1.これが運命の人 (アルデラ)
1.これが運命の人
運命の人。
そう呼ばれるのは、実は番だけとも限らない。
「あ」
やっちまった。
まず浮かんだのはそれ。
目の前で地面に手と両膝をついた夕陽色の髪と高そうな着物と呼ばれる装束に、あたしは声を溢していた。
螺旋を描く路が層になった地を繋ぐ世界。その第三層にある雑多な店が建ち並ぶ黄昏の通りでそれは起こった。
やー。見るからに高そうだわー。ヤバ。
何がヤバいって、その高そうな着物を完璧に着こなしてる。板についてるレベル。多分普段着。
それってイコールお貴族様だよね?
高そうな装束着こなすお貴族様に有翼人の小娘がぶつかったって事だよね。
マジないわ。ほんと詰んだ。
今ここで手打ちにされるかも。
我ながら短い生涯だったわ。
次はもうちょい長生きできると良いな。
「すみません。大丈夫、ですか?」
でもまあ、その前に最低限やること(見るからにお貴族様に手を差し伸べてみるとか)やんないとね。
「え、ええ。ごめんなさい。アタシも余所見してたわ」
少しハスキーな声がして、こちらの差し出した手に片手を重ねつつ、すっと上がった顔は、更にあたしの死期を確かなものにするレベルだった。
凄い美人。確実に貴族だわ。歳は人間なら二十歳そこらだけど、あたしたちの外見年齢って種族で大分違うからあてんなんないんだよねー。
肌とか陶器かってくらい滑らかで色白で、目鼻立ち整い過ぎてるし。男だったらあたしが即吐くレベルで。
あ、あたしちなみに顔良い男みると吐き気が抑えられないアレルギー持ち。厄介。今は特注のコンタクト入れてるから大分マシだけど。
まあ、それはどーでもイイとして。
眉とか綺麗な弓形だし、髪と同じ夕陽色の長い睫毛が涼しげな少し目尻上がった瞳を彩ってる。しかも瞳の色が蜂蜜みたいな金色。少し開いた薄化粧の唇とかもう艶っつやなんだけど。
あたしなんか伸ばそうもんなら雨の日に爆発する短めの薄桃色髪と珍しくもない地味な茶の目と翼。月とスッポンてこれじゃね?
人生最後にいーもん見たわ。
ホントに手は重ねただけで、その貴族(確定)のお嬢様はすっくと立ち上がって砂や土のついた膝や袖を重ねていない方の手で叩く。
女性としては身長が高め。骨格もどちらかと言えばしっかりしてる。それでも優美って言葉が似合いそうなのは、纏う雰囲気と動作が要因だろうか。
「そちらは? 怪我とかしてない?」
「平気です。あの、ホントにごめんなさい」
倒れた衝撃で少しずれた髪飾りをさりげなく直しつつ、片側で結い上げた髪を揺らす長身の美女。
何かとりあえず命は助かりそう?
この世界、弱肉強食。魔力の大きさは身分の差。
身分の差は、命の価値の差。
基本的に貴族にあたし達みたいな庶民は殺されても文句は言えない。抵抗とかはしても良いが、十中八九ムダ。
貴族マジ怖い。が、割りと常識として浸透している。
目の前の美女はそんな気なさそうだけど、あたしの事を見てからその足元見て「あ」って顔した。
「やだ。ごめんなさい」
「へ?」
屈んだと思ったら、雑誌と舐めかけの棒に刺さった飴を拾う。
「これ、貴女のでしょう? こっちは駄目ね。新しいものを弁償するで良いかしら?」
いやいや、良いですよそれ舐めかけだし屋台で買ったお安いモンだし。
「いや、大丈夫です。気にしないで下さい」
「そんなわけには行かないよ。アタシの行き付けが近くにあるから付き合ってくれるかい?」
そして連れ込まれたのが異国情緒溢れる甘味屋。畳の座敷部分と黒塗りのテーブルと椅子がある席、そしてカウンター。そのテーブル席の一つに向かい合って腰掛けている現状。
「頂き、ます」
餡蜜の器を見て、匙を手にする。
向かいに腰掛けた美女は抹茶と三色団子を上品に口に運んでいるわけだけど。
上品、なんだけどね。なんだけど。
ほんと美味しそうに食べるなあ。この人。
一口食べて片手で頬押さえてたまんないって笑顔。美女がやると破壊力あるわ。その顔。
つられるようにあたしも匙を口に運ぶ。あ。うま。
甘いけど、それだけじゃなくて豆の味と食感があるし、白玉もつるっとして良いのど越し。ちなみにつぶ餡とこし餡は選べる。
「美味しい」
「でしょぉ? 何食べても美味しいの」
ぷるっぷるの寒天で感じる歯触りが楽しい。甘酸っぱい干し杏が黒蜜と餡の甘さにアクセントを加えて引き立てる。
「これで、落としたお菓子の代わりになった?」
「充分です。てか、むしろ多いと思いますけど」
だってあたしが落としたの、屋台で買った駄菓子の飴だよ?
「女の子が楽しんでいたものを台無しにしちゃったんだから、これくらい当然」
「はあ…………」
「所で、雑誌の方は? 本当に読めなくなった頁とかないの?」
「あー。はい。大丈夫です」
そもそも、多分この美女とぶつかる事になったの、雑誌のせいだし。