人間の境界線
大きく、広く、しかして速く、僕は飛んだ。
爆発的な噴流の出し方、溜め込んだエネルギーを一気に吐いて直進二十メートルを瞬く間に詰める。
「まず一人……」
一人をワイヤーで拘束し無力化する。
「次」
振り返ると全員が銃を取り出そうとしている。
そのうちの一人の動きが明らかに周りより早かった。
速射というわけじゃない。その動きはどちらかといえば異能、あるいは人工異能。
「【加速】」
父さんの脳に埋め込まれたチップの副作用、常人よりも速く動けるその効果のみを再現した動き。
だけど僕は知っている。その力を最大限引き出そうと思ったら機械の手足が必要になることを。
明らかに体が意識に付いていっていない。
吹き出す噴流、ワイヤーを柱に巻き付け、回るように流れるように方向転換し側面から飛び込むように蹴りを入れる。
「アガァ!」
「二人目……」
この時点で敵の全員が戦闘が始まったことを認識している。
向けられる複数の銃口、僕から見ても異常な口径だった。
ハンドガンから放たれる一発の銃弾、銃を握っていた敵の腕は肩が外れ変な方向に曲がる。
弾丸は明後日の方向に飛んでいった。
「ッ!?」
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」
放たれた弾丸は鉄の柱に衝突し、めり込んでいる。跳んでいない。
一体どれだけの火薬とでかい弾丸を詰めればそうなるんだ……。
反動で人体が壊れるハンドガン、当たった事を考えるだけで悪寒が走る。
たが今ので敵が銃を撃つことを躊躇い始めた。今なら一息で制圧できる。
ワイヤーを一気に放出し周囲に蜘蛛の巣を張るように張り巡らせる。
推進力による加速とワイヤーによる高速機動。やっとまともな戦術として昇華できた僕の対多人数戦闘方法。
翼をできるだけ小さくし、動物というより機械に近い形状へ変形させまっすぐ飛ぶことだけに集中する。
目の前にいる僕に銃弾を撃った奴を真っ先に拘束、張ったワイヤーを掴み一気に方向転換、前後左右に飛び回る。
「三人目」
そのまま一気に攻め続ける。
「四、五、六……」
一度躊躇えば立て直すのに時間がかかる。
そして、僕以外に同じ機動力を持っている人物が居るとなれば……。
「結構やるね」
「……ハハハ」
乾いた笑いが出た。
僕が六人拘束して無力化する間に十人、エイヴァは仕留めていた。
「持ちそうですか?」
「後一分もすれば倒れるかも」
暴食強化、何も食べなければ一日で餓死しかねない高代謝の身体能力。ゆえに、戦闘も短時間しかできない。
見たところ食べ物を用意している様子もない。
「……残り……四人」
最後の最後に強そうな奴が残った。一際大きな体を持つ色白の男。その取り巻き三人。
この四人は躊躇も動揺も無かった。つまり、殺し合いの経験がある。大男に関してはきっと一桁じゃない。もっと多くの人間を殺している。
僕に向けられる銃口、放たれた銃弾、衝撃は大男の体に伝わるも肘と肩で上手く逃がし弾をまっすぐと飛ばした。
地面に刺したアンカー付きのワイヤーをリールで巻き取り重心を沈めて回避する。
「あたいが三人を。君はデカブツを」
「はい!」
瞬間、火薬が燃える光が再び放たれる。
僕とエイヴァは走り出しながら撃たれる弾丸を回避する。
「リーダー!」
「構うな!撃ち殺せ!」
残りの三人もアサルトライフルに似た大口径の銃を撃ち、弾幕を張る。
僕達は左右に分かて注意を分散させる。大男は僕を、残りの三人はエイヴァに銃口を向けている。
僕はエイヴァと十分距離を取ったところで大男に向かってまっすぐ走り出す。
回避のタイミングは撃つ瞬間のほんの少し前。射線上にいなければそもそも当たることはない。
反動がでかい銃を何度も撃ち、一直線に突き進む僕は全てを回避する。
「このッ!」
マガジン内の銃弾全てを撃ち終えたタイミングで僕は懐に飛び込んだ。
「……はッ」
