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異能ある君は爪を隠す  作者: 御誑団子
第三部 揺蕩う心

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不到の罪

「ところで、貴方の異能はなんですか?」

「言いませんよ?」

「んむ」

 二人で街中を歩く。

「だでぃ!あれたべたい!」

「わかった、わかったから少し休ませて」

 子供が無限の体力で父親を連れ回していたり、カップルが散見されたり、そんな光景が広がっている。

「……平和だなぁ」

「ですねぇ」

 待ち行く人々は笑顔に満ちていた。危機が去ったという安堵と今まで通りの生活が出来る幸福。

 それは僕が欲しいと願う星のような輝き。

「……」

 かつて失った、幸せの形。

「……誰かを犠牲にしているくせに」

「はい?」

「ん?」

 ボソリと彼は何かを呟いたけれど、僕は聞き取れなかった。

「いやいや、誰かの仕事の上で成り立ってる平和だなぁって」

「あー。まぁ、それはそうですね」

 ……嘘の言葉だった。少なくとも本心じゃない。目が合ったのにすぐに逸らした。

 明らかな誤魔化す仕草を僕は見逃さなかった。

「そろそろです。電話かけますね」

「あぁ。よろしく」

 僕は視界に映る仮想現実のパネルに触れてルークさんに電話をした。

「もしもし。今どこですか?」

『ん、ちょっとお店に寄ってた。すぐそこだから今行くよ』

「分かりました」

 僕は通信を切ると彼に向き直った。

「すぐ来るそうです」




 たまたま店の外から見えた商品の前で悩んでいた。

「……うーん」

 自分、ルーク・アエテルヌスは実は機械が好きだ。独学で古き良きゼンマイ仕掛けの腕時計を作ろうと頑張ってるぐらいには。あの心臓が脈打つように動くのが堪らない。

 今、目の前には古時計がある。自分と同じ身長の、なかなか良い値段で。

 買いたい……けど、そんなこんなで悩んでいる。

 そうこうしていると電話が掛かってきた。

「ん」

 カケルだ。

「……はい」

『もしもし。今どこですか?』

「ん、ちょっとお店に寄ってた。すぐそこだから今行くよ」

『分かりました』

 通話が終わった。

「……また、今度にするか」

 名残惜しくもその場を後にする。古時計は足が生えてるわけじゃない。エイヴァと相談した後でも遅くはない。

 店を出て回りを探しながら目的地に向かう。

 特に何もない。静かで、でも賑やかで、でもうるさくはない。

 平和な雑音が今は心地良い。

「おーい!」

 日本人としては平均より少し背が高いカケルがピョコピョコ跳び跳ねながら手を振っていた。

 年相応の少年のように。

 道路を挟んだ向こう側に彼が居る。横断歩道のから青になったタイミングで一歩踏み出した。

 瞬間、焦燥がなぜか沸き上がった。一歩、また一歩と、踏み出す度に足が早くなっていく。

 あり得ない、そんはなずはない、そう思いながらカケルの隣に居る存在に敵意が向いていく。

「何で……」

「……」

「お前が……」

「……」

 笑うその男の正体に気付いて立ち尽くす。

 瞬間だった。

「相変わらず、遅い」

 能力で視界を塞ごうとするよりも早く男は口を開く。

「【動くな】」

 瞬間、その声を聞いた全員が止まる。

「【跪け】」

 声が届かない筈なのに辺り一面にいた人々が膝を突き頭を下げる。

 自分も問答無用に。

「【余に従え】」

 意識が持っていかれそうなのを必死に堪えた。

「……ふむ、やはり心までは自由に出来ぬか」

「……な……んで【(キング)】が……!」

「久しく会ったものに向ける態度か?」

 見下すように笑う金髪の男はギフテッドシティを纏める王そのもの。

帝王(キング)】レイ・マルティネス。

 この世界で唯一、声だけで人を操れる異能者の王。

「一年ぶりか?ちっとも変わらんなお前は」

「何しに来た」

 何かを企んでいる含み笑いをし、レイは数歩下がる。そこに、カケルアマミヤが居た。

「彼を仲間にしようと思っておる」

「なんッ!?」

「生身で音速に到達できる異能は希少ゆえな。それに、思っていたより話が合う。彼ならば余の考えを深く理解してくれると思うて……」

 瞬間、カケルの指先が僅かに動く。自分もレイも見逃さず、次の瞬間、突如として動き出したカケルの跳び蹴りを半透明な金属模様の障壁で受け止められていた。

「……動けるのか」

 カケルは障壁を破りレイを蹴り跳ばすと宙返りしながら地面に手を付き、体操選手のように足から体を起こした。

「大丈夫ですか?ルークさん」

「あ、あぁ。だが体が」

「【深層催眠(ディープトランス)】と同じです。指先を動かすことに集中してください。そうすれば自然と全身を動かせます」

「……あれ破れるの?」

「破れます」

 いや、だとして、この状況で冷静に分析したの?

