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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第三部 揺蕩う心

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122/145

テセウスの船

 トタン屋根の部屋、鉄錆と潤滑油の匂い、小さな窓からは陽がこぼれ、僕の意識が約半日以上失っていた事実を突き付ける。

 体が痛い。怠くて重い。かなりマシだけど焼けた背中が熱い。

「朝……」

 西陽が僕の顔に当たっていた。

「……起きなきゃ」

 上体を起こして腕を見る。包帯が巻かれていた。

 ほんの少し包帯を捲って下にある皮膚を見ると細かい木の枝のような傷があった。

 感電による神経の火傷。雷紋だ。

「うわぁ……」

 あの電撃による傷痕は想像以上に痛々しかった。

 ……これ治るのかな?

「治るよ」

 僕の心の声が聞こえたようで、声のした方を見るとフランが顔を覗かせていた。

「【声】がしたから見に来た。大丈夫そう?」

「うん。まだ痛むけどね」

「そっか」

 軽くて幼い足音を立てながら僕の側に寄ると、何かの容器を僕の側にあった机の上から手に取った。

 軟膏?

「これを塗っとけば自然に治るって……言ってた」

「カンナギが?」

「カンナギ?……多分」

 ……これ大丈夫なやつ?

「大丈夫なやつだって」

「そう……なら……うん……」

 僕が懐疑的な気持ちで容器を見ていると、フランは僕の顔を覗いてきた。

「……」

「ど、どうしたの?」

「……全然違う音がする」

「?」

 違う音?声ではなく?

 彼女の異能は声として心を聞く。なら、音というのは、ノイズの事か?

「……こんなの始めて」

「そ、そう……」

「………………遠くから……まるで工事の音みたいな」

「……そっか」

 遠くから……か。

 なら、彼女以外あり得ない。

「知り合い?」

「僕の恋人」

「むっ」

 笑って、僕はそう言った。




 フランに連れられてテレビがあるリビングへと足を運ぶとルークさんがニュースを見ていた。他の二人は見当たらない。

『死者五名、重傷者三十六名、軽傷者百七十八名が確認されています。行方不明者は現在十一名で……』

 死者五名……ある程度避難が済んでいたとは言え、そんなにも……。

「ん、おはよう!良く寝れたかい?」

 僕がリビングに入ってきたことに気付いたルークさんがテレビを消して笑顔で迎え入れてくれた。

「何か飲む?」

「オレンジジュース」

 僕が言う前にフランが飲み物を頼みルークさんにねだっていた。

「ちょっと待ってね~」

 冷蔵庫から飲み物を手に取っていた。

 ちなみに他の飲み物は多分コーラしかない。ハンバーガーに合うのはこれってエイヴァさんが買溜めしてたから。

「はい。カケルも飲む?」

 そう言われて差し出されたコーラを手に取った。

「飲みます」

 みるみるオレンジジュースを空にしていくフランの横で僕は少しだけ口に含んで飲み込んだ。

 正直、今は何かを口に運べる気分じゃなかった。

「……ルークさん」

「ん?」

「その、力及ばず、申し訳ありません」

「……」

「五人……」

「最初に言っておくと、しくじったのは自分の方だ。王が君に接触するっていう可能性を一切考えていなかったこっちの落ち度。むしろあの状況から被害をここまで抑えられたのは【流星】のお陰だよ」

 優しく、彼はそう言った。

「……ニュースの続き……見る?」

「見ます」

 ルークはリモコンを手に持つと電源を着けた。

『しかし、二年前の第二次襲撃事件では五十万人以上が亡くなっています。第三次では二十万人の死者と……多くの軍人達……。人が亡くなり、多くの被害があったのは事実ですが、被害が小さかったのは彼らの尽力があったからではないでしょうか』

「五十万人……」

「王はかつて都市一つを消滅させた。一切の宣言無しで。残ったものは一方的に破壊された街だけ」

 なぜ、どうして、それだけが僕の胸中に渦巻く。

 レイから一方的な虐殺をする悪辣さは感じなかった。

「理由は不明、何かはあった。だけど、その何かが自分達には分からない」

「……多分……怒ってるんだよ」

 ボソリとフランが呟いた。

「ずっと聞こえてる。多分銃声と爆発の音。あと、悲鳴」

「え……聞こえる?ずっと?今も?」

 彼女は頷いて肯定した。

「……この距離を?」

「そうだよ。音は小さいけど」

「「……」」

 ギフテッドシティがどこにあるかは知らない。けど、百キロ圏内には無い。即ち、彼女が拾える心の声の距離はそれ以上ということになる。

「ねぇ、あの人に何があったの?」

「……ルークさんは知ってる?」

「王に何があったかは知らない。ただ、ギフテッドシティに、特区だった時代に何があったのかは知ってる」

 僕は固唾を飲んで姿勢を正してルークさんの話に耳を傾けた。

「ずっと、昔……異能特区だった初期も初期の時代、そこに収容されていたのはまだ年端もいかない子供達で、上は二十前、下は小学生成り立てだった。ボランティアで参加した大人達が居たには居たが、制御できない異能が原因で喧嘩や怪我が絶えず、心折れる人も多かったらしい。そんな特区で平穏が訪れたのはある二人が現れてから」

