極小の敵
「改めてよろしく。カケルアマミヤさん」
「よろしくお願いします。ルークさん」
ルークさんを病室に戻し、ベッドに寝かせる。大分落ち着いたらしく、さっきまでの険しい表情は鳴りを潜め優しい笑顔を浮かべている。
人畜無害。そう呼ばれるのも頷ける人懐っこさがあった。
「合流したけど……これからどうすれば良いの?」
僕は窓辺の丸イスに腰掛けているカンナギを見て疑問を投げかけた。
「連絡入るから指示にしたがって事件事故を大事になる前に防ぐ。姫が指令を出してくれる筈だ」
「カンナギじゃなく?」
「あくまでもルークの代打、それに天ノ川はまだメンバーも機材が集まりきってないし、既存のシステムが使えるならそれに越したことはないし」
元々、日本での活動しか視野にいれてなかったってことだ。海外で上手く立ち回れる程いろいろ揃っているわけじゃない。
「父さんの方が……」
「ダメ絶対。こっちじゃ殺人権が軽すぎる」
あぁ、そっか。銃が当たり前に流通してるんだから銃口を向けられたら超法規的措置をとっても文句は言われない。ただ、死体の山が出来上がる。流石に父さんはしないだろうけど。
「ただでさえアメリカは異能者と非異能者の溝が深いんだ。死体の山なんで出来上がったら永遠に埋まらなくなる」
「それで殺人権を持たない僕と」
「そゆこと」
荷が……荷が重すぎる。
「エイヴァと姫、あと……」
「協力者のつてはある。コイツの縁だけど」
そう言ってエイヴァはルークさんの頭を撫で回した。
「あ、ちょっ、髪の毛乱れる」
「長過ぎ切れ」
「いや……」
「切った方が良いですよ。というか理髪店に慣れた方が良いですよ。いつかニーブラされながら入店する羽目になるんで」
「にー……何それ」
「話の腰を折るな。続けるぞ」
カンナギがキレ気味に語気を強め元の話に戻す。
と、ほぼ同時にカンナギの通信デバイスに電話が入る。
「……はぁ。ちょっと待ってて話してくる」
病室から出て廊下で電話に出た。
「ハイもしもーし。夜奏?サンプル検証できた?どう原因わかり……」
扉が閉まると同時に会話は聞こえなくなった。
「……」
「……」
「……」
沈黙に耐えかねたのか、ルークが口を開く。
「……えっと、カケルアマミヤ」
「翔で良いですよ」
「じゃあカケル。一つお願いがあるんだけど良いかな?」
申し訳なさそうに話すルークを無下にする訳にもいかず。
「良いですよ」
内容を聞かずに僕は承諾してしまった。
僅かばかり騒がしい院内、病棟の一角。そこは他の病床とは隔離されており、往来には許可が必要な場所。
右から左へ、左から右へ、子供達が駆け回っていた。
「ウェーイ!」
小児科異能棟。幼くして異能を発現させ自身が怪我を負ったり、合わないが故の外傷性ショックを治療している場所。
僕はルークからここに行くよう頼まれた。
「こんにちは」
「あぁこんにちは」
若く、メガネをかけた黒髪セミロングの女医さんが目の下に隈を作った状態で現れた。夜勤明けかな?
「ルーク君は来れそうにない?」
「歩くのも止められる程でして」
「なら無理そうね。仕方ない」
そう言って彼女は近くの柔らかいクッションが付いたベンチのようなイスに腰掛けた。
「……君にお願いするって手もあるか」
「え?」
「いやね、ここに居る子供達は異能の使い方が上手くなくてねぇ。だから彼達に来てもらって力の使い方を教えてもらってたのよ」
「力の使い方ですか」
子供達の方を見る。そこに居るのは本当に、ただ普通に見える子供達。
「僕……で良ければ。上手く教えられる自身はないですけども」
「本当かい?なら早速お願いしようか。【流星】君」
彼女は立ち上がると子供達を集め、僕の紹介を始める。
「行動力ぅ」
「やぁみんな。今日は日本から来てくれたカケルアマミヤ君だ。【流星】って呼ばれてるヒーローだよ。さぁ、挨拶」
「いや僕はヒーローじゃ……」
「「「よろしくお願いしまぁーす!」」」
訂正をする暇なく話がトントン拍子で進んでいく。
「え、えと、よろしく。……何をすれば?」
「異能の使い方を教えてあげてほしいんだ。ヒーロー達は熟知しているからね」
って言われても僕が異能使えるようになったの三ヶ月前ですよ?
「えと……えっと、皆の異能を教えてくれるかな?」
そこから知っていかないと何も教えれない。
「俺は炎出せるぞ!」
「私は電気!」
「浮かせる!」
「体が丈夫!」
「僕は聖徳太子じゃないんだよ?」
十人ぐらいの子供が一斉に喋りだして四人ぐらいしか聞き取れなかった。
「炎!まず炎出せる子!」
三人ぐらいが手を上げてくれた。
僕は三人の前に立つと片膝を付いて視線を合わせる。
「もっと火力上げたい!」
「火力上げるの?」
「うん!」
……正直、異能の強化自体は簡単だ。問題はいかにオフにするか。目蓋を閉じる、口を閉じる、眠る、そういった機能を制限するのとはある意味で似通っていて、でも、決定的に違う。だけど他に似ているものもない。
感情の起伏がそのまま異能の発停に繋がる。じゃなきゃ、異能の発現で事故なんて起きない。
「どうして火力を上げたいの?」
「悪い奴を焼くため!」
「発想……」
……僕も人の事は言えないかも。猟銃突き付けたからね。
だからこそ、一線を越えないように……。
「悪い奴か。でも、火力を上げすぎると悪くない人も焼いちゃうかも」
「そんなことしないもん!」
「本当に?」
さっき手を上げてくれていた子の一人がうつむいていた。
「ヒーローはね、傷付けることよりも助けることを考えないといけないんだよ?だから、まずは、上手くコントロール出来るようにならないと」
僕は、多分笑っていたと思う。
少年は少し暗い顔をして、納得したように顔を上げ僕を真っ直ぐと見ていた。
「どうするの?」
「心を落ち着かせる。深呼吸して、体の隅々に空気が染み渡るイメージ」
「良くわかんない」
「んー」
自分を客観視することが前提の精神統一って難しいんだ。
「そうだね……」
僕は子供の手を取り両手で覆う。
「……熱が引く感覚……かな?」
火を出す異能は基本が【発火】になる。なら、異能を絡めて説明すると分かりやすいのではという、ただの楽観。
しかし、これが意外と上手くいった。
「熱……風邪が治る感じ?」
「う~ん……どうかな?」
子供は掌の中に火を起こすと握り締めるように手を閉じて火を消した。
「……消えてる?」
「消えてるよ」
ほんのちょっと少年は笑っているように見てた。僕がそう願ったから見た幻覚かもしれない。
それでも。
「消えたよ!」
その子は確かに喜んでいた。
異能発現による事故は現象を消そうと思っても消せない場合が多い。
この子がどんな過去を背負っているのか僕は知らない。それでも、このアドバイスが人生の一助になるのなら幸いだ。
「よし、次は……」
「わたしー!」
「あッ……ちょっ!」
僕は女児に頭突きされる形で抱きつかれ腹部を強打した。
「衝撃を倍加させることが出来るのだけど……」
「で、でしょうね……」
これオフに出来てない。だから、軽く頭突きされたのにおもいっきり腹パンされたような衝撃が走ったのか。
腹痛い……。
「いたた……。よし、それじゃあねぇ」
僕はしゃがんで目線を合わせる。
「君の力はね……」
包むように少女の手を取って僕は異能の使い方を教える。
ボクは異能棟へと足を運んだ。夜奏からルークの異常の原因にある程度の目処が立ち治療出来るかもしれないと聞いて病室に戻ると翔の姿が無かったから。
子供達に異能の使い方を教えて上げてほしい。そうルークは翔に伝えたらしい。まぁ、気持ちは分からなくもない。
翔は異能を覚醒させた上で暴走がほとんど無い。例外と言っても過言じゃない。もちろん、それは超人との戦闘、雫の【絶対守護領域】があったからでもあるが。
それでも翔は冷静に異能を使い、この一点において高い評価を受けていた。
「まぁ、こうなるよね」
子供達に揉みクシャにされながらも笑って接し騒ぎながらも異能の使い方を教えている翔の姿があった。
「……懐かしいなぁ」
遠い昔に似たことをしていた。あの時は異能そのものを上手く扱える人間自体が少なかったし。
「……翔」
ボクは名前を呼ぶと翔は振り向きこちらの存在に気付いた。
「カンナギ!」
「今大丈夫か?」
「いや今は……」
「ねー遊んでー」
「俺様とバトルしようぜ!」
あれ?もしかして遊んでた?
「ごめんね、大事な話なんだ。また後で」
視線を合わせながら翔は謝罪していた。なんだかんだ子供の扱いが上手いな。
「で?どうしたの?」
翔がボクの元に来た。
「……ルーク、治せるそうだ」
「ホントに!?」
「うん」
ボクは透明で薄い板、ただのタブレットを取り出した。
「ルークの傷口から採取したサンプルをうちの研究班に横流しして調査してもらったところ」
「横流し……」
「触れないで。そしたら、こんなものが見つかった」
ボクは画面に見つかったものを表示し翔に見せる。
「……これ……機械?」
「そう、機械。ナノサイズの」
「それって、ナノマシン!?」
ウイルスに似た、しかしウイルスとは明らかに違う材質の機械。ナノマシン。
「このナノマシンがルークの体内に入り異能の起動不全を起こしているらしい」
「ナノマシン……って、除去できない?」
「できない。小さすぎる」
本来ならルークの異能はもう使えない。しかし、策がないわけではない。
「方法として二つ程解決手段がある」
「一つは?」
「ボクはルークの異能を持ってる。それを使ってルークの肉体を傷付く前に巻き戻し、無かったことにする」
「……」
翔が怪訝そうな顔をした。
「……ルークさんの異能って幻影を作るだけなんじゃあ」
「やあッべっ!」
翔はルークの異能が現実改変だったこと知らないんだった。
ボクは誤魔化すようにもう一つの策を口にする。
「も、もう一つは、夜奏のナノマシン除去用ナノマシンを使うこと。調整に三日、使用から四日でルークは異能が使えるようになるとの事だ」
「つまり一週間後って事か」
「うん」
ボクは視線を落としてぼんやりと床を見る。
「……さっきの、ルークさんの異能の事なんだけど……」
「ゴメン忘れて」
「イヤでも……」
「忘れてくれ頼むから!」
翌日、結局全部話さなければならないのにボクは頑なに喋ろうとはしなかった。
国が怖かったので。