 苦虫を噛むように、カケルは眉間にシワを寄せて唇を噛み締めていた。

 まるで自分自身を責めるように……。

「ごめんなさい。僕が迂闊でした」

「いや、王の性質だ。奴の声には他人の警戒心を緩める効果がある。警戒できないのも無理はない」

 全力で指先に力を込めているが一切動かない。

「……クソッ」

「破れぬだろう貴様では」

 王は両手を広げて自分達の周りを回るように歩き出す。

 まるで葦の原野を心地よい風に当たりながら夕陽に向かって闊歩するように。

「だいたい四百人、余の一声で自害させることも出来る」

「人質ですか?」

「無論。しかしな、脅したいわけでは無いのだ」

 何が脅したいわけじゃないだ。この状況そのものが脅迫だ。

 王は足を止めてこちらに向き直った。

「改めて。余はレイ・マルティネス。異能者達の街(ギフテッドシティ)の【帝王(キング)】である」

 優しく微笑みかけるその笑顔に裏表はない。

 等しく人の上に立つ者の顔だった。

「雨宮翔。貴様を、余の仲間にしたい」




 何も変わらなかった。

 口調が変わって、雰囲気が変わって、目付きが変わって、それでも根底にあるもの、臆病で正直で優しい人という最初に抱いた印象は変わっていない。

 こうして正体を知った後でさえも僕は敵意を抱けなかった。

 分かっている。それがレイの能力の基礎なんだ。敵を作らない、目の前に居るだけで相手を心酔させかねないカリスマ性。

 故に僕は……感情ではなく理性で動かなければならない。

「断る」

 僕はきっぱりとレイの提案を断った。

 レイは目を細めて僅かな落胆と失望を表情に出した。

「……理由を、言ってなかったな」

「……」

「カケル、貴様は異能者をどう見る?」

「どう、とは?」

「異能者は人より優れているかどうか、だ。貴様の空を飛翔する異能しかり、後に居る幻影を作り現実を改変する異能しかり、な」

「優れているかどうかなら優れてはいるけど、今の人類が劣っているかと言われたらそれは違うと思う」

「ほう?」

「僕より強い人は居るし、僕より速い人は居る。申し訳ないけど、異能者という群れは人間に勝てないよ」

 そうだ、僕より強くて速くて圧倒的な人は居る。父さんが居る。あの人に僕の翼はまだ届かない。

「だが、貴様なら勝てるだろう。例え敵が己よりも強かろうと、速かろうと、その翼は唯一無二なのだから」

「……」

「余はな、異能者は人間よりも優れていると考えておる。どれ程矮小であろうとも、有象無象よりもな」

 レイは腕を下ろして項垂れながら口を開く。

「特別なのだ。異能者(ギフテッド)と呼ばれる我々は」

 その瞳には失意が見える。絶望が見える。失われた過去が映る。

「ギフテッドシティはかつて異能特区だった。異能を持った子供達が皆で水路を作り、生活インフラを整えて、貧しいながらに笑いながら暮らしていた。何もなかったが、幸せだったのだ。なのに、奴らが学校に押し掛けて銃を乱射なんかしなければ……」

 血に濡れた悲劇を彼は思い出していた。

「反異能主義、真人間至上主義、異能を持たない自分達こそを絶対とし、異能者を排斥する思想が世の中には存在する。そして愚かにも、その考えはこの国に蔓延っておる」

 顔を上げて彼は僕を真っ直ぐ見ていた。

「質問を変えよう」

「……」

 僕は黙って聞き入っている。

 きっと彼が提示する問題は僕がこれから先避けては通れないものの筈だから。

「何故、彼らを、人間(持たざる者共)を守り助け、味方する?」

「それは僕が追い続けている理想の背中だからだ」

 考える暇もなくその言葉は僕の口から自然と出た。

 あぁ、そうだ。人を助けること、それは今も追いかけている父親の背中だからだ。

 僕は英雄じゃない。それでも、英雄になりたい。

 誰も彼もを助けて、誰も彼もが血を流さない、誰も彼もを笑わせる、父さんのような(理想の)ヒーローに。

 だが、彼は違った。

「……失われていくものに価値など無いだろうに」

 平然とそう言った。

 道端の石ころを見つめるように周りで跪き頭を垂れレイの言葉通り心まで掴まれている人々を見渡しながら。

 その言葉に僕は……

「…………………………は?」

 理解が出来なかった。

「人はいつか異能者になる。生まれてくる子供達は異能を持って産声を上げるようになる。ならば、無能などいつかいなくなる。ならば価値など無いだろう。消えて行くのが運命なのだから」

「……ちが、違うだろそれは」

(たが)わぬ。無能に価値も意味も生きる理由もない」

 消えていくものに、失われるものに、価値や意味がないわけがない。だって人はいつか死ぬんだから、命はいつか終わるんだから、ないなんて言ったら全ての命は無価値で無意味になってしまう。

「あるよ。誰にだって」

 ……あぁ、そうか、そうなんだね君は。

「だったらあの日、僕を助けてくれたじいちゃんや、あの日、クリスマスの夜に大事な人を守りたいって思った僕の決死の覚悟をお前は……価値や意味の無いものだって吐き捨てるの?」

「無論だとも」

「……」

「そう思えるほどに異能を持たぬ者共を余は軽蔑している」

「……そう……」

「あぁ。そうだとも」

 レイは、レイ・マルティネスは、僕と価値観が決定的に合わない。カインの時と同じように。

 敵意はない。殺意も、害意すらない。お互いに。

 それでもやらねばならない。

「僕は……今を生きる人達を尊敬してるよ」

 僕は金属の翼を広げて胸の炉心を起動させる。

「この胸に、心に残る沢山の消えない想い(ねんりょう)をくべてくれた人達を」

「そうか」

「うん。だから、僕はお前の仲間にはなれない」

 皮膚の下を青い光の筋が通って、涙袋に到達して眼球の周りからエネルギーが漏れ出し、青い炎みたいになって揺れ動く。

「……残念だ、残念だよ、本当に。貴様なら理解してくれると思うていたのだが」

 瞳を閉じてレイはそう呟いた。

「理解は出来るよ。でも賛同できない。ただそれだけだ」

 僕の背面機関から青白い光が放出され始める。

「……長話は終わりだな」

「うん」

「……よろしい、では……」

 瞬間、レイは複数枚の障壁を重ねて展開する。

「死にたまえ」

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