1st Battle 【念力場】
「やぁ、御神体」
人混みの中、生真面目な声音で雫に言葉をかける誰かが居た。
その声一つで雫の顔色は楽しい、から恐怖に変わる。
その声の主を僕も探し、そして見つける。目の前、歩幅にして十歩、眼鏡を掛けた、まさしく真面目な風体の少年がそこに居た。
青ざめ震え怯える雫を支え、僕は前に出る。
「君か、最強の息子」
眼鏡を中指で上げる仕草をすると、明らかに悪い笑みを浮かべて掌を周りの通行人に向ける。
「分かるだろう。これがどういう意味か」
脅しだ。従わなければ、人を殺すぞという。
「そう睨まないでくれよ。こっちも仕事なんだから」
手を下げるとこっちについて来いと、ハンドサインを寄越す。彼女の容態も気にかけながらゆっくりと付いて行った。
「……志波です。超人……あぁ、足止め……任せた」
志波……今、志波と名乗ったか?確か一年前に彼の異能は……、もし、【念力場】なのだとしたら……。やりようはある。上手くやれば勝てる筈。
周りを見渡す。問題は二つ、人が多い事、そして武器になる物が多いという点。看板や自転車は念力を使える人間にとっては強力な武器だ。だが、街中もまた彼らを倒すには絶好の場所。
静かに、隙を伺う。
だが、集中を乱すように遠くで爆発が起きる。
「……お?」
爆音は、昨日の夜聞いたものと同じもの、【爆弾魔】がどこかで暴れている証拠だった。
爆音は遠い、昨日の夜の様に人の流れが逆流し始めるなんてことは無かった。
「派手に爆破して……まぁ、最強はあれぐらいしないと止まらないですしね」
僕を見てから彼は言った。煽るように、扇動するように。
きっと取り乱してほしいんだ。僕が冷静じゃない方が向こうは好都合なんだ。
どうするべきか、頭の中がこんがらがって上手く考えられない。焦りが今すべき事を遮ってしまう。
誰か……誰か……。……父さん……。
その時、決して強くは無い力で僕の手を握る誰かが居た。
弱弱しく、怯え、震え、それでも恐怖に打ち勝とうと震える足で立とうとする彼女が居た。
僕は何のためにここに居る。
守るべきものを、守るためだ。
そう決めた時にはもう、動き出していた。
「全員、伏せろ!」
出来るだけ大声で、周囲に喚起するように動かない状況を動かす。
生憎、今、この時代の情勢はかなり不安定だ。街中で伏せろと、大声を出して注意喚起する言葉が飛べば誰だって伏せる。
伏せなかったのは僕と彼女、そして、お前だけだ。【念力場】
即座にワイヤーを張り巡らせ退路を塞ぎ、リールの巻く動作に合わせ敵に向かって一気に跳ぶ。
「なぁ!お前ッ!」
武器を持つ側である異能者にとって危険を避ける様に檄が飛んでも動作は取らない。対して立っていた僕達三人から人は退く。
伏せる事が当たり前の中で立っていた僕達こそが異常の象徴なのだから。
故に、簡単に戦場は出来る。僕が優位に立てる、戦場が。
跳んだ僕は拳を突き出す。初撃必殺、一手で沈めなければならない。それがこの場を潜り抜ける為に必要な事。だが……
「その程度でやられると思ったら大間違いです」
僕の体は空中で止まった。
「出来るだけ自然体を装いたかったですが、そちらから仕掛けた戦闘です。一方的になぶって差し上げましょう」
すぐさまワイヤーを巻いて後ろへ移動する。
「逃がすと?」
僕の体全体が奴に向かって引っ張られる。かなり力強く。だが、周囲には既にワイヤー陣を張り巡らせてある。
そして今ので確信した。対応までにラグがある。
目の前の異能者は自分の力を使いこなせていない。
「もちろん」
視覚外からの一撃にかけるしかない。
刹那、糸を切り、宙を舞う。引っ張る力は再び僕を敵に向かう力に変わる。
「なんとぉ!?」
屈んでとっさに避けられると退路を塞ぐように張ったワイヤーを掴んでUターン、敵に向かって再び飛ぶ。
「……このッ!」
振り返り掌をかざす。本来なら止まるのだろう。
だが、対応にラグがあり、能力も割れている。故に、見えない力であろうと対処は可能になる。
目の前の糸を掴み軌道を変える。速度を保ったまま、軌道を変えながら捕まらないように敵の目の前に出る。
敵の鳩尾を掌の付け根で狙い、敵の防御よりも早く人体に衝撃を伝わせる。一歩踏み込み、より強い衝撃を……。
「私は……異能者、この程度で……倒れない!」
爆発するように念力場があらゆるものを押しのけて広がっていく。
「……君は、想像以上の脅威ですね」
あらゆるものが浮く。地面も、電柱も、彼を支点として強力な念力が発動する。
「私は【念力場】全力を持ってあなたを磨り潰そう」
念力、異能の中ではもっとも有名で、超能力としては昔っからテレビとかで取り上げられている分かりやすい人外の奇跡だ。
手で触れずとも物を動かし、浮かし、壊す。だがその実、この異能は想像以上に弱い。なぜならば超能力ではなく、あくまで異能であるからだ。
異能とは超能力と比べ多くの欠陥を有している。念力の場合、重量制限、大きさ、力のムラといった欠点が多くみられる。
【念力場】と呼ばれる念力は重量制限の欠点を克服してあるかわりに一つの重大な欠陥が付与されている。
その欠陥とは、自身を支点としている事。つまり動けないという事だ。位置情報を最も重要視している能力の使い方である為、自身が動くと途端に能力の出力が落ちる。
これは一年前の夏、住宅を吹き飛ばした一人の少年が持っていた能力。不可抗力だったとしても両親を殺してしまった彼の心情は察するに余りある。なのに、今は……。
平然と人を殺そうとしている。
僕の目に映っている少年は本当にあの時の少年と同じなのだろうか。その歪んだ笑みを、あの夏の日に覆った手の中でしていたのか。
仕掛けたのは僕だ。文句は言えない。だとしても、あの時語ったことを、苦しみを、嘘だったのならば、僕は許さない。
志波龍平、僕はお前を倒す。
「だから、一番最初に打たせてもらった」
僕はワイヤーを引く。サイコフィールドの唯一絶対の弱点を知っていたから。
最初に展開したワイヤー陣が一斉に閉じて紋様を作る。真ん中に空いた穴に敵を入れそのまま締め上げる。
その紋様が籠の目に見える事からこの技は……
「【籠目】」
……そう呼ばれる必殺技。
一気に閉じた籠の目は念力による妨害を一応は受けた。しかしムラがあり均一に力を加えられない以上、籠の目は力の隙間を縫って閉じ切った。
「動かなくなった時点であなたの負けだ」
一気に縛り上げる。これ以上暴れないように。
たった一手で、この戦いは片が付いた。ついて、しまった。
全力の戦闘はまだだった。私は、まだ戦ってすらいなかった。だと……いうのに……。
目の前に居る男は【念力場】を発動させたにもかかわらず戦闘をさせずに拘束してきた。その一手だけで、悟ってしまった。最初から勝ち目など無かったのではないだろうかと。
あの男は、最強の息子。身を守る為の戦闘術もそうだが、誰かを守る戦い方も身に付けていたのではないだろうか。
……気が弱く、陰気で、友人はいない。それがあの男の評価だったのに……。
実際はどうだ。一歩間違えれば人すら殺しそうな眼だ。そしてその眼を私からただの一度も離さなかった。
有り得ない。有り得てはいけない。異能が、無能に負けるなど……。
「クゥッ……まだだぁ!」
地面を剥いで石片を浮かべ、自分が到達できる最高速まで加速させて放つ。目視で追うには早すぎるその速度を、最強の息子は難無く避けてみせた。
背後には誰も居ない。故に、回避しても問題は無かった。いや、それどころか、能力範囲外から常にこちらを伺っている。
もし、もしもだ。相手が私を殺す気だったならば、今頃、この下半身と泣き別れになっていただろう。
怖気付いた時点で勝敗は決まった。私の……大敗だ。




