心の向かう先
春も本格化し暖かな日射しが心地よい季節の朝、僕達は朝食を済ませ食器の後片付けを行う。
「……何か、静かですね」
妙に街の方が大人しかった。
『続いてのニュースです。未知の病原体による……』
「……」
僕は勘が鋭いわけではないけれど、何かこう、言葉にしづらい嫌なものを感じていた。
悪寒、いわゆる不快感。
人を救う側は常に後手に回る。事前に誰かを助ける事はかなり難しい。
準備だけはしておこう。
……と、僕が背伸びをしていつでも動けるようにストレッチを始めようとしたその時、ルークさんとフランちゃんが姿を見せた。昨夜の話の説明だと直感的に思った。
だから、両名の表情が物語る。説得できなかったと。
「……カケル」
「はい?」
ルークさんが眉間にシワを寄せた顔で僕に話し掛けてきた。
「……フランから話があるそうだよ」
僕はフランに近付いて目線を合わせる。
「どうしたの?」
真っ直ぐと、迷いの無い目で僕を見る。
「……連れていって……ほしい場所があるの」
「……うん」
何となく、僕には分かる。分かるから、君は僕にこう言うのだろう。
「……お家に……帰りたい」
「……うん」
望郷という感情を、僕は知っているから。
「すいませんルークさん」
「謝ることじゃない。ただ、心より命を優先しているだけの事。正しいのは自分でも、善いことをしているのは君の方だから」
すぐに準備をしてナビに位置情報を入力しながら外で待つ僕はルークさんと話をしていた。
「分かっていたから、昨夜の君はああ言った」
「……僕は、一度、帰る場所を失いました」
「そう……」
僕は空中に浮かぶモニターに指を走らせながら言う。
「あの日見た花の名前や虫の形、夕食の匂いや雨の音、帰りが遅い父さんをじいちゃんと一緒にコタツに入ってミカンを食べながら待ってたり」
僕はモニターを閉じてルークさんの方を見て答える。
「失ったものに想いを馳せて帰りたいと願う、望郷。彼女も同じだと思ったんです」
あの日、一人ソファーに座っていたフランの儚げな姿を、一人待ち続けるその姿を、僕は、僕と雫は知っている。
「前に進むには決別が必要なんです。じゃないと、命は救われても心は救われない」
「命よりも心が大事?」
「どっちも大事です。だから、どっちも救います」
僕の言葉を聞いて神妙な面持ちに変わるルークさんが少し考えた後に口を開く。
「……どっちもは、難しいよ。しかも誰も彼もとなれば」
知っている。心も命も救うなんて。
……それでも────
「救います。それが僕の目指した理想の英雄だから」
笑って僕は言った。全てを救ってこその英雄だと。
「……ハハッ」
「なんです?人の夢を笑うもんじゃないですよ」
「いいや、違う違う」
ルークさんは笑いながら崩した態度で話す。
「眩しいなと思っただけ」
「……それはそうでしょう」
「なんで?」
「どんな形でも、人の夢は眩しいものだから」
「……そう、だね。そうだった」
ガラスのように、宝石のように、雪のように、そして、星のように。
人の夢は瞬くように輝くのだから。
問題はその光に目が眩んで道を踏み外すこと。
だから僕は……
「準備できました」
扉が開かれると防寒着とゴーグルを着けたフランちゃんが出てきた。
「……暑い」
「今だけだから」
何故かあったパラシュートに使う装備を取り付けてフランちゃんが背を向け僕が抱えるように固定する。
「事案」
「違う」
液体金属を出してマントのように、空気を逃がして彼女の負担を最大限取り除く。
「さて、行こうか」
「うん。空を飛ぶなんて初めて」
僕が準備を済ませると、ルークさんが最後に口を開いた。
「そうだ、そう言えば言い忘れてた」
「はい?」
笑いながら、言う。いつもの陽炎のようなつかみどころの無い先輩ヒーローとしてではなく、まるで一人の青年のように。
「君ちょっと堅すぎ。もっとフランクに接してくれると嬉しいな」
「……」
ちょっと、本当にちょっとだけ驚いた。
その瞬間のルークさんの言葉に嘘偽りなんて感じさせない本音が籠っているようだった。
「今さら?」
「今さら」
その言葉に僕は笑って答える。
「そう。なら、そうさせてもらう」
「あぁ」
「ルーク、エイヴァさん。行ってきます」
そう言って僕は手を振った。
「……」
「……ちょっと飛ばすよ。唾飲み込んじゃダメだよ?」
「え?」
僕は液体金属で翼を形成し、背面から炉心のエネルギーを放出、高音と共に噴流を吐き出して羽ばたきと共に推力を得る。
彼女の身を案じて緩やかに上昇しつつ加速しながら目的地に向かって飛んでいった。
「待ってストップ速すぎ!」
「喋っちゃダメだよ舌噛むからね!」
いつもより遅めに、それでも急ぎ気味で空を飛んだ。
その日、街の上空から少女の悲鳴が聞こえてきたという都市伝説が増えるのは、言うまでもないだろう。
「……エイヴァはさん付けだったね」
「あたいはそこまで仲良くないし」
流星のように飛び去って行ったカケルを見送って、自分達は取り敢えずの準備を始める。
「飛行機の時間までにカケル達が帰ってくるとして、問題はその後だ」
「彼ならあの子を説得できるの?」
「するよ。命も心も救うと言った。なら、してくれないと彼の理想はただの幻想だ」
「そっ。なら期待して待っとこ」
「世論の情勢、人々の不満がどのタイミングで爆発するのか。そっちが本題だ」
自分一人が間に入っても厳しい。異能者と非異能者の衝突は避けられない。
「いつだって犠牲になるのは穏健な人達だ。彼らにまで火が着くような事になれば紛争になりかねない」
そして……。
「レイに連なる異能者はこの状況を利用したいはず」
戦争になればレイを止める手立てがない。自分の戦闘能力は中の上。超人やカケルのような最上位の戦闘力はない。
レイは味方が居れば居るほど際限無く、時代が進み異能者が増えるほど強くなる。
個人国家、戦争も外交も発展も国が行うべき全てを個人で完結できる。
故に、対抗手段は国の全てを以て相対すること。アメリカという世界の最先端を走るこの国が道連れにするつもりで戦えば倒せなくはない。
それでも戦争の火蓋を落としたい理由が向こうにはある。
「現在、世界に居る異能者の数は暗数を含めて約八百万人。内、ギフテッドシティに居る異能者は四分の一の約二百万人。レイに力を貸しているのは半分の約百万人」
「残りの半分が力を貸すだけで……」
「レイ……レックス・マルティネスは先日の二倍、いや、人の感情の強さは計れない。数倍に膨れ上がってもおかしくない」
戦争は、殺戮に変わる。一方的な蹂躙へと。侵略という言葉が温くなるぐらいに。ただ一人の王によって。
異能者が非異能者に殺される。その切っ掛けさえあれば天秤は大きく傾く。
「さて、何とかしないと」
「策は?」
「まだ無い……が」
ただし道筋はある。
「唯一こちらが勝るのは自分の存在だけ。だから、ルークという存在を最大限活用する。抑止力として機能するルーク・アエテルヌスという自身を馬車馬のように働かせれば全ての可能性を潰せる」
「良いの?」
「良い。これは、自分を受け入れてくれたこの国への恩返しだから」
自分は笑ってみせる。自身への鼓舞と、覚悟を示すために。
「……わかった。最後まで付き合うよ」
「え?」
エイヴァが覚悟を決めた顔で頷いた。
いつぞや言った地獄まで着いていくという言葉はきっと嘘ではない。
死なせたくない気持ち半分、心強くもある。
「文句ある?」
「……無い」
故に死なせてはならない。彼女の死こそヒーロー【幻影】の最後だ。
「さて、やるかぁ!」
そう意気込んだ瞬間、入り口の扉が叩かれた。
一瞬の緊張の後、声が響く。
「宅配でーす」
監視カメラの映像には中年の男性で少し息苦しそうにしてはいるが、確かに宅配業者の人だった。けど、普通は置き配だ。
エイヴァが最大限の警戒をして扉を開く。
「あ、どうも。こちら荷物です」
「あ……どうも……」
自分は少し離れた場所から様子を伺う。少しでも怪しいと感じたら拘束するつもりで。
「中身なに?」
「さぁ?あ、サインください」
……誰が頼んだ?中身は爆弾?いや、そんなに大きくない。
…………………………前提が違う?
例えば、何か別の何かを持ち運ぶ……。
その瞬間を自分は見逃さなかった。
宅配業者の男性は目と鼻から血を流し始め、呼吸が上手く出来ていなかなった。
「え、なん……いきなり」
嫌な思考が過る。最悪の兵器を持ち出したんじゃないかって。
走り出し、咄嗟にエイヴァに覆い被さるように庇う。
刹那、男性は咳と共に大量の血を吐き出した。
「ゴボッゴボッ……」
膝を折り、その場にうずくまる男性と、大量の血を浴びた自分。
すぐにエイヴァを離した。
「電話、ジョンに!」
「何で、何!?」
「それと、細菌兵器の可能性が……」
そして、自分にも男性と同じ症状が表れ始める。
「はっ……や」
目から血を流し、呼吸が出来なくなる。
すぐに血中の酸素が枯渇し頭が回らなくなる。
加えて平衡感覚が狂って立てなくなった。
「……【病巣】……生きてた……のか」
それは遠い記憶。ただ一度だけ顔を見たことがある、幻影が救えなかったもの。
ルークと違い、人に利用された、この国に全うな理由を以て復讐を行える唯一の存在。
細菌兵器の製作に利用された異能者。
そんな彼による報復が始まったことを自分はこの身をもって知ることとなった。
6万PV達成ありがとうございます。
禁足地に居ます。
ところでこの龍灯と環境操作なんですが新大陸で見覚えが……