 ルークさんは腰を降ろし、僕に座るように促した。

 僕は近くの椅子に座りながら続きを聞いた。

「一人は姫、電脳姫だ。あろうことか都市部で使われていたアンドロイド数体をハッキングして教師をさせたらしい。もう一人は王、レックス・マルティネス。その二人が現れて特区の治安は瞬く間に良くなって行った。その後、彼ら彼女らは自分達の力を使って水道管や下水道、電気に建物、後に人体実験で体が弱った子達の為に治療ができる療養所を作っていった。たった一年で」

「……」

「姫のお陰でネットも使えたらしい。テレビのカメラが入る頃には異能による人類の最先端を走り出していた。異能という武力もあったしね」

「……それがどうして」

「ギフテッドシティはかつて一つの信条を掲げていた。奇しくも、日本で殺された最初の異能者と同じ、『隣人でありたい』というね」

 それは、かつて演説中に殺害された最初の異能者、小早川瞬が死の間際に絞り出した言葉。その言葉がテレビのマイクに入り、日本の異能者への見方がほんの少しだけ変わった事件。

 殺害予告をされながらも敢行した命を懸けた演説。

「自分もそうだ。隣人でありたい、共に笑って明日を迎えたい。異能者と非異能者で違いはなくて、本当は手を取り合って協力できるって証明したい。それは、かつての王達も同じだった」

「ならなんで」

「……だから、彼らは異能を人に使う訓練をしてこなかった。だから、いざという時、使えなかった」

「……」

「うん。ただ一人の狂人によって、子供達は一方的に銃殺された」

 僕の脳裏にレイの言葉が浮かんだ。彼がギフテッドシティの王と明かす前の話、兄と友人を異能者狩りに殺されたと言っていた一連の会話を。

「狙われたのは学校で、そこに通っていた子供達は二人を残して皆殺し。生き残ったのは王と、今は行方不明になっている少年だけ」

「「……」」

「それが、王の身に起きた始まりの悲劇だ」

「……だから、あの王様は今も怒ってるんだ……」

 それは怒りすら通り越した憎しみだろう。憤怒ではなく憎悪なら、その身を焼くのではなく焦がす程の熱ならば、復讐の対象は無関係なものにまで向いてもおかしくはない。

 でも、僕には何かが引っ掛かる。憎悪と呼ぶにはレイが抱いていたあの熱は、心は温かい。激情に突き動かされているようには思えない。今回だけが違った?

 ……

 …………

 ………………

「……」

 ふと、僕を見るフランの視線に気付いた。

「どうしたの?」

「何でもない」

 僕が声をかけると席を立って何処かに行ってしまった。

「お部屋行っとく!」

「うん!気を付けてね!」

 そう言ってフランはその場から姿を消した。

『崩壊した都市ですが我が国の最新技術、ナノプリントによって既に復興済みです。ですが、人々の心に刻まれた恐怖は未だ…………』

「……」

「……」

「……これってルークさんの能力ですよね?」

「うぇッ!?」

 僕はヘリから撮影されている既に元に戻っている都市の映像を見ながら言った。

「ナノプリントはナノマシンによる家屋を数時間で建築可能な技術としてニュースにもなりましたけど、どれだけ用いてもあの被害を跡形もなく元に戻すのは不可能です。なら、より高性能な立体プリント能力が必要になりますから」

「それが自分の能力だと?」

「先日、カンナギがうっかり口を滑らしまして。幻を見せる能力ではなく、幻影を設計図とした物体構築、現実改変の能力だと推察してまして」

「いや、いやまぁ……」

 僕はまっすぐルークさんを見て話す。

「誰にも言いませんので」

「……うん。そうだよ。自分の能力は現実改悪だ」

 改悪?

 少し落ち込むように視線を落とす彼に話しかける。

「改悪とはどういうことですか?」

「文字通りの意味だよ。どんなに頑張っても本物(オリジナル)と寸分違わず同じものは作れない」

 そう言うと彼は空になっている瓶を取り出して地面に叩きつけた。

「おわッ!」

 僕はビックリして肩をすくめて跳んだ。ご乱心か?

「驚かしてしまってすまない。まぁ見ていてくれ」

 ルークさんは幻影でさっきと同じ瓶を映し出すと、飛び散ったガラスの破片を分解し再構築、幻影の瓶を現実のものにして見せた。

「これが僕の能力の一連の使い方なんだけど」

 正直に言う。僕の目には同じものにしか見えない。

「触って確認してみて」

 触っても同じ。何も変わらない。

「……ごめんなさい。僕には同じものにしか思えません」

「そうだね、本物だと思う。だって君は割る前の瓶を知らないからね」

 ふと、手が止まる。

「そりゃ知らないなら知りようが……無い……」

 本物か偽者か、知らないなら同じものにしか見えない……。

 つまり、それほど精巧に再現してある?

「……分かる人なら、気付くんですか?」

「ほぼ気付かない。気付いても違和感を覚える程度でね。それも、数日すれば慣れて忘れる」

「なら、それは本物と変わらないんじゃ」

「変わらない。変わらないよ。でもね、多少でも差違はある。つまりそれは完全な再現とはいかないんだよ」

 ルークさんが僕の手から瓶を手に取り触れる。

「この瓶の裏側には運ぶ時や机の上に置いた時に付いた細かな傷が付いていた。だけど、そこまでは自分の能力で再現は出来なかった。時間による劣化や歴史の傷跡までは」

「新品同様じゃないですか」

「そうだね。建物や道具ならむしろそれで良いかもしれない」

 言い淀み、暗い顔をして俯く。

「……テセウスの船」

 そうボソリと呟いた。

「英雄テセウスの船を知ってる?」

「ギリシャの英雄って事ぐらいしか」

「そのギリシャの英雄が乗っていた船の話が思考実験に使われているんだけども、その船を修理して修理して修理して、最終的にオリジナルのパーツが全て別のパーツに置き換わったとき、それは英雄テセウスの船と呼べるのかって話でね」

「あー……」

「君はどう思う?君は、全てのパーツが別のパーツに置き換わった船を同じものと言える?」

「言えるでしょ」

「へ?」

「人間に例えますけど、人間のオリジナルが受精卵だとすると大人になった肉体にオリジナルは存在しませんし、人間の細胞は約三ヶ月置きに新しいものへ変わります。脳の細胞や神経、心臓の細胞は結構残りますけど、それ以外の全て、仮に九割が置換されても九割別人って訳じゃ無いでしょう?」

「いやまぁ、そうだけども……」

「全てが置き換わっても、自分と呼べるものをちゃんと保持できているのならそれは自分自身です」

 ルークさんは苦笑いを浮かべながら眉間を押える。

「そっかぁ。君こっち側かぁ」

「そうですよ」

「ならそう答えるなぁ」

「そらそうよ」

「でも一般人は違う」

 そう言われて言葉が詰まった。

「大半の人間は別物と答える。オリジナルのパーツが無いのならテセウスの船とは言えない。君のさっきの例えをなぞるけれど、人にとってのオリジナルは今の自分だ。一秒前でもなく、一秒後でもなく、答えた瞬間の在り方がオリジナルなんだ。だから、そこから自身を大きく変える何かが起きると、精神に大きな傷を負う。別物になってしまうから」

「オリジナルの定義はどちらかと言うと精神の在り方だと?」

「その通り。寸分違わず全く同じ、でも違う体だったとしても気付かなければ精神は不和を起こさない。でも、自分の今の心身が実は別の誰かに作られたもので、オリジナルは既に死んでいるって知るとその心は秒で壊れ始める」

 その目に底知れない闇が写る。

 ルークさんの能力なら人間を寸分違わず全く同じ、例えるなら死者を蘇らせることだって出来る。

「経験が有るんですね?」

「……両親を、ね」

「……」

「交通事故で即死だった。僕の体も四肢が潰れてしまっていたけど、救出された時には三人とも軽傷だった。あの時、生れつき持っていた能力を始めて使ったんだと思う。一時は普通の家族だったけど次第に壊れていって……最初に壊れたのは母だったっけ。祖母の顔が分からない、周りの人との付き合い方が分からないってなって、父は仕事の仕方が分からないって……毎日喧嘩が絶えなくなって、ある日両親が自殺したんだ」

 ……全く同じものは再現できない。

 ルークさんは再現できていなかったんだ。両親の性格を。

「それが答え。自分が知らないもの、理解できないものは再現できない。それが、現実改悪と卑下する理由だよ」

 新品同様に再現出来るんじゃなくて、新品同様に再現できるように努力した。そして、だから、死んだ人を蘇らせない。その人の人となりを知らないから。

 誰よりも誠実な嘘つき。それが、無血開城という偉業を成し遂げたヒーローの根底にある歪み。僕達と同じ、産まれながらに人の心を持ち合わせられない怪物が手に入れた人間性。

「いや、凄いことです。とても凄いことですよ」

 テセウスの船で言うなれば、全てのパーツを別のパーツに置き換えても一切性能が落ちないと考えればルークさんの凄さが分かるはず。

「僕は貴方を尊敬します」

 その努力を積み重ねてきたその在り方を。

「ありがとう」

 始めて見る彼の笑顔は少し幼く見えた。

「……」

「……」

 双方共に口を閉ざしてしまった。いや、喋ること無いしね。

「……これから献花に行くんだけど、一緒に行くかい?」

「行きます」

「そっか。なら、エイヴァか姫のどっちかが帰ってくるまで少し待とうか」

「はい」

 僕は返事をして、テレビに向き直ってニュースの続きに耳を傾けた。

『続いてのニュースです。謎の感染症が流行っており……』

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