露と消えにし
飛行して約二十分。
海岸沿いにある一軒家の前に降り立った。
バルコニーから一望できるオーシャンビューと白を基調とした外装を見て別荘と言葉が出てきた。
「ここが……」
「フランの家」
彼女の帰る場所。或いはだった場所。
「ママとパパ……居るかな?」
「え?」
彼女はそう言って玄関に向かって進んで行った。
……どうして僕はこの時まで勘違いをしていたのだろうか。
確かに彼女の異能は人の心の声を聞く。しかし、異能の大前提を忘れていた。
異能は心と直結している。すなわち……
「ただいま~」
受け入れ難い事実から目を逸らし、耳を塞ぎ、それでも聞こえてくる声を無意識に聞こえないように弾く事だって、拒絶するのなら可能なのだ。
「待っ……」
だって、フランはずっと……あの小児病棟で両親のお見舞いを待っていたんだから。
彼女は真実を受け入れきれていない。
「フラン……」
扉の横にある端末に手を付けて手のひら全体の指紋を読み取り鍵を開けた。
「パパ~、ママ~」
扉が開かれて埃が舞い、彼女の呼び掛けに対して静寂だけが返ってくる。
「パパ~……ママ~?」
誰も、誰もいない。伽藍とした家に少女の両親を求める声だけが木霊した。
「……」
「……フランちゃん?」
「……先生の言ってたこと……本当だったんだ」
「……」
ゆっくりと家の中を歩き出す。僕は彼女の後ろを付いて歩いた。
灰を片付けた後が残る暖炉、食器洗浄器に乗った皿やコップ、戸締まりが完璧な窓、まるで今から出掛ける為に準備した後のようだった。
先に進むと一つの部屋に辿り着く。彼女が中に入り、僕は扉の外から中を見た。
聞くまでもない。彼女の部屋だった。
クマのぬいぐるみや、ネズミのぬいぐるみなどが置いてある。
まるで、いつでも使えるように整えられた部屋を見て僕は察する。
フランちゃんは愛されていたのだと。
当たり前の愛情を受けて育ったのだと。
……手に入らないよりも溢れ落ちる方が、積み上げないよりも崩れ去る方が、人は受け入れがたい。
自身の部屋の中で立ち尽くす彼女はゆっくりと振り替える。
その瞳に涙を溜めながら。
「……ねぇ」
「うん?」
僕は彼女の前に立ち目線を会わせて言葉を待つ。
「フランは……フランは……」
乞い願うように、揺らぐ彼女が崩れないように、僕に出来るのはただ受け止める。
混沌とした彼女の、心からの言葉を。
「これから……どうしたら良いの?」
大粒の涙を溢しながら彼女は縋るように、僕の胸の中で咽び泣いた。
僕はこの子の背中を撫でて落ち着かせる。
近くの墓地に足を運ぶとまだ真新しいお墓があった。
目元を腫らしたフランちゃんがそのお墓の前にしゃがみこむ。
「……」
そのお墓が彼女の家族のお墓だった。
言葉はない。声はない。ただ、そこに在る。家族だったもの、当たり前だったもの、幸福の形の成れの果て。人が行き着く最後の標、生きた証しそのものの前に。
僕と彼女は花を添えるしか出来なかった。
「この花で良かったの?」
添えた花はそこら辺で摘んできた小さな花だった。ただ、疎らじゃない。ある一つの種類の花だけを摘んで添えた。
「うん。いつも咲いた時に取ってきてたから」
きっと思い出の花なんだろう。
「……ねぇ」
「ん?」
「日本に行ったら、来れなくなるかな?」
「……」
……僕は知っている。人の行動力、原動力を侮ってはならないと。僕はお父さんに黙って生まれ育った故郷まで一人で帰った事があるんだから。
「それはフランちゃんの心持ち次第かな」
「本当に?」
「うん」
僕の顔を見て、盗み聞いているであろう心の音を聴いて、彼女は俯き悩み、唸って首を捻って、決心したように僕を見て告げた。
「じゃあ、また連れてきて」
「またはヤだな」
「えッ」
「だって、一回だけなんて言わないでしょ?」
「……何度でも良いの?」
「もちろん」
僕は笑ってそう言った。
いつまででも、どこまででも、彼女が前を向いて歩き出せるその瞬間まで付き合ってやる。それが、彼女の人生に干渉した僕の責任だ。
「……ありがとう」
満面の笑みで感謝を伝えるフラン、その首筋に一瞬、黒い筋が浮かんだように見えた。
「フランちゃん?」
手を伸ばして確認しようとしたその時には既に無くなっていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
見間違いだろう。そう思った瞬間、黒いモヤが彼女の中から噴出した。
「なッ!」
黒いモヤは現れてからジッと動かず流されず、その場で静止していた。
「おい聞いてねぇぞあんなの!」
同時に、遠くから声が聞こえてきた。
僕は第三者の怒声が聞こえてきた方を見ると、墓地の入り口に三人、いや四人の人影が見えた。
「待ち伏せ……」
静かに観察する。
今まで見てきた人達と違って軽装だった。いわゆる、どこにでも居る人の服装。
日常に溶け込む為の服装……。
即ち、仰々しい装備は必要なく、殺すために必要な得物は持ち運びしやすいもの……ハンドガン。
瞬間、腰から引き抜かれた小銃を目にして僕は咄嗟に走り出した。
後方のフランちゃんには液体金属、つまりは僕の翼を形成する素材で分厚い膜を作り盾にして守る。
それをすると僕は翼を形成できないけれど、地上戦は今さらだ。
腰に取り付けられたリールが火花を散らし糸を出す。僕は糸を手に取ると先端に残った液体金属で警棒を作る。
鞭のようにしならせ、振るう。直線距離二十メートル、安全装置を外すまでに十メートル近付き、銃口を向けられた瞬間、ワイヤーの先端に取り付けられた金属が一人の顎を直撃し、揺れた脳みそは意識を飛ばした。
「ァ……え?」
一瞬の出来事に困惑した残りの三人は動けない。残りの距離を詰めて刃の無い日本刀に変形させた金属で銃を叩き落とし顎を切り上げる。
「は……」
「このッ」
一人が僕に照準を合わせて引き金を引こうとする。しかし、意識が一番向いているのは僕が持つ武器だ。
刀を離し空中に置き去りにする。落ちるまでの一瞬、近付く僕に意識を向けるまで瞬く間もない。
それだけあれば十分。
炉心を起動させ、瞬間的に溜まる噴流を左腕を通じて相手の鳩尾に叩き込む。
「アガッ……」
最後の一人は手が振るえ照準が定まっていなかった。こういった仕事は初めてなのかもしれない。
だとしても許して良いものではない。
引き金を引くよりも速く銃を奪いその場で解体する。
「他に仲間は?」
ワイヤーを巻き取り地面に刺さった刀を手繰り寄せ突き付けた。
「き、聞いてない。こんなに強いなんて……」
「誰に?誰から聞いた?レイ?」
「王じゃない……」
「誰?」
「……」
明らかに怯えた様子のその男は首を横に振り答えようとはしなかった。
「し、死にたく……ない」
そう言って逃げ出してしまった。
別に追いかける気はないが、情報を聞き出せなかったのは残念だな。
僕か、あるいはフランちゃんか、もしくは二人とも狙った犯行なのか、それだけでもわかれば良かったけど……。
「なんか、嫌な予感がするな」
真綿で首を絞められるような、気付いた時にはもう取り返しが付かないことになってそうな、そして、それを水面下で着実に進めるなにかが居るような、そんな、鮫の影に怯えるような何か……。
「終わった?」
僕が作った盾からフランちゃんがひょっこりと顔を出した。
「うん、終ったよ」
僕は彼女のもとに駆け寄り目線を合わせて言った。
「怪我はない?痛い場所は?」
「無いよ」
「本当に?我慢はダメだからね?」
「うん痛い場所も無いよ」
「そっか。なら良かった」
僕は笑って受け答える。そして、彼女の首筋に黒い筋が、つまりは黒いモヤが体内で出る準備を済ませていることを確認した。
「……ねぇ、フランちゃん」
「ん?」
「あの人達の声?とか気付かなかった?」
「気付かなかったよ。何も聞こえなかったんだもん」
……何も聞こえなかった?
それはつまり、何かしらのジャミングのような妨害などの心を読み解かれる事への対抗手段があった?
刹那、気絶していた男達が呻き声をあげて苦しみ始める。
「え?」
僕は男達に駆け寄り声をかけた。
「大丈夫か、おい!」
目と鼻と耳から血を流し真っ赤な泡を吹いていた。全身に蕁麻疹に似た吹き出物が発生し始め物凄い勢いで肌が赤くなり始めていた。
「こうなったら……」
僕が担いで近くの病院まで連れていこうと触れようとした瞬間、黒いモヤが僕を包み、まるで何かに引っ張られるかのように引きずられ盾の所まで連れてこられた。
「なん……」
その時、苦しんでいた男は吹き出るように血を流し、当たり一面に撒き散らしさっきまで僕が居た場所が血の海になっていた。
「な……にが……」
「【病巣】だ……」
「え?」
小さな声でシックスと言ったフランちゃんを見て問い掛ける。
「シックス?」
「うん。先生が言ってた。ずっと昔に、病を作って処方する異能があったって」
病を作って、処方する。
「まさか……じゃあ、あの人達は……」
さしずめ爆弾。僕達に病を感染させるための運び屋。
……沸々と、僕の中で怒り込み上げてくる。
「……人の命を……なんだと思ってるんだ」
「そろそろ執筆しなきゃな……」
???「これよりタマミツネを実装する!」
「……」
???「■・■■のおかわりもあるぞ!」
「……ウメ……ウメ」
モンハン封印します。




