の妹の心を食い潰したくなかった。

 美しいと感じたその真っ白な無垢を……。

 でも自分の異能を使えば妹を救える。

 ……

 …………

 ………………

 ひとつだけ……方法がある。




 フランのお見舞いに行った帰り道、揺れる車内の後ろに座って瞳を閉じて考える。

 真罪の精神が人外である理由の一つに自己連続性に頓着しないというものがある。

「ノエル~……寝てるのかしら」

 例え記憶や人格を移し変えただけの存在であったとしても自分と認識できる。テセウスの船、この肉体が仮に全く別のものに置き換わったとしてもノエルは変わらない。

「お兄ちゃんは大変だからな」

 だから、この覚悟が揺らぐことはない。永遠に、例えこの肉体が死に、朽ち果てようとも。

「……」

 ノエルは、ただ一人の(ヒーロー)になる。

「パパ……ママ……」

 歪む顔が、父親と母親と分かっていても個別の存在だと認識できない。

 その愛情は本物だった。その叱責は正しかった。その生き方は普遍的なものだった。

 強く、弱く、脆く、壊れかけている二人の精神が子供の死によって歪まないとは言いきれなかった。

 きっと最低の選択だ。それでも妹が責められる可能性を少しでも無くしたかった。

「ごめん」

 瞬間、車が大きく揺れた。ナノマシンが車の機関部を食い荒らし、コントロールを奪い、速度をあげてカーブで壁に激突、宙を舞った車は天と地がひっくり返って運転席と助席が潰れて止まった。

 即死を免れたノエルはそのまま病院へ送られ、予め自分の脳に忍ばせたナノマシンで脳死を装い、妹へ心臓を移植させた。

 自分の人格と記憶を受け継いだナノマシンをくっつけて。

 妹の心臓となり、内側から異能を抑えながら普通の人生を歩めるように。

 誰も知らない。誰にも悟られない。ノエルはフランだけのヒーローとして彼女が死ぬまで連れ添うと。

 ………………そう、思っていた。

 人格と記憶をナノマシンに移し変えた事で真罪の精神、衝動を完全に切り離し真人間とはいかないけど、前と比べるとかなりマシな感性を獲得した。

 結果、今の自分に未来はなく、これからのフランには未来がある事を直視してしまった。

「こんにちは」

 そんな時にお前が現れた。

 黒い髪に金と青のメッシュ、国外の人間の顔立ち、不器用な英語。

 内側で見ていたから分かる。妹の関心が強く、その男の在り方に引かれたことを。

 ずっと繋いでいた手が離れたような気がした。迷子にならならないように、繋いでいたはずの手が……。

 日に日にフランはその男に寄っていく。気付けば心を開くほどに。

 ずっとずっと、その位置にノエルが居た。これまでもいるって、そう思っていた居場所が……。

「カケル!」

 その男に奪われる。そんな気がしてしまった。

 違う、正しい。ノエルの居た場所にお前は収まる。だって、今、ノエルが居た場所は、空席なんだから。


 …………………………こんな思いをするぐらいなら。


 憎悪にも似た嫉妬心が無いはずの胸の中を焼く。

 ただ一言、何かを叫んだ気がする……

 ただ、ノエルは……




 瞬間、翔の手が一際強く握ってくる。その手のひらの中はとても暖かかった。

 抱きたくもない安心感が心を包む。胸の炎が引いていく。

 目線を合わせて、知ったように同情している。

 その目をやめろ。やめて……やめてください。

「ノエル……君は」

「嫌だ!聞きたくない!お前に……ノエルは……救いがほしかった訳じゃない!」

 手を振り払って距離を取ろうとする。

 視界から消えろ。そう叫びかけて優しいその目が声を詰まらせた。

「フランを……フランさえ救えればそれで良い。それで良かったんだ!」

 それが……それだけが……。

「ノエルの……人間性だったんだから」




 妹の為の兄。それが、目の前にいる少女を救うために自らを犠牲にした少年の全てだった。

 真罪の異能に付随する衝動は人外の物。決して人間には理解できない感情だ。

 これに抗うには人としての感情、人間性が必要になる。

 それを、僕は誰よりも理解している。

 星に手を伸ばすように、人を救うその在り方に憧れた。

 傲慢、欺瞞、それでも僕はこの子の吐露を無視したくない。

 それは、僕の憧れを否定することになるから。

 ノエルの手を強く握る。

「そうだね、君はフランちゃんを救いたかったよね」

「……」

 ノエルは押し黙ったままジッと僕を見ている。

「でもね、フランちゃんは生きて両親と、そしてノエルと、会いたかったんだよ」

「……」

 ノエルの視線が落ちる。

「君は分かっていたんだね」

「………………今は……」

「君の救いたかったという願いは独り善がりで、残酷なものだ」

「……」

「だからこそ、その責任は取らなくちゃいけない」

「……責任って?」

「フランちゃんを一人にしないことだ」

 ノエルの視線が上がってまた僕を見る。

「嫌って……いわれる」

「だとしても」

「捨てられるかもしれない」

「だとしても」

「要らなくなる」

「だとしても、ノエルはフランちゃんがちゃんと一人で生きていけるようになるまで、いや、それからもずっと見守ってあげなきゃいけないんだ」

「……」

「それが、君の全てを擲って、フランちゃんの大好きなものを奪ってでも救った事に対する責任だ」

 僕は酷いことを言っている。幼い子供に身の丈に合わない責を負わせようとしている。

「…………………………出来るかな?」

「出来るとも。ヒーロー(お兄ちゃん)だろう?」

 また視線を落とし、地面を泳ぐように見て、力強い瞳を以て顔を上げた。

 あぁ、もう大丈夫だ。

 きっとずっと一緒に居た。フランちゃんを通して僕を見ていた君に、ちゃんと言葉が届いて良かった。

「わかった。頑張る」

 僕はノエルの手を離した。

「じゃあ、最初のお願いだ。彼の、病巣を助けてあげて。君が殺せばそれは、ふらんちゃんの罪になる」

 一瞬ムスッとした顔をして、でもノエルは僕のお願いに耳を傾けてくれた。

「遠隔発症は切るからな」

「うん」

 人を止めたことで人間性を得た真罪の異能者は、一人の病巣を治療するために自らの異能を行使した。

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