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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第三部 揺蕩う心

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134/145

心の種火

 胸が痛かった。

 焼けるような、刺されるような、抉られるような、殴られるような、でもどれとも違う痛みだった。

 でも熱かった。傷はないのに酷く。

 その理由がこの紅い光だと知るのは、一人ぼっちで誰とも話さず、結果怖い人達に商品として売り飛ばされて、その果てに買ってくれた男の人に言われるまで分からなかった。

「お前の力が必要だ。その為に買った」

 男の人は冷たくそう言い放って、でも道具として使ってはくれなかった。

 美味しいご飯をくれた。温かいお風呂に入れてくれた。お洋服を着させてくれた。一緒に寝てくれた。

 自分の子供のように、悪くてもペットのように、大事にしてくれた。

 そこに、確かな情があった。

「痛くないか?」

「いたく ない」

 胸の痛みはいつの間にか消えていた。

 マスターの蓄えた人知を超えた叡知により栄えた異能者の都市、そこで製造された鉄の巨人、オリュンポス。

 これを万全に動かすには核融合パルスエンジン【オリオン】を搭載する必要がある。しかしそれよりも優れた動力がこの胸にはあった。

 瞬間推力、紅い炉心。オリオンよりも小さく生成できるエネルギー量は多い。その代わり冷却と耐久力に問題がある。

 それを克服するために自身の体を改造してアストライアを埋め込んだ。後頭部の少し下と腰、尾てい骨に神経接続用のプラグを付けてより直感的な操作を可能にして。

 全て、全て捧げる。全部を我がマスターに。貴方のために生きて貴方のために死ぬ。

 唯一の願い。無二でありたい。それが壊れかけの星を宿したたった一つの光だった。




 横たわって夜空を見ていた、一年前の記憶。

 壊れた衛生が大気圏に突入し赤く燃えて流星のように落ちてきている。

 周りにはAIが操っていたロボットが機能停止していた。

「お わった?」

『あぁ。終わりだ』

 終わった。地球の外側を回っていた鉄四肢の人工知能が母体を破壊され後は落ちるだけ。

「……キレイ だなぁ」

 狙撃したのは自分。幻影と帝王による陽動と電脳姫によるハッキングで機能低下。人工知能はスキャンが遅れて狙撃に気付くのが遅れた。

 コンマ一秒の賭けに勝ったんだ。

「マス ター」

『ん?』

「ムニ すごい?」

『あぁ。とても凄いぞ』

「フフフ」

 今ならオリジナルにも勝てるかな。きっと勝てる。そう思える。だってムニはマスターの……。

 勝利の余韻に浸っているとオープンチャンネルの通信が開いた。

『キング!まだ終わってない!』

 その声で現実に引き戻される。

『あの衛星、街に落ちるぞ!』

「え」

 急いで軌道計算を行うと海ではなく大陸に落ちようとしていた。

「なんで」

 いや、もしかして、最後の最後で軌道を無理矢理変えて都市に。

『こちらも間に合わない……いや、間に合っても止める術が』

『でかい王冠はどうした!』

『さっきの一撃を受け止めるために砕け散ったが!』

『あぁもうッ!』

 ここも余波の影響があるかもしれない。急いで逃げるべきだ。だけど、放置してもいいのか分からなかった。

「マスター」

『逃げろムニ。死ぬぞ』

 人工知能を積んだ人工衛星を撃ち落とす依頼はマスターが直々に幻影と帝王に出した。幻影はあくまで人助けとして報酬は断り、帝王は自身の街に落ちる可能性を払拭するために受けた。

