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可愛げがなくてごめんなさい


「エル様はお義姉様より私の方が可愛いんですって」


 義妹のルナが言った。


「ごめんなさい。実はお義姉様がいらっしゃらない時にエル様とお話しをしていたの」


「そう」


「エル様、お義姉様とお話をしていても全然楽しそうじゃないから、代わりに私が楽しませてあげようと思って」


「そう」


「お義姉様は可愛げがないし、愛想尽かされてもしょうがないと思うの」


「そう」


「エル様もお義姉様より私の方が好きなのに、言い出せないだけだと思うの」


「そう」


「もうっ!『そう』しか言えないわけ!? 本当、つまらない女。さっさとエル様と婚約解消して私に譲ってよ!」


「淑女たるもの声を荒げてはなりませんよ」


「そこ!? 気になるのそこなの?」


「お許しもなく愛称で呼んでは駄目よ」


「もうっ! お義姉様はダメダメばっかり! 大嫌い!」


 ルナはそう言うと去って行った。


 はぁ…………


 ルナは叔父夫妻のひとり娘だったのだが事故で夫妻が亡くなり、一人助かったルナを我が家で引き取った。


 事故のショックを受けたルナに気を遣ったのもあるけれど、思いがけず出来た可愛い義妹をつい甘やかしてしまった。


 最初は「お義姉様大好き」と言ってくれていたのだけれど、父も母も兄も甘やかすので、これでは将来ルナが苦労をすると思い、私が憎まれ役を買って出る事にした。

 するとあっという間に「お義姉様大嫌い」となってしまった。


 私の婚約者である王太子のエルネスト様に、事ある毎に近づいているのは知っていたけれど……




*****




 今日は月に一度の殿下とのお茶会。


「初夏の長雨の影響で小麦の収穫量が減少しています」


 いつもの様に話をしていると、早くも殿下の眉間が数ミリ動いた。


「……」


「殿下?」


「またか……」


「……申し訳ございません」


「謝って欲しいわけではない」


「はい」


「……公爵邸での月に一度のお茶会は、今後は取りやめにしようと思う」


「かしこまりま──」

「エル様! お義姉様を許してあげてください。お義姉様は頭が良い事しか取り柄がないのでお堅い話しかできないんです」


 ルナが乱入して来た。


「お義姉様! エル様はせっかく寛ぎに来ているんだから、もっと楽しい話をしなきゃダメじゃない!」


「ルナ、戻りなさい」


「またお義姉様は意地悪を言う! 私だってエル様とお話ししたいもの。エル様、前回お越しくださった時に夜会用のドレスをお見せしたら、お義姉様よりも私の方が可愛いっておっしゃってくださいましたよね?」


「…………そうだった──」

「ですよね! ほらあ、お義姉様、私が言った通りでしょ?」


 今、殿下の言葉を遮らなかった?


「エル様、お義姉様ったら私が言ったこと全然信じてくださらないんですよ〜」


「……そうなのか?」


 殿下に尋ねられた私は、ゆっくり、でもしっかりと頷いた。


「はい」


「そうなんですよぉ。お義姉様はいつも私の言うことをまともに聞いてくださらないんですぅ」


「そうか……」


 そう言うと殿下は大きく頷いた。


「オレリア、お前はとても綺麗だ」


「殿下……」


「……へっ?」


 ルナが変な声を出した。


「オレリアは可愛いと言うよりも断然『綺麗』の方が相応しい」


「褒め過ぎです」


「褒め過ぎなものか。いつも言っているだろう? どんなに政務で疲れていてもお前の顔を見るだけで元気が出ると」


「恐れ入ります」


「ただ静かにお前との時間を過ごしたいのだが、いつも覗かれていては落ち着けない」


 いつもルナが覗いているものね。

 注意してもやめないのですもの。


「えっとぉ、エル様? どういう事ですかぁ?」


 やっと我に帰ったルナが言った。


「……まだいたのか。どういう事とは?」


「だって、エル様はお義姉様より私の方が可愛いんですよね!? 本当は私の事が好きなんでしょ?」


「……オレリア、今のはどこの国の言葉だ? お前の義妹が何を言ったのか、全く理解できなかったのだが?」


「申し訳ございません。ちょっとした解釈の違いかと……ルナ、もう部屋に戻りなさい」


「エル様ぁ、こうやってお義姉様はいつも私を邪険に扱うんですよ。お義姉様は私に意地悪をなさるんです!」


「ルナ、そうではないのですよ。これは婚約者として月に一度お茶会をするという──」

「それを邪険に扱ってるって言うんですよぉ! お義姉様はいっつもダメダメばっかり!」


「……おい」


 殿下の声が低くなり、冷たい視線をルナに向けた。


「オレリアの義妹だから見逃して来たが、流石に限度があるぞ」


 殿下の黒髪が揺れ紫の瞳が妖しく光り、周りの温度が下がった。


 まずい。


「殿下」

「オレリアは黙っていろ」

「はい」


 失敗した。


「貴様が今度の夜会で着るというドレスを着て『似合うか?』と聞いてきた。オレリアの義妹を邪険に扱うわけにはいかないから俺は『似合う』と言った。すると貴様が『オレリアの方が似合うか?』と聞いた。貴様ぐらいの年齢の娘が着る様なピンク色のヒラヒラしたドレスだったので『オレリアより貴様の方が似合う』と答えた。それがどうして、オレリアよりも貴様が可愛く、あろう事か、俺が貴様を好きという事になるんだ?」


「わっ、私は……」


「俺はオレリアの婚約者だ。陛下も認めた婚約者だ。まさかとは思うが、陛下の決定に不服ありとして、オレリアと俺の仲を裂こうとしているわけではないよな?」


「エ、エル様……」


「しかも、俺が、いつ、貴様に、愛称で呼ぶ事を、許したんだ?」


 とうとう一言一句区切り出してしまった。

 これはかなりご立腹の様子。


「あわあわあわ」


 ルナがあわあわし始めた。

 もう限界ね。


「ルナ、将来義理の兄になると思って、少し甘え過ぎてしまったのよね?」


「そそそそうですっ。あああ甘えてしまいましたっ。ももも申し訳ございませんっ!」


「ルナ、そろそろダンスの先生がいらっしゃる時間ではなくて?」


「そそそそうでした。ししし失礼いたします」


 ルナの専属メイドに視線を送ると慌てて近づき、足が震えて上手く歩けないルナを支えて去っていった。


 ふぅ、久々にお怒りモードの殿下を見たわ。魔力が漏れ出て魔王みたいになるのよね。


 滅多に怒らないからその分怖い。


「オレリア」


 殿下が静かに私を呼んだ。


「はっ、はいっ!」


「何故逃した?」


「いっ、いえ、ダンスの時間が──」

「オレリア」

「はい! ルナも決して悪気があったわけではなく、私といる殿下が笑った事がないと、殿下は私に愛情がないと言っていたので、ルナなりに私を心配しての事だと思います」


 別にルナを庇うつもりではないけれど、だからと言って罰して欲しい訳でもない。

 元はと言えば甘やかしてしまった私たちにも責任がある。


「…………」


 殿下は目を閉じると長く長く息を吐いた。そして目を開けると自嘲し、優しく優しく私の頬を撫でた。


「俺はただオレリアと静かな時間を過ごしたいだけなんだ」


「私もです」


「でもいつも覗かれ、隙あらば邪魔しに来る者がいるのに、笑えるわけがなかろう」


「申し訳ございません」


「王宮まで来てもらうのは手間だと思い俺がこちらに来ていたのだが、次回からは王宮でお茶会を開く事にしようと思う。いいか?」


「はい、問題ありません。いつもお忙しい殿下にお越しいただき、心苦しく思っておりました」


「そうか」


 殿下の手は未だ頬に添えられたままだ。


「殿下?」


「……オレリアは義妹の言葉を真に受けなかったのだな」


「はい、当然ですわ」




『エル様はお義姉様より私の方が可愛いんですって』



 そう言われて


「そうだったのね。私は可愛げがないし、陰でそう言われていてもしょうがないのだわ……」


 なんて落ち込むような可愛げは私にはない。


 王太子の婚約者として、仮面を被った腹黒貴族達の相手を何年してきていると思っているの?


 きっと、殿下とルナの会話は


『エル様〜、これ、今度の夜会で着るんです。可愛いでしょ? 似合ってますか?』


『……ああ、似合っていると思う』


(ルナ訳)

 可愛いドレスが似合っている = 君は可愛い


『本当ですか! わあ、嬉しいです〜。あっ、でもぉ、きっとお義姉様の方が似合いますよね……』


『……いや、(そんな子供っぽいドレスは)オレリアより其方の方が似合うと思う』


(ルナ訳)

 可愛いドレスはオレリアより君の方が似合う = オレリアより君の方が可愛い


『本当ですか!? うわ〜、嬉しいですぅ!』


 こんな感じでしょうね。


 そして今までの積み重ねで「エルネスト様は私の事が好きに違いない」となってしまったのでしょう。

 何故そうなるのか私には全く理解できないのだけれど。


 ルナの様に自分に都合の良い様に解釈をしてしまう人や、自分に都合の良い部分しか聞こえない人がいるという事を私は知っている。そして更にタチの悪い事に、歪めて解釈した事を真実として堂々と人に話してしまう人がいる事も知っている。


 もちろん、ルナが本当の事を言っている可能性もある。

 だけどエルネスト様がおっしゃっている所を実際に見たわけでもないのに、ルナから聞いた話だけを鵜呑みにして落ち込むような事はしない。


 可愛げがなくてごめんなさい。


 それに……


 殿下の目が細められ柔らかく微笑んだ。


 相変わらず頬に添えられた手に優しく撫でられる。


「俺を信じてくれてありがとう」


「当然ですわ」


 そう、私は殿下の事を信じている。


 殿下は感情があまり表情に出ないので、付き合いの浅い人にはわからない事が多いと思う。

 でも私が10歳の時からのお付き合いですもの。微かな眉や口の動き、目の開き具合から殿下の感情が解る程度には近しいと自負している。


 すると徐に殿下の親指が私の唇を撫でた。


「でっ、殿下!?」


「早く結婚して、ずっと一緒にいたいなと思ってね」


 ごふっ!


 二人きりになった途端の激甘モードに心臓が潰されそうになった。


「オレリア?」


「あっ、あと1年ですわ……」


「オレリアは楽しみではないのか?」


「たたた楽しみです」


「ふふっ、そんな風に照れるオレリアはこの世で一番可愛いよ」


 相変わらず眉も目尻も口角も数ミリの世界だけれど、私にはわかる。


 殿下がとても嬉しそう。


 結婚したら毎日こんなに甘いのでしょうか?


 心臓が保つかしら……




*****




 エル様、あっ、いっけない、殿下って呼ばなきゃ。


 殿下があんなに怖い方だったなんて知らなかった。

 だからお義姉様に婚約の話がいったのね。


 確かにお義姉様みたいな大人しい人でないとやっていけないわよね。


 流石お義父様、わかってらっしゃる。


 もちろん私には優しい人を探してくださってるわよね?



 どこまでも都合よく解釈するルナであった。




〜fin〜




私の拙い文章をお読みいただきありがとうございます。

いつも誤字報告ありがとうございます。

助かっております。



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