5th Battle【星■■■■翔】
青白い尾を引き、星は音速を超えて飛翔する。
空を裂いた流星は王冠を戴いた主を穿たんと流紋の障壁に衝突した。
障壁は砕け、輝く破片が飛び散り、雲を割って青空に飛び出す。
その光は太陽にも負けない程、燦々ときらびやかに輝く。
「きれぇー」
地上からその光に目を輝かせて居る子供、私の娘だ。
「お星様みたい」
ついさっき、崩れ落ちるビルの残骸に潰されかけた時、我々は星のような彼に助けられた。
頬を擦ったり、一番重傷の私は片足が潰れた。だがしかし、命は確かに救われた。
(ごめんなさい……僕が遅いから)
私の足を応急処置しながら、彼は謝って……。
何も言えなかった。十分だと、十分すぎると。
この子以外は……。
「ダディ!わたしも、みんなを助けられる人になれるかな」
崩れる瓦礫の下敷きになりかけた娘を抱き抱えて僅かな隙間を縫うように駆け抜けて星の彼は助けてくれた。
誰よりもこの子は間近で星を見ていた。
「あぁ……きっと」
この子は、真っ先に感謝の言葉を告げた。
ただ一言、ありがとう、と。その時浮かべた星の彼の顔は何物にも変えがたい救われた顔をしていた。
(こちらこそ)
そう言って彼は空を飛んでいった。
「お二人とも、早く避難しましょう。特に貴方、片足潰れているんですから」
「えぇ」
二人の男性に両肩を支えてもらいながらゆっくりとその場を後にする。
娘は私の服の端を握って付いてきながら、上空で戦う彼をずっと見ていた。
瞬く、星を見ていた。
上空一万メートル、肺が凍るような空気を吸い、炉心によって上昇した体温を抑える。
吐く息は膨大な量の排熱を行う。
それもこれも、ただ一点。冠を戴いた王を倒すために。
奥歯が割れる程強く噛み締める。視界が揺らぐほど速く飛び続ける。全身が悲鳴を上げる程この体は軋む。
僅か数十センチ、障壁のせいで近付けない。
「レイ……」
「このッ!」
異能の王、冠の主、僕が戦ってきた人の中でも例外的な存在。
心の強さが異能の強さに直結する性質上、障壁という異能は内側の物を外側のものから守る意思が強く反映される。
何度も防がれた。だから分かる。この障壁は誰よりもレイ・マルティネスを守るという意思が強い。
複数の人間が持つ強い意思が受け渡された後にも機能している。命令なんかじゃ引き出せない、心の底からの敬愛と信頼。
百万の異能を束ねることがレイの真骨頂じゃない。その先にある、支配下に置かれた人間の心による異能の超強化。
人の究極なんだ、この王様は。なんたって異能を捧げれば彼を慕う異能者は今、なんの力も持たないんだから。
「……」
「この程度で……ッ!この程度の力で敗れる守りではないッ!」
「だったら……」
僕の相手は百万の心。それらを束ねて振るう最大の異能者。
限界を超えても届くかどうか。それでも、やらない理由にはならない。
「……その上から踏み砕く!」
炉心をなお一層稼動させる。
青い筋がさらに輝き、目元から溢れる青白いエネルギーは勢いを増していく。
爪の間から、皮膚が薄い場所から、体の内側から、穴を開けて出口をさ迷って、光が漏れ始める。
僕は両手を障壁に押し付け剥がれていく爪を食い込ませる。
「お前に問う!なんで周りを巻き込んだ!」
「愚問だな!お前を倒すために決まっているだろう!」
「お前の器用さなら僕だけを狙い打つことだって出来た筈だ!」
「力の無い者をそこまで気に掛けるわけがなかろう!あんな……愚者共を!」
「愚者?」
「あぁそうだ。誰かの犠牲の上で成り立っている平和を、幸福を、安寧を貪り食らう者共を愚か者と言わずなんと呼ぶ!」
それは……
「……おい、レイ・マルティネス」
……それは、他でもない……
「……誰かの犠牲って……誰の事を言っている」
……僕に道を示してきた人たちを侮辱する言葉だ。
「平和を築き、幸福を願い、安寧に過ごしてもらう為に尽力してきた人達を今、侮辱したのか」
「ッ!」
理解は出来る。だけど相容れない。故に、もう殺すしかない。
無辜の人々を傷付けるというのなら。
僕は指先に全霊を込めて指先から高熱の噴流を吐いてレーザーのように障壁に傷を付ける。
「気に入らない気持ちも、心の底に湧く憎しみも、理解する。だけど、お前がどれ程世界が憎くても、僕はお前を許さない!」
「許さない?許さない、だと!?貴様が……貴様如きが我々の苦しみを、救済への道を……わかった気になるなァッ!」
頭上の巨大な王冠から無数の光が降りてくる。
「これ以上、人を犠牲にするな!」
「この程度の犠牲、我々はとうの昔に払っておるわ!」
「……ッ!」
僕は障壁を破り数十センチの距離を一気に迫る。
だけど面前にレイの攻撃が迫る。
その組み合わせに名前はきっと無い。故に無言で、ただ睨み付け、銃の引き金に指を掛けるように、異能を撃ち出した。
僕は射線上から咄嗟に避けて距離を取ってしまった。
撃ち出された何かは後方の山に直撃し焼けて消滅する。
「何て物を……」
「元よりこの状態の余は軍や国と全面戦争するための形態、今までが加減していただけよ」
両目から大量の血を流しながらついさっきの攻撃を連射し始める。
正しく絨毯爆撃、何とかしないと人が居た痕跡すら焼き払われる。
僕は避けられる、けど僕が避けた先に居る人々には……。
「だったら……」
やるしかない。その悉くを撃ち落とすしか!