 責任はマスターにある。

「……はし る」

『ダメだ』

「いやだ。マスター わるもの に したくないから」

『……』

「しじ を マイ マスター」

『……指示はない。思うようにやりなさい』

 心の残火が火種に変わる。主人の為にという想いを(たきぎ)に紅い光が再び灯る。

 立ち上がった鋼鉄の巨人に蝶のような羽が生える。

『アストライア損傷━━稼働限界時間429秒』

 空高くから降り注ぐ人工衛星の破片が流星群のようだった。その中で一際大きく輝き、燃え盛るものがあった。あれだ、あれが……

「じんこう ちのう」

 人を超えた知性と人間以下の感性、調整途中だった鉄四肢の人工知能。おぞましき悪足掻き、その機械は己の最後に多くの命を巻き込んで息絶える事を選んだ。

「……」

 何があっても、マスターを悪者にはしない。あの人はムニにとって唯一の救いなのだから。

「ひとりぼっち で しんでろ がらくた」

 鉄の足に力を込める。胸に沢山の想いを込める。

 紅い光が背面から沢山吹き出すと同時に地面を蹴って空を飛んだ。

 音を超えて、空気を突き破って、人工衛星の進行方向に飛び出す。

 自動反撃遊器【ヘラ】と戦術補助知能【アテナ】と自動防御障壁【アフロディーテ】で城塞の如き障壁を築き上げる。

 遠戦支援兵器【アルテミス】と遠距離補助器【アポロン】と空間電波探知【デメテル】で対象を捕捉、迎撃の準備に取り掛かる。

 構築修復器機【ヘファイストス】で必要な部品を作り上げる。

 妨害防止機能【ヘルメス】で最後の抵抗を防ぎ、高速制御機能【ポセイドン】で姿勢を整える。

 炉心接続機器【ヘスティア】で炉心から得られるエネルギーを充填し、近接支援兵器【アレス】で武器にエネルギーを送る。

 しかし、間に合わなかった。

 障壁に人工衛星が衝突し、次の瞬間、衝撃波が世界に轟く。

 それでもと、手を伸ばす。

「じゅうてん かんりょう」

 胸部装甲を開き緊急改造して近接武器を腕ごと大砲に変える。

「おちて……」

 それは、星の零落。衛星を落とし、流星を壊したムニの代名詞。即ち……




 ……あの時と同じように、今度は流れ星の彼にその砲身を向ける。

 視線の先にあれがいる。青い星が瞬いている。

「うち おとす」

 三度の瞬きの後、雲を突き破って空気を裂いて、音を置き去りにして一直線に突っ込んでくる。

 真正面から受け止めればオリュンポスは砕け散る。それどころかここら一体にクレーターが出来上がる。

 あれはそういった攻撃。究極の体当たり、隕石だ。

 だからこそ、受け止めるのではなく迎え撃つ。

 充填完了、装填完了、安全装置解除。

 対決戦用決着兵器……


「ぜうす・けらうろす」


 ……即ち荷電粒子砲。

 射出した瞬間、轟音と共に足元の砂が融解し空気が一瞬で爆縮、青白い光を纏った紅い光線が陽炎のように風景を歪めながら流星と同じ速度で飛んでいく。

 瞬きの後、反応できない一瞬でケラウロスは到達した。

 慢心していた訳じゃない。確信していた訳じゃない。それでも確かに、勝ったと、心のそこからそう思った。

 死ね、青い流星。お前を超えてムニは、唯一絶対になってやる。

 そう、思った次の瞬間だった。

 一瞬の減速とバレルロール、間一髪でケラウロスを回避した。

「なん……」

 違う。こいつ、発射の瞬間を見破ったんだ。

 勘じゃない。経験として、技術として、飛び道具を回避する能力を持っているんだ。

「……まだ だ!」

 機体に鞭をうち無理矢理砲身の向きを動かす。同時に薙ぐようにケラウロスが動く。なのに当たらない。

 ムニから見て左に回避するせいで機体の可動域の外に出ようとしているし、アイツの体の向きと進行方向が違う。空中でドリフトをしながらこっちに近付いてきている。

 いやだ、負けたくない。勝ちたい!

 高鳴る鼓動が炉心と共鳴する。紅い光が、羽が、粒子が、溢れて止めどなく流れ続ける。

 ……だからこそ、どうしてマスターがムニを買ったのか。その理由を忘れてしまっていた。

「……ッ!」

 刹那、砲身が溶けて爆発した。

 許容量を超えるエネルギーの充填、装填、放出。例えマスターの設計であろうとも限界を超えた炉心のエネルギー生成には耐えられない。

 異能と心は直結している。高ぶれば高ぶる程、異能の出力は上がる。

 超えてはいけない一線を超えて。

 瞬きをする暇なんてない。目の前に青い光が迫ってきて、同時に諦めるように抗うことを止めた。

 ……あぁ、つまらない幕引き。

 自爆で負けるなんて。

「ごめん なさい マスター」

 貴方の兵器は、世界で一番にはなれませんでした。




 通信機が壊された。だから砂の原を走り続ける。

 すぐ駆けつけられるように近くで待機していたからだ。

 どうしてと言われれば分からないとしか言いようがないが、どうして、どうして、どうして……

 そんなの決まっている。ムニはこの世でたった一人、このどうしようもない大馬鹿者に付いてきてくれたのだから。

 たかが尻拭いに命まで賭けてくれた少女に、私は何をしてやれるのか。

「……着いた」

 目の前にオリュンポスが鉄屑となって横たわっている。

「ムニ……」

 近くに寄り胸部装甲を剥がす。

 コックピットの中に少女が居た。誰かの服を上から被せられた状態で。

「ムニ……無事か?意識は……」

「ま すたー?」

「あぁ、あぁ私だ」

 生きていた。見たところ大きな傷はない。腹部を思いっきり殴られたアザはあるが。

「痛いところはあるか?」

「やけど した」

「そうか。なら、治療しなければな」

 機体とのリンクを断ち、少女を服ごと抱え、同時空を見上げて遠くの街がある方向を見た。

 青い星が、飛んでいた。

「その甘さも父親譲りか」

 彼はトドメを刺さなかった。矜持か甘えかは分からない。

 それでも今は……

「助かった。ありがとう」

 ……心の底からそう思えた。

「任務は失敗、最悪刺客に狙われるだろうな」

「ごめん なさい」

「謝ることはない。お前が生きててくれて良かった」

 この敗北は必ずムニの糧になる。そう思える力強い目をしていた。

「帰ろう」

「……はい」

 少女を抱えて街の方へ歩き始める。さて、この距離を無事踏破できるだろうか。

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