贈り物の中身
涙目で顔を背ける男性は後退りをしながら逃走経路を確認している。
「キングの……命令で?」
「え!?え、えぇ……そうなんですよ」
へらへらと笑っているし、同時にとても焦っているようにも見えた。その上で敵意などは感じない。
尾行、と言ってもあくまで付けていただけだ。
「他には誰が居ます?正直に言ってくださればルークさんに突き出すだけなので」
「幻影に!?見逃して……」
「出来るわけ無いでしょう」
「デスヨネー」
目の前に居る男性は怯えながら小さく口にする。
「詳細は不明で……ばらまき依頼と言いますか、不特定多数が参加するようになってて」
なるほど、手っ取り早く僕の情報を集めるために。
「あっ、でも、最低でも後二人居ます」
「なんでですか?」
「だって、ほら」
彼が僕の後ろを指差し、釣られて振り向くとこちらに歩いてくる二人組の男達と目があった。距離にして30メートル。
刹那、懐に忍び込まれていた拳銃を向けられた。
「なっ……」
音がしない銃弾が放たれる寸前に僕は臆病な彼を抱えて回避する。
「いだぁ!」
二発目が放たれる前にゴミ箱をぶちまけ視界を塞ぐ。
「チィッ」
自動照準、なら、避けやすい!
背面から液体金属を流し皮膚の上に張り巡らせて固める。足裏と背中から噴流を吐き瞬間的な加速と共に推力を得る。
目潰しのゴミの中を突き抜け一気に距離を詰めた。
面前まで迫れば引き金を引くよりも早く拳が入る。
鳩尾に入る掌底、念には念を入れて噴流で強力な衝撃を打ち出した。
「アッ……がぁ」
もう一人の方へ振り向き拳を握る。何かを喋っているみたいだったけど声は聞こえなかった。
その疑問は鳩尾に拳を入れると同時に晴れた。
「なるほど【遮音】どおりで銃声も足音もしなかったわけだ」
腰に取り付けられたリールからワイヤーを出して二人を拘束する。
「えーと、連絡先は……あ、すみません。雨宮ですが」
僕は警察に連絡を入れて拘束した二人の身柄確保をお願いした。
「はい。そうです。お願いします。人数は……」
僕はさっきまで話していた臆病な彼が居た方を見る。ぼんやりと僕の方を見ていた。
……いや、特例は無し。
向き直って報告を続けようとして……
「三……」
「あ、あの!」
……彼に止められた。
僕は無言で彼の方を見る。
「話しますので、知ってること全部」
「……」
「どうか、こちら側の話を聞いてくれないでしょうか」
「……」
僕の心が確かに揺れた。
情報が欲しい。それは事実だし、だからといって一存で決められることでもない。
いざ戦闘になっても抑え込める、自分なら大丈夫。そういった驕りは命取りになるって父さんから耳にタコが出来るぐらい言われてきた。なのに……
「……二人です。お願いします」
この時の僕は彼なら大丈夫って思ってしまった。
「あ、ありがとう!」
通話が切れ、僕は道路を挟んだ向こうのカフェテラスを見た。
「あの場所で待ってもらって良いですか?」
「もちろん!」
彼は満面の笑みと言って良い表情で上機嫌に歩き出していた。
「ではまた後で!」
手を振るにはまだ早いような。このまま逃げるつもりなのか目線で追っていると無事道路の向こう側にあるカフェに辿り着いて何か頼んでいた。
警察の方々が来るまでに10分、監視しながら到着を待っていた。
「……お待たせしました」
警察に引き渡しが完了すると僕は彼が待っているカフェに向かった。
思ってたよりお洒落な雰囲気に気圧されながらも深呼吸で心を落ち着かせながら彼が座る席に到着した。
向かい合うように座る。僕の席には既に紙コップに入ったコーヒーが置かれていた。
「早速だけど……」
「それよりも僕の質問に答えてください」
「え、あ、はい」
警戒心を解かず少し高圧的な態度で接する。
「僕は何で狙われたんですか?」
「それはばらまき依頼で……」
「そうではなく、依頼の内容です。貴方は尾行でしたがさっきの二人は命を狙ってきました」
「あっ、あーなるほど」
彼はコーヒーを一口飲んで少し悩んで話し出した。
「多分、多分ですよ?依頼には情報提供求むって感じで書いてあって、情報の内容で報酬額が変わるとも書いてあったから、最もお金が貰える情報、つまりは死んだって報告すればって思ってたんじゃぁ……」
「えぇ……」
何のための情報提供だよ。
「見たところ下の下の連中だから仕事も雑だろうし、こんな依頼に食いつくんだからお金が無かったんじゃないかな?」
「それは貴方も?」
「あー、はい。そうです、はい」
でも、尾行に留めていた事を考えるとさっきの二人よりもいささか厄介だ。僕が気付かなかったらルークさんの家とか割れてたかも。
なら、危険度はこの人の方が上だ。
「もう一つ。キングについて教えてください」
「レイの事?良いよ」
「……レイ?」
「キングの本名……じゃなくて愛称か。昔は……仲良かったんだけど」
少し眉間にシワを寄せながら彼は視線を落とした。
「王様だなんて言われてるけど実際はそう振る舞ってるだけ、内面はどうしようもないぐらい臆病だよ」
「……貴方よりも?」
「ぼくと同じぐらいかな」
彼はコーヒーを一口飲んで向き直る。
「昔はお兄さんの後ろに良く隠れてたんだけど、そのお兄さんが異能者狩りに殺されて以来、王様を名乗り出して……多分、あの臆病さを忘れるぐらいの憎悪があるんじゃないかな。共通の友達も……みんな……殺されちゃったし」
「……」
臆病さを忘れる憎悪、あるいは憤怒、かぁ。
僅かに気を沈めながらも向き直る。
「……能力は?」
「能力?言葉のままに人を操るだけだよ」
「別格じゃないですか」
人心操作?いや、人の心を言葉のままに操るってことは【心酔言語】の可能性すらある。
まっずいなぁ。ヒーロー殺しの能力だ。一般人を駒にされたら太刀打ちできないぞ。
僕は唸りながら耽っていると彼が口を開く。
「あの、今度はぼくの話を聞いて貰っても良いですか?」
「えッ、あぁ、うん」
すっかり忘れていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
なぜか沈黙が続いた。いや、慎重に言葉を選ぼうと悩んでいるから何も喋れないんだろうけど。
そうこうして意を決したように彼が真っ直ぐ僕を見た。
「単刀直入に言います」
「うん」
「ぼく達の仲間になってください」
「……ん?」
「ぼく達の……」
「聞き直したわけじゃないです」
僕は言葉の意味に困惑しながら聞き返す。
「どうしてですか?」
「……その、ぼく達の街を知ってますよね?」
「異能者の街、ギフテッドシティですよね?」
「はい。元々ギフテッドシティは異能者の特区を異能で発展させた街です。なので、異能者は本来誰でも歓迎していたんです」
「していた?」
「……さっきも言いましたが、異能者狩りの連中に沢山の友人や恩人を殺されました。それ以来、あの街は自分達に害なす連中を殺した人々を受け入れるようになって……」
「それがどうして、僕に仲間になって欲しいって?」
「……今のやり方には思うところがあります。貴方の強さがあれば、あの街でもかなりの影響力がある組織を作れる。そうすればキングと話し合って、方針を転換できるかもしれない」
「……」
だとしても、僕と都市は相性が悪い。思入れも、帰る場所もないとなればなおのこと。治安も悪いし。
だから……
「ごめんなさい、それは出来ない」
呟くように絞り出した。
しかし、彼が諦める様子はなかった。
「あの街は、本来行き場の無い、肉体的にも精神的にも傷を負った異能者が慰め合うだけの場所で、ぼくもレイも、本来は被害者で、ただ、落ち着ける場所が欲しかった。それだけなんです」
「……」
「それを、適当ほざいてた連中に煽られたバカ達が正義感に酔って殺しに来た。守る力が必要だから変わった。変わった結果、望んだものとは違う形になった。だから、正したいだけなんです」
その言葉には心に迫るものがあった。何の偽りもない剥き出しの本音。だからこそ僕はちゃんと考えないといけない。
その言葉に、向き合わないといけない。
「だとしたらなおのこと、僕は仲間になっちゃいけない」
「どうして……」
「この国の人間じゃないから」
「……」
「その都市がある国のさらに外から来た人間がいきなり現れ、て破竹の勢いで登り詰めて、キングに意見できる立場になって、そんな人間の言葉を元々居た人達が耳を傾けるとは……僕には思えない」
「ぼくが居ます。一応古参で……」
「古参だろうと新参だろうと、当事者になって欲しくないと思う人間が出てくるって話です」
「あっ……う……」
「そういう人が出れば、第三勢力になって元々の在り方に戻すどうこうの話ではなくなってしまう」
彼は言葉を詰まらせて俯いてしまい、その姿を見て、僕の胸には確かに締め付けられる感覚があった。
彼の思いも、理念も、悩んだ末の考えも、凄い事だと僕は思う。
でも、異能を特別だと羨む声、怪物を見るような蔑みと恐怖の視線、その二つを僕はアメリカに来て経験した。だからこそ、矢面に立って偏見や恐怖を拭おうとするヒーローを僕は知っている。
人々に好かれている、最高のヒーロー。
「……一度、ルークさんに相談します。もしよろしければさっきの話をあの人にしてみてはいかがですか?」
「幻影に?乗ってくれるだろうか?」
「分かりません。でも、彼はもう当事者ですから」
何と答えるかは流石に分からない。出会って日にちが浅すぎる。でも、耳は傾けてくれる筈。それだけは分かる。
本物のヒーローなんだからしてくれる。絶対に。
「連絡しますね」
「ちょっ、まだ心の準備が……」
「もしもしルークさん?」
『どうかしたかい?あっ、チンピラを二人捕まえたって……』
「はい。それよりも大事な話が」
僕は電話を繋げて簡潔に説明する。
「ギフテッドシティを元の在り方に戻したいと、相談を受けてまして」
『……うん、誰から?』
「キングのお兄さんとご友人が……」
『皆まで言わなくて良いよ。そっか、あの時代を知ってる人か』
「はい」
『わかった。話を聴くよ』
「分かりました。どこで落ち合いましょうか?」
『さっき囲まれてた場所まで良い?』
「はい。大丈夫です」
『それじゃあまた後で』
通話が切れると僕は彼の方へ向き直る。
「……行きましょうか」
「拒否権は」
「一応無いです」
彼は不安そうにため息を吐いて立ち上がった。
「そう言えばコーヒー飲まなかったね」
「あ、折角なのにごめんなさい。僕ブラックは飲めなくて」
「そうなんだ。口付けてないしぼく貰うよ」
そう言って彼は僕の目の前に置かれていたコーヒーを手に取った。
「幻影かぁ。納得してくれるかなぁ」
「ルークさんなら……話は聞いてくれると思いますよ」
「話は、かぁ……」
僕も立ち上がりカフェを後にする。
その後ろで起きていた異変に一切気付かないまま。