掌底を敵の鳩尾に打ち込む。
同時に、衝撃が帰ってきた。
「かッ……たァ!」
なんだこれ、まるで巨木を殴ったような衝撃のぶつかりかただ。
服の下から見える改造された皮膚、銃弾すら弾く強化装甲。カインとの戦いを思い出す。
「その程度か……大したこと無かったな」
振り上げられる拳と、熱が籠っている上腕、直感的にバックステップを試みる。
振り下ろされた拳をギリギリ回避し、地面に衝突すると同時に地面を砕き道路に亀裂を入れる。
「ッぱ、撃つより殴る方が早い!」
シャコ、或いはテッポウエビの原理か、どちらにせよ食らえば一撃で挽き肉になる。
「……しょうがない」
僕は出来るだけ離れ、全てのワイヤーを地面に突き刺し前傾姿勢を取って翼の形状をまっすぐ飛ぶ為だけに変える。
それは小さい機械の翼。
その上で、炉心を最大稼働させる。生み出す噴流は高熱を帯び後方の車両が僅かに動く。
「これで決める」
しかし、敵がなにもしない筈がなく。
大男は腕を付き出すと掌から肘にかけてバラバラに開き、その中に隠していた小型ミサイルランチャーを撃ってきた。
「ッ!?」
どこかに隠しているとは思っていたけど腕の中は想像していなかった。けど、対策はある。
衝突の瞬間、僕は余った翼の金属で前方を覆いミサイルランチャーから身を防ぐ。
「……ハハハッ」
推力は十分溜まった。後は、走り出すだけだ。
足掻くように、リロードを終えたハンドガンを僕に向けるもその時にはもう走り出していた。
亜音速の衝撃、コンマ一秒もかからず大男の鳩尾に蹴りが入った。
大男を蹴り飛ばし鉄骨にぶつける。流石に意識は失ってくれたようだった。
「エイヴァさん!」
「終わってる」
「……そう、ですか」
……流石というか、なんというか。世界で一番最初にヒーローが生まれた国は違うなぁ。
少しして警察が来た。状況説明のため僕達は残らなければならず、しかし慣れているエイヴァさんが全て引き受けたため特にやることもなく運転手さんと一緒にぼんやりと待っていた。
「改造人間……いわゆるサイボーグですよね?」
「あぁ。今アメリカで一番問題になっている」
僕は運転手さんが持っていた半透明な極薄タブレットで情報を確認する。
改造人間、自身の体に機械を埋め込む、或いは機械に代替させる非人道的技術。
「皮下装甲、強化筋繊維、腕部銃火器。本来は通信機器やマイクロチップの認証装置などの目的で作られたんだが、いつの間にか軍用兵器が作られるようになってな」
「父さんが義肢と制御チップを付けてたから改造人間そのものは知ってたけど、あそこまで人間離れしてるなんて……」
「そうだったね、君の父親はあのミスター雷蔵だった。だが、本来ならあれが限界なんだ。手足と脳の極一部、それが人間性を保てるギリギリなんだがね」
驚きや恐怖よりも嫌悪感が優った。理解できない物への嫌悪感。良くない感情であることは分かってる。それでも、人であることを放棄する、あるいは放棄させることを良いものだとは思えなかった。
「カケルアマミヤ」
「はい!」
「ちょっと話聞きたいって。通訳してやるから来い」
「あっ、はい」
エイヴァに呼ばれ僕は警官達の方へ歩き始める。
「失礼します」
「気にしないで。正直にね」
「はい」
僕が見たこと、僕がしたことを包み隠さず、そう思って歩いていた途中、あの大男が連行されていた。
……眼が、合ってしまった。
大男は笑って僕を見て、眼を輝かせて、まるで憧れに出会った子供のような顔をして居た。
「いいなぁ……」
理解できないものを、理解する。
人類は、善悪を問わず人の夢を食んで発展する。
この人は餌だ。人類文明、僕の競争相手の……。
「そんな特別が欲しかったなぁ……」
「……」
僕はどんな眼をして居ただろうか。届かないものに必死に手を伸ばし、挙げ句に外道に染まって異物を体に仕込んだ彼を僕はどんな風に見ただろうか。
少なくとも僕の胸中に憐れみはあった。




