刃と鋼鉄と信号1
「すいません!誰か警察に……」
僕が呼びかけると女性が指で輪っかを作り、OKのハンドサインを向けてくれた。
「えと、後は……怪我人は?」
「大丈夫です」
「じゃあ、【烏】に連絡を……」
「それが、昨日から駆けずり回ってるらしくって、こっちにすぐ来れないって」
「そう……ですか」
烏、対異能組織、父さんの所属する組織だが、人手が足りていない。
「では、皆さん退避をお願いします」
「はい」
人は僕達から遠ざかって行く。これでいい、今は。
「……【超人】」
ボソリ、と少年が言葉を放つ。
「君は勝てよ……最強に」
僕は振り返る暇もなく遠くで破裂する爆弾の音に耳を澄ませた。
「……父さん……」
時間は少し遡り、最初の爆発直後。
「いぃステージ用意してくれたなぁ。志波ぁ!」
爆破したのは都心の十字路、日本で最も有名なスクランブル交差点。その交差点の中を巨大な輸送車が通った所で【爆弾魔】の爆弾を爆破させた。その爆破の前で俺は待つ。
地面が抉れ複数の人々が負傷し、それでも奴らは死者は一人も出さなかった。
非異能者のくせに、全く、化け物だよ。なんで付いてこれるかなぁ。
「君が超人?」
背筋が凍るような悪寒を感じる声、口角が歪む。
「来たな。最強」
昨日の夜からずっと警戒態勢で体力を消耗し憔悴しきっていてもおかしくないのに、この男はいまだ健在だ。四十前の癖してな。
「部下は無事かぁ?」
「あぁ、無事だとも」
見てたから分かるが爆発する寸前に輸送車から飛び降りてたしな。まぁ、無事だろうな。だが、こう言えば人は取り乱す。
「お前の息子はどうだ?」
人の親ならなおの事。
「……無事だろうな」
「……お前、息子が心配じゃないのか?」
「全く」
「薄情だな」
「君が思っている以上には温情だよ」
噂通りの男だ。血も涙もない。心まで鉄になった怪物、合法殺人鬼。その上、最強。
雨宮雷蔵、対異能組織【烏】所属の異常者。
「俺の人生に、最高のメインディッシュだ」
こいつを殺せれば俺が最強だ。最強の異能者だ。
「だから、戦わねぇとなぁ!」
握りしめる拳は鉄塊、踏み込み跳んだ俺の体は砲弾、直撃すれば人体は爆散しミンチと化す。
だが、最強が腰から引き抜かれた日本刀に似た刃の付いていないブレードが止める。同時に奴の体が露わになる。
機械の手足、夥しい手術痕、それは体の多くを鋼へと変えた奴がサイボーグである証拠だった。
「片手で止めるか!」
殺人鬼の眼光が容赦なく俺に向けられる。恐ろしい。俺は今から殺されるかもしれない。
だが!その恐怖に負けるようでは最強になど挑まない!
右、左とラッシュを始める。攻撃こそ最大の防御、攻める事を止めなければいつか勝てる。しかし、ラッシュは全ていなされる。俺の両手の攻撃に対して奴は片手で全て受け流す。
「喧嘩殺法、だな。実に、隙がデカくて素人の動き」
「なんだと!」
二手、攻撃前の拳を止められ、三手目、刃の無いブレードが右脇腹にめり込みそのまま後方のビルへ斬り飛ばされた。
「あ……ウグゥ」
『超人!』
『立てバカ!オレ達じゃあれを相手できないぞ!』
どっかの建物の上で爆破しただけのボマーが通信越しに泣きそうな声で語り掛けてくる。全く、だったら援護の一つぐらいしてくれってんだ。
それとも水を差すなっていう頼みを律儀に聞いてくれてんのかね。
だったらなおの事、負けちゃなんねぇなぁ!
「いいぃねぇ最強!これぐらい圧倒してくんなきゃなぁ!」
テレビで見た野球のフォームで瓦礫を投げつけ、その全てを奴は斬り落とす。目で追えないほどの刃の速度、居合の剣技で。
『隊長。許可、下りました』
「了解」
奴が居合の構えを取ったまま制止する。嫌な予感がした。
「制御装置開錠、同期開始」
聞いた事がある。【烏】の最強、雨宮雷蔵は異能を持っている、と。しかし、年齢が合わず、また、異能を持っているという証拠はない。それでも対峙した連中は口を揃えて言う。あれは異能だと。
「【加速】起動」
その事実と、異常を、俺は目の当たりにする。
瞬間、奴は姿を消した。
次に見えたのは俺の目の前で刃が出たブレードを構えた、文字通り最強にふさわしい殺気と雰囲気を醸し出す殺人鬼だ。
異能のような、非異能。機械による異能の模倣。
二度の攻撃、剣による斬撃は弾丸すら防ぐ俺の皮膚を浅く裂いた。
辛うじて回避したが直撃すれば次は無い。にも拘らず追撃は予断を許さない。気を抜けば僅か後に自分が絶命しているという確信がある。本能が、野生がそう叫ぶ。
「最っっっっ高ぉだよぉ、最強ォォォォォッ!」
体に熱が籠る。もっと動けと、もっと昂れと、理性をぶっ壊して最強を喰らえと獣性が叫ぶ。
「ヒャッハァァァ!」




