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無明の昇華  作者: 面映唯
第一章
9/48

 五年前――霞はデートを三回、いや五回はした。待ち合わせの駅で顔を合わせるところから夕食をとるところまで。別れて駅のホームに立つところまで。家に帰って物思いに耽るところまで。


 駅で待っているという彼にラインを送り、「駅のどこにいる?」と確認する。


「改札出てすぐのところ」

「改札の方、向いてる?」

「うん」

「じゃあ左見てて。そこの下に階段があるんだけど、今上ってるから五秒後くらいには出てくると思う」


 霞は、彼から向かって右側の階段にいた。壁際に寄りかかっていた。尾行で対象の人物の動きを確認するかのように壁から顔を少し出し、彼が左を向いたのを確認した。五秒間のカウントダウンがスタートする。寄りかかっていた壁から背中を放し、小走りに左を向く彼の元へと走った。四――三――体の内側で自分の声がする。目前に迫った彼の右半身、右後頭部。二――一――彼の肩めがけて飛びついた。


「つーかまーえた」


 彼が驚いて首をひねろうとしたとき、霞の顔は彼の肩の上にあった。振り向いた彼と至近距離で目が合い、「おはよー」と声をかける。彼の二の腕あたりを抱くようにしていた腕に、少し力を入れ、ぎゅうっと抱いた。「きついよ」と彼が言う。「あ、ごめん。いい匂いがするからつい」


 彼の車に乗り込み、寺や神社、温泉などの観光地を回った。日が暮れて、車の中での別れ際、彼が「こっち向いて」と言う。「目を瞑って」とも。


「薄目開けちゃだめだよ」柔らかい感触がマスク越しに伝わってきた。目を開けるとなんてことはない。キスをされたのだ。そう思ったが、彼は芸能人でも目撃したかのように息だっていた。


「よかったー! めっちゃ似合う!」


 何が似合っているのか。首にかすかな違和を感じて俯くと、見知らぬバッグが膝の上にあった。肩にはバッグの紐がかかっていた。全然気づかなかった。


 自宅に帰り、彼からもらったバッグを眺める。なんとなしにバッグを開けると、何かが入っている。


「宝くじ?」


 以前彼が言っていたことを思い出す。「自分の欲のために宝くじ買っても当たらなそうじゃん。誰かのために宝くじ買えばさ、神様も許してくれると思うんだ」その言葉とともに戸隠の奥社までの写真が送られてきた。「だから霞も俺のために宝くじ買ってよ」と話は続いたが、霞は「案外誰かのためにとか祈らない方が当たっちゃうかもね」とそのとき深くは考えていなかった。現に、霞は宝くじを買わなかった。今の今までそのことを忘れていた。


 急に頬が熱を持った感覚を覚えた。


「それじゃあ」


 彼は霞の隣から立ち上がり、この部屋を去った。


 彼は女の部屋に入っても何もしてこなかった。霞が遠回しに自分の部屋に誘ったときも、「いいよ、そんな気を使わなくて」と軽くあしらっていた。私がどれだけ勇気を振り絞って口を開いたか――自分から部屋に誘ったことへの恥ずかしさから、彼と別れる際にそっけなくなった。「じゃあね、また今度」霞はそう言って車から降りた。それを見た彼が気を使ったのだろう。車から降り、霞の肩に触れ、「ちょっと寄ってこうかな」照れた風を装いながらしゃべる彼は、女性と付き合う前の紳士、という役を演じていた――。


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