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失われし聖剣エクスカリバーと幼馴染のヒロキ

作者: ばち公

 私だって小さい頃は、無駄に三人もいる兄達の影響で、物語の主人公やヒーローや正義の味方なんかに憧れていた。

 でもそういうのってだいたい男が主人公じゃない? ゲームも漫画もアニメもだけど。


 当時大人気で私が遊んでたゲームの主人公、聖剣エクスカリバーに選ばれしそいつも男だった。

 物語開始で、ゲームに「あなたの名前は?」なんて聞かれたから、私はそいつに自分の名前、つまり『ユミ』って名付けて遊んだ。それを知った周りのクソガキ共に、「そいつ男のくせに女の名前つけてる」だの、「オカマじゃん」だのなんだの囃し立てられ馬鹿にされ、私はそいつらを罵り返して逆に泣かせてやったものの、結局そのゲームをやめてしまった。さよなら、『ユミ』とエクスカリバー。――なんて感傷を抱いたかも今は覚えていない。

 で。そんな嫌な思い出に引きずられるみたいに、他のゲームからも距離を置くようになって、結局それらもぜんぶやめてしまった。


 それからずっと子どもみたいな三人の兄達と、そんな兄達に小突き回される雑魚ヒロキを置いて、私はさっさと大人になった。クラスにはもっと大人びた男子がいたけれど、私も恐らくその次くらいには大人びていたと思う。まあ知らんけど。

 小学生の頃の大人っぽいってままごとみたいだった。動物やアニメキャラの絵がプリントされてない下着や服になったとか。ちょっと夜遅い時間(といっても10時とかその程度)の番組が面白いって話題にできるようになったとか。自分用のリップクリームや日焼け止めを買ってもらったとか。

 じわじわとしたつまらない変化だけど、大人になったらそういうつまんなくて下らない瞬間を、宝物のような瞬間とか言うのが流行るんでしょう? 老いるってよっぽど楽しいことがないんだと思うね。しょうもないことばっか思い出して懐かしむってことは、現実や未来に楽しみが見いだせてないってことなんじゃない?

 私は見いだせてないよ。大人になったらこれ以上退屈になるってこと? いっそ逆に興味が出てくる。早く大人になりたい。


「俺、異世界の救世主に選ばれたんだ」


 唐突に、神妙な顔してそんなことを告白してきたヒロキを、私はぶん殴った。

 普段ならぶつまではしないけど、私がこの前貸した三万円を返せと真面目に話しているときに、急にそんな話をブチ込んできたものだからさすがにぶった。今日はエイプリルフールじゃないし、そうだとしても糞みたいな嘘だと思った。

 頼み込まれたから理由も聞かず、弱みを握るつもりで誓約書付きで貸した三万円は、そのゴミクソみたいな嘘のために使ったらしい。異世界に行く道具を揃えた。なるほど。……。

 現実はつまらなくてくだらなくて、でも皆それなりに頑張ったり頑張ったりせずに生きてるのに、こいつはいつまで脳みそをファンタジー漬けにしているのだろう。呆れて泣けてきそうだった。

 女子高生にとって三万円は大金で、お前はそれを借りて、返せないからと嘘ばかりの言い訳をする。心底情けなかった。

 でも私の馬鹿な兄達はそれを信じて背中を押して、それからなんやかんやとやっていたようだけど、現実を生きる私には関係のない話だった。もしそれが真実だったとしても、それは単純に私と彼の生きる道が別れたってだけのこと。きっとそれ以上でもそれ以下でもない。

 ちなみに三万円はヒロキの親に言って返してもらった。ヒロキママは本気で泣いていた。可哀想に。


 ヒロキが「異世界の救世主」なんて嘘を、単純な兄達よりも先に、信じないだろう私に伝えたのは、私が「親友だから」らしいけど、私はアンタとはただの幼馴染、腐れ縁、なんとなくだらだらと友人を続けてきたような存在にしか思っていなかったよ。

 だからそんなこと言われたときは正直困惑したけれど、でも少し嬉しかったのは嘘じゃない。


 それからヒロキは行方不明になった。

 異世界に行ったんだって、私の馬鹿な兄達は誇らしげに笑っていた。

 ヒロキママは私が三万円を取り返したときよりもずっと泣いて消沈として、異世界って親泣かせてでも行かなきゃいけない所なのかと思った。行方不明で生死も分からない。そんな息子を悲しむ親の存在を知ってなお、めでたいって誇らしげに笑って言えることなのか。

 蔑ろにされる程度に、現実が弱かったってことなのか? 私の世界が。

 私にはよく分からない。


 ヒロキがいなくなったあと、それを唯一応援してるのは私の、無駄に三人もいる兄達くらいで、その兄達の脳からもいずれファンタジーは抜けていくだろう。大人になるというやつ。現実を見る、見ざるをえない、どちらでもいいけど、きっとそういう風になる。もしかしたらファンタジーは抜けないかもしれないけど、染み付いたファンタジーと同じくらい、現実の空気感も脳に染み付いていく。

 そしたらヒロキを純粋に応援する奴なんて、この世界では何処にもいなくなる。ヒロキは『誇り高き救世主』じゃなくて、ただの『地元で一時期噂になった行方不明者』になる。


 誰もあんたのこと待っててくれなくなるんだよ、ヒロキ。


 私なんて一週間あんたの顔見なかっただけで声も忘れたし、最近じゃ記憶の中の顔もぼやっとしてる。学校の皆? 今はもう普通にテストのことで話題がいっぱいになってるよ。あんた地味だったし、ほんとに仲良い相手とかも別にいなかったもんね。今じゃ噂にする人もいないよ。たぶん、七不思議の一つにすらなれないね。

 最初は何処もかしこも、鬱陶しいくらいやかましかったのに。特に女子は絶対一人で出歩くなって、馬鹿みたいに騒がれた。その空気だけは今でも結構残ってるから不思議だ。とばっちりというか、ほんと迷惑なもん残してってくれたよ。

 時間って経つの早いな。ヒロキは知らないと思うけど、行方不明から7年くらい経って、それでも行方不明者が見つからなかった場合って、失踪宣告っていうのが出せるんだってさ。死体がなくても、死んだみたいな扱いになるんだって。

 7年って長いなーって、あんたが居なくなってすぐ、これを調べたときには思ったけどさ。これだけ時間が経つのが早いと、案外、7年なんてすぐなのかもね。

 たぶんずっとずっと、あんたのこと待っててくれるあんたのお母さんとお父さんは、最近夫婦仲がうまくいってないんだって。離婚するかもってさ。確かに最近、二人とも暗い顔してた。泣いて、喧嘩する声も響いてた。あんなに仲良かったのに、脆いね。世の中のものって、なんか全部弱っちいのかもしれない。

 異世界に行ったあんたには分かんないと思うけどね。


 もっと違う見方ってのもあるのかもね。

 でも私はこの世界に生きてる人間だから、こういう風にしか見れないや。


 もし私が異世界に行くことになったら。私のための聖剣に選ばれていたら。私もあんたみたいに旅立っていたのかなとたまに思う。けどそんなものは分からない。

 どっちにしろ私は選ばれなかった。小さい頃と同じ。この世界は、今も昔も私にとって何も変わらないままだ。


 ばいばいヒロキ。

 いつかそっちで私が捨てたエクスカリバーに出会ったら、その時は大事にしてやってくれ。

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