幻想の光り
世の中は異能を特別視している。良くも悪くも。
実際そうだ。この力は本当に特別だ。
「あッ……がッ……」
「先生ぇ!」
「凡人がさぁ、俺達の邪魔をしないでくれないかなぁ」
子供達を逃がそうとしていた女の医者を念力で取り押さえ首を絞める。
念力は便利だが人を、特にきれいな女の首を絞めるのはやっぱり生が良い。
「どんな気分だよ。あぁ?下に見てた連中に人生めちゃくちゃにされる気分はさ」
「ヒュー……ヒュー……」
意識が堕ちそうになったら力を緩めて引き戻し、また力を込める。
あぁ……たまんねぇ。両手両足を押さえ付けられて身動き取れなくて、顔真っ赤にさせて、懇願すら出来なくて、人の命を生かすも殺すも自由なこの瞬間がたまらなく……最高ォだァ!
「おい。趣味に走るのはそこら辺にしておけ」
「別に良いだろ。他の連中が帰ってくるまで時間があんだから」
何の力も持たない白髪交じりで無能な白人中年親父が指図してきやがった。次はこいつを殺すか。どんな殺し方がお似合いだろうなぁ。どんな死に方が官能的かなぁ。
「に……げ……」
手の内に居る女の医者が今にも消えそうなか細い声で子供達を逃がそうとしていた。
「ダメだ。コイツらは俺達の街に連れ帰って調教して従順な兵士にするんだ」
力を込めて首を絞める。そろそろ反応が薄くなってきたな。殺すか。
「あ゛……ァ゛……」
「おら死ねよ」
絶望に沈んでいく瞳が最高だ。光が徐々に消え焦点がずれてダランとして……。ヤベェ、俺が果てそう。
「……おまえは」
中年の男が何か言った気がしたが無視無……
「避けろ!」
「は?」
刹那、視界が大きく揺れた。
何が起きたが理解できずに壁に叩きつけられ……
「何が」
視界に青白い光が飛び込んで……
「歯ァ食い縛れ」
顔面に鎚でも叩き付けられたような衝撃が響き意識が吹き飛びかけた。
「お前は」
拳が引かれ視界が開き、状況を理解する。
目の前に居る誰かがとてつもない速度でぶつかり壁までふっ飛んだんだ。
面前に居る誰かは瞳から炎のように青い光が漏れ出し胸部には青い炉心が輝いていた。
「流星か!」
振り上げられた拳には金属のような籠手が装着してあった。
俺はすかさず念力の防壁を展開する。
「こいつは誰にも破られたことが……」
しかし、拳を振るう直前、念力の防壁は上下に裂かれた。
俺と奴の間にキラリと光るものがあった。
「い……と?」
光る線の正体はワイヤーだった。
「なん、こんな……」
腰が入った流星の拳が俺の顔面を再び殴り、次の瞬間俺の意識は沈んでいった。
念力は面の攻撃には強いけど点と線には弱い。
能力を過信した。言うまでもなくその慢心がこの人の弱さだ。
「……まず一人」
僕は振り向いてもう一人を見る。
白髪交じりの中年の男性。でも、佇まいが違う。
自然体でいながらも構えていないようで構えている。おそらく得物は短刀やナイフ。腕の中に隠していつでも取り出せるように薬指と中指を手首に仕舞っている。
……暗殺術かぁ。
「お前、矢鱈無闇に飛び込んで来ないのか」
「その手の人間に一回殺されて一回殺されかけたから……」
電撃キスと伸縮居合を思い出す。
多分暗殺術とかと僕は相性が悪い。
「……」
「……」
お互いに間合いを取る。静寂が訪れる。
時間にして十秒、静けさを破ったのは僕だった。
ワイヤーの先端に翼の液体金属で作った刃物を取り付け投げる。
男はすかさず両腕の中に隠していたナイフを取り出し右手で弾き左手のナイフを僕に向けて投擲した。
重心を沈めて回避し、推力で近付こうとした瞬間、面前にナイフの切っ先が迫る。
噴流を背中からではなく肩と太股を覆う金属を伝って出し回避する。頬を少しか擦ったが薄皮一枚だ。
男の動きが見えなかった。いや、見えてはいた。だが反応できなかった。
「……加速」
男の動きに見覚えがあった。父さんと同じ人体の認識速度を上げて高速移動を可能にするチップ。義肢制御システムの副産物、あるいは副作用。
そして、最初の人工異能でもある。
「……今ので討ち取れんか」
「……」
ただしその速度は……父さんには遠く及ばない。
「……シフトチェンジ……【二速】」
人体の認識速度を上げれば神経が焼ける。父さんは機械の手足だから無茶が出来るのであって普通の人間が使えば例え倍速でも激痛が全身に走る。
だから連続で使えば動きが悪くなる。
さっきとは比べ物にならないほど悪い動きで僕に迫ってくる。
……見ていられなかった。
男の突きを軽く躱して鳩尾に掌底を打ち込み溜め込んだエネルギーを手のひらから解放し生み出した衝撃で意識を奪う。
「ガハッ……」
倒れた男にワイヤーで手足を拘束、念力の方の男も手早く手足を拘束してすぐさま子供たちの方へ移動する。
「みんな怪我無い!?」
「せ、せんせぇが!」
子供達は女医さんの元へ集まり体を揺らして意識を覚まそうとしている。
「マジか……」
僕はすぐさま駆け寄り頸動脈に手を当て心臓が動いているか確認する。
動いて……ない!
「ごめんね、退いてて」
仰向けのまま顎を少し上げて気道を確保し手を重ねて鳩尾の少し上辺りを強めに押す。
「アンパンマンマーチ……タイミングよく……」
何度も繰り返し肺の奥にある心臓を動かして脳に酸素を送る。
絶対に助かる訳じゃないけど助かる可能性は上がる。
「他に、医者って、居ない?」
「ここにはあんまり来なくて……」
「そっか……」
他にも侵入者は居るはず。行かなきゃ、でもこの人を見捨てるわけにはいかない。こんなにも良い人を。
「クソッ……」
その時だった。
「ガハッ……ガボッ、ゲホッゲホ」
「あっ!」
女医さんが目を覚ました。
「せんせぇ!」
周りに居た子供達が歓喜に似た声を上げた。
「だ、だい……怪我は……」
「ゲホッ……首と……肺が痛い」
「ごめんなさい骨が折れたかも」
「ゲホッ……緊急時だから、最善。ありがとう」
「外まで連れて行きます」
「いえ、他の子供達を……まだ何人か残ってる」
「でも……」
僕が躊躇っていると子供の一人が異能を使って女医さんを浮かせた。
「わっ!」
「ぼくがはこぶからだいじょうぶ!」
同時にメガネをかけた若い男性の医者がこの病棟に入ってきた。
「大丈夫でうわっ!ダメだぞソッと降ろしなさい!」
「やだ!先生を外まで連れて行くの!」
「いや、危ない……」
男の医者の心配を他所に子供達はやる気だった。それに、女医さん自身が信頼しているように見える。
「大丈夫です。この子達を信用して上げて」
「うっ、くぅっ、分かりました!こっちです、走らず押さず、でも少し急いで避難しますよ」
「「「「「はい!」」」」」
僕は振り返って他の子共達の捜索に戻る。
「気を付けてねみんな!」
僕は階段まで見送ると病棟の中を駆け回る。
消毒の匂いに混ざって微かに硝煙の匂いと銃声が聞こえ、ヤバイと思った次の瞬間、病院の壁を破壊して何かが目の前に飛び出してきた。
「うわっ!」
闇夜に溶け込める黒い服装に黒い銃火器が微かな光りに照らされて視界に入る。
「コンタクト!」
血走った目と容赦ない敵意と共にアサルトライフルの銃口がこちらに向けられた。
肩、膝裏、踵、背中から噴流を出して走り、連射される弾丸を全て回避する。
抉れる壁、割れるガラス、飛び散る火花の中を、高速で駆け抜けた。
不思議なことに飛び交う弾丸が僕には視覚で追えるぐらいゆっくりに見えた。
「この……化け物共が!」
弾丸が突きすかさず取り出されたナイフが急所である首めがけ振るわれる。
構え、速さ、角度、どれを取ってもプロの動きだ。雇われにしてはこなれ過ぎている。
「……ッ」
でも、僕の目で追える時点で対処できる。目で追えないほど強い人に僕はもう出会ってる。
父さんと彼方に比べれば……。
ワイヤーの先端に僕の異能で作り上げたアンカーを取り付け、床に突き刺し仰け反る姿勢でナイフを回避する。
「なん……」
引っ張られる上半身と未だに慣性が残る下半身。軌道を真上に変えて敵の顎を蹴り上げる。
「あ……がァ……」
脳が揺れた相手はそのまま意識を失って膝から崩れ落ちた。
「三人目……」
僕はワイヤーで拘束して、この男が吹っ飛んできた壁の向こうを見る。
「……見付けた」
そこに居たのは女医さんと一緒にいなかった残りの子供達だった。その中にフランちゃんも居た。
僕は片膝を付いて視線を合わせる
「みんな大丈夫?」
皆が怯えながらも頷く中、一人落ち込んで返事をした子が居た。
あの衝撃を倍増させる女の子、キャシーだった。確かにこの子の異能なら壁をぶち抜く吹っ飛び方する。
「フランを迎えに行ったら襲われたの。だから……」
「うん。でも今は避難しよう。良いね?」
「うん」
言葉と声に子供特有の元気がない。多分こんな吹っ飛び方するなんて思ってもなかったんだろうな。
異能を発現させたばかりの子供によく見られる手加減できていない異能の行使。トラウマになって欲しくはないけど……。
とにかく今は避難させよう。
「皆付いて来て」
病院の受付の広間とその外に人が集まっている。
その人達を取り囲むように銃器を持った黒い服装の人達が並んでいた。
「まぁ、ここで待ち伏せが一番手っ取り早いよね」
僕達は上の階から音を立てないように子供達に指示を出して様子を見ていた。
警察が来ている様子もなし。
違和感、あの場にいる敵全員の服装が完全に同じだ。武器から小物に至るまで、取り囲んでいる全員が。
「【分身】か」
貴重な異能だ。自身を増やす異能なんて強いに決まってる。数的有利を簡単に得られるんだから。服装や装備まで同じとなるともはや分裂の方がしっくり来るかもしれない。
でも、分身を使うってことは元の人数はそれほど多くはないって事か。
少数による制圧と暗殺。ルークさんを殺すことは確実として、他にも目的があるはず。
「……ねぇカケル」
「ん?なに?」
炎が出せる男の子、デイブがこそこそ声で話しかけてきた。
「アイツ、知ってるかも」
「本当?」
「多分、異能者狩りで有名な奴かも」
「異能者狩りで?」
何でそんな、異能者が異能者狩りを……。
「お金いっぱい貰えるんだって」
「……なるほど傭兵仕事って訳か」
異能には異能を宛がうのが一番だ。父さんみたいな例外はごく一部、それに非異能者が異能者と戦う場合は複数人が基本なんだし、それは、まぁ……当たり前なんだけど……。
「……」
自分でも驚くほど嫌悪感が沸いている。
「カケル?」
「……うん、大丈夫」
僕自身に言い聞かせるようにそう口にした。
「皆はここで待機、キャシー、デイブ。後ろの防火扉閉めれる?」
「えっと」
「知ってるよ。火災訓練の時教えて貰った」
「よし、なら僕が飛び出したらその扉を閉めて」
「分かった!」
後ろから誰も来ないとは言い切れない。ここに待機させるのだからせめて時間稼ぎが出来る壁は欲しい。
「巻き込んでごめんね二人とも」
「大丈夫だよ!ぼくらもヒーローになるんだもん」
「……ありがとう」
僕は階上から飛び降りて翼を開き飛びながら出口に向かう。
勢いそのままにまずは一人に蹴りをいれる。
「消えないか」
本物……じゃない!けど、消えない!
【実体分身】文字通り全部が本物の分身。言うより増殖。オリジナルを倒しても他のが増やし続ける。
数的有利を簡単にひっくり返せる異能。弱点は事実上無く、劣化模造と違って一手で全て消し去る手段も無い。
増える速度が遅いとはいえ事前に数人用意していれば問題はない。
敵の面前に飛び出してしまった僕は視線を一斉に浴びる。
「こ……ん……タクトぉ!」
故に、増殖するよりも速く制圧する。それがこの異能唯一の破り方。
更新しろ。思い出せ。最も速い、最強の父親を。
背面機関からの爆発するような噴流で一気に加速する。機動力は全てワイヤーで確保する。
支柱や標識に巻き付けてクモの巣のような空間を作り出す。
「撃て……」
撃たせるな。ここには人が多い。
トリガーが引かれ撃鉄を叩くまでに無力化しなければならない。
最速で敵の急所を蹴り、殴り、武器を破壊し、意識を沈める。
それを繰り返す。
僕が停止できたのは十秒後。場に居た恐らくはオリジナルを含む二十余人全員を敵を含む一人の怪我人も出すこと無く制圧した。
「ハァ……ハァ……」
心臓が破裂しそうなほど高鳴り、肺は酸素を取り込むために何度も息を吸い込み、酸欠の体は視界を暗くしつつ吐き気を催させる。
無茶をした。今までにないぐらい炉心を瞬間的に負荷をかけて動かしてしたんだ。
「……父さんは耐えるんだ。耐えなきゃ」
あの人の背中を追いかけるとはそういうこと。無茶なんて当たり前、限界なんて超えて、壁なんてぶち壊さなくちゃ。
僕はめい一杯息を吸い込み深呼吸をして振り返った。
「怪我人は……居ますか?」
笑ってそう言った。
刹那、空が裂けた。
「は?」
超大規模な嵐が瞬く間に発生した。
「いきなり……」
発生した突風はガラスを割り、雷が街の電気を止めて響き、世界は暗闇に包まれる。
遥か上空、嵐の中心に輝く何かがある。
炉心じゃない。似て非なる何か。
「皆さん建物の中に!窓の無い部屋か椅子やテーブルなどの下へ避難を!」
次第に竜巻へ変わっていく。建物を地面から持ち上げ砕く。
あの中に入れば瓦礫やガラスがあらゆるものを砕き削り破壊していく、天然の破砕機。
「作戦が失敗したときの保険?にしては随分と……」
雑で被害が多すぎる。人一人殺すにしてもとても正気とは思えない。
だから、この嵐か誰一人逃れられない。
「……僕があの中を飛んでいけるかどうか……」
翼を広げて上空の光りを目指そうと噴流を出した瞬間だった。
「必要ないぞ」
僕はその声を振り返って確認する。
「カンナギ!」
「仕込みは終わった」
カンナギが指を鳴らすと病院に居た人達全員が姿を消す。
「ここを中心とした半径十キロメートル範囲内に人はもういない。全員ボクが避難させた」
それは崩れるビルから人を救出した時にも使用した瞬間移動の応用。
「この条件なら【幻影】は……化けるよ」
瞬間、暗闇に包まれた街は光りを取り戻す。
それはまるでパレード。色彩豊かな光が空に向かって嵐の中心を照らす。
嵐の中心に誰か居た。
「人?女の子?」
「この距離から見えるか」
この規模の嵐を作れるのは一人しか居ない。
【移動超常気象】カトリーナ・ストーミィ。天候を操る異能者。
「どうにか出来るの!?」
「出来る。ルークならな」
幻想を作り上げる光の虚像がクジラを空に泳がせる。
病院の屋上にて幻影を形作るヒーローが空を見上げた。
「今度こそ止める。カトリーナ」
確かな覚悟を瞳に宿し、街を包み光りを操る。空に鎮座する少女を地上に引摺り降ろすために。
久しぶりに狭間の地へ行ってショタ追いかけてました。




