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望月のアパートを出た霞は、しばらく歩き続けた。行き交う人々の雑踏と笑い声が絡み合う。煩いとは到底思えなかった。
目線の先に青く光るコンビニのマークが見える。入ることもできるし出ることもできる。ただ、入ったところで何かが減ったり、代わりに増えたりすることはない。もし仮に何かが減るのだとしたら、それはお手洗いを借りたときだろう。
段々と日が沈むのに伴って、気分も沈んでいった。歩き疲れ、ふくらはぎがむくんでいる感覚を持つ。目に入った公園のベンチに縋るように腰を下ろした。
公園内に人影はなかった。公園沿いの歩道を歩く人影が地面に映る。ベンチのすぐ後ろ、霞の背中越しにビニール袋をぶら下げた人が通り過ぎていった。まるで、お前は子どもだ、と言われているみたいだった。
被害妄想はほどほどに、公園を憩いの場として必要としない彼らなのだろう。彼らは大人で、私は子ども。彼らには帰りを待っている人が居て、私にはいない。彼らには帰るべき家があり、私にはない。彼らには食料を買う金があり、私はない。
マッチングアプリで出会った男にけしかけられ、美人局をしないかという誘いに安易に乗ってしまった。見ず知らずの人間をすぐには信用できないからという理由で、男に十万円を要求された。計画が上手く行けば報酬と一緒に戻ってくるはずの金だった。
あのとき渡さなければよかったとは思わない。後悔もない。金がなかったせいか、生活を切り詰めていたせいか、本音では楽をしたいと切望していたせいか、正常な判断、冷静さに欠けている最近の自分が諸悪の根源だった。結果、手元にはなけなしの十万円どころか報酬もない。他人の心を弄んで手にした代償が、十万円ならまだいい方だった。本来なら被害者に百万円払っても救われない。被害者も、霞自身も。
ポケットを探る。
電話を掛ける。「この電話番号は現在使われておりません」
メッセージを送る。未読のまま。
霞は俯き、張ったふくらはぎを揉み解していた。動け、動け、と祈り続けた足が、決して動かなかった数時間前。打って変わって動き続けていた今さっき。歩き疲れて止まってしまった今――。
名前なんて聞かなければよかった――。