5th Battle 【■■■■/■■■■】
白銀の王冠、頭部に出現する戴冠した異能の行使を示すものと、遥か上空に城壁を築くように現れる献上された異能を保存するもの。
言葉によって人を操る【命令】
同意し異能を引き渡す【献上】
詳細不明、正体不明な【戴冠】
この三つを以て、レイ・マルティネスと彼の異能【絶対的支配権】は王の力と呼ばれ、【帝王】の名を手に入れた。
……自分とは違う。【幻影】とは。
「ハッ……ハッ……」
息が出来ない。目の前の惨状に何も出来ず立ち竦む。さっきまで人が住まう街だった場所が更地となったのだから。
「うそ……だ……」
一年前にはこんな暴力的な力は見せなかった。こんな、破壊的なものは……。
「……キング……」
遥か向こう、破壊の始発点に目を向ける。空に浮かび周囲を見渡す奴の姿があった。
右目からは赤い涙を流している。【戴冠】は体にかかる負担が半端ない。あの血涙は脳が悲鳴を上げている証拠だった。
例え再生する異能があったとしても脳のダメージを修復するには時間がかかる。
今ならまだ勝てる。
「……」
自分は破壊の終着点を見る。崩れたビルの下敷きになったであろう少年を……。
「ごめん、ごめんなさい……自分が不甲斐ないばっかりに」
歯が砕けるんじゃないかってぐらい強く噛み締める。
『ルーク!何の衝撃!?』
突如、通信機器から大音量の声が響く。姫の声だった。
「レイが、冠を出してる!」
『ッ!?どっち!大きいの!?小さいの!?』
「両方だ!」
『はぁ!?何ッ、軍と戦ってるの!?戦争でもするつもり!?』
「違う、彼に……カケルに対して使ったんだ!」
『は、はぁ!?!?!?……ハァッ!!!???一人?たった一人にあれ使ったの!?』
姫が困惑するのも無理はない。帝王が巨大な冠を出した記録は一度しかない。
都市防衛戦争、二年に渡って行われた国と都市の戦争の末期に自身の異能を深化させて終結させた。
群体個人異能、複数異能を超える多量の異能を行使出来る存在。理論上は単一の異能しか持たない人であっても適正自体は存在する場合がある。
そんな強者がたった一人に戦争に使う力を使った。
どう攻めても、王は既に全力だ。
「……姫、すぐ来れる?」
『無論、もうエイヴァは飛び出してるし』
「わかった。ここで止めよう、この街が焦土になる前に」
震える足に力を込める。逃げたい気持ちを必死に押さえる。
今、ここで、王を封じ込めるのは最高の英雄と仲間たちだけ。
怯えを、震えを、怖気を、振り払って走り出す。
「【現実改変/幻想現界】」
現実を上書きするこの異能の真価は破壊されたものを元に戻す事じゃない。周囲の環境を一手で構築する事。
幻影を作ることも、現実を書き換えることも、全てはこれを行うための踏み台でしかない。
現実改変/幻想現界……。
この異能を知ったアメリカはこの力を【幻影】という偽の名称で登録、現実改変は口外禁止とした。その為、ルーク・アエテルヌスが異能を使用する際、街から人を全員避難させ、目撃者を出さないことを徹底していた。
だが、彼の異能の本質はそこにはない。
衝動によって確立され、自覚した非人間性。それは神にも等しい視座の獲得、ルーク・アエテルヌスは他の真罪の異能者と同じように人の心を保有していない。
つまるところ、知ったこっちゃないのだ。政治家の事情なんて。
そこに無い物質を一瞬で構築し、完成に数ヶ月かかる建物を建造し、失われた都市を瞬く間に開発する、究極の環境改変能力を真逆の方向へ行使する。
災厄の環境汚染能力、戦争兵器を無尽蔵に作り続ける最小規模の武器商人。
もし、アメリカの倫理観が更新されていなければルークは机上の空論にしか存在しない兵器を量産し続ける工場と化していたかもしれない。
そう、彼の異能の本来の名は、現実改変でも幻想現界でもない。
【現実改悪/■■■■】
歩く兵器工場、或いは、移動する戦争兵器。
それが、ルーク・アエテルヌスの正体である。
接敵から一秒後、破壊された街は瞬時にただ一人を殺すための兵器群と化した。
人差し指と中指を王に向け、拳銃を撃つように。
「撃て」
全ての兵器を起動させ空を覆う火器の弾幕を作り出す。
「【止めよ】」
王の命令が頭に響く。歯を食い縛って、手に作り出した刃物を突き立てる。
「むッ!」
「いったぁ!……い、けど」
痛みで命令を掻き消す。ここまでやってやっと即時無効に出来た。
「全砲門、開門!一斉掃射!」
拍手が鳴り響くように、撃ち出す砲弾の音が止まない。
「【電磁装甲】」
全ての銃弾及び砲弾が全て軌道がずれ王を避けるように飛んでいく。
「貴様も、何故そちらに付くのか」
上空に浮かぶ王冠から一筋の光が降りてくる。それはまるで回路を通る電気信号のように。
「【超圧縮衝撃波】」
瞬間、カケルに向けて放った破壊の衝撃波を撃たれた。
建物が、作り出したものが、瞬く間に壊れていく。
とっさに巨大かつ分厚い壁を構築する。その壁すらも七割が吹っ飛んだ。
「……致し方ない。この街ごと粉砕するか」
フワリと、軽やかに空に向かって飛んでいく王は空に向かって指を指す。
「させるか!」
隆起する地面が一斉に王へ向かって飛び、巨大な三角錐の槍となる。
しかし、王が展開する障壁を貫けない。
「どれだけ堅いんだ……あの壁は!」
対応手段が多すぎてどんな攻撃も防がれ、同じ種類の異能を掛け合わせて強化している。
「……ならッ!」
あの壁を超える力……。本当は、人に撃っちゃいけないけど!
「……天翔……箒星ッ!」
「ッ!?」
かつて神と呼ばれた異能者を倒したカンナギの技、自らの体を限界まで加速させ着弾と同時に爆発を起こす光子推進爆弾。
この世にこれ以上の攻撃力を誇るものはない。故に……
奴も同じ発想をする。
「光子集束、爆弾魔、加速!」
それは、かつて神を屠った光の槍。
同時に放たれる二つの箒星、未だ陽が頭上にある時間に衝突し、目映い光と共に大爆発を起こす。
爆風がガラスを割り光熱によってあらゆる物を溶かしていく。
このままではこの街が跡形も無くなる。
「……だからこそ、奥の手は……」
常に持っておくもの。
「【現実改悪/事象消滅】」
僕は光に手をかざし、光の槍が衝突した事実を無かったことにする。
「やはり出来るか!」
消滅した事象を前に王は笑って空に佇む。
同時に…………心が、何かに追い付かれた。もっとやれと後ろ髪を掴まれる。
何かが確実に磨り減っていく。あるいは削り取られていく。
「うるさい」
女の人の金切り声、男の人の怒声、ガラスが、皿が、割れる音……、家族が壊れていく音……。
「……うる……さい……ッ!」
刹那、空に佇む王に向かって地上から何かが衝突する。
「……【暴食強化】」
数少ない超人に匹敵する身体強化、空気を蹴り握った拳は空気を飛ばす。
だが、それも障壁に阻まれた。
「貴様がエイヴァか。随分と幼い姿だが、その体でこの威力……やはり英雄となるものは素質から違う」
「ダメだエイヴァ!その距離は!」
「【裏切れ】」
王の命令の範囲はかなり広い。声が届かない距離でも命令は届く。
『……対策済みだって』
しかし、パルスのような波形と共に命令を弾く。
「……姫、電脳姫か」
自分の前に人の上半身ほどの大きさのドローンがやってきて、宙に浮く機械から発せられる声は姫のものだった。
『お久しぶり、レイ……レックス・マルティネス。数年振りだね』
「……まだ宇宙に居るのかい?」
『もちろん。まだ、天蓋を巡る星だよ』
優しい目をした王が姫から視線をそらしてエイヴァに向ける。
『……もう無理そうだね』
「大丈夫、まだ」
『無理だよ。それ以上は君の心が削れる。今よりもより良いものは作れないって、君が言ったんだよ』
「……」
わかってる。本当はもう無理だ。この心は既に……。
うそで塗り固めた外装はボロボロだった。
『それとも信用できない?君を救ったヒーロー達を……』
「違う!でも敵は王だ、異能者の王……」
『大丈夫だって。姫も戦うんだから』
「え……」
刹那、宇宙から何かが落ちてくる。
『日本で空を自由に飛ぶ異能者が現れたって聞いて作られた対飛行異能者制圧用遠隔制御無人機……【黒鴉】』
空中で傘を開くように減速するためのブレーキをかける。加えて何かを射出、本体を取り囲む子機を展開する。
『独立通信網展開完了……電脳接続……通信確立』
……業の深い話をしよう。
増え続ける世界人口、この星の陸上は既に人類の許容限界を突破している。それ故、人類は海上、海中、そして宇宙に生存圏を求めた。
地上から遥か上空、約百キロメートル上にそれは存在する。約八十人の宇宙飛行士が作り出した仮設コロニー。約二十年間生活をし続けており、彼ら彼女らはその生涯を人類が宇宙に旅立つのに必要な情報を送り続ける、生きた人類の実験体。
もっとも重要な実験の一つ、出産。宇宙飛行士の中にはコロニーの中で出産した人物が居り、生まれた子供は宇宙空間で育てられた。無菌かつ、無重力の部屋の中で。
電脳姫は宇宙空間で育てられた子供の一人。そして、地上への憧れが彼女の異能を発現させた。
孤立、あるいは独立したインターネットワークを保有し、機械化手術を受けて居なくとも電脳の世界へ接続できる生体ハッカー。
体は無重力で育ったせいで筋力がほぼ無く、無菌室で生きてきたせいで地上には降り立てない。
機械の目で世界を見ることしか出来ない。それでも、ここに居る。
『【生体電脳】黒鴉と接続樹立完了!反重力装置起動!レックスを押し潰しちゃえ!』
空に浮かぶ王に重圧がかかる。
「なんッ!」
膝を折り、真上から降り注ぐ反発力が高度を下げていく。
「なるほど反重力、重力制御は宇宙コロニーが抱える命題の一つであったな。しかし、忘れること無かれ!我々異能者はその境地を既に通り過ぎていると!」
浮かぶ巨大な王冠からまた一筋の光がゆっくり降りてくる。
「広域反重力圏」
反重力の檻を相殺するように、紫色のベールのような光が立ち上っていく。
「……頭が焼き切れそうだ。だが、余はまだ戦えるぞ。たった二人、暴食の兵と電脳の姫で抑えられるほど、余は、我々は!矮小な存在ではない!」
王が放つ反重力の影響が広がっていく。
「余が背負うものはかの臣民達全ての総意!故に!余を倒したければ大国を滅ぼす力を持ってくるがよい!」
「核でも持ってこいって!?」
挑発だ。自分なら作れる。作れと言っている。つまり核の爆発から逃れる手段を持つということ。
ヒーロー、幻影を値踏みしているんだ。どこまで出来る、どこまでやれる。
この心を、無情な衝動に捧げられるか否かを。
「……出来るわけ無いだろうが」
人類が産み出した最悪の兵器を作ろうとは思わない。思えない。
……ヒーローは居ない。今は自分がみんなのヒーローだ。
でも、戦えない。だから頭を下げてエイヴァと組んだ。自分の異能はサポートの方が輝くから。
エイヴァ……、秘密をはじめて打ち明けた人。この心に巣食う悪魔の事を吐露できた人。
自分は、ルークは……本当は何処にでも居るただの……
「捕えたぞ!グラトニーベール!」
王の複数枚重ねるように展開した障壁が反発の異能によって射出され、エイヴァが建物の壁と板挟みになる。
「エイヴァ!」
「さぁ【幻影】、かつての問いだ。国を裏切れ、共に来い。貴様の力で異能者の国を建てる時だ!」
『させるもんか!』
それは衝動の全肯定。自分という存在が別の何かに変わりかねない言葉。
自分の心とエイヴァの命、どちらが大切かなんて……分かりきっていた。
「………………わかっ……」
刹那、目映い光が放たれる。
青白い、まるで星のような輝きが破壊の終着点で煌めいていた。
「……カケル?」
直視すれば目がつぶれる程の光量、だが、確かに、光の中心点は炎みたいに揺らめいていた。
「……」
心臓が潰れるんじゃないかってぐらいプレッシャーがかかる。
「まだ立つか」
王が指を指すと指先に光が集まる。
「よい、次で仕留めてやろう」
放たれる光の槍が轟音と共に飛んでいく。
「避けッ……!」
光の槍はしかし、音速を超えて飛んできたビルに衝突し空中で爆発した。
「……は?」
そして、甲高いジェットエンジンに似た駆動音が響き、光は次第に小さくなっていく。それでもさっきとは比べ物にならない光。
まるで、一番星のように。
「……悪魔」
両目から青い炎のようなものが立ち上り、皮膚の下には青い筋が、何より遠目からでも分かる異常、背面機関が明らかに成長していた。
「次は……」
瞬間、あらゆる物を薙ぎ倒す勢いで彼の背部から膨大な量の熱と風を吐き出す。噴流は瓦礫を吹き飛ばし、より一層甲高い轟音を響かせた。
「……確実に……」
薄い皮膜のような翼と尾羽のようなジェットエンジン、まるで機械の飛行機能。
そんな彼が空を翔る。一筋の光となって千メートルの距離を一秒足らずで駆け抜ける。
王に向かって。
自分はその光にかつてを思い出してしまった。
黄金色の光、かつて神と呼ばれた教祖を打ち倒し多くの子供を助け出した、自分を助けてくれた……
「カンナギ……」
……誰もが認め、でも、知らず知らずの内に居なくなった英雄、カンナギの事を。




