次善の策
「失礼します」
王の謁見の間……には余は居らず、今はギフテッドシティの中にある病院の個室、その部屋のベッドの上に居る。
入ってきたのはランスだった。
「ご無事そうで何よりです」
「無事?まぁ確かに無事ではあるな」
肋の骨が粉々に砕け腕がまともに使えないことを考慮しなければではある。
「それで、状況は」
余はその後どうなったのかを問い、苦虫を噛み潰したような顔をしたランスを見て大方の予想がついた。
「台無し……か。結局、幻影が元に戻したか」
「……はい」
究極のテラフォーミング、或いは全てを無かったことにするあの力を用いて戦闘の痕を全て消した。
人間はそうもいかなかったみたいだが。
「我々はまだ戦えます。どうか次の指示を……」
「無駄だ。雨宮が……流星が居る限り何をしても無為に終わる」
王冠が弱点だと気付いたのは奴で五人目だが、破壊するに至ったやつは雨宮翔だけだ。
あの一瞬でそこまで見抜けるのなら、誰を何を用意しても必ず阻まれる。
「しかし……」
「……」
彼らはいつしか語った異能者だけの国を求めている。
この街じゃあ狭い。だが、ルークを始めとするヒーローどもは必ず阻みに来るだろう。
……一人も死なせてなるものか。
「わかった。次善の策だが用意しておこう。それで上手くいかなければ、その時は現行の長期的なプランをメインに据える。良いな?」
「ッ!はい!ありがとうございます!」
ランスは子供のような笑顔を浮かべ、敬礼して背を向け部屋を出ようと扉に手を掛けた。
「……あの」
「む?」
「……ご尊顔を拝謁させていただき、感謝申し上げます」
「……ははは、気にするな」
形だけの王、据えただけの冠、威光はなく、権力もなく、この在り方に意味はない。
それでも……
……レイが王様な!……
……在りし日に戴いた花の冠を本物にするために。
「助けに来てくれて感謝するぞ。ランス」
「……勿体無いお言葉です」
余は、いつまでも偽りの王冠を被り続ける。
「もうちょっと、こう、無かったのか?」
病院は、はっきり言って迷路だった。
「えーと、隣の病棟は……こっちか」
余は看板を見ながら目的地を目指す。そしてなぜか目的の病棟とは反対側の病室に到着する。
「あ~?」
昔から良く迷子にはなったが、なんだか酷くなった気もする。
いつも瞬間移動使ってるからかぁ?そうっぽいなぁ。
「……」
仕方ない。ここは恥を忍んで。
「すみません……」
「はい!」
看護師に案内させていただこう。
「……の病室って何処でしょうか」
「あー、彼ですか。彼は諸事情で隔離しておりまして」
「病状が悪化したんですか?」
「悪化もしたのですが、周りへの感染も確認されまして。彼自身が治されましたが」
「……案内してください。ぼくの友人なんです」
「……わかりました。ではこちらに」
そうして、余は彼の元に向かう。右に曲がり左に曲がり、人気の無い病棟の、隔離された病室の、室内が見えるガラスの前に案内された。
「……会話はこちらのマイクを通してください」
「はい。ありがとうございます」
看護師の人はこちらを見向きもせず立ち去っていった。
隔離された病室の中には白髪の男子が一人、窓の外を見ていた。長い闘病生活で体は成長できず運動も長続きしない。
骨と皮だけの体、痩けた頬、でも、その姿は昔と変わらなかった。
余はボタンを押してマイクを通して話しかけた。
「…………………………………………………………お久しぶり」
「……その声は……レイ?……レックス……マルティネス?」
「……うん。お久しぶり、モルブス。それとも、シックスって呼んだ方が良い?」
「モルって呼んでよ。昔みたいにさ」
「わかったよ、モル」
弱々しく笑う彼の姿は、昔見た簡素なベッドと布の仕切りしか無かった病室で見た彼そのものだった。
「……もう来てくれないと思ってたよ。王様」
「王様はよしてよ。レイって呼んでくれ」
「王様はまだ苦手?」
「まだ苦手」
「ははは、相変わらず好き嫌いが激しいね。ピーマンは食べれるようになった?」
「……う……ん」
「おいおい、王様とあろう者が食わず嫌いをまだ克服出来ないのかい?臣民が知ったら何て言うかなぁ?」
「仕方ないだろう、苦いんだから」
「苦いのは言い訳にならないぞう。そうだ、病院の料理人にピーマン克服料理を作ってもらおう。料理長の料理は絶品だゼ★」
「そもそも誰のせいで苦手になったと思ってんだ!」
「私?」
「そうだよ!」
「はははっ!元気そうで良がっだ……ガフッ……」
瞬間、モルは大量の血を吐きながら咳き込み始めた。
「モル!」
「ゴメン、ちょっと笑いすぎた……」
真っ白なシーツは瞬く間に赤くなっていく。黒くない、真っ赤な鮮血。
動脈が裂けたんだ。
「……痛っつぁー……大丈夫……またシーツ」
……決心が揺らぐ。彼の能力なら流星にも幻影にも知覚させずに攻撃できる。だが、こんな……こんな状況で……彼を使うなんて出来ない。
何より、モルは余の戴冠に応じない。王様だと茶化しても王とは認めてはくれないから。
「……」
「……何か、頼み事があって来たんだろう?」
余の顔も見ずにモルは見透かして言った。
「昔から私の所に来るのは逃げてたり頼み事をする時だけだ」
「……ゴメン」
「責めてる訳じゃない。だって、あの賑やかさは大好きだからね」
兄と同じぐらい尊敬し慕っていた人は口元の血を拭いながら未だ光が宿る瞳で余を見ていた。
「弟分の頼みだ。命だって賭けられる」
「ッ!」
この作戦はモルを最大限使い潰す。もし、上手く行かなかったら彼は無駄死にする。
それでも……余には……守りたいものがあるのだ。後戻りは……もう……出来ない!
「モルに……シックスとして頼みたい仕事がある」
「……承った。何なりと、王様」
茶化すモルを他所に余は今回の作戦を告げる。
大事な人を使い潰す最低最悪の作戦を。
余は病院を抜け出し街中をランスと共に歩く。
ランスは顔を隠し、護衛対象が王であるということを徹底して悟らせないようにしていた。
「着いた」
「ここは?」
「バーだ。今は引退しているがここの店長は一年前までフィクサー……つまり、依頼を雇われ傭兵に紹介する仕事を行ったいた。この手の仕事では悪い噂がない奴だったが、子飼いの番犬がまだ手元にいる。手を出すなよ」
「わかりました」
まだ準備中のプラカードを無視して地下に続く階段を降っていく。中は薄暗く、壁につけられた青い明かりだけが頼りだった。
そこそこ大きめな扉の前に着くと力を込めて扉を開く。
「いらっしゃい。申し訳ないけどまだ準備中だ。夜に改めてきてくれないか?」
「飲みに来た訳じゃない。古い仕事の話だ」
「……そうか」
そこには初老の男性がカウンターに立ってグラスを拭き、長い白髪と真っ赤な瞳の幼い少女がオレンジジュースを飲みながら足をプラプラとさせてカウンターの椅子に座っていた。
「少し席を外してくれるか?」
男が少女にそう伝えると、一度頷いて席を譲ってくれた。
「ありがとう」
余もそう伝えると一度だけ頷き真顔のまま別の椅子に座った。
「そういう意味ではなかったのだが」
男がそういうとビックリした様子で少女は別の離れた席に向かった。
「……すまない。あの子は少々感情が希薄でね」
「謝ることはない。十分親切心は伝わった」
男は水をグラスに注ぎ二つほど余達の前に差し出した。
「酒じゃないのか?」
そうランスが不満そうに言う。
「営業時間外だ。酒が飲みたいなら夜に来てくれ」
余はその水に口を付けず、話を始めた。
「力を貸してほしい。【零落】を……」
「断る。そもそも私は既に引退している身だ。新しく仕事を受ける気はないし、紹介する気もない。ましてや、うちの子を貸し出す気もな」
割りと強めの語気で返された。
「金は言い値で出す。なんでも一つ願いを叶える。これでどうだ?」
「断る。何を報酬にされても受ける気はない」
「【流星】に迫れるのは【零落】であるあれだけなんだ」
「その名は蔑称だ。取り下げてくれ」
「だが、通称でもあるだろう」
話は平行線だ。だが、策はある。
「雨宮翔を足止めをするだけで構わない。お願いだ」
「雨宮?」
「……?あぁ。雨宮翔、日本人の……」
男が流星の本名に反応した。
「知っているのか?」
「あぁ。昔な」
「なら……」
「なおさらダメだ。あの子に雨宮の息子は相手させられない」
ダメか。
余は何か策がないかと頭を悩ませていると痺れを切らしたランスが身を乗り出した話に割り込んできた。
「貴様、彼が王と知っての態度か?」
「無論知っている。この街に企業を誘き寄せる餌を用意したのは私だからな」
「なっ!?」
「レックス・マルティネス、彼を連れて帰ってくれ。流血沙汰は避けたい。開店前だからな」
「お前ェ!」
ランスが男に掴みかかろうと手を伸ばし、余が荒事になる前に止めようとするよりも早く、その手は視界から消えた。
刹那の後、突風と共に壁に衝突するランスの姿があった。
「なっ!」
「ランス!」
何が……名にも見えなかった。
壁に衝突したランスの首を掴み、さっきまでオレンジジュースを飲んでいた少女が自身の数倍はある巨体を押さえ付けていた。
真っ赤な、噴流を背中から吐きながら。
鮮血を浴びたような、真っ赤な光の翼。
「この……力……あの男と同じ!」
真っ赤な光が少女の胸部から放たれている。
炉心……あいつと同じ、星、極小の……星。
「無二!」
男が手を止めて少女を制止する。
「やめなさい」
無二と呼ばれた少女は男の言うことを聞いて翼をしまい手を離した。
「 」
「……急にどうしたんだ。らしくないぞ」
「 か ける って」
拙く、上手く発話出来ない少女は必死に音を声に、そして言葉に変えて紡ぐ。
「むに の おり じなる だよね?」
「……それは……」
「むに たたか いたい」
「……勝てないぞ」
「それ でも むには ま すたーに じまん して ほしい か ら」
瞳の奥に見える熱意に似た何か。
「お ねが い」
「……」
男はその熱意に似た何かに気圧される。男は悩みに悩み、眉間にシワを寄せて答えた。
「……お前がそう言うなら手配しよう」
「やたー」
「ただし条件は付ける。それで良いな、レックス」
「あ、あぁ。それで大丈夫だが、良かったのか?さっきまであれだけ……」
「良い。あの子がやりたいと言うのならさせてやりたい。長生きは……難しいからな」
……目が発光するという発現兆候、それは恐らく炉心と呼ばれる異能が機能しかけているのだという。
炉心そのものが世界に数件しかなく、現状では十五歳以上で保有している異能者はいない。加えて炉心の異能者は炉心が発する熱に耐えられず早死にしている。
一人を除いて。
零落、無二。一年前、余とルークが協力し、それでも最悪を回避する以外の答えを出せなかった。
高度人工知能思考のプロトタイプ、ゼロワン。どこか四人組の秘密組織が作り上げたその人工知能は誰かに窃盗され、アメリカが保有する宇宙空間の研究施設に運び込まれて数年後、どこかのお姫様と電脳戦を繰り広げ、デブリを拾いながら自己進化する衛星となったその怪物は最後の最後に地球への特攻を行った。
落ちる衛星を、地球を巡る星を撃ち落としたその誰か。それこそが零落。
強化外骨格装甲を装着した彼女だったのか。
「……撤退命令には必ず従ってくれ」
「あい」
従わなそうだな。
余が横目で彼らを認識しながら覚束ない足でランスに向き直った。
「……す、すみません……油断しました」
「らしくないな」
「……すみません」
ランスは油断などしていなかった。実力も申し分ない。
つまり、ランスを完封できるだけの実力差が今の現時点で存在する。
「良い。気にするな」
とは言ったがかなり落ち込んでいる。後で何か勝ってやるか。何が良いだろうか。
「レックス、その依頼受けよう。だが、条件がある」
「うむ、なんだ?」
「二度と我々に関与するな」
「わかった。これっきりにしよう」
こうして、既に引退している男とその飼い犬、そして兄のように慕っている人を犠牲に、余は使い捨ての策を実行に移すしかなくなった。
……………………愚かにも……程がある。
今までにないぐらい体調を崩しました。
季節の変わり目は体調を壊しやすいので、暖かくして過ごしましょう。




