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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第三部 揺蕩う心

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寄生機械

「ノエル……今すぐ彼を解放しなさい」

「断る。そいつが人を殺さないように無力化させたんだからな」

 自らの爪を見ながら、こちらの話をまともに聞くきがない、しかし、しっかりとした受け答えはする。少女の姿を借りた少年は、そういった人間だった。

 少なくとも、今は。

「また爪齧ったあとがあるな。後で言っとかねぇと」

「ならせめて君の異能で……」

「断る。そいつは死んだ方が世のため人のためだ。殺した方がいい」

 殺した方、か。ちゃんと自分の行動が殺人であると理解した上で実行している。

 だからこそ、その躊躇の無さに危うさを感じた。

 人は人を殺す時、心に強い負荷(ストレス)がかかる。だからこそ人は殺人を罪とした。それは本能に刻まれたやってはならないことだと。

 その一線を容易く踏み越えてはならないんだよ。

 例え人外であろうとも。

「例え死んだ方がいいのだとしてもそれを判断するのはここにいる自分や君ではなく国が、司法が、決めるべき事だ」

「断る。べー」

 舌を出して左目の涙袋を下げて挑発している。拙いが、その性根は反抗心がある。

「なら、無理矢理止めてもらう」

「……はぁ」

 肘を曲げて上げた右手の中に警棒を構築しようとして、異能が機能しなかった。

「……まさか」

「物質を分解、変質、再構築させる現実改変は以前解析して無力化させたし、あの時埋め込んだナノマシンと同じ効果のものを投与した」

「……なるほど」

 つまり今の自分はただの人間だ。

「異能は、いわゆる先天的な疾患だと言われている。それはあくまで異能を持たない人間が基準だとした場合だけど」

「疾患だから、治せると?」

「不治の病は多い。切り取ることでしか治せない病気もある。その中でも、遺伝子疾病は基本的には治らない」

 異能は親から子へ、覚醒あるいは発現しか遺伝しない。ある種の遺伝的継承。それを病と言った。

「異能が発動することで活性化する器官の機能を低下させ、不活性化させることで異能を抑制する。それが、今ヒーローに行っている対処療法」

「治しているのではなく、悪化させない、進行させないというべきか」

 いや、だとしても、その状態を天寿を全うするまで維持できるのであればそれは治っているのと同じだ。

 異能のワクチン。そう言える異能。

 ノエル一人でこの世全ての病を治療できる。

「だったら尚更、人殺しのために使うべきじゃない」

「で、モルモットにでもする?今度こそ王様の怒りに触れるぞ」

「させない」

「国相手に出来るのかよ。人の性根は糞だぞ」

 よく知る少女の顔が歪んでいく。あからさまに、別人だと言うように。

「生物兵器に感染しても自ら治療し、保菌し、抗体を作る。そして抗体を抽出し他者に投与することで治療できる。そんな逸材を、争いを前提に成長し文明を築く人類が欲しがらないとでも?」

「君は……」

「ノエルは用が済めば引っ込む。妹が、フランのお願いだからな。世界を救う、ただ一人の主犯を殺して」

「……はは……なるほど」

 青ざめた顔で仰向けに倒れている病巣が呟いた。

「君も真罪か」

「だったらなんだよ」

「いやなに……可哀想と思っただけだ」

 刹那、ノエルに集っていた黒いもやが確かな形をなした。

 それは巨大な鎌だった。

「今すぐ死にたいか」

「可哀想と思って何が悪い」

 無理やり上体を起こし、病巣は今にも白目を剥きそうな表情で睨み付けていた。

「ノエルは……可哀想なんかじゃない」

「……真罪は、人の精神構造をしていない。自身を失っても立ち上がる不死身の英雄も居れば、百万の異能者を率いる王様もいるし、殺戮を遊びだと感じる超人もいる。でも、真罪の全員が何かに縛られている。本当に衝動の全てに身を任せているのであれば、今この瞬間にでも自我は崩壊し世界を火の海にでもするだろう」

「……」

「他は知らないが、王様は、花の冠が似合う威厳の無い私達の王様は、異能者の為の王という役割を持って怒りという衝動を抑えている。ノエル、お前も、何かの役割を背負って、人の真似事を……」

 笑うことはなかった。ただ冷ややかに巨大な鎌は振り下ろされる。

 刹那、一筋の光が鎌の切っ先から病巣を連れ去った。

「遅れてすみません!」

 翔が間一髪で間に合ったのだ。

「で、どういう状況ですか!」

 いや、まぁ、混乱するよね。

「……お前は……」

 小さく呟かれた声に全員が視線を向ける。

「フ……ラン、ちゃん?」

「……お久しぶりだな。病院で自己紹介した時以来か、雨宮翔……だったよな?」

「……ノエルか」

「覚えてもらってて嬉しいよ。いやそんなこと無いや。今すぐ忘れてくれ」

 一層怒気のこもった声と睨み付けるような目線、何より爪先で地面を何度も蹴ったり髪の毛を掻きむしり、苛立ちを見せる。

 あからさまな態度だった。

「生きてたんだな。あんなのと戦って」

「……うん。何とか」

「何とか……ねぇ」

 そう言いたくなる気持ちは分かる。彼の体には一切の傷がない。

「死ねば良かったのに」

「おいッ!」

 さすがにその言葉は聞き捨てならない。例えどれ程恨んでいようともその子の体でそんな言葉を吐き捨てることは許せない。

「良いよ、ルーク」

「良くない。絶対に」

 自分が前に出ようとした瞬間、肩を掴まれて制止された。

「かけ……」

 振り返り文句を言おうとしたその時、彼の表情を見て、その目に慈悲にも似た憐憫を宿しているのを見た。

「僕は……きっと君の大事なものに触れたんだね」

「……その目、やめろ」

「……」

 翔は一歩前に出ると同時に黒いもやが鎌のような確かな形を成した。

「かけッ……」

 名前を呼び終えるよりも速く振り下ろされた鎌は寸前のところで止まる。

「……何で……邪魔するんだ……フラン……」

 さらに無数の刃物が形成され、その全てを翔相手に投射されるも元の黒いもやへと変わる。

 一歩一歩、翔は静かに、でも確かに近付いていく。

「クソッ……クソッ……」

 手に持った刃物を翔目掛けて振り下ろすも霧散し、ひ弱な拳が布団を殴るような軽い音と同時に翔に当たった。

 翔はその拳を握り膝を付いて目線を合わせて話しかける。

「……僕の事、嫌い?」

「大嫌いだ」

「そっか」

「……なのに、何でお前は」

「うん」

「……ノエルは……ノエルはフランだけの……」

「ヒーローだった?」

 歯を食い縛り、翔を睨み付けるその瞳からは涙が溢れていた。

「お前が……居なければ」

「それは違うよ」

 優しい声音だった。子供を諭す穏やかな口調だった。

 そこに、雨宮翔という英雄の本質があった。

 例え自らに害を成そうとした存在であろうとも救うと決めたのならば……

「聞かせて。ノエルの気持ちを。どうしたいのか」

 ……全霊を以て。

「……」

 ベクトルは違う。それでも確かに英雄がいる。

「全部受け止めるよ」

 もう既に肉体を保有しない少年の精神を、その蟠りをとくために。

「……ノエル……ノエルはただ……………………忘れてほしくないだけ……なのに」

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