美しき破壊の光
カルフォルニア州、砂漠地帯。
遮蔽物はなく、また、邪魔はいない。あるのは砂と砂山。
真っ赤な光が、蝶の羽のように開く。
「【アポロン】」
無数のミサイルが巨人から放たれる。そろそろ底突いてほしいぐらい撃ってるのに未だ尽きる気配がない。
「何個武装あるんだよ!」
常に背筋に嫌な悪寒が走っている。まるで、僕の動きを徹底的に研究してきたかのような、そんな。
「戦術補助機能【アテナ】」
思い過ごしじゃなければ恐らくAIによって高速学習されてる。
初見にもある程度対応、二度目はなし。父さんとやりあってる気分だ。
ミサイルの隙間を縫い接近を試みる。爆風を背に加速しながら。
「ぶき やっぱり きどうりょく」
ワイヤーを絡めた変則軌道は糸の両端を結べる物がない砂漠だと使えない。
地面を蹴るか、しかし砂上では足の力が伝わりにくく、翼を大きく展開して先端から噴流を出しても今度は的が大きくなる。
直線か、弧を描くように近付くか。最速はこの二択。
近付けば接近武器と障壁とカウンターが、距離を取れば狙撃と弾幕が、守りも攻撃も備えた究極の強化外骨格。
「無法にも程がある」
そして、その強化外骨格を動かす動力、それこそが……
「【瞬間炉心】」
瞬間的に時速千キロを超える。鋼鉄の巨体が空気を裂いて砂を巻き上げ迫り来る。
「速い……」
単純な重さで言えば僕の方が遥かに軽い。だから、必要とするエネルギー量も少なくて済む。でも向こうの出力は数百倍は必要になる。
一瞬、ほんの一瞬だけだが、僕の最高出力を大きく超えていた。
人は勝る部分で勝負する。一瞬の超加速に目の前のパイロットは命を懸けている。
「……いや……」
覚悟も、信念も、矜持もある。踏み越えろ、その速さを。
止まるな、駆け抜けろ、追い付け、追い抜け!
胸の奥から熱が込み上げる。速さで負けたくないと本能が叫ぶ。
「やっぱり そうだ」
衝動が込み上げる。
その力をそんな使い方するなと。
皮肉にもこの瞬間の僕は衝動と同じ感情を宿していた。
「付け入る隙はある!」
彼女の加速を最速を以て凌駕する。
大きく弧を描く急上昇、機体を常に視界へ入れ空を舞う。
「しゅつりょく さいだい 【アフロディーテ】」
それは都市を守る女神の護りを模したもの。
ならば、その城塞を踏み潰す。
高高度降下攻撃、対地中貫通弾。衝突すれば二十キロに渡り地上を破壊し尽くす人類が扱える核に肩を並べる最強の兵器。
それが僕に繰り出せる最強の技だった。
宇宙兵器と呼ばれる人類史上最強最悪の兵器が存在する。
その存在が疑われているアメリカの神の杖。
完全に秘匿されている日本の天の鉾。
そして、鉄四肢の一人、立花が提言した星の杭。
運動エネルギーを利用した爆薬を使用しない爆弾、衝撃波によってあらゆるものを破壊し尽くすそれらの兵器はしかし、過去のものになりつつある。
炉心と呼ばれる超小型エネルギー生成を行える異能を用いることで、本来は都市を運用するための電気の代用ができた。
巨大な発電所が彼女の小さな体に格納されている。その分負荷も大きい。
それでも、と。彼女は鋼鉄と電子の鎧を身に纏った。
戦場にでない私を連れて幼い少女は戦い続ける。
あぁ、ならば、出来ることは全てやらなければ。
ギリシャの神話、オリュンポスの名を借りた強化外骨格、十二神の名を冠した機能。私の最高傑作。彼女の最高到達点。
挑め、闇夜に輝く星に。積み上げたもの全てを用いて。
「カウンター……行けるか?」
『 やる』
障壁に衝突した瞬間、激しい光が飛び散り、轟音が鳴り響き、爆風に似た衝撃が砂を吹き飛ばした。
だが、その僅かな距離が届かない。
「なん……でぇッ!」
「いっぱい みた」
機械じみた少女の声が聞こえる。
「いっぱい かんがえた」
「……」
「ゆうめい だから てのうち は もう ばれてる」
あぁ、そういう。僕の対策は完璧だと。
「なめるなぁッ!!」
出力をあげて障壁にヒビを入れる。
「なら。その上を行くまでだ!」
「だから ほんきだす」
障壁を破壊した瞬間、片刃の剣をしたエネルギーの塊が振られた。
「あれす」
袈裟斬りのように振られた刃を間一髪で回避するも片翼が切断された。直撃してたら死んでいたかもしれない。
空中での制御を失うも素通り様にワイヤーを引っかけ距離を取られることを阻止、彼女を中心に半円を描いて巻き取りながら詰める。
……
…………
………………
一瞬の思考と脳裏によぎる一つの方法。
可能性は低い。でも、時間はない。やるしかない。
炉心の機能を最大限引き出し、膨大な量の光を放つ。爆発するように、輝くように。できるだけ至近距離で。
それは虹の輝き、美しき文明破壊の光。
即ちEMP爆発。対精密機器攻撃。
電子機器を破壊する攻撃、上空で核を爆発させることで引き起こすパレス。
試したことはない。でも、出来るという確信がある。
いいや、やるんだ。そう衝動が後押しする。
わからない。ただただ、言い表しようの無い感情が心の奥底から溢れ出ようとする。
僕は……僕は、今目の前にある強化外骨格と呼ばれるものを酷く嫌悪していた。
あの、塔の街と同じぐらい。
炉心を機械の一部にする。そういった扱いを許せない。それが僕の根底にある悪感情。
なら無視だ無視。そんなバカみたいな感情に従う必要はない。
父への尊敬を、雫への想いを、そんなもので汚す必要はなく。
この心は変わらない。ただひたすらに熱を帯びて青白く輝くのみ。
僕は搭乗口の目の前に飛び出し炉心を最大出力で輝かせる。
僕の胸部で走るアーク放電を見て彼女は慌て出した。
「まさ か」
刹那、電磁パルスが弾けた。僕の胸部から放たれた青緑色の光があらゆる電子を弾き飛びして強力な電流を無線で流して機械を破壊していく。
鋼鉄の巨人がその場で膝を崩した。
「しんけい せつぞく おーと から まにゅある に」」
父さんが刃を振るうときの鉄則、必ず残心を行うこと。最後の一瞬まで油断しない。
再起動を行い即座に動くようになった鋼鉄の巨人は紅い翼を携えて噴流を起こす。
「ますたー ますたー」
エネルギーシールドが復活しない内にパイロットが格納されているであろう胸部の装甲を液体金属で作り上げたパイルハンマーで中の人を傷付けないようにこじ開ける。
「お まえ」
この中に居た少女を見て僕は一瞬戸惑った。確かに声から幼い子供だとは思っていたけど、そこに居た少女は想像よりも幼かった。
いや、幼いからこそ、こんな小さいコックピットに収まっているんだ。
「こんな……小さい子を戦わせるのか……」
確かに僕は憐れみの目を向けた。その真実があまりにもおぞましすぎて。
そして、その憐れみこそ彼女が最も忌み嫌うものだった。
ずっと聞いてきた。その言葉を。追いかけ続けてきた在り方を夢に見る僕にとっていつも向けられてきた感情を。
「いまさら」
怒りすら通り越した憎しみ。憎悪の声音と視線だった。
救いを求めても救われず、それでもと手を差し伸べた誰かはきっと、まっさらな手ではなかった。
なら、同じように彼女が染まるのは当たり前だ。
僕も、そうなのだから。
英雄になりたがる僕と、主の犬であり続けようとする彼女、そこに大きな違いはない。
故に……
「あぁ……」
……僕は彼女に負けることは許されない。
「いまさらだとも」
彼女が染まりたいと願うものを否定する。その在り方を踏みにじる。
それが、僕が彼女にしてあげられる唯一の救いなのだから。