液体金属で構築した無数の砲身を迫り来る燃える炎の弾丸に向けて一斉に放つ。
空中で衝突、爆発し熱された空気が空間を一瞬歪めて消えていく。
「……対応するか」
次の瞬間、辺り一帯の熱が急速に奪われる。
「なん……」
空気中の水分は凍り、まるでガラスの破片が舞うようにキラキラとしたものが降り始める。
僕は咄嗟に吸い込みかけた空気を吐き出し、舌先に僅かに凍った唾液が付着している事に身震いした。
この空気を吸い込めば肺が凍る。極寒すら生ぬるい死の冷たさ。
「……ふむ」
僕は炉心をさらに稼働させ奪われる熱よりも強い熱を生み続ける。
「ならば」
刹那、辺り一帯が強い光によって照らされた。
「これしかないか」
僕の遥か頭上で準備されていたそれは、巨大な空気のレンズ。
照射された光は直線上に居た僕に直撃し莫大な熱で皮膚を焼く。
咄嗟に翼で傘を作り光を避けるも、端から溶かされていく。
「……やはり、誰かが傷付くかも、と思うだけで見ず知らずの誰かを守ろうとするのか、貴様は」
「……当たり前だ」
憐れむような、そんな目をしてレイは僕に指先を向ける。
「……そうか、ならば、最初からこうしておけばよかったな」
そう言って、レイは僕に向けていた指先を地上に向ける。この先に、まだ避難が終わっていない人達が居た。
「これで、二度目の勝ちだ。【流星】」
放たれた衝撃波が雲を散らし地上に向かって落ちていく。
……王を、レイを倒す事を最優先に考えるのだとすれば、この瞬間はきっと絶好の機会だった筈だ。
今、人間社会と相容れないこの男を倒せば太陽光のレーザーも衝撃波も消えるかもしれない。
それでも万が一……そう思考が切り替わった瞬間に僕の体は自然と動いてしまっていた。
頭上に向かって一息で飛び、空気のレンズを破壊、そのまま一気に下降し衝撃波の前に立つ。
誰一人、もう死なせたくない。
ここは、とってもあったか居場所だから、人々の笑顔で溢れている場所だったから。
都市の破壊は文化、文明の破壊。それは即ち、人々の拠り所を奪う悪行。
ただ一つ、ただ一人、ただ一所、帰る場所がある僕は昔、一度拠り所を失った。
それがどれ程苦痛かよく知っている。だからこそ、僕は僕の衝動を否定できた。
否定した光景を僕は許す事が出来ない。
「炉心……限界突破稼働」
いまここに、最小の恒星を。
星を宿した体よ、今だけ……礎を潰す衝撃を飲み干せ。
僕の本性は、都市を踏み砕いて玩ぶ怪物なのだから!
翼を大きく広げ、衝撃波を覆う。何枚も十何枚も展開する。どれ程大きく広げたか分からない。もしかしたら数キロメートルは広げたかもしれない。それでも足りない。
僕ごと皆を殺すつもりなんだ。
「いッ……たい……けど」
覆い尽くした翼で衝撃波を受け止め、噴流を吹かして拮抗する。
ぶつかった瞬間、翼の半分が砕け散った。防御力には自信があったのにどんどん削れていく。
それでも僕は……
「うぅ……う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!」
指が折れた。皮膚が剥がれた。骨がひしゃげて、肘が反対に曲がった。
折れた指を補強した。剥がれた皮膚を覆った。骨を無理矢理元に戻して、肘を正しい方向に曲げる。
超人カインのようには再生しない。生き返らない。だけど、それでも、僕はここに居る。
だって……だって……父さんなら見捨てることなんてしないから。
痛みを押し殺す。恐怖に立ち向かう。溢れる涙を堪える。
押し返せ、押し返せ、押し返せ!お前に……何一つ奪わせない!
永遠のような、刹那の後、衝撃波は消え、銀光の塵が舞っていた。
誰もが固唾を飲んだその時間に、青白い光が降り注ぐ。
「……ハァッ……ハァッ……」
あり得ないものを見たような顔で多くの人が見上げていて、一人だけ見下ろす。
「……まだ……やる……か?」
砕け散って光の粒子になって消えていく鋼の翼、しかし青白く輝く星は、僕は今だ健在だった。
「……僕……は……まだ……」
瞬間だった。僕の体が裂けた。正確には青い筋が破裂して亀裂が入った。
血と一緒に亀裂から青い噴流に使うエネルギーが漏れ出す。
「……あ」
……僕の体はまだ異能に適応できていない。なのに、あんなにたくさん炉心を使ったから。
亀裂が全身を覆う。このままじゃ体がバラバラになる。
呼吸が乱れ、激しい動機がする。
この期に及んで僕は死にたくないというよりも、帰りたいと……思っていた。思っていたんだ。
あぁ、やっぱり。テレビ中継で流れてくるその姿を見てそう思った。
相変わらず、君は約束を守らないって。
ちゃんと帰ってきてねって、言った筈なんだけどなぁ。でも、誰かのために命が張れるのも君らしい。
ここにあって、私は祈ることしか出来ない。君の無事を。でもそれが一助になるのなら。あの日出来た、君にだけ出来た君を守るための光りを。
【絶対守護領域】
「帰ってきたら、本気で怒るからね」
でも今はだだ、無事に帰ってくることだけを願って。
どれ程遠く離れていても、その繋がりだけは絶ち切られない。
バラバラになりかけた僕の体を繋ぎ止めるように、山吹色の光が僕を包み込んで、癒していく。
僕はその光を知っている。その力を知っている。
「……雫」
今は海の向こう、東京にある自宅で待ってくれている彼女の異能。その力が海を渡ったこの土地にまで届いたんだ。
「……ごめん」
この光から彼女の想いが伝わってくる。怒ってるし、泣いてるし、心配している。
その中で一番ハッキリとしている気持ち……無事に帰ってきてほしいと願う気持ち。
あの日と何も変わらない。君だけは僕を一人の人間として見てくれる。
その想いに僕は応えたい。
ここからは誰もを助ける英雄の戦いじゃない。ただ一人の女性の元へ帰りたいと願う人間の戦いだ。
「……ありがとう」
レイは今面食らっている。だから次の一撃で方を付ける。
雫の護りは長時間展開されない。長くて数分、短くて数秒、体力的な問題で一日に何度も使えるものじゃない。
つまりここから十数秒が正念場、限界なんてとうに突破した。この一瞬一秒を最速を超えて駆け抜ける。
最小の恒星はまだ輝きを増す。
液体金属は僕の爪や髪の毛のようなもの、失っても補充できるけどすぐには出来ない。必要最低限の翼を形成し噴流を剥き出しの状態で吐き出す。
青白い光と炎のような熱がそのまま翼となる。
大きく広げ、上空に向かって羽ばたく。空気を押し退け、空を裂いて、青空を突き破る。
「第一宇宙速度……突破!」
七秒かけて人工衛星と同じ高さに到達し、体勢を整えて真下の目標に向けて飛べるように準備する。
現在のレイには瞬間移動を保有している。さっきと同じように飛んでも回避されてカウンターを食らってしまう。
ただし、唯一回避をしない、あるいは出来なくなる行動を予測する。
……レイは人々よりも異能者を大事にしている。なら、異能者を異能者たらしめる異能を預かるということは誰よりも、その力を尊重し大事に扱う筈。
全てを同時に肉体へ保存できない。王冠という形で保存する。即ち、かの巨大な王冠こそレイの最大の武器にして最大の弱点。
あれを砕けば弱体化し、しかし誰よりも異能を尊重する王は王冠を守ろうとする。
逃げも隠れもしない。上空に浮かぶ王冠は上空百キロメートルからでも視認できるし、何なら既にその冠の中で待っている。
固唾を飲んでいるのだろうか、それとも何か画策しているのだろうか、だとして、今の僕にはこれが最大の攻撃になる。
太陽よりも輝け、星の炉心。僕の心は今、誰よりも燃えているのだから。
全霊を以て僕は真下に向かって一気に飛ぶ。
「第二宇宙速度……到達!」
空気による摩擦熱と壁を障壁が全て引き受ける。
礎を砕く流星、即ち地中貫通爆撃、不老不死の人外、超人カインを一度殺してみせた僕が出せる最高火力。
「【星の杭】」
片足に残った液体金属を纏いパイルのような鋭い形状に変えて飛び蹴りとして突き出す。
迫り来る数えきれない程の障壁を全て貫き、王冠の前で構えるレイの最後の障壁にぶつかる。
障壁をそのまま押し返し、レイを後退させ王冠に衝突した。
「グウゥ!」
互いに全霊、それ以上を僕は引き出すしかない。
「御大層な王冠、踏み砕いてやる!」
僕はレイを押したまま王冠を砕いて地上に向かって落ちていく。
砕けた王冠は無数の粒だった光を放ち、まるで宝石のようなそれは同じ方向に向かって飛んでいった。
これで王冠は失われた。レイの力は大きく後退する。
亀裂が入るお互いの障壁、先に砕け散ったのは僕の方だった。雫の守りが剥がれ、全身に行き場を失ったエネルギーがさ迷う。それでもレイの障壁を砕くには十分すぎた。
足に纏った金属が砕け散る。全身に亀裂が入る。でも間に合う。
僕の足先はレイの肋を砕き肺を潰して全身を地面に叩きつけた。




